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天井から垂れる青白い燭光が、室内の影を長く伸ばしている。
木製の大テーブルには、白磁のティーカップと資料ファイルが規則的に並び、その中心――椅子に座る女の姿。
ミルゼ・ラウト。《灰階評議官》の一人にして、護井会の思考核。
「――お可哀想に、あの子。」
細長く骨ばった指で、紅茶のカップを口元へ運ぶ。だがその動作は、あくまで“儀式”だ。
まるで毒の味を確かめるような慎重さと、悪意を愉しむような粘度がある。
その正面、距離を取った場所にいるのは、深い漆黒の法衣を纏った老人、ガラ・スーグ。《黒帯役》、護井会の初期構成員の一人。
「可哀想、とは珍しいな。君が誰かに同情するなど。」
「同情ではありません。軽蔑です。滑稽でしょう? 自分好きを語り散らかしていた小娘が、“神の拳”に突っ込んでいくなんて。」
ガラは静かに目を閉じる。皺の深い顔には、もはや感情らしきものは残っていない。
「……囮としては悪くなかった。市民からの評判も高かったし、消えたとしても“やりすぎた解決屋”ということで片付く。」
「ええ、しかも生きて帰ってきたらそれはそれで面白い。データも取れるし、ウィスの“限界”も計れる。良い玩具ですわ。」
彼女の爪先が、椅子の脚をキュッと擦る。
「けれど――ガラ様、貴方はどうお考え? ウィスという“異物”を、この中層で泳がせることの危険について。」
ガラは目を開け、乾いた声で答えた。
「“泳がせている”のではない。“溺れている”。まだ全てを通せると信じている。ああいう者は、力では突破できない場所に、自ら突っ込んでいく。」
「つまり……放っておいても、いずれ淘汰される、と?」
「それも良い。だが万一、彼が“その先”に行くならば……」
「そのときは、我々の“上”が動く?」
「そうだ。――“白階”が、ね。」
一瞬、空気が凍る。ミルゼは眉をひそめ、そして微笑みの形を整え直した。
「……名を口にするたびに、紅茶がまずくなりますわ。」
「毒でも入っているのかと思ったよ。」
ふたりは、僅かに笑った。笑いは乾ききっていて、感情を感じさせなかった。
その場には、ただ冷たい紅茶と、死のような静寂だけが残る。