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……バンド?
まだ少し息を切らせながらそう言った目の前の少女を見つめ、俺はその言葉の意味を理解しようとしていた。
バンドというのは、一般的に五名ほどの人間が集まり、一緒に演奏をする形態のことだ。
しかし、今俺の目の前にいるのは少女が二人だけ……。
そんな困惑している俺とは対照的に、あおいはしらべに抱きつき、喜んでいる。
「しらべちゃん!うん!うち一緒にやる!ばんどしたい!!」
こいつはバンドの意味をちゃんと理解しているのだろうか?
俺は、若干イントネーションの怪しい発言に意識を取られながらも、赤い髪の少女を見つめて言った。
「バンドって、二人でか?それに、どうしてユニットじゃなくバンドなんだ?理由を聞かせてくれ」
矢継ぎ早に質問を重ねる俺に、彼女は地面に座ったまま、大胆な形で返事をした。
ーーぐう
♢
「ドリア一人前追加で!」
「あー!うちも一緒ー!」
昨日と同じファミレスに入り、既視感のある光景を繰り広げている目の前の少女たちを見て、俺は痺れを切らしたように言葉を発した。
「そろそろ理由を聞かせてくれるんだろうな?」
二日連続で晩飯が野菜生活になった俺は、少し不機嫌な声でそう尋ねる。
「理由もなにも、そのままよ。アンタもしかして、バンドの意味も知らないの?」
ドリアを口へ運びながら、しらべはそう言った。
「いや、もちろんバンドの意味ぐらい知ってるさ。でもどうしてバンドなんだ?あおいと二人なら、ユニットでもいいはずだろ?」
しらべの意図が理解出来ない俺は、少し語気を強め、先程と同じ疑問をぶつける。
すると彼女はしばらく黙った後、スプーンを持つ手をギュッと握り締め、絞り出すような声で言った。
「……バンドじゃなきゃ、だめなのよ。
あの人を超えるためには、バンドじゃないと……」
次第に勢いを失っていくその言葉を聞きながら、俺はようやく彼女の考えを理解した。
目の前の少女は、母親に認めて貰いたいのだ。
自分を。自分の音楽を。
彼女とおとねの間に何があったのかはわからないが、先日の楽屋でのやり取りを見る限り、あまり良い関係でないことは容易に想像がついた。
「それに……あの人は”名を挙げることが出来たら”と言ったわ。だったら、ソロでもバンドでも構わないはずよ」
うつむいた顔を上げ、思いがけない台詞を口にした彼女に、俺は少し驚いた後、ゆっくりと微笑んだ。
「……俺の事も、考えてくれていたんだな」
そう言って、彼女の方を見つめる。
「は、はあ!?アンタの事なんてこれっぽっちも考えてる訳ないでしょ!」
元の調子を取り戻したしらべを見て、俺は安心し、こう続けた。
「わかった。あおいも乗り気みたいだしな。これから一緒にやっていこう」
俺がそう言うと、あおいも後に続く。
「わー!一緒!しらべちゃん!これから一緒によろしくね!」
抱きつくあおいの頭を、少し頬を赤らめながら笑顔で撫でる少女が、目の前にいた。
♢
「んー、よく食べたわ」
ファミレスを出て改札に向かっている途中、ギターを背負ったしらべが伸びをした。
「バンドは良いが、メンバーの当てはあるのか?」
お会計の事ばかり心配で全く意識が向いていなかったが、バンドと言うからにはボーカルとギターだけではもちろん足りない。少なくとも、後三人ほどは必要だ。
「全くないわ」
さも当然と言わんばかりの口調でそう返す彼女に、俺は呆れた様子で肩を落とす。
「お前なぁ……なんのあてもなく、あんなことを言ったのか」
「仕方ないじゃない。それに、わたしはあおいと組むのよ。アンタとじゃないわ」
ぶっきらぼうなセリフに少しイラっとしたが、すぐに冷静さを取り戻し、今後のことを考える。
俺もあおいも、もちろんメンバーの当てなんてない。
こういった場合、ライブハウスや練習スタジオにメンバー募集のチラシを貼るのが一般的だが、結成を焦って気の合わない人と組んでしまったら目も当てられない。
……特にうちはな。
俺は一方の少女を見つめながら、一旦メンバーの事は保留にし、今日のストリートで気になっていた事を話すことにした。
「そういえば、今日お前たちが歌っている時、何度もCDのことを聞かれたんだ。それに、このチラシーー
そう言いながら、俺はカバンに一枚だけ残しておいたA4サイズの紙を取り出した。
「名前とお礼文だけで、SNSのアカウントやライブ情報は何も書かれていないが、いつも告知なんかはどうしてるんだ?」
通常、チラシにはSNSのアカウントやライブの情報、ホームページのアドレスなんかを載せるものだ。
でないとファンの人は、いつどこに行けば歌が聴けるのか、さっぱりわからない事になる。
すると、目の前の少女二人から同時に返答があった。
「SNS?なによそれ?」
「てつやー、SNSってなに?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
よもや今の時代に、SNSをやっていないどころか知らない人間がいたなんて。
あおいはともかく、しらべは普段どんな生活を送ってるんだ。
「SNSだぞ!SNS!ほら、XやInstagramだよ!さすがに見たことはあるだろ!?」
そう問いかけるも虚しく、頭にハテナマークを浮かべているあおいの横で、しらべはデニムのポケットから何かを取り出し、それをパカパカと閉開させながらこちらへ見せて来た。
「そんなの知ってる訳ないじゃない」
なんと、目の前に出されたものは今は懐かしきガラケーだった。
それを見て、俺は思わず目を丸くさせる。
「おばあちゃんが前に使ってたのを貰ったのよ。
ライブは、ストリートで見てくれた人に直接言ってるわ。CDは、作るお金なんてある訳ないでしょ」
ーーなるほど
俺は自分たちの現状をようやく把握し、課題の多さに意識を失いかけるも、それをぐっとこらえ、胸を叩きながらこう言った。
「わかった!なら俺に任せてくれ!次のストリートライブの日までに、このバンドのクオリティを絶対にアップさせてみせる!」
そう言って意気込む俺の姿を、尊敬の眼差しで見つめるあおいと、疑いの眼差しで見つめるしらべがいた。