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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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展示場に先週よりも早く帰ってきた新谷は、ドアを開け、猪尾以外揃っていた全員の顔を確認した瞬間、ふーっと長く息をついた。

「お帰り」

渡辺が笑いながら迎えると、

「ただいまです」とほっとしたように笑った。


篠崎はシステムの個人記録を見ながら、隣の席に座ってまたフーッと息を吐く部下に話しかけた。

「今日お前、ロングアプローチできたんだな」

言うと、新谷はピクッと反応し、篠崎を振り返った。

「なんでわかるんですか?」

その質問に呆れながらディスプレイを指さす。

「上司は部下の個人記録閲覧できるから」

「あ、そっか」

言いながら新谷は嬉しそうに笑った。


「今日は着座も出来たので、先週よりかは良かったと思います」

一日相当走り回って頑張ったのだろう。髪が乱れている。

特に意識せずに軽く手櫛で整えてやる。

手を除けた下には真っ赤に染まった新谷の顔があった。

(こいつ……)

「お前ってさ。もしかして紫雨とかに触られても、こんなに赤くなんの?」

言うと、新谷は片眉を上げた。


「はああああ?んなわけなくないですかあああ?」

急に砕けた言葉で大声を張り上げた新谷に、事務所のみんなが唖然とする。


「……あ、いえ、そんなわけ、ないです」

新谷は気まずそうに俯くと、少し口を尖らせて言った。

「ならいいけど。紫雨に勘違いでもされたら、また面倒なことになるかなって……」

笑いながら言うと、彼は妙に深刻そうな顔をし、かぶりを振った。

「そんなんじゃないです。……先週だって、言い合いしちゃったし」

「言い合い?」

渡辺が顔を上げた。

「紫雨さんとぉ?」

「はい。売り言葉に買い言葉ってやつで……」

「言い返したの?」

渡辺は目を丸くして新谷を見て、その後、篠崎を見た。

「はい。大人げなかったと思いますが……」


「…………」

篠崎は口元を手で拭った。

(紫雨に何か文句を言えるのは、俺と秋山さんくらいなもんだと思ってたが……)

入社数ヶ月の新人に噛みつかれた紫雨の心情を想い、一抹の不安を覚える。

(あいつに目をつけられたら終わりなのに。大丈夫か、こいつ)

体勢をずらし、ディスプレイに向き直った。

(でもまあ、秋山さんの目もあるしな。あいつ、秋山さんには従順だから)


「今日も、アポは取れませんでした……」

新谷はしゅんと小さくなった。

「……まだアポにこだわってんのか?」

呆れながら言うと、彼に目を戻した。

「アポは取るもんじゃない。取れるもんなんだよ」

「……取れるもの、ですか?」

「そう。客が“この営業にもっと話を聞きたい”と思えば、おのずとアポは取れる」

「はーい、それ、篠崎さんだけだと思いまーす」

向かい側で、渡辺が太い腕を上げる。

「天才肌の篠崎さんしかそんなうまいこといかないと思いまーす」

「なんだ、それは」

鼻で笑いながらまだ真剣に悩んでいる様子の新谷を見下ろす。


「アポを取ることを目的にしているうちは取れないぞ。それともアポを何が何でも取らなきゃいけない理由でもあるのか?」

言うと新谷は一瞬止まった。

「……なんだよ?」

しかしすぐに背筋を伸ばすと、首を横に振った。

「いえ、大丈夫です!」

「なんだ、大丈夫って」

「俺、明日も早いんで、これで失礼します!」


言いながらそそくさと立ち上がると、新谷はバッグを持ち上げた。

「じゃあ、お疲れ様でした!」


わたわたと帰っていった新谷の姿が、ドアの曇りガラスから見えなくなると、篠崎はふうと息を吐いた。


「それにしても、あの紫雨に言い返すとは、な」

言うと向かい側に座っている渡辺も小さく頷く。

「新谷君、きっと大物になりますね」


篠崎は暗い駐車場を照らす、新谷のコンパクトカーのヘッドライトを見て、目を細めた。


「大物になる前に潰されなきゃ、の話だけどな」


◆◆◆◆


翌日の夜。


皆が帰った事務所で、篠崎はひとり新谷の帰りを待っていたが………。



彼は時庭展示場に帰ってこなかった。



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