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その夜、さとみところんは、吉原から逃げるために山を越え、誰も知らぬ静かな村へ向かっていた。
暗い森を抜け、険しい山道を辿りながらも、二人の足取りは確かなものだった。
山の中に、ただひっそりと響く風の音が、静けさをさらに際立たせていた。
時折、さとみが前を歩き、ころんはその後ろをしっかりと追いかける。
どこか、二人だけの世界にいるような気がしたが、同時にその静けさは、二人にとって不安なものでもあった。
「お方さま……」
ころんが小さく呼びかけると、さとみは足を止めて振り返った。その目には、少しの疲れと共に、確かな決意が浮かんでいる。
「どうした、ころん?」
ころんはしばらく黙ったまま、さとみを見つめていた。その目は、どこか遠くを見つめるようで、切なさを湛えていた。
「僕は、今まで生きてきた場所を、もう忘れたくないと思っている。でも、もうここでは生きていけない……お方さまを守るために、ここまで来たけど、これから先はどうすればいいのか……」
その言葉に、さとみは少しだけ沈黙した後、歩みを進めた。そして、ころんを振り返りながら言った。
「お前の心が動揺しているのは分かる。でも、もう戻れない。今の俺たちは、この先を進むしかないんだ。」
「でも、僕は――」
「お前がどうしてもついて来たいと言ったから、俺も一緒に行く。俺が選んだ道だ。」
その言葉に、ころんは言葉を失い、しばらく黙ったまま歩き続けた。
さとみの背中を見つめながら、心の中で決意を新たにする。
二人が今、歩んでいる道が、どこまで続くのか分からない。
でも、少なくとも一緒にいることだけは、確かなことだった。
山を越え、ようやくたどり着いたのは、小さな村だった。
村は静かで、あまり人の気配が感じられない。
あたりは静寂に包まれ、月明かりだけが二人の足元を照らしていた。
「ここが……」
ころんは、息を呑みながらその村を見つめる。
あまりにも人が少ないように感じ、なんとなく不安が募った。
「大丈夫だ。ここならしばらくは安全だろう。」
さとみがそう言いながら、村の一軒家の前で立ち止まった。
その家は、古びた木造の家で、とても小さな宿らしい
「ここに泊まろうか。」
さとみが言うと、ころんはしばらく黙ってから、頷いた。
「お方さま、ありがとう。私は――本当にあなたに守られてばかりです。」
その言葉を聞いて、さとみは優しく微笑んだ。
「お前がいなければ、俺もここまで来ることはできなかった。お前も守りたかったから、ここまで来たんだ。」
二人はそのまま、宿の扉を開けて中へと入った。
中は想像以上に静かで、温もりを感じる場所だった。
囲炉裏の火が、ほんのりと灯り、床にはシンプルな布団が並べられていた。
「ここで、しばらく休もう。」
さとみはそう言って、ろうそくの灯りをゆっくりと点けた。
ころんはその灯りの中で、深いため息をつきながら、さとみを見つめる。
「お方さま、私はあなたを守り続けるつもりです。でも、私が守ると言っても、あなたを完全に守れるのか、私は不安でなりません。」
その言葉に、さとみはまた静かに微笑んだ。
「お前が守ると言ってくれるなら、それだけで十分だ。俺もお前を守り、愛し続ける。それが、俺たちの運命だろう?」
ころんはその言葉に心を動かされ、うなずく。
「私も、あなたを愛し守り続けます。」
第六章 完
第七章 「水鴉の花」へ続く