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「山科よ」

名を呼ばれて振り返ると、そこには主君、蒲生忠三郎賦秀がいた。

「これは、トノ」

勝成は喜内と共に恭しく頭を下げて礼を施した後、改めて我が主君の凛々しい若武者姿を惚れ惚れと見つめた。

白糸縅に銀箔が施された甲冑を纏い、兜は着けずに烏帽子を被っている。

蒲生賦秀はこの時数え年で二十四歳。みずみずしい五体は燃え立つような若々しい活力に満ち溢れ、その鋭い双眸には儒学と呼ばれる古代シーナの学問の探求とホトケの信仰によって磨かれた明晰な理性と鋼の如き意思の強靭さが鮮烈な光となって輝いていた。

「お前は南蛮の地では歴戦の勇士なのだろうが、この日の本での戦ではこれが初陣である。よって此度の戦では私はお前にこのように動けとは下知をせぬ。まずよく他の者共の戦いぶりをよく見てその目に焼き付けることを心掛けよ」

賦秀の表情と口調は柔らかかったが、何人も異を唱えることが許されぬ威が自ずと備わっていた。

「当家には銀鯰尾兜ぎんなまずおかぶとを被った武士がおるのだ」

そう言って賦秀は笑った。その表情はかつて見たことがない程幼げで、何か悪戯を企む悪童のように見えた。

「そ奴は戦の度に真っ先に進み出て勇猛果敢に戦っている。そ奴に劣らぬ武者働きが出来るようよく見て真似を致せ」

そう言って蒲生賦秀は力強い足取りで歩み去って行った。

「ナマズとは、一体何なのだ?」

勝成は喜内に尋ねた。

「ああ、そうか。お主が知らなくて当然だな。鯰とは地震を起こすという言い伝えがある魚の事だよ」

「そんな得体の知れぬ魚の尾などを兜の形にしている者がいるのか……」

勝成は呆れたように言った。ジャポネーゼの美的感性はいまいち理解に苦しむ。

「地震こそが我らがもっとも恐れるものだからな。そのように敵を恐れさせてやるという意思が込められているのだ」

そう厳かに言ったあと、喜内は意味ありげに笑った。その笑みは賦秀と同じ種類のものであった。

「何だ、何がおかしい?」

「いや、殿が仰ったように、その銀鯰尾兜を被った武者こそ当家随一の猛者よ。皆その者に負けてなるものかと励んでおるゆえ、我が蒲生家は天下に勇名を馳せているのだ。お主も是非そうしてくれ」


翌日、蒲生家の軍勢が塚口城から出陣し、攻撃を開始した。まずは鉄砲隊が進んだが、勝成はこの中にはいない。

彼は愛馬飛焔に跨り、槍を手にしていた。愛用の日野鉄砲は鞍に掛けてある。

西洋の騎士と言えばかつては馬上で槍を構える時は左手で盾を持つのが標準であったが、サムライは手持ちの盾はまず用いない。盾は地面に置いて矢玉を防ぐ為に使うのだという認識であるらしい。

これはやはりサムライは弓矢こそが主力武器だからなのだろう。サムライは武器とは片手ではなく両手で持ちいるものだという確固たる価値観がある為、槍や刀であっても両手で振るうようにその技術は進化していったのである。

確かに、甲冑を纏った敵に片手での攻撃では威力も速度も劣る故、致命傷は与えにくい。

現に西洋の騎士もかつては小型の盾を用いていたが、フルプレートアーマーが進化していってからは、自然に廃れていった。

陣太鼓と法螺貝の音が高らかに鳴り、蒲生家の家紋である対い鶴が描かれた旗幟、馬印を掲げる武者の軍勢が鋼鉄の海嘯となって有岡城に迫りつつあった。

その時、耳をつんざく凄まじい轟音が一斉に有岡の地に鳴り響いた。かつて勝成がジョバンニ・ロルテスと名乗っていた時にマルタ島で嫌と言う程聞かされた大音響。

銃口が一斉に火を噴き、鉛玉が発射された音である。それに少し遅れて万馬がいななき、馬蹄が大地を蹴りつける音が戦場の大合奏となって戦士たちの魂を鼓舞した。

蒲生家の鉄砲隊は発砲すると竹を束ねて結んだ竹束に素早く隠れて火薬と玉の装填を行う。

そうして援護射撃を行う間に後続の騎馬隊と長槍隊がいよいよ突撃しようと攻撃態勢を整えた。

「よし、やるぞ」

勝成は槍をしごき、愛馬を軽く蹴りつけた。赤毛の飛焔はその名の通り猛き焔のように燃え盛り、放たれた火矢のように疾走する。

蒲生家の騎馬隊は人馬一体の奔流となって謀反人の軍勢を粉砕せんと突進を開始した。

「む……」

卓越した馬術で瞬く間に蒲生騎馬隊の先頭に立った一人の武者がいた。その武者は銀色に耀く驚く程長大で装飾を排した無骨な兜を被っている。

「成程、あれが銀鯰尾の兜か。トノやキナイが蒲生家随一の猛者と評するだけはある。あの見事な馬術は只者であるまい」

そう感嘆した勝成であったが、すぐに顔色を変えた。その武者が纏う白糸縅に銀箔が塗られた甲冑に見覚えがあったからである。そしてその細身であるが鍛え抜かれていることが明白な体つき。

「まさか……」

勝成の動揺した声を耳にしたように、その武者は振り返った。切れ長の目をした凛々しく若々しい顔貌。見間違えようが無い。我が主君、蒲生忠三郎賦秀に相違なかった。

その時、一発の弾丸が賦秀の銀鯰尾の兜をかすめた。

「トノー!!」

勝成は思わず絶叫したが、賦秀は微塵も怯んだ様子は無い。馬の速度を少しも落とさずに突進を続行し、遂に敵の騎馬武者の眼前に到達した。

そのしなやかで強靭な腕を伸ばして電光のような刺突を繰り出し敵の槍と一合も交えることなくその頸部を貫くと、神速と言うしかない速度で槍を旋回させ、二人目の武者の脇をえぐった。

敵の返り血を浴びてその白銀の軍装を紅に染め上げながら、賦秀の驍雄ぶりはいよいよ苛烈になっていった。その馬術も槍術も精妙にして強剛を極め、荒木側の武者は三合と槍を交えることも出来ずに次々と馬上から突き落とされて行く。

「何と言う事だ。蒲生家隋一の猛者とは、他ならぬトノ御自身のこととは……」

勝成は驚愕に凍り付いてしまった。確かにあの神技としか思えぬ槍の技と悍馬をまるで己の肉体の一部のように自在に駆る技は蒲生家の武者でも並ぶ者はいないであろう。

「しかし、一軍の将たる者が自ら先頭に立って武器を振るって戦うなど、聞いたことが無い」

これがサムライにとっては当たり前なのだろうか。いや、そんなはずはあるまい。洋の東西を問わず、指揮官とは後方にあってどっしりと構え、視野を広くして戦争の対局を見据えなければならないはずである。

勝成は後で知ったことだが、やはり蒲生忠三郎は一軍を率いる大将としては軽率であると、他家からは評されているらしい。無理も無いと言えるだろう。

だが蒲生忠三郎はその生涯において戦にあっては自身が先頭を駆けることを決して止めようとはしなかった。

かのマケドニアのアレクサンドロス大王のように己は無敵の存在で、矢玉などは我が身に絶対に当たらないと信じていたのだろうか。

それともサムライたる者が老いや病で死んでいくのは恥だと心得、戦場にて雄々しく戦い、散ることを欲していたのだろうか。

確実に言えることは蒲生家の武者共はそんな大将に心から服し、彼と共に戦場を駆け巡ることに至上の喜びを覚えていたことである。

山科勝成もこれまでの人生で感じたことのない心身の昂りを覚え、恍惚となった。

「やはりジャッポーネに来たのは間違いではなかった。この御方に仕えるサムライになって本当に良かった」

心からそう思った。


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