30
オールマイトから第二次決戦の最終プランを伝えられたその翌日。A組は決戦に向けて陽が沈むまで訓練をしていた。訓練を終えてから寮内で各々ご飯を食べたり出立する荷物を準備するなど自由時間を過ごす。そんなA組の元にベストジーニストが事前伝達もなしにハイツアライアンスへ訪れた。オールマイトや相澤先生の姿はなくベストジーニストのみの来訪。珍しい客人にA組はなんだ?なんだ?と集まる。ベストジーニストはファンサービスの癖で手を振り、辺りを見渡してお目当ての人物に声をかける。
「爆豪」
首にタオルを引っ掛けた風呂上がりらしい爆豪の赤い目が静かに流す。続きの言葉を述べようとしたが、赤い髪の生徒が爆豪の前に立ちはだかったことにより阻まれる。庇うように両手を広げ、警戒を隠さず紅の目がベストジーニストを睨んだ。
「バクゴーに、なんか用っスか?」
「君は…」
「切島」
広げた腕に手が添えられる。切島は心配そうに爆豪に顔を向けた。
「いい。平気だ」
「でもよ」
「切島」
「…分かった」
2人の間に流れる独特な空間。渋々頷いた切島の様子にベストジーニストは複雑な気持ちを抱く。少し離れた場所でこちらを伺う数名の視線。悪人に立たされた気分になるが切島が心配する気持ちは分からんでもないと爆豪を見て思う。
「少し爆豪と話がしたくてね。彼の時間を借りても?」
「…ダチを虐めたら許さねぇんで」
「心得た」
物言いたげな爆豪の視線を気にせず、切島は活発な笑みを浮かべて別れる。さて、とベストジーニストは改めて爆豪に向き直す。
「込み入った話がしたい。いいかな?爆豪勝己くん」
「気持ち悪ぃ呼び方してんじゃねぇよ。俺の部屋でいいな」
「もちろん」
幾分か低い彼の背について行く。職場体験と同じ足音を立てず歩く癖に少し不安を煽った。
爆豪の部屋について入れてもらえばそこは殺風景な部屋。良い意味で整えられた綺麗な部屋、悪い意味で物が少ない。全寮制になって数ヶ月立つだろうに物が少ないのはなんだか寂しさを抱く。といっても新たな仮設要塞に移動するからこんなものかと納得した。唯一窓にかけられた季節外れの風鈴が異彩を放つ。風鈴について聞き出そうとしたが視界の端で小さいものが動いたことによって投げかけようとした問いかけを消した。
《ギィ!》
「ただいま、トビ」
《ギィイ》
小さいものが飛びついてきたのを、爆豪は慣れた手つきで撫でる。尻尾10本に赤色の一つ目をもつ生物に目を丸くした。
「爆豪、それは?」
「兎のトビ」
「……そうか」
私が無知なだけでこんなユニークな動物がいるとは。爆豪とは20ほど歳が離れているが5歳差でもギャップを感じることがある。これがジェネレーションギャップ。今時の若い子はキモカワが流行っているのかもしれん。まだ若いと自負しているが、もしかしたら既に古い世代に片足を突っ込んでいるのでは?いや、そんなことない。ないはずだ。
年齢に落ち込むベストジーニストにトビは爆豪の肩越しでジッと見つめた。ふわり、ゆらりと尾が揺れる。ふわり、ゆらり。瞳が怪しく輝いた。
「やめろ」
囁く程度の声量でトビを咎める。怪しく輝いていた赤い瞳を首に引っ掛けていたタオルで覆い隠した。
「そこ、座れよ」
爆豪の声かけにトリップしていたベストジーニストは意識を切り替え、お言葉に甘えて顎で促された椅子へ座った。長い足を持て余す様子に爆豪は舌打ちし、ベットの縁に腰を下ろす。タオルの中から顔を出したトビに「これからジジイの長話に付き合う」と言って寝るよう促せば、素直に枕元に移動して寝る体制に入った。
「酷くないか?」
「事実だろうが。で?要件は?」
「いや、堅苦しい話をしようとしに来たわけじゃない。私はプライベートでここに来たんだ」
「は?」
「今はヒーローのベストジーニストではなく、ただの袴田維としている。話の内容は問わない。道端に花が咲いていたとか学校の出来事とか。悩みや無駄話、有益な話でもなんでもいい。私と何か話をしよう」
「こんな時期に何しに来たと思えば。あんた頭をどっかぶつけたんか?ボケんにはまだ早ぇだろ」
「生憎、私はまだ若いからボケていない。暫く病院の世話になったからね。前よりピンピンしているよ」
「…じゃあ、なんでそんな無駄なことを」
「私がすることに無駄なんてない。君と会って話すのにどうして無駄だと思える?むしろこうして会えて、耳を傾けてくれたことが奇跡に等しい。私はね、爆豪。君とただ話がしたいんだ。この先を考えると、どうしてもね」
巨悪な敵に立ち向かう。もしかしたら終止符を打つかもしれない戦い。作戦で敵連合を全て相手するのではなく個人として持ち込み空中要塞で各個撃破すること。それぞれ相手する敵は強力で1人じゃ勝てないレベル。破壊の個性を持つ死柄木相手に配属されるヒーローは危険度MAXで死亡率が跳ね上がる。学生は希望で配置を選べる。死柄木を迎え撃つ配置メンバーに爆豪の名前があった。決して爆豪本人が参加させろと無理矢理押し切ったのではない。ヒーローの卵の中で抜きん出ている爆豪は爆破という強火力の個性に優れた戦闘センス、優秀な頭脳と一級品の観察眼はプロヒーローでさえ舌を巻く。敵連合を迎え撃つのに彼の力はどの配属先でも引くて数多。だが最も望まれるのは死柄木戦。まだ学生なのに頭数に入れないといけない。口に出していないが聡明な爆豪は気付いているはず。本来なら死柄木のような強者にはプロヒーローで撃退するのが理想。しかし爆豪の強火力が必要なのも事実。学生だからとか、子どもだからとか理想論を語る次元じゃない。そう分かっているのにどうしても拒絶してしまう。己が決めたヒーロー像を、大人として枠組みに囚われている。実に情けない話。だからこそヒーローとして戦場に立つ前に話がしてみたいと思った。簡単に死ぬつもりは毛頭ないが今生の別になる前に。後悔がないようにしたい。
「…俺から話すことなんざ、なんもねェよ」
爆豪は職場体験でベストジーニストがどういった人間か知っているからこそ、濁した言葉の裏を読み取り否定しなかった。矯正を信条しているベストジーニストは大人や子ども、またヒーローとしての分別をはっきり区別している。一部に対するこだわりが強いことや変な言葉を使うのを除き、担任である相澤先生の次に好感が持てるヒーロー。それに爆豪はオビトみたいに大人っぽく、己を見てくれる者にはめっぽう弱い。
「なんでもいいよ。質問しても構わない。それこそ独立のノウハウでも」
独立という言葉に視線を彷徨せた爆豪にニッコリする。案外興味持ってくれて何より。蛇腔事件後、爆豪は半月ほど意識不明の重体となった。目覚めてから雄英に戻るまで何があったか疑うほど粗暴な態度が一変して落ち着きを纏っている。どういった経由で知れ渡ったのか不明だが噂程度には耳に入っていた。実際に会ってみれば刃を研ぎ澄ました雰囲気に様変わりしていてとても驚いた。今にも消えてしまいそうな儚さと気高く背筋を伸ばす凛々しい姿。職場体験で彼を知っているからこそ不安を抱く。担任であるイレイザーヘッドに確認したが、彼は「大丈夫です」の一点張りで一向に詳細を教えてくれない。だから直接会って話をしてみることにした。どうしてそうなっているのかを。抱えているものを知りたくて会いに来た。彼が素直に話してくれる確率は1%にも満たない。秘密主義者で人間不信。更にヒーロー嫌いという嫌なラインナップを揃えている。彼が素直に口を開くのは心を寄せた限られた人物のみ。なのである秘策を用意した。
「私との話が難しいならジーニアスくんと話すのはどうだろうか?」
「は…?」
そう言ってすっ、と服の中から30cmほどのベストジーニストを模った人形を取り出す。そんな奇妙な光景を見てしまった爆豪は思わず固まった。
「……なんだソレ」
「私の数あるグッズの中の一つ。ヒーローのグッズ化は基本中の基本だろう」
「見て分かるわボケ。じゃなくてなんで持ってんだ」
「君への手土産」
「いらん。持って帰れ」
「まぁまぁまぁ」
椅子から立ち上がって爆豪の元へ歩み寄る。ベットに乗り上げることはせず、向き合う形で膝をついて人形を軽く掲げれば怪訝な表情。
「ほら、両手を握ってごらん」
「………」
促されて爆豪は恐る恐る人形の両手を握る。荒っぽい言動するのにこういう可愛げなことをするから憎めない。ゴホン、と咳をして声を作る。
「やぁ、ワタシの名前はジーニアス!なんでも言ってね」
「…キメェ」
人形から手を離して壁際に逃げられた。酷い。そんな態度されると私でも傷つくぞ。
30代のいい大人であるベストジーニストは真剣に考えた。人間不信で潔癖、ヒーロー嫌いである爆豪にどうすれば歩み寄ってくれるのかと。悩んで悩んで悩んだ末ついに閃いた。人が嫌なら対人ではなく人形相手なら素直に話してくれるのではないのかと。更に各方面で名声高い故に自尊心を身につけたベストジーニストはこうも考える。イレイザーヘッドに負けるが私は爆豪に他のヒーローと違って多少好かれている。ならば大丈夫だ、と。謎の自信ととち狂った思考の末、幼児が人形相手なら笑う法則を爆豪相手に実行しようと決めた。もう一度繰り返すがベストジーニストはふざけているのではない。真剣に考えて編み出した結果である。
「私に話せないことはジーニアスくんに言うといい。その間私はいない存在と思ってくれ。ジーニアスくんと話す君の内容は聞こえていないし口を挟まない」
「いや、でもコレあんただろ?」
「ベストジーニストのことが聞きたいなら私の分身だから誰よりも詳しい。けど誰にも聞かせたくないならさっきみたいにジーニアスくんの手を握ってくれ。君がジーニアスくんに話たことは、私は一切聞いてないから安心しなさい」
「えぇ…?」
「私と会話できるならこのまま。難しければジーニアスくんの手を握る。簡単な話さ」
「意味分かんね」
「それと素直に話してくれなかったら、次の任務までこのまま居座り続ける」
「厄介ジジイかよ」
爆豪はガシガシと自分の淡い黄色の髪を掻き混ぜる。少し考えてから壁際まで引いた身を先ほどまでいた位置に戻る。
「…この、人形」
「ジーニアスくんだ」
「…………に、独り言してもあんたは聞いてないんだな?」
「もちろん」
「口挟まねぇ?」
「もちろん。君がそう望むなら」
「…じゃあ、約束しろ。これから俺がする独り言を聞き流す。誰にも言わねぇって約束しろ」
「このベストジーニストに嘘偽りはない。約束は必ず守る」
ベストジーニストの本気を受け取り、爆豪はふざけた茶番に付き合うことにした。誰よりも約束に重きをもつ爆豪にとって約束は必ず守り通すことを大事にしている。約束とはすぐに破られる口約束。日本人の約束は信用してはならないと海外ではもっぱら有名なジンクス。しかし義理堅いベストジーニストは口約束でも決して破らない。矯正を信条にしているからこそ信じられる。悪意なき真剣な目で見つめられるのは多少気恥ずかしく、苦笑いして掲げられた人形の両手を改めて握った。視線は電気の光で明るい色を出す刺繍の目。ベストジーニストの存在を消す。
「ジーニアス、俺の話聞いてくれや」
「もちろん。なんでも言ってみてくれたまえ」
「これはただの独り言。返事は求めてねぇ。黙って聞いてほしいだけの独り言だ。誰にも言うんじゃねぇぞ」
「それが君の望みなら。誰にも話さないし耳だけ傾けるよ。ワタシとキミだけの秘密。このジーニアスの名にかけて秘密は必ず守る」
「ただの人形のくせにイキってんじゃねぇよ」
失礼な。ただの人形じゃない。正統デニムのジーニアスくんだぞ。
側から見れば可笑しな光景。だが部屋は爆豪とベストジーニストの2人のみ。数秒の沈黙から静かに息を吸った爆豪が口を開く。
「俺は中途半端なところから生きてきた」
どこか張り詰めた声で吐いた開口一番は意味不明な言葉から。意味も分からずただ黙って耳を傾ける。
「おそらく11歳の大雨の日が始まりだったと思う。窓に叩きつける雨音と泣きそうな両親が最初だった。それより以前の記憶はあやふやで中途半端な記憶しか残ってない。目の前にいるのが親だって言われなきゃ分かってなかったぐらい穴だらけの記憶。正直目覚めた日に何があったかなんて覚えちゃいない。エンデヴァーのインターンで中途半端になった時のことをやっと思い出したぐらいで、当時誰も何も言われなかった。何も言ってこなかった。そういうもんだって俺からも言わなかったから余計狂ってたと思う。しばらくぼんやりする世界に生きて、やっと頭が冴えた頃に師匠と親以外が全部敵に見えた。近づいてくる奴らを拒絶して、何に信じていいか分かんなくなった。人と話してんのに誰もいねぇって指摘される。誰かに呼ばれたのに他の奴らは聞こえねぇんだと。しまいにゃあ変だって、異常者だって言われた。そこにいるのに。聞こえたのに。嘘じゃねぇのに」
綿で詰められたジーニアスくんの手の形が徐々に歪む。まるで爆豪の痛みを表しているかのよう。
「でもこうやって生きられたのは全部師匠のおかげだ。中途半端な記憶で覚えていたのは憧れた人の弟子になることと、No. 1ヒーローになる夢。そんで交わされた約束が心の支えだった。息をするのに必要な、ぶれない軸になったんだ」
語られる内容は全て耳を疑うことばかり。例えるならば布として機能していないのに敢えて大胆に破らせたダメージジーンズ並みの衝撃。粗暴である爆豪にそんな過去があったなんて俄かに信じ難い。強かで気高い爆豪が何故人間不信だったのかようやく意味を知る。凶暴さはガキ大将だったからだと思っていたがそうじゃない。記憶喪失。両親さえ忘れていたのなら見る物全てが恐怖対象。色んな苦悩と葛藤があっただろう。他人である私では全てを察する能力を残念ながら持ち合わせてない。追い詰められて、追い込まれてもなお真っ直ぐに生きている。それがどれほど凄いことか。この子は記憶喪失になっても自分の足で、己が信じた道を茨の道でも歩める。強い心じゃないと歩めない強靭な心。それがどれだけ眩く、凄いことか彼はきっと知らない。
「中途半端から生きてる俺に師は忘れてしまうのはどうでもいい記憶だと、忘れるのはそれほどまで覚えるに値しないものだって言われた。思い出さないのはつまらない記憶なんだと。師匠が言うなら中途半端な記憶があることを気にしなくなった。覚えてねぇ記憶なんざいらねぇ。どうでもいい過去なんか縋る必要もねぇ。今を生きて掴みたい未来を見据えればいい。師匠みたいに強ぇヒーローになる夢を見て、ここまで生きてこれた」
後半になるにつれて声が震えだす。言葉をつっかえて話す彼に今すぐ抱きしめて宥めたい衝動にかられる。だがそんなことをすれば嫌われると分かっていたから必死に抑えこむ。
「どれだけ狭い世界だろうと、間違って生きていると分かっていても…その世界でしか息ができない。それ以外に生きる術があったとしても俺は同じ道を辿った。だって、あの人に誓ったんだ…何があっても師匠を裏切らねぇって。約束したんだ…交わした約束を絶対に守るって。あの人と交わした約束が、言葉の裏が例え残酷なものだったとしても疑ったりしねぇ。信じすぎだと、愚行だと罵られても構わない。あの人が悪人で殺人鬼だったとしても俺を救ってくれた英雄ヒーローだ。憧れた人を信じんのは弟子として当然だろ」
No. 1ヒーローになると宣言している君が、まさか純粋無垢で穢れなき心を持っていたなんて誰が信じるだろう。彼が語る師匠とやらが羨ましく思うと同時に憤りが込み上げる。疑わないと言った。約束と誓いまで交わして信じきるんだと。ここまで慕われているのに何故狭い世界に閉じ込めたのか理解できない。追求できる立場にいないため今は黙って拝聴するしかない。私は矯正を信条にしているが人の生き方に関して否定しないようにしている。何故なら存在否定をしてしまうからだ。職場体験で彼を呼んだのは悪い態度を正すため。それと狭い世界でヒーローを志し、1人で生きようとする彼に手を伸ばしたかった。No. 1ヒーローに突き進むのはいい。上昇志向で努力を怠らない姿勢は私にも見習うものがある。しかし孤独でいようとするのは、1人でいるのはとても寂しくて悲しいこと。もっと視野を広げて見る世界を変えたかった。君は1人じゃないと。君がNo. 1ヒーローを目指すために足りないものは他にあるんだと知ってほしかったんだ。
けど神野でオールマイトを失脚させちまってから考えることが増えた。最初にヒーローとして憧れた人をなんで俺が終わらせちまったのか。俺が敵なんかに捕まったりしなければオールマイトを、ヒーローを、大勢の奴らを巻き込まずに済んだ……親が後ろ指刺されて、嫌な思いしてるはずなのに。俺の前ではなんでもないって平気な顔をして…メディア嫌いの先生がテレビ出て頭を下げて雄英生を寮生活にさせた。先生達が許可もらいに奔走するほど事が大きくなって…!俺はっ!何が、したかったんだって…なんで、こんなことになっちまったんだって…!そんなんばっか、考えるようになった……それからだ、息すンのがしんどくなったのは………」
知りもしなかった爆豪の苦悩に触れる。違う、そうじゃない。違うんだ。まだ小さな背に大きなモノを背負わせてしまったのは私達ヒーローの失態。君はまだ弱く悩み溢れる未来ある子ども。迷惑だなんて思ってない。神野事件で私は君を、本気で救けたかった。
「俺のせいだ」
違う。君のせいじゃない。
私達大人が、ヒーローが怠ったせいだ。
「失態を犯した罰。容易に攫われてなけりゃ大事にならなかった罪。忘れちゃいけない業」
ダメだ。そんな考え方をするな。
「全部、俺が弱かったせいだ」
「違う!!!」
淡々と語る爆豪に耐えきれず声を荒げる。ベストジーニストは人形を掴んでいた手を爆豪の手へ移した。陽だまりのように暖かい手。ヒーローの卵として努力した手は罪という見えない鎖に繋がれている。ヒーローになるといくつもの修羅場を経験する。判断ミスで取り返しのつかなかった事件。救えなかった命。憧れだけじゃ心が折れてしまう命の重さと責任、期待が重圧として背負う。ヒーローとはなんたるかをヒーローになって経験するたび考えさせる。でもそれはヒーローになってからの話。神野事件で君はまだ学生。仮免も受けていなかったヒーローの卵。その考えは、罪を背負うのはあまりにも早すぎる。
「爆豪!それはっ!!」
ぽふり。口元辺りにジーニアスくんを押し付けられる。濁って燻んだ赤い目が黙って聞いてろと睨んだ。そして再び人形へ視線を戻す。
「あいつがいなくなって、行方不明の記事が出た時…一瞬また俺のせいだって思った。馬鹿馬鹿しい妄想。ありえねぇって分かっとる。腹に穴ァ開けて、血みどろになった光景は今でも忘れらんねぇ。俺が弱ぇから、オールマイトを含めたプロヒーローどもは緑谷を選んだ。あいつらにとって緑谷は希望の象徴。俺は期待に応えられなかったその程度の人間。たったそれだけのこと。それだけの、話だ」
違う。違う。
バクゴー、爆豪。
私の声を、聞いてくれ。
「選ばれなかったのは仕方ねぇ。くよくよしても時間は戻らない。ないもんはない。散々悩んだからもういい。区切りはつけてきた。俺には掴み取りたい夢がある。オールマイトを超えるNo. 1ヒーローになることが俺の夢だ。実力を示して世界中に認めさせんだ。俺が一番強ぇヒーローだってな」
糸を紡ぐための、華奢なのにヒーローらしい大きい手が縋るように上から握られる。自分よりも低い体温。もうこの手に嫌悪感を抱かない。穴が開くんじゃないかと錯覚させる強い視線を無視して言葉を続ける。
「でも、あいつが初めてだったんだ。俺に次を期待してくれたのは」
淡々と話していた声のトーンが弾む。濁って燻んだ色が宝石のように輝き出す。
「大抵の奴らは俺に次なんて言葉は口にしない。”ヒーローに向いている”、”さすがだ”なんて称賛ばかり。俺が強いのは当たり前だ。尊敬する師に鍛えてくれたからその辺りのヒーロー気取りとじゃレベルが違ぇ。あの人だけが誰よりも俺の夢を、俺を見てくれた。それだけでよかった。なのにあいつは他のモブどもと違って俺に先のことを話してくれた。来年待ってるって、ヒーロー名聞かせてほしいって。信じられるか?俺だぜ?あいつがまたおいでだってよ。変な奴」
爆豪の脳裏に職場体験でのことを思い出し、面白おかしそうに笑う。たった1年先の未来。1年後に正式なヒーロー名を、ヒーロー活動できる未来を望まれた。たったそれだけのこと。しかしNo. 1ヒーローになるべくオビトに弟子入りしてから約4年ほど、鍛え上げてくれたオビトでさえ口にしなかった先の未来の話。英雄夢は語ってくれるがいるかどうか分からない確実ではない話はしなかった。なんてことないようにベストジーニストは告げただろうが爆豪にとって衝撃的なことだった。
「今まで出会った中でトップクラスのおかしな奴。けど、嫌じゃなかった。嬉しかった。嬉しかったんだ、本当に…」
赤い目がライトブルーの目と交わる。
「ベストジーニスト」
ベストジーニストの内側で色々な感情が混ざり合って荒れ狂っていた心が、己のヒーロー名を正式名称で呼んでくれただけで静まる。
「あン時救けに来てくれて、生きてくれて」
ゆっくりと。子どもに言い聞かせる柔らかい声色で。
「ありがとう」
爆豪の言葉がベストジーニストの心に届く。
「無事で、よかった」
抑えていた衝動が弾ける。
「爆豪…!」
ガバリ!と自分より低い彼に抱きつく。地面にジーニアスくんが落ちたがそんなの些細なこと。今はどうしようもなく気持ちが溢れて仕方ない。職場体験で純粋に真っ直ぐ夢を追う君を、色々経験してしまった私には眩しくて仕方なかった。君は知らないだろう。君の口からNo. 1ヒーローになってインタビューを受けたら、私の職場体験の話をすると言ってくれたことを。それがとても嬉しかったんだ。厳重に鍵をかけて檻に閉じこもっていた君が恐れながら一歩、歩み寄ってくれたのが本当に嬉しかったんだ。今でも君の成長を見届けたいと思ってる。でも今はあの時より強さと儚さを共存した君をより大切にしたい。守りたい。大事にしたいという気持ちが強い。こんなにも人を愛しいと思ったことがない。こんなにも哀しいと思ったことがない。
「……?」
爆豪の肩に手を置いて少し体を離せば赤い目がきょとりと瞬く。どうすれば君に伝わる。どうすれば君に届く。1人で解決してしまうこの子に。知りすぎて諦めさせてしまった、大人に近すぎるこの子にどうすれば信じてもらえる。
「私も君がっ!」
何も纏まらない言葉を勢いのまま伝えようとした。しかし布越しに触れる人差し指によって強制終了させられる。言葉に出すことを禁じさせられ、反射的に口を閉じる。視界に映る子どもは先程までしていた表情が打って変わってひどく凪いでいて、浮世離れした儚さが際立つ。
「返事は求めてねぇって言ってんだろ」
あぁ、なんて私は無力なのか。
爆豪、私は、君に伝えたいよ。
「これはただのひとりごと」
話したいことが、伝えたいことが沢山あるんだ。
「聞いてほしかっただけの、ひとりごとだ」
ヒーローとは信頼、信用を得てこそのヒーロー。約束を破るのは許されない。故に行き場のないこの気持ちを、伝わらない言葉の代わりに目の前の存在を強く、強く抱きしめた。離せと言われるまで抱きしめ続けた。
31
思い出せない過去なんていらない。必要性を感じなかった。ただNo. 1ヒーローになるために死に物狂いで鍛え続けてきた。約束と誓いを胸に秘め、嘘の優しい世界で呼吸をする。この先もずっとそうであると信じて疑わなかった。
「かっちゃん?」
いつか話さなきゃいけないと、そのいつかを呑み込んで伝えれないままここまできてしまった。踏み込むには相応の勇気が必要で、居なくなってしまうからと本音を隠した習慣が今や憎い。いい加減腹を括れ。区切りをつけるって決めただろ。
「この後、時間いいか?」
覚悟を決めろ大・爆・殺・神ダイナマイト。
仮設要塞トロイイア。寮であったハイツアライアンスを黒色にしただけの仮住居。着替えしか置いてない部屋で緑谷はベットの上であちこちに視線を彷徨わせていた。原因は椅子に座っている爆豪の存在。前より打ち解けているもののそれは離脱する前のこと。騙し討ちの形ではあったがA組とは真正面にぶつかったことで蟠りがなくなった。けれど幼馴染だけはその現場を知らない。半月ほど意識不明の重体で入院し、暴走していた緑谷が雄英に戻ってから帰ってきた。相澤先生と変な生き物を連れて。話しかけづらい雰囲気を纏う幼馴染は切島を始めとしたいつものメンバーとしか一緒にいない。罪悪感や後ろめたさ、っていうほどでもないが今の幼馴染にどう接すればいいか緑谷は分からないでいる。そんな緑谷の葛藤なぞ知らず、部屋に来てから黙っている爆豪は椅子に座ってトビに首を齧られていた。
がじり、がじり
歯を突き立てるトビを撫で付けて止めるよう促す。考え込んだりぼーっとしているとこうやってトビに齧られる。最初は戸惑っていたが今じゃちょっとした目覚まし代わり。稀にない緊張のせいか忙しない心臓の音が嫌に耳につく。静かに深めの息を吐いて呼吸を整える。
「緑谷」
名を呼ばれた緑谷は思わず肩をはねる。「な、何?」と返事した音色は震えていたが気付かぬふり。
「結論から話す。俺は11歳より以前の記憶がほぼない。お前と会ったのは11の頃で初対面だった」
「え?」
「俺とお前がどういう関係だったか親から聞いた。幼馴染って言われてもピンとこねぇしどういう奴かも知らない。緑谷出久って奴が分からなかったんだ」
穴だらけの記憶。微かに残ってる過去。ヒーローになるきっかけのオールマイト。恩人であり憧れであるオビト。オビトとの約束。そしてトラウマの差し出された手のひらが全てだった。
「どういった経緯で過去を忘れたのか知らない。どうでもいいって切り捨てた。けど爆豪勝己を知ってる奴らはそうじゃねぇ。今までどんなふうに接したか言葉遣い、瞬き、視線、話題を誘導して不自然にならないようにしてきた」
「まって」
「視える全てが曖昧だっから息すんのも苦しくてな。だから拒絶した。拒絶すれば、拒めば寄ってこねぇって思ったんだ」
「まってよ」
「お前と共通した話なんか知らねぇ。思い出を語られても想像して頷くしかない。疑いの目を向けられて失敗したって自責に駆られる。俺は、お前が知ってる爆豪勝己じゃねぇよ」
「待ってってば!!」
声を荒げてベットから立ち上がった緑谷が話を遮る。肩で息をする緑谷に口を閉じた。
「今の話、本当なの?記憶喪失…ってこと?」
「まぁ、そうなんじゃねぇの?病院に行ってねぇけど」
「なんで今、そんな話」
「だってお前は打ち明けただろ。無個性だったこと、OFAのこと」
センシティブなこと、打ち明けたくない秘密。ずっと胸に秘めていいのに緑谷は打ち明けた。辛いはずなのに堂々としている姿が素直に凄いと思った。それと同時に負い目を感じた。
「だから俺もお前に話さねぇと。いつか伝えなきゃいけねぇって思ってたんだけどよ。俺はどうしようもねぇほど臆病者だから怖かったんだ」
「臆病?かっちゃんが?」
「臆病だわ。人一倍な」
オビトと一緒にいるために線引きされた境界線を超えないよう常に見定めてきた。拒絶されないように、失望されないために。利用する駒でも切り捨てる存在でもいい。嫌なことを触れないようにして、望みを飲み込めば些細な言葉でさえ嬉しかった。オビトに何があっても裏切らないんだと知って欲しかった。これを臆病と言わず何と呼ぶのだろう。
「俺とお前は偽りの幼馴染だ。お前を騙し続けてた。拒んで拒絶して、ヒデェ言葉を浴びせた。ヒーローになるって簡単に口に出すお前が気に食わなかった。無個性でも体を鍛えたり、護身術を学べばいい。サポート科でも良かったはずだ。手先器用でキメェ情報収集あンだから役立つはずなのに中三になっても何もせず妄言しか吐きやしねェ。何がしてぇんだって、マジで嫌ってた」
なんだコイツって何度思ったことか。妄言を吐く奴は嫌いだ。他力本願で自力で何もしない奴は特に。勉強をするにしても、ヒーローになりたいと夢を掲げても、状況を打破したいと思っていても。何かを成し遂げるには自分が動かねぇと何も始まらない。俺は人に頼るのが苦手だ。信じた人以外喋ってはならぬとオビトに言われたから余計に。だから何もせず動かねぇ緑谷が嫌いだった。大っ嫌いだった。
「オールマイトから個性を貰って、ヒーロー活動するお前は自殺志願者かって疑うぐらい無鉄砲。そんなんじゃいつか壊れる。オールマイトそのものに成りそうなお前が嫌だった。緑谷はオールマイトじゃない。お前は頑張れって意味のデクだろって。オールマイトと3人で話した時そう思った」
同じ経験をしたから緑谷に言いたかった。俺もオビトになりたかった。でも俺はオビトじゃない。俺らしいヒーローになれと言われて、ヒーロー名に意味を込めた。
「でも今は我武者羅で無鉄砲じゃない。オールマイトの成り代わりじゃなくヒーローデクとして活動してるお前に伝えたかった。過去を悔い改めたいとか、罪悪感だからとかじゃない。贖罪でも気休めでもない。言ってどうなるかじゃねぇけど、本音だ」
椅子から降りて正座し、手を前についた。戸惑う声を無視して深く頭を下げる。
「今までごめん」
緑谷の喉から変な音が鳴る。いくつかの言葉が浮かんでは消えての繰り返しで何も声に出せない。それくらい爆豪の言葉と謝罪の姿勢が衝撃的だった。
「都合のいいことなんざ言わねぇ。恨んでいい。許せなくていい。僻んでも構わない。今までの行いが無くなるわけじゃない。消えてしまったお前との思い出と絆をなしにした。許されないことをしてきたんだ。今は難しいかもしんねぇけど、ヒーロー活動以外話しかけたりしねぇから」
「待ってよかっちゃん!」
黙って聞いていた緑谷がようやく言葉を発する。
「そりゃ、変だって思ってたよ。嫌われ続けたら嫌だって思うよ。でもさ、ならなんで!…………今まで幼馴染の関係でいてくれたの…?」
「………」
言いたいことが沢山あった。けれどその中で知りたいのは騙し続けてまで幼馴染でいようとしてくれたこと。爆豪の性格上、見切りをつけたら徹底して縁を切るだろう。なのにしなかった。それは何故か。緑谷は知りたかった。
「…”出久と友達になってくれてありがとう”」
「え?」
「お前の母ちゃんが、そう言ったんだ…」
ああ、かっちゃんはやっぱり優しい。目頭を熱くさせながら緑谷はそう思った。
「かっちゃん」
だからもういいや、と胸のつっかえをなくした。虐められたことも、否定の言葉を浴びせられたことも。話を聞く限り緑谷を案じることばかり。確かに自分にも非があった。かっちゃんにも非があった。ならいいじゃないか。雄英に来てから喧嘩もできてライバルになって、言いたいことをぶつけ合える。だからもう、いいんだ。ぶっきらぼうで不器用な、身近なヒーローをこれから知っていけばいいんだから。未だ座り込むかっちゃんに視線を合わせるべく床に座る。
「偽りの幼馴染ならさ、記憶喪失ならもう一度自己紹介しようよ。それで改めて、友達になろう」
かつて過ごした色褪せない思い出は、今のかっちゃんにはない。それはとても寂しくて悲しいこと。でも僕が覚えてればいいんだ。
「…………」
深く頭を下げていた爆豪が頭を起こす。緑谷の言葉に眉を下げた。改めて見る赤い目は子どもの頃から変わらず鮮やかで宝石のように輝く色のまま。最初に言葉を発したのは爆豪から。
「初めまして」
改めた自己紹介。穏やかな声色に泣いちゃダメなのに自然と涙が溢れ出た。
「俺の名は勝己、爆豪勝己。お前の名前は?」
差し出された手を握る。僕より暖かい手。努力を重ね続けたヒーローの手を強く握った。
「初め、まして…僕は緑谷、出久。よろしくね、かっちゃん」
32
住民が居なくなってしまった街は破壊された跡やひび割れた建物がいくつもあり、いささか寂しさを醸し出す。賑わいを失い廃墟群になってしまった場所で緑谷と青山が対峙していた。青山はひどく達観した表情で緑谷に笑みを浮かべる。
「ごめんね」
謝罪と共に額から流れるのは冷や汗か脂汗か。青い目が潤いを見せる。
「やっぱり僕は、パパンとママンの安全を守りたい」
水分が耐えきれず雫となって溢れ出した青山の背後に、風の如く現れたオール・フォー・ワンが宙に浮かびながらゆっくりと下降する。
「よくやってくれたね青山優雅。恐ろしかったろう、友を裏切るのは。心苦しかったろう、信頼されるというのは。よく乗り越えた!」
思惑通りに事が運びオール・フォー・ワンは優越そうに拍手を送る。しかし。
「…心苦しいなんてものじゃあ…なかったよ叔父さま!!」
「恩知らずめ」
青山がオール・フォー・ワンを拒絶し裏切り行為をみせたことで展開が怒涛の如く進む。オール・フォー・ワンの後方に黒いヘドロが出現し、中から死柄木を含め敵達が姿を現す。それを待っていましたと言わんばかりに青山と緑谷側に黒い渦、ワープゲートからヒーロー達が飛び出した。高らかに笑いながらワープゲートを使用してる物間は短期間にも関わらず個性を使いこなし、見事にヒーロー軍を移動させてみせた。アスファルトの路面がメリメリと音を立てて幾つもの巨大な檻が出現し、オール・フォー・ワンを始め敵達を閉じ込めるべくヒーロー達は奮闘する。対し敵は大人しく閉じ込められる訳もなく抵抗して檻を破壊。だがヒーロー側はそれも想定内。インカムから流れる合図に地面から新たに黒い檻が続々と現れて一部の敵を除いて閉じ込めた。息吐く暇も与えずワープゲートに向かって檻が一斉に動き出す。作戦通り敵を小分けに分割し確実に分断に成功。
「何…」
スムーズに進行してきたプランに予想外の出来事が起きる。緑谷の腕に巻き付いたワイヤーが、緑谷の進行方向を妨げて別のワープゲートへ吸い込まれた。
「ジーパンやべぇ!!やられた…!」
死柄木のために用意された上空に設置されている空中要塞。そこで待機していたベストジーニストに爆豪がワープゲートを潜り抜けた瞬間に声を荒げる。
「デクがいねぇ!!」
因縁に決着つける第二次決戦は波乱の幕開けとなった。
ワープゲートから爆豪とミルコ、エッジショットに天喰と波動が飛び出す。死柄木用に用意された空中要塞に学舎である雄英高校が依然と待ち構えていた。校舎の周りは幾つもの足場がワイヤーで繋がれている状態で設置されており、さながら巨大アスレチックのようだ。風切りが頬を撫で上げ、近場で着地できるワイヤーに視線を巡らせる。
「OFAデクがいないだと!?どうなっている!?」
「知るか!!別んとこに引っ張られた!!」
「まままマズいんじゃないか!?彼がいないと前提が崩れる!」
「皆に知らせなきゃ!」
「いーからやろーぜ。もう始まってんだ。有史以来の最凶の敵との戦いがよぉ!!!」
作戦の要ともいえるOFAデクがいない。作戦なんて全て上手くいく訳ないと思っていたが、まさかこんな序盤から破綻するとは。戦闘にやり直しは効かない。作戦通り遂行するにはデクが戻ってくるまで時間稼ぎするのが最善。ここで死柄木を倒せばなお良し。まぁ俺はぶっ倒す一択だがな。ワイヤーにバランス崩れる事なく足をつけ、死柄木の動向を赤い目が追う。死柄木は仕掛けられた罠に翻弄され、ベストジーニストの攻撃をいなしながら資材が台無しになるのではと煽る。
「察しが悪いな死柄木。脳がショートしたか?ここはお前を倒す為だけに造られた…天空の棺」
天井に仕掛けている触れたら硬直する電磁バリア。崩壊の伝播を防ぐ為に死柄木の個性が発動すると高く跳ね上がる地面ブロック。天空の棺を浮遊させる動力と電磁バリアの莫大なエネルギーを保つための資材は全て裏方にいるサポート科やヒーロー達が常にフルスロットルで動いている。
「これまでに積み上げられた全てがこの棺を動かしている。名誉でも栄光でもない。ただ来る明日を守らんとする者たちが動かしている。貴様の破壊を拒む者たちがだ!!」
足に力を込めてワイヤーから飛び、掌から爆破を起こし別のステージに移動する。爆豪の爆破を波動が個性で狙いを定めて当てようとしたが避けられ、死柄木は衝撃波を放とうと手を掲げる。
「無駄だよ。蛇腔でのクソゲーを忘れたか!?」
遠く離れたステージにイレイザーヘッドと物間が死柄木の個性を発動させまいと目を見開く。個性が発動しなければ残るのは肉弾戦。なのに死柄木の左手がズズッと肉が盛り上がる。
「ダイナマありゃ何だ!!情報を!」
「わかんね初見っ!?」
指の一本一本が箱にギチギチに詰めたような肉の塊がミルコに襲いかかった。
「おまえはカッコいい奴だと思ってた……本当がっかりだぜ、イレイザーヘッド」
なおも増え続ける指の形をした触手が視界に広がり、気付けば建物に叩きつけられた。コンクリートから地面へ落下してバウンドし、身を捻ってから体を起こす。
「ってぇな、えぇ!?」
ジャリジャリする口内を唾で吐き捨てて戦闘態勢を正す。するとミルコが負傷した義手と義足を新しいのに付け直して寄って来た。
「ダイナマぁ!チーム組んでまで戦ってんだ。しっかりしろ!」
「大・爆・殺・神ダイナマイトと呼べ!!てめーこそ真っ直ぐ突っ込んでんじゃねー!」
「あぁ!?いいなテメェ生意気だな!」
「おぉ!?なんだ、やんのかウサギやろー」
「集中しろ!」
「「あ!?」」
「返事はシュア!」
俺のせいじゃねぇわクソが。無数に膨れ上がる気持悪ぃ触手に一旦ベストジーニストがいるステージに退避する。抹消を解けば詰みの状況。さて、どう攻略すべきか。首元に手を当て思考を巡らす。
「OFAがいなくとも!我々で勝ってやろうじゃないか!!!」
「「「おう!!!」」」
「シュアベス…おう…」
深めの息を吐く。感情を捨てろ。心を捨てろ。余計なものを捨てて最善を尽くせ。迫り来る触手を飛んで躱し、足場の悪い触手の上を走る。触手は地形だけでなくワイヤーで繋いでる足場まで破壊した。武器ポーチから巻物を手に取り、普通の刀を呼び寄せる。足を止めず触手を幾らか斬り捨てるが死柄木本体にダメージが届かないばかりか、また別のところから増殖してキリがない。走る。走る。斬る。躱わす。走る。飛ぶ。どれだけ走っても中々死柄木に辿り着かない。
「この身体と力で、全てが僕の掌の上となる。僕かそれ以外の世界が生まれる…!姿も形も能力も、規格を失う程に分かたれたこの世界……行きつく先は断絶と崩壊だ。大きすぎる差異は不理解を生む。不理解は畏れと排斥を生む」
オール・フォー・ワンだか死柄木だかどちらか判別つかない声色で大きな独り言を叫ぶ。寂しんぼか?相変わらず話したがりが多いな敵って奴は。持っていた刀を肉に突き刺し宙へ飛ぶ。
「その結果が今じゃあないか。僕が統括すれば皆等しく被搾取側だ!ヒーローの望む平和な世界に一歩近づくとは考えられないか!?」
チリチリと目に微熱を帯び始める。
「てめーが今、死柄木かAFOか知んねーけどよぉ…聞くに耐えねーんだよ神野ン時から!一言一句!!」
ひゅるりと巻物を大きく広げる。巻物の内容はミミズ走りみたいな文字で綴られて簡単に読み解けそうにない。
「操具・龍千刃」
巻物から夥しい札付きのクナイが豪雨のように降り注ぐ。突き刺された場所から起爆札が発動していく。触手が爆破によって焼き尽くす。
「俺が風穴ァブチ空ける!!」
忍具が飛び尽きる前に爆豪の背中から機械が音を立てて展開する。サポート科が作ってくれた籠手より爆破の威力を底上げしたサポートアイテム。面制圧重装機動ストレイフパンツァー。動き回って充分に溜まった汗が爆撃となって発動する。
ドドドドドドドドドド!!!
クナイの雨から新たに絶え間ない爆撃が死柄木を襲った。
「本体潰すぞ!!!全員で!!」
今まで孤高に1人で戦っていた爆豪が高らかに叫ぶ。
『不理解は畏れと排斥を生む』
死柄木の先ほど発した言葉が脳内で再生される。今まで見て見ぬふりをして、耳を防いで口を閉ざして生きてきた嘘の優しい世界。保っていた偽りの関係に亀裂が入ったヘドロ事件で余計に出久との距離が遠のいた。無個性のくせに無謀にヒーローの真似事をした出久。あの時何もしなかったクズヒーローより、よっぽどヒーローらしかったお人好し。決戦前にお互いの誤解をようやく解けた。ちゃんと向き合って話をした。やっと初めましてと言って友達になった。お互い認め合った。もう息苦しく首を締め付ける蟠りはない。
「でかすぎる差異も、不理解もオソレもとっくに飲み込んだんよ俺ぁ」
激しい爆撃音に混じる爆豪の言葉がはっきりとベストジーニストの耳に入る。
『全部、俺が弱かったせいだ』
雄英に訪れて久しぶりに会う爆豪は儚さと気高くあろうとする強さを共存させていた。頑丈に鍵をかけられた鳥籠に閉じこもる狭い世界。盲目に、純粋に慕う師の存在。哀しい生き方をしていた。それでも強い想いと夢を追うヒーローの卵。あの時、ベストジーニストの言葉と想いは爆豪に届かなかった。けれど、今。
「そういうの全部一歩進んだとこ、もう見てンだよ。時間食っても進もうとしてる連中がいる事、知ってんだよ。よって余計なお世話だ指金玉野郎!!!」
個性と同じインパクトある強烈な強さ。まさに自ら光を発光する太陽の如く。
「大・爆・殺・神…ダイナマイト!!」
届かなかった言葉と想いは、既に彼の中に留めていた事実にベストジーニストは歓喜に震えた。
届かなかった言葉と想いは、既に彼の中に留めていた事実にベストジーニストは歓喜に震えた。
「ハウザーインパクトクラスター!!!」
KABOOOOM
今まで比にならない轟音。ひしめいていた触手が吹き飛ぶ。巡らせているワイヤーが爆風によって引きちぎれ、天空の棺が激しく揺れ動く。
「爆破を凝縮し、周囲への被害を抑えつつ威力は段違いに上げる…」
右頬が熱を帯び、右腕に嫌な音を立てた。
「素晴らしいから折った」
舞っていた土埃が晴れる。爆豪の右半分の顔が抉られ、右腕が死柄木によって骨を折られた。
逆に死柄木は火傷を負ったが超回復によって見る見るうちに再生していく。爆撃によって吹っ飛ばされた死柄木の左腕がまた指を詰めたような肉が盛り上がる。
「悪いが君の歩みや成長には依然興味がない」
「ダイナマイト!」
「接近できれば。なんて一体誰が言い出したんだ?僕に接近するということは____オールマイト並みのパワーをその身で味わうという事なんだが」
爆豪をゴミのように放り捨て、接近してきたヒーロー達を吹き飛ばす。
「ゴホッ」
痛む体と流れる血を拭って体を起こす。右目の視力が霞んで見えずらい。それでも死柄木から目を離さなかった。目を離せば死ぬことをオビトとの鍛錬で身をもって知っている。
「何を思い…何を目指す…爆豪勝己。ただ一点興味があるとすれば、君は緑谷出久と最も仲が良い」
痛む体。止まらない血。それでも俺は息をしている。まだ動く足と片手がある。心臓が動いてる。こんなの、どうってことないだろ。
「ジーニスト!!ミルコ!!エッジショット!!爆豪を守ってくれ!くそぉ!!」
ぐるり、ぐるり。目が燃えるように熱い。
「そいつは雄英を卒業してNo. 1ヒーローを目指すんだ!!」
相澤の慟哭は爆豪の耳に入らない。
ジャラリ、と鎖同士擦り付ける音を立てながら巨大な団扇を操る。折れた右腕の代わりに左で団扇を操り、身軽な体で体術を繰り出すがオールマイト並みのパワーがないため大したダメージを与えられない。
「緑谷出久はここに居る筈だった。そうだろ?なら遠からずここに戻ってくる。個性が抹消されてて逆に良かった」
指の塊が迫り、ボールみたく吹っ飛ばされる。
「個性が抹消されてて逆に良かった」
「うるっ」
身を起こそうとするが先に髪を足の指で掴まれ、とんでもない力で持ち上げられる。首を掴まれたのと同時に籠手を破壊された。発動していた面制圧重装機動ストレイフパンツァーが虚しく空を切る。
「死体が残る。くし刺しであの怒りようだったからなァ。良いプレゼントになりそうじゃないか」
「カハッ、ガッ」
「オールマイトが勝つところに憧れたんだっけ?現実を見よう爆豪勝己。君はどこまで行こうと緑谷出久OFAの金魚の糞だよ」
淡々と語る死柄木に首に手をかけた腕を、まだ動く左手で掴む。ケホっ、と乾いた空気を吐いた。
「るっせぇなぁさっきから…いつ俺がオールマイトを憧れたなんて言った?認知症か?妄言吐くのも大概にしろやクズ」
「何?」
「オールマイトは…No. 1ヒーローになるためのただの通過点。俺が憧れてる人は、ドブ生活でストーカーしてるテメェなんかより…数億倍強くてカッケェ人だ。デクがこうたらとか、成長興味ねぇとか知るかよ。俺もテメェなんざ興味ねぇわ気色悪ぃ。思い上がんのも大概にしろ寄生虫野郎」
「死に損ないのくせに」
爆豪の挑発に首を締める力が強まる。苦痛を浮かべる爆豪に嘲笑っていると、不自然に輝く赤い瞳と視線が交わる。ドクン!と鼓動が大きく鳴り、時間の流れが停止したような感覚に襲われた。
かかった
三つの巴模様を浮かべた赤い瞳が優越そうに目を細める。
手の集合体が引き締め合っている異様な空間。手に埋もれる形で貧相な形をした少年は膝を抱えて蹲っている。音もない静寂でたった独り。少年しかいない孤独で異質な空間でひたり、ひたりと誰かの足音が少年の耳に入る。
「え…?」
少年は不思議に思い目線を上げる。いつの間にそこにいたのか、薄黄色の髪に綺麗な赤い目をした青年がいた。
「よォ、初めまして」
青年は少年に手を伸ばし、掴んで離さない手を引き剥がす。幾分か少年の顔が見えるようになり、傷つけぬよう少年の顔に触れればくすぐったそうに目を細める。
「お前の名は?」
陽だまりみたいな暖かな手。穏やかな表情。こちらを見つめる眼差しは優しい。周りに恐怖しか抱かれず、僕のこと怖くないのかと少年は恐る恐る青年の顔色を伺う。青年は怒鳴る訳でも不快すら醸し出さず何だ?と首を傾げた。す、と指通りが悪い黒い髪をとかれる。
「名前、言えるか?」
ゆっくり言い聞かせる音色でもう一度名を尋ねられる。胸にポカポカとした名前も知らない感情に襲われた少年は口をぎゅっとつぐむ。数度空気を出し入れして、少年はつっかえながら言葉を発する。
「っ、ぁ…ぼ、くは…」
やめろ
地獄の底から轟くような声と共に暗闇が空間を覆い尽くした。
はっ、と意識を取り戻した死柄木AFOは冷や汗を流す。一体何をされたのか。多くの個性を奪い、多くの人に与えてきたが何も理解出来なかった。複数個性持ちじゃなかったはずだ。爆破だけの突飛しない凡個性。なのに今のはなんだ。
「爆豪勝己…僕に何をした」
明確なのは志村転狐精神に容易に入られたこと。精神干渉出来る個性なら有効性がある。しかし個性を奪うことよりも今すぐにでも殺さなければならない殺意の方が勝った。殺意高めた死柄木が爆豪に手をかけようとしたが波動に邪魔をされて中断する。波動と通形、天喰が爆豪と入れ替わる形で死柄木と交戦。通形によって救出された爆豪をベストジーニストがワイヤーで回収する。死柄木の攻撃でまだ体の震えがおさまらない。それでもこれ以上傷つけさせまいと長い腕で囲う。受け止めてから爆豪を見ればあまりの傷の酷さに息を呑んだ。一般人なら目を背く有様。ひゅー、ひゅーと息が浅く甘いニトロと鉄の匂いが鼻につく。デクがいない今、メンバーの中で火力が一番高いのは爆豪しかいない。折れた右腕を縫合すると声をかけるが黙り込んだまま。戦闘中で人目もあるにも関わらず爆豪は俯いて表情を見せない。頬を伝った血が地面に落ちる。
「……腕を見せろ。後は私たちが何とかする。死柄木アレはもう別次元の領域にいる」
戦意損失という言葉がベストジーニストの脳裏に過ぎった。それもそうかと納得する。よくやった方だ。これ以上ない功績だろう。爆豪をイレイザーヘッドの所まで連れて行かねば。
「死柄木との接敵経験を活かせる余地は最早ない。よくやった…もう大丈夫だ。もう」
「ベストジーニスト、早よ腕なんとかしろ」
「ダイナマイト」
「まだ負けてねェ…俺たちは、勝つんだろうが…!」
昂る気迫と同調して輝く赤い瞳にベストジーニストは己の愚かさを知る。死柄木に暴力的な攻撃を受けてもなおまだこの男は、それでもまだ諦めていない。
「すぐに縫合する!」
死柄木と交戦する通形達を横目にベストジーニストは警戒しながら腕を縫合し始めた。
血を流しすぎて貧血気味になっているのが分かる。けどアドレナリンのせいか、死柄木をぶっ飛ばしてぇからなのか激痛を感じない。負けるつもりは毛頭ない。先輩達を蹴散らした死柄木が睨みつけるように顔を向ける。タイミング良く腕を縫合し終えたため立ち上がる。
「ば…」
「他の皆頼むわ」
先輩らが踏ん張ってくれたのに休んでなんかいらんねぇよな。
「勝つぞ、トビ」
かじり
首筋に歯を当てたままのトビに声をかければより一層歯を突き立てられる。視界が一瞬ブレたが直ぐに鮮やかな色彩に戻った。
「勝たなきゃなぁ……出久…」
爆豪の僅かにしか開けられない右目の巴模様がぐるりと回る。ぐるり、ぐるり。巴模様から三本刃の鎌のような黒い模様へ。
「ダメだ行くな!!」
ベストジーニストの言葉を置き去りにして一歩踏み出した瞬間、目に追いつけない速さで死柄木の顔面に爆破を浴びせる。爆豪のスピードに目を見開いたが死柄木はすぐさま薙ぎ払う。攻撃が当たる。そう思われたが爆豪は避けるどころか通形と同じようにすり抜けた。
「何っ…!?」
ボッボッボッ!
爆破を起こし、振りかざす拳をすり抜けて死柄木を翻弄する。右目から流れる赤い涙。限界を訴える右目にすり抜けて死柄木の背後に回る。脳裏に火花を散らす音が止まない。今まで比にならないぐらい身体中を巡る熱。思い通りに動く身軽な体。吹き出る血や痛みは感じない。
これで俺も、最高のヒーローになれたかな
「ぶっ壊れろ!!」
本当ニイイノ?
あぁ
月ノ眼ヲスレバ ミンナ救エルノニ
いいんだ
英雄ニダッテナレルノニ
いいんだ
人間ッテ ヨク分カラナイ
ごめんな
イイヨ 君ダカラ イイヨ
ありがとう
コッチコソ
アリガトウ
爆豪の爆破は残念ながら当たらず、死柄木の重い攻撃を受けた。血潮を撒き散らしながら地面をバウンドする爆豪の首元から丸い物体が躍り出る。大きな赤い一つの瞳から流れる雫。自然の集大成と呼ばれる十尾が1人の人間に涙を溢す。チャクラを蓄えて口元に備えた赤黒い小さな球体を放った。刹那、死柄木を中心に天井まで届く火柱。高密度に凝縮されたトビの攻撃は流石の死柄木も苦痛の叫びを上げる。投げ出された爆豪をベストジーニストは必死に手を伸ばす。届け、届いてくれ!と願うも届かず空回る。ドサリ、と音を立てて地面に横たわった爆豪に急いで駆け寄れば思わぬ光景に目を大きく見開く。
「心臓が…………」
虚な目。口元には血を吐いた跡。胸に内側から破った穴。もう助からない。一目瞭然の即死。絶望と悲しみがヒーローにのしかかった。
《ぎぃ…》
悲しみに暮れるヒーローと傷を修復する敵を他所にぽてり、ぽてりと小さな体が少しずつ塵と化しながら危うい足取りで爆豪の元へ駆け寄る。冷たくなった掌にその身を擦りつけた。大きな瞳から涙が溢れる。雫が地面に落ちるその前に、蒸発して空気へ消えていった。
ちり、ん
血で汚れた鈴が場違いに綺麗な音を鳴らした。
星が降る青い空間。建物も地形すらない幻想的な空間に爆豪はぽつんと立っていた。折れた腕や血に濡れた跡がない。むしろ戦闘した痕跡がなく身綺麗な姿のまま。ぱちり、ぱちりと瞬いてから口角を不器用に上げる。
「死んじまった…」
眉を下げ、目尻を緩ませた情けない表情。なのにどこかやりきった顔。
「わりぃ、オビト」
紫装束を着た男はため息を吐く。
「早すぎるぞ、バカ勝己」
呆れるオビトに飛びついた。
33
深淵に近い最下層の地獄。光がない漆黒の闇に罪人の苦痛と狂った叫びが永遠とこだまする。怨念と情念で作られた地獄の炎が、恨み辛みを罪人に聞かせながら骨がなくなるまで焼き尽くす。しかし死の概念が断ち切られた地獄では焼き尽くされた罪人の体は再び構築され、業火によって炭になるのを永遠と繰り返す。何百回、何千回、何億回。己の罪がなくなるまで痛みと苦痛、生と死を何度も繰り返す。生前がどんな殺戮者であれ、頭がイカれた変人であれ。深淵に近い最下層の地獄でまともに正気を保ってはいられない。だが1人だけ正気を保つ罪人がいた。生前数多の人を騙し、世界を欺き、大国を巻き込んで戦争を起こした偽りの中で生きた復讐鬼。名をうちはオビト。彼はこの地獄で唯一、正気を保って罰を受ける大罪人である。
ジャラリ、ジャラリ
逃げ出さないよう縛りつけた重くて太い鉄の鎖が擦れる。”お前のせいで”と責め立てる恨みが込められた業火の炎。脳が拒否反応するほど酷い匂い。気が狂って発狂した他の罪人達の声。この地獄に落とされて淡々と罰を受け入れてからどれぐらい経っただろう。光がない暗闇では時の概念すらない。そもそも死んでいる時点で関係ないがそれでも気が狂いそうになる。いっそ考えない方が一種の幸福だろう。
『 オビト 』
君の声が、君の笑顔が。地獄に堕ちてもなお俺は自我を保てていられる。高望みなんてしない。リンと同じ場所なんていけやしないと分かりきっていた。俺とは違ってリンは誰よりも善人で優しい子。優しいあの子はきっと天国にいる。いや、むしろ輪廻に回って新しい人生をおくっているに違いない。カカシやミナト先生、ナルトもきっとリンと同じ場所にいるだろう。忍とは多くの人間を殺めるもの。仕方のないことだが彼らはその中で英雄として讃えられた。
多くの任務をこなしたことじゃない。人を救った名誉ある英雄こそがナルト達だ。多くの罪を犯した俺が同じ場所にいけると思うほど厚顔無恥じゃない。当然の裁定。俺より罪深い人間はそうそういやしないのだから。このまま炭さえ残らず消えてしまえばいい。輪廻に回らぬよう魂ごと焼き尽くしてしまえ。想いをのせた。夢を託した。願いを呑み込んだ。悔いはない。何も望まず、誰にも知られずこのまま朽ち果ててしまえばいい。輪廻転生できないほど魂が消滅するまで何百年、何千年とその時を待ち続けた。だが俺の願いは一人の仙人によって阻まれる。
「オビトよ。其方に更なる試練と罰を与える」
お前も死んでるくせに。いつまで神様気取りだクソジジイが。反発しようにも灼熱で喉を灼かれて声すらまともに出せない。
「しばし懺悔の旅に出よ」
暗闇に慣れきってしまった目に突然の光はあまりにも眩しすぎた。点滅する視界を瞼で閉じる。
ヒュルリ、ヒュルリ
耳元で風を切る音。酷い匂いが一切しない。炎の熱から寒さへ変わった。眩くて目を瞑っていた瞼を開けばそこには青く澄み切った世界。
「なんでこうなる」
バサバサと袖の音を立てて重力に従って降下する。飛ばされた先がまさかの清々しい青空。既に死んでいる身。このまま落下死してやろうか。いや、死んでもどうせ元に戻るだけかもしれん。何が懺悔の旅。懺悔なんてずっとしている。リンが死んでからずっと、ずっと、ずっと、ずっと。死んでからも後悔しているのにこれ以上何を悔い改めなきゃいけない。俺は一刻も早くうちはオビトという存在を消してしまいたいだけなのに。俺の計画は何故こうも上手く事が運ばないのか。
「考えても無駄か」
力を抜いた体が風を切る。地表が見え、落下地点の場所に目を向けるとあたり一面の緑。付近に建物は見えない。人目がない山なら都合がいい。肉眼で見えるほど地面が鮮明に見えた矢先、落下地点に人がいた。ただの一般人なら騒ぐこともない。だが明らかに子どもを抑え込んで周りを数人固めてるのは事案だろう。子どもが1人、大人が5人。ガキの頃から運がないと思っていたが此処でも運がないとは。息の根を止めるのは生かすより至極簡単なこと。証拠隠滅だって慣れたもの。だが人前に出て厄介ごとになるのは面倒くさい。こういうのは放っておくことが一番。木の上に着地して枝伝いに移動すれば面倒ごとに巻き込まれずに済む。万が一気づかれても写輪眼で操ればいい。俺は善人じゃない。どうでもいいことに関与しない主義だ。無視さえすれば、見捨てれば巻き込まれずに済む。そう思っていたのに。
「たすけて!!!」
その声に、何故か身体が勝手に動いてた。瞬く間に子ども以外薙ぎ倒して昏倒させる。微かに呻き声を上げる敵を他所に子どもの様子を見る。顔に殴られた跡以外大した傷は見受けられない。
「小僧、怪我はないか?」
膝を折って視線を合わせる。面倒になる前にコイツの記憶を消して街に行くよう誘導しよう。目にチャクラを流し込む。しかし袖を引かれたことによって中断された。
「?おい」
「俺を弟子にしてくれ!!」
思わず口角が引き攣る。この砂利はなんと言った?一瞬自分の耳の遠さを疑う。
「あんたの名前、教えてくれよ」
息が詰まったような気がした。真っ直ぐ見上げる柘榴を煮詰めた赤い目が。子供特有の高い声が。袖を掴む汚れを知らない小さな手がなんだか不気味に見えた。自分とは正反対の存在。なのにかつての愚かだった幼少期の自分が重って見えた。
『俺の夢は火影になる!』
ドロリとした嫌な物が首元まで迫り上がる。
やめろ
そんな目で、その声で
俺を見るな
俺に触るんじゃねぇ!!!
焦燥に駆られてガキの腕を振り払いその場を去る。気持ち悪い。ドロドロしたものが胸に居座って上手く言葉に表せない。謎の感情に苛まれる。ただのガキ相手に、成熟しきってないただのガキに動揺してしまった。大罪人であるこの俺が、世界を騙したうちはオビトが。ガキ相手に狼狽えるなどと。ジジイが見ていたらきっと鼻で笑われる違いない。胸に燻る蟠りを抱えながら緑葉の木々の隙間を駆け抜けていると突如ピン、と線を張ったような、緊張感を感じさせる感覚に立たされた。駆けていた足を止める。まだ山の中間地点。天候は晴天の見晴らし良好。なのにこの先進むべきでないと本能が告げる。念の為目にチャクラを流し込んで右手を伸ばす。ピシッ、と嫌な音を立てて指先に痛みを感じた。
「っ!!?」
手を引っ込めてすぐさま後退する。手袋を脱いいで右手を改めて確認すれば指先に小さな罅が入っていた。万華鏡写輪眼、神威は時空間忍術で時空間を介して発動する代物。そんな能力を発動していたのにも関わらず指先に亀裂が走ったのは初めてのこと。予想外のことが起きてしまった。何故、どうしてだと疑問に埋め尽くされる。しかし暗躍していた優秀の脳が疑問の渦から告げた。碌でもないジジイ六道仙人のせいではないかと。
「お主には出れんよ。オビトよ」
緩慢に視線を後ろに流す。そこには悠々と居座る六道仙人の姿。
「どういうことだ」
「それがお主の罪であり、罰であり、業である。そなたの万華鏡写輪眼を持ってしても崩れるほどの結界がこの山に張られておるのだ。崩れたくなければ大人しくしておくんだな」
「あんたが仕掛けたんじゃねーのか」
「いいや、ワシにそんな力はない。この世界がお主に下した対価だ」
「世界?随分とスケールが大きい話だ」
「この世界は等価交換によって定められておる。何かを買うためには金を。何かを得るためには同等の対価を。力を持つならば何かを犠牲にしなければならない。そなたは違う世界からやって来た異物。しかしワシを通してやって来た観光客のようなもの。だがお主が抱える罪の大きさがこの世界では危険視と見なされ、一定の範囲から出られぬよう結界を張ったのだ」
腑に落ちない。納得できない。俺を異世界に飛ばしておいてこの仕打ち。六道仙人のせいかと思っていたがまさか世界から枷を付けられるとは。
「あんたは言ったよな。懺悔の旅だと。これじゃあその懺悔の旅とやらが出来ないんだが?」
「懺悔とは自分の犯した罪悪に気づき、それを神仏や他人に告白し悔い改め誓うことを示す。お主が罪と向き合い、誓えばそれで良い」
それはもう地獄でしてきた。己を恥じ、許しを乞わず罪と向き合って炎に身を焼かれ続けた。うちはオビトの魂ごと消滅したいと望んだのにそれ以上何を望む。何に誓えという。こんな意味の分からない世界に飛ばされて何が懺悔。何が誓い。ふざけるのも大概にしろ。
「お主はまだ己の罪を分かっておらぬ。故に世界がお主に枷を付けた。世界が認めぬ限り主の枷は外れない」
「はっ、なら結界の外に出てやろうか?そしたら地獄に戻れんだろ」
「無駄だ。そうすればお主の業が更に重くなるだけ。罪を重ねれば世界から相応の枷を付けられる。消滅することはないが罅割れたまま人の街に繰り出すつもりか?やめておけ。お主はすでに生を絶たれた紛い物。紛い物が人の世に溶け込めるわけがない。自分とは何かが違う。それだけで迫害するのが長年の人の罪。違うか?」
六道仙人の言葉に反論できず口を閉じる。うちはの落ちこぼれだった頃の記憶と鬼鮫の存在、暗躍していた醜い争いが脳裏によぎった。
「しかしこの世界で出会ったあの童なら、きっとお主の希望となる」
「は?」
「己の運の良さを誇るといい。あの童ならば、お主の懺悔に付き合ってくれよう」
「おい、何言って」
「山から出られんお主に住居ぐらい用意しよう。人目つかぬよう用心することだな」
さらばだ、と言いたいことを一方的に喋って消えていった仙人に拳を力強く握る。
「っっざけんなあのクソジジイィィ!!!!」
オビトの声に鳥が数羽、森から飛び去った。
異世界に飛ばされて約1年半。世界から枷を付けられたせいで降り立った山から出られない。変哲ないこの山でのんびりと過ごしている。今まで殺伐した身を置いていたせいか、この世界は欠伸が出るほど退屈。隠居並みの暮らしだが軟禁に相違いない。山から降りれない不便さ。退屈ですることがなく置かれている立場に大変不服だ。不服といえば他にも悩みの種がある。
「なぁなぁ!他に知りてぇことねえ?俺にできることならなんでも言ってくれ!そんで弟子にしろ!!」
「今んところ知りたいものはないし、弟子にするつもりもない」
ギャーギャー喚く砂利を木の上から見下ろす。こうでもしないと近づこうとするもんだから用心している。この世界で砂利を助けてからというもの、何故か俺を目当てに山に来ている。頻度はそう多くない。忍んでいるのにも関わらず4割の確率で出会う。俺の運の悪さか、砂利の豪運のせいか。まだ住処はバレていないのが幸い。砂利とこうして会っているのは情報を得るため。不本意に動けない俺にとって実にいい情報源。鬼鮫に負けるが中々忠実でいい駒だ。
この世界は六道仙人の言った通り等価交換によって定められている世界らしい。何の変哲もない、力も持たなかった平穏に突如として力を得てしまった赤子が生まれたことによって始まった。そこから力を得る赤子が生まれ続けて超常社会へ変貌を遂げる。個性因子という摩訶不思議な物質が俺の世界でいうチャクラ。だがチャクラは五大性質変化によってそれぞれ決まった能力を使うが、この世界は個々の力で多様性になっている。羨ましい限りだが力を使うには何かが劣ってなくてはならない。出会ってしまった砂利の個性は爆破というどこぞの先輩と似た力。だが使うには汗が必要で使い続ければ手が痛み出すという。等価交換の世界ならそれが妥当か。個性あふれる超常社会で珍妙なことにヒーローというものが人気らしい。犯罪者を敵ヴィラン、そいつらを取り締まるのが英雄ヒーロー。争いが絶えなかった俺のいる世界とはまた違った勧善懲悪。普通から娯楽化してしまった世界。
「あんたみたいな強いヒーローになりてぇんだ!!」
英雄などと。夢をみたって叶いやしないのに。俺は英雄の夢を諦め、偽物の世界を捨てて新たな世界を作ろうと奔走した。力をつけて、騙って、もうすぐ叶おうとした矢先に計画は頓挫されて裏切られた。惨めで愚かな人生。夢に想いを馳せるのはいい。ただ夢ばかり語って実行しない無能は大っ嫌いだ。
「なぁ!あんたの名前教えてくれよ!!」
英雄なんて柄じゃない。お前は何故俺に英雄像を重ねるのか理解に苦しむ。何も出来なかったクズ。英雄になり損ねた亡霊なぞお前が理想とする英雄像が崩れるだけだ。
「……もう陽が暮れる。さっさと帰れ」
「まだ待っ…!!」
輝いていた赤い目が濁っていく。さっきの勢いが緩やかになって大人しくなった。
「山を降りて大人しく帰れ。いいな?」
「……」
こくり。
踵を翻して山を降りていく小さな背を見送る。もうすぐ逢魔時。紛い物が現れる時間。
【ドコォ?ド、コ…?ドォコオ?】
【殺シテヤル、殺シテヤルゥゥウ!!!!】
【オ”ドォ”サン”?ナンデ、殺シタノ”ォオ”?】
【ボウ、ボウ…アタジノボウヤ”ァ”】
この山は霊力が強いのか、生を絶たれた紛い物が多い。霊感がなかった俺がこうしてアイツらを認識できているのは同じ死人で紛い物だから。死人に近付くのは生きる奴にとって危険でしかない。本能が警告してくるはずなのに、あの砂利はなんでこんな山に来たがるんだか。五体満足で帰すのは骨が折れる。
「実に面倒だ」
同じ紛い物が。あの砂利の存在が。懺悔も含めて全部面倒くさい。
「火遁・豪火球の術」
紛い物が悲鳴を上げながら炎に焼かれて消えていく。空気がだんだん湿っぽくなってきた。そろそろ梅雨の時期がやってくる。
今日こそ見つけてやる
今日こそ名前を教えてもらうぞ
胸を弾ませながら今日も今日とてもスキップしそうになる軽やかな足取りで山道を登る。
「あ、四葉」
視界のふしに四葉のクローバーが映る。雑草なんか普段なら素通りするが四葉を見つけるなんて稀にない幸福。四葉のクローバーを丁寧に摘み取ってポケットからハンカチで包む。
「今日こそ会えますように」
願いを呟いてハンカチをポケットに入れ、山道を駆け出した。
俺は命を救われた。オールマイト以上に強い木の葉のようなヒーローに。いや、ヒーローじゃねぇけど俺にとってヒーローだった。そのヒーローと出会ったのは家族とハイキングに出掛けた日。晴れやかな晴天に暑くも寒くもない平温。快適なハイキング日和。小休憩の時、親ととほんの少し離れた瞬間に狙われて誘拐された。敵の会話的に売り飛ばすみたいな話をされて恐怖を抱く。自慢の爆破は通じない。筋肉ついてない手足じゃやっつけられない。みっともなく、惨めな気持ちになりながら助けを呼んだ。こんな山の中で獣道を進まれちゃ誰も助けにやって来ない。そう思っていたのにその人は突如空からやって来た。個性を使わず、ただの体術で敵を倒した。木の葉のように軽い身のこなしで、何事もなかったかのように涼しげな表情で敵を倒す姿にオールマイトを初めて知った時と同じ感情を、いや、それ以上に惹かれた。圧倒的強者に畏れ、魅入ってしまった。誰よりもカッコよかった。オールマイト以上に強い。きっと誰もあの人に敵わない。圧倒的強者に出会ってオールマイトしか知らなかった世界が塗り替えられる。俺も同じようになりたいと、あの人みたいな強い奴になりたいと望んだ。
また会いたくて約1年半、もうすぐ2年目になるが通い続けて未だあの人の名を知らない。会える確率は少ない。会えたとしてもそれは情報を知りたいだけ。普段はあしらわれて終わる。せっかく時間かけてやって来たのに夕方になる前に気付けば帰されてる。そんな対応されても別によかった。だってあの人が望む情報を掴めば黒い目がこっちを見てくれる。邪険にされても夕方までは一緒にいてくれる。ぶっきらぼうに見えてちょびっとだけ優しいのを知ってっからいいんだ。でも俺の願いはあの人の弟子になること。そんで名前を知ること。何年かかっても絶対に諦めねぇ。俺は決めたことは絶対に曲げねーからな!
「かっちゃん!」
聞き覚えのある声に足を止める。声がした方向に顔を向ければ少し離れた場所にデクの姿。木の影にいるせいで暗くて顔はよく見えない。
「デク?なんでこんな所にいんだ?」
「こっち、こっち来てかっちゃん」
訝しげながらデクの元へ向かう。川のせせらぎがいつもより大きく聞こえた。飛び越えれるほどの小さな川をジャンプする。
「うわっ!」
ばしゃん、と距離が足らずに川の中へ落ちる。足首しかつからない浅瀬でよかった。ズボンと靴がびしょ濡れで気持ち悪い。
「大丈夫?」
「あぁ、平気、だ…?」
なんだ?なんか、気持ち悪い。変な違和感を抱き、近寄ってきたデクの顔を見る。どこを見ているか分からない陶器じみた緑の目が、ギョロリとコチラを見た。
「!!」
パシンッ!
伸ばされた手を振り払って川から出る。待って!と背後からデクの声。嫌だ。なんか、嫌だ。捕まっちゃいけない気がする。もつれそうになる足を必死に動かして目的地のない道を走る。伸びた枝が肌を切って鈍く熱を帯びる。草や土が頭やら足やらあっちこっちにつくがどうでもいい。背後に迫るデクから逃げるべく雑木林を掻き分けた。
「かっちゃん、どこ行ったんだろ」
逃げ切られて取り残されたデクはぽつんと佇む。頭を悩ますデクに近づく黒い影。
【手軽ナ器、見ツケタ】
デクは動かない。
【俺ニ寄越セ】
バクリ
影が飲み込む。
ぽつり、ぽつりと雨が降ってくる。息を切らしながら爆豪は雨宿りできそうな木に寄りかかった。
「は、は、は…ゲホッ!はぁ、はぁ………ここ、どこだ…?」
あの人に会うべく何度も山の中に入って探し回ったとしても、それは自力で帰れる程度にしか探していない。闇雲に見知らぬ山へ挑むほど無謀じゃない。でもデクから逃げるべく見知らぬ道へ足を踏み入れてしまった。帰るべき道は分からない。どうすべきか鈍い思考じゃ判断できない。こんなことなら、来た道を素直に引き返せばよかった。
「ぐすっ」
目の奥から迫る熱を拭う。今はこの状況をどうにかしなければ。手の痛みを覚悟して空に向かって飛び立つしかない。手のひらを小さく爆破させて慣らそうとしようとした。
「かっちゃん」
息を呑む。まさか、そんな。ゆっくりと首を捻る。そこには笑っているデクの姿。
「かっちゃん」
伸ばされる手。固まって動けない体。冷たい手に掴まれる。こんなにデクの手は冷たかっただろうか。思考がぼんやりし始める。
「あの人を探しているんでしょ?僕なら、居場所知ってるよ」
いやだ。たすけて。名も知らないあの人に望んでしまう。けどもう、その望みすら抱かなくなった。
「かっちゃんの願い、僕が叶えてあげる」
おれのねがい
名も知らないあの人に、あうこと
【「ソノ願イ、聞キ届ケタ」】
黒いモヤが爆豪を包む。黒い影から解放されたデクはパラパラと紙屑となって散っていった。
この世界にやってきて考えることが増えた。ずっと罪にしか意識向けていなかったのに今じゃ己に対して考えさせられる。そうなったのは全てあの砂利のせい。俺の弟子になりたいと戯言を吐き、1年半もかけて会いに来る阿保な奴。
かつての己は口ばかりのクズだった。英雄になりたいという夢を語って背伸びしようとした幼稚な自分。帰るんだと躍起になっていた地下生活を過ごした愚かな人形。想い人を見殺しにし、マダラと名乗って夢の世界を作ろうと決意した復讐鬼。この世界ではトビでもマダラでも亡霊でもない。うちはオビトとして立っている。オビトとして生きたのはマダラと名乗る前。人生の半分以上マダラとして生きてきた。その弊害もあって前の自分がどんな風に過ごしていたかなんてあまり覚えてない。そもそも過去の自分を憎んでいた。嫌悪さえ抱いた。自分が大っ嫌いだった。うちはオビトなのに自分の生き方さえ分からない。殺めた数が多過ぎて血の匂いが鼻の奥で燻る。騙るのが心苦しいと思わなくなってしまった冷めた人間。戦争まで起こした大罪人。そんな俺にあの砂利はまっすぐ、純粋な目で見上げてくる。ずっと同じ表情。どれだけあしらっても、邪険にしてもめげなかった。「弟子にしてほしい」と、「名を知りたい」との繰り返し。それが苦痛で後ろめたさがあった。なんで俺なんだ。他にもヒーローとやらが沢山いるだろうに。気になってノアザミが咲く時期にどうして俺なんだと砂利に問いかけたことがある。すると砂利は。
『あんたが一番強くてカッコいいから』
柘榴の目を輝かせて、頬を赤く染めてまで興奮気味に話す小僧に未知の生物と遭遇したような目を向けてしまった。子どもという軟弱な生き物は理解に苦しむ。
強いのは当たり前だ。マダラとして騙っていたから強くならなきゃ畏怖されない。カッコいいのは分からない。うちは一族は美形揃いだが、俺は落ちこぼれの中の落ちこぼれ。うちはの面汚し。瓦礫によって出来た酷い傷がある歪んだ顔。容姿にカッコよさなんてない。どこらへんがカッコいいというのか。小僧の目は濁っている。英雄になると語るならばせめて目利きぐらい養ってほしいものだ。
『また来るからな!弟子にしてくれるまでぜっってーに諦めねーから!!』
分からない。マダラの役目を終え、死人であるうちはオビトになんの得もないというのに近づいてきたあの小僧が分からない。
ぽつり、ぽつり
湿った空気。どんよりした雲から雨粒が落ちてくる。そういえばあのガキは個性の影響で雨が苦手といっていた。なら今日は会わなくて済みそうだ。
ざわざわ、ざわざわ
雑木林が風の影響で騒ぎ立てる。遠くの方で雷鳴が産声を上げた。ほんのわずかな違和感。ちょっとした胸騒ぎ。気のせいだと思いながらも足は勝手に外へ向かっていた。
「はっ、くそッ」
駆ける。駆ける。早く、早くと急かされるように駆けていく。顔に張り付く髪と雨粒が鬱陶しい。リンが雨隠れに誘拐された時と同じ焦燥感に苛まれる。そんなはずはないと、大丈夫だと自分に言い聞かせる。駆けて。駆けて。緑葉の木々から開けた場所へ辿り着く。木々がなくなってので枝から地面へ足をつけた。開けた場所の中心で雨に打たれながらポツリと佇む小僧の姿。
「…………」
雨脚が強くなる。俯いていた爆豪の顔が上がる。体の半分が黒いナニカによって覆われていた。
「!?」
【ホラ、出会エタダロウ?】
「………ぁ…」
クナイを取り出す。ゴロゴロと雷鳴が鳴り、地面に叩きつけるほどの雨が降る。この山には器を持たない紛い物が異様に多かった。だが視えない者にちょっかいをかける力はない。逢魔時でないのに何故。
澱んでいた柘榴の目に光が宿す。オビトを目にした爆豪は目尻を緩ませた。
「やっと、会えた…ずっと、さがしてたんだ……」
活発だった声が微かに震えている。雨に打たれた寒さからか、ナニかによって苦しんでいるせいか。
【コイツノ願イハオ前ト出会ウコト。ダカラ叶エテヤッタンダ】
不協和音の声でニタニタ笑う紛い物。等価交換という文字が脳裏に過ぎる。願いの対価に紛い物を取り憑かせたのか。胸の内がカッと燃え盛る。
「お前…!自分が何してるか分かってるのか!!?」
“会いたい”
そんなちっぽけな願いで自分の体を差し出すなどと。分からない。理解できない。そうまでして叶えたかった願い。俺はそこまで値する価値なんて何もないのに。何故。
「あんた、は…おれ、の、ヒーロー…だから」
「っ!!」
「あこがれ、なんだ…つよ、くて……カッコいい…ヒーロー……」
黒いモヤが爆豪の体を少しずつ侵食していく。完全に覆い尽くすのは時間の問題。柘榴の色が徐々に澱む。
「ごめん、ただ、あんたに…会いたかったんだ」
黒いモヤが爆豪の体を少しずつ侵食していく。完全に覆い尽くすのは時間の問題。柘榴の色が徐々に澱む。
「ごめん、ただ、あんたに…会いたかったんだ」
クナイを握る拳が強くなる。これは、この感情は、なんだ。なんと呼べばいい。感情が気薄い俺では分からない。ナルトなら分かるだろうか。
「だ、から、ごめ、ん…ケジメ、たのむわ。も、う…おれじゃ、できそうに…ね、ェか…ら…」
爆豪は悟ってた。あの時、気味悪いデクと出会った時点で詰んでいたのだと。願いをこぼした時、助からないと。
「あん、た、になら、なにされても…いい…」
後悔はある。けれど憧れの人の手によって救われたなら、これ以上ない惜別の花。
「あんたなら、いいよ」
苦しいだろうに苦しみを浮かべず穏やかな顔。そんなの、ガキがしていい顔じゃない。あの日、カカシもリンに手をかけようとした時もこんな気持ちだっただろうか。地面がグラグラする。そう、リンが死んだあの日と同じ感覚。
「…っっ」
俺はまた繰り返すのか?愚かな行為を続けていくつもりか?違うだろ。俺は、うちはオビト。亡霊でも復讐鬼でもない。英雄になりたかったうちはオビトだ。
「はぁぁぁ」
溜めてたものを一緒に吐き出すように長い息を吐いてクナイを回転させて鋭利を向ける。赤い瞳が真っ直ぐ子どもの姿を捉える。爆豪はそんなオビトに動かし辛い腕を広げた。
「安心しろ。痛みは一瞬だ」
「…」
「何か、言い残すことは」
落ちそうになる意識を引き留めて最期の願いを呟く。
「おれ、の、ひぃろー…あんた、の、なま、え…は…?」
出会ってから今日に至るまでずっと言い続けた願い。逃げられ、躱わされて聞けなかった憧れの人の名前。
弟子になるのは結局叶わなかった。けれどこうして最後に出会えて、名を知れただけで十分だ。
「オビト。うちはオビトだ」
ようやく憧れの人の名を知れた爆豪は嬉しそうに、幸福に満ちた笑みを浮かべた。
「ありがとう、俺のヒーローオビト」
ズシャァ!!
黒いモヤが完全に覆い尽くすまもなく、小さな体から派手に血潮が吹き出した。ごぼっ、と口から血反吐が吐き出す。クナイで体を貫かれた子どもは、その輝く赤い目を鈍く曇らせた。
【クソ、クソ、ク”ソ”ォ”ォ!!モウ”少シダッダノ”ニ”ィィ”ィ”!!!】
黒いモヤが消え、子どもの体内を腕まで貫通したクナイごと慎重に引き抜く。肉を掻き分ける生々しい音が嫌に耳についた。反動で倒れる小さな体を受け止める。雨はまだ止まない。用済みのクナイを落とし、できるだけ雨粒から身を守るように冷えていく小さな体を抱きしめる。膝をつけばぬかるんだ泥に足が塗れた。死にいく体を抱きしめるのはこれで二度目。今度はあの時とは逆の立場で己の手で終わらせた。
「………」
ぽっかり空いた穴から流れゆく見慣れた赤。自分で開けた穴を蓋で閉じるように手で覆う。無意味な行動だと分かっている。ただの気休め。これはただの自己満足。
「お前は馬鹿だ、大馬鹿者だ。この俺を悩ませたのは生前でも死んだ今でもお前だけだ」
大罪人の俺を英雄と呼んだ。弟子になりたいとめげずにこんな山まで来て、名を知りたいと紛い物に体を差し出す大馬鹿者。名は一種の呪いだとクソジジイは言っていた。昔話や玄人語りは年寄りの醍醐味。マダラは特に迷信物や言い伝えを大事にする。名を知るということはそいつ自身を掴むということ。運命を握るということ。名は縁を結び、切ることができる呪い。だからこの世界に来て名乗らなかった。元の世界に戻るために地に足をつけてたまるかと名乗らずにいたのに。こっちの気も知らねぇで勝手なことばかり。お前はどうしようもない大うつけ者だ。
「弱くなった、な…」
弱い人間になった。心が弱くなった。こいつと出会ってしまったからだ。ただのうちはオビトとして見てくるこのガキに。英雄の夢をみるこいつに絆されてしまった。だからしょうがない。しょうがないんだ。
『あんたみたいな強いヒーローになりてぇんだ!!』
眩い光を見た。穢れを知らぬ純粋無垢な光を。また夢をみていいだろうか。また愛して信じていいだろうか。英雄の夢を語る子どもに夢をみた。こいつなら、もしかしたらなれるんじゃないかと。英雄の姿を見てみたくなった。
「本当に良いのか?オビトよ」
六道仙人が予告もなしに現れる。俺は小僧に目を向けたまま六道仙人に問う。
「…止めるか?六道仙人」
「ワシに止める権利はない。お主の選択はこの世界が定める。しかし意外だな。お主ならその小僧を見捨てると思っていたぞ」
「だろうな。昔の俺ならそうしていただろう」
利用して、切り捨てて。どうでもいい奴は見殺しにしてきた。そんなクズな人生。
「でも俺は、こいつの英雄だ」
カッコ悪いとこは見せらんねぇだろ。
「ふ、そうか。ならばワシから言うことはない。今日で其方と会うのは最後になる」
「せいせいするな」
「元の世界に帰る条件だが、お主の懺悔の旅が終われば自然と帰れる。それがいつなのかはこの世界の判断次第だろう」
「そうかよ」
「お主にこれからの幸福を願う」
すっ、と六道仙人が指を指せば爆豪のポケットからハンカチがひとりでに飛び出る。オビトは黙ってその行方を追う。ハンカチの隙間から歪な形の四葉のクローバーが落ちる。四葉のクローバーをハンカチが包んだと思えば生物っぽい形が出来ていき、バサリ!と音を立てて羽を広げた。
《カァア!!》
「は?」
「こやつが、其方をサポートしてくれよう」
不気味な鳥がオビトのそばにやってくる。姿と鳴き声からしてきっと烏だろう。黒じゃなく真っ白だが。それに片目しかないが。多分、おそらく烏。真っ暗な片目から渦を巻くような模様。地下生活で誰よりも能天気だったアイツを思い出す。だがそんなわけないと馬鹿な考えを消した。
「ではな、オビトよ。次の輪廻でまた会おうぞ」
独特の威圧感がなくなり雨粒の音だけが響く。真っ白な烏は動こうとはしない。狐に摘まれた気分だ。
ザァァァァ
雨に打たれて全身ずぶ濡れ。水の勢いで跳ね返った泥が服につく。赤く染まった手を青白くなった頬へ。肌を撫でれば青白い頬に赤が色付く。あの時とは違ってすり抜けない。手の届く範囲。まだ、間に合う。
『オビト、ちゃんと見てるから』
分不相応な恋をした。叶わぬ恋だった。守りたいと願った笑顔は手が届かぬ場所へ。愛する君は恋をしたアイツの手によって現世を去った。赤く染まった世界。奈落の底へ落とされ、夢に想いを馳せた亡霊。あんな思いをしたくない。もう絶望なんてしたくない。これ以上すり抜けるのは沢山だ。
「何も聞かなくていい。何も知らなくていい。何も見なくていい。お前はただ、自分の夢に向かって進み続けろ」
俺の手によって虫の息になっている哀れな子ども。俺と出会ってしまったことが悲劇。だが悲劇の物語はこれにて閉幕。次章は返り咲く英雄譚。主人公はハッピーエンドで終わる方がいい。
「お前の罪は俺が背負う」
これから先、お前が歩む道は荊となるだろう。死人である俺と一緒にいるということは理の道を踏み外すということ。今まで保たれていた境界線が曖昧になって歪みだす。全て信じられなくなるだろう。孤独になるかもしれない。多大な苦痛や痛みがお前に降り注ぐ。名は呪い。想いは足枷。人より多くの重荷を背負うことになる。だが安心するといい。俺はかつて戦争を引き起こした大罪人。どれだけ罪を重ねようが大したことはない。お前の業なんぞちっぽけにすぎん。お前の障害となりうるもの全てこの俺が排除する。曖昧になったお前を繋ぎ止め、地に足をしっかりつけさせて再び歩き出せるその時まで。穢れた世界なんて知らなくていい。何も知らず、何も分からぬままただ純粋に、真っ直ぐ夢を見ていろ。何があってもお前だけは俺が必ず守る。
「また此処に来い。その時は、弟子として迎え入れてやる」
俺がする行いを馬鹿だと、愚かだと罵るだろう。間違った選択。大罪人に相応しき極悪非道の手口。生憎この方法でしかやり方を知らない。だから”約束”をしよう。俺に英雄を見出したこいつを絶対に守りぬくと。”誓い”をしよう。うちはオビトとして生き、何があっても裏切らないと。もし俺にまだ猶予があるのなら。どうか、せめてもう一度。こいつに夢の続きを見させてやってほしい。
「約束だ」
腕の中で死の淵にいる子どもの、血に濡れた口角が少し上がったような気がした。
「また会おう、勝己」
閉ざされた右の瞼に指を添えて、力を込めた。
窓の外で雷が鳴る豪雨。爆豪の両親は落ち着かない様子でどうすべきか相談していた。我が子が今日も今日とても目当ての人物を会いに出掛けた。外は雨模様。いくら小学校高学年の歳でも心配にもなる。
「あの子傘持っていたかしら?」
「迎えにいくかい?」
「そうね。まだ山にいると思う?」
「どうだろ。今度から携帯持たせる?」
「うーん、あの子賢いから課金しないだろうし相談してみましょ」
なんて会話をしているとズズ、と黒い渦が突如空間に渦巻いた。変哲ない空間から現れたソレに2人は驚いて家具を倒す。刹那の稲光。電灯が数回点滅して消灯した。
ズズッ、ズズッ
黒い渦の中から現れた不気味な男と、男の肩に止まる白い烏。
「こいつの、親とお見受けする」
不気味な男の腕の中で目を閉じた血色の悪い我が子。
「「勝己/くん!!!?」」
腕の中でずり落ちそうになる小さな頭を首元に寄せる。
「まずは、自己紹介からしよう」
ぴしり、ぴしり
紫装束の袖に隠れた右腕から罅割れる小さな音。その音を拾えたのは不気味な男と白い烏だけだった。
何かを得る為には、何かを差し出さなければならない。何かを買うためには金を。何かを得るためには同等の対価を。力を持つならば何かを犠牲にしなければならない。
「……ん」
「勝己!!」
「勝己くん!!大丈夫かい!?」
「あれ、おれ…」
本来死んでいたはずの子どもの命を、咎人が片目の光を代償に子どもに命を吹き込んだ。自ら望んで死んだはずの子どもは、与えられた命の灯火によって息を吹き返す。
「……なぁ」
等価交換。命は命を持って代償を支払うのが世の摂理。本来死ぬ運命だった子どもを、再び運命の輪を戻すために片目の光で足りたのか。否。それは命の等価交換。再び同じ運命を歩むのならば、また別の代価を支払わなければならない。
「あんたら、ダレ………?」
死の運命に逆らって生き返った子どもを、再び同じ運命の輪を戻すために記憶を代償として支払われた。記憶は人格を成す為のもう一つの命。11年分。対価分の記憶だけを抜きとって生き返らせた。子どもの記憶は今や虫食い状態。失った記憶は二度と復活することはない。
「勝己!!」
「勝己くん!!」
叩きつける雨音。暗い部屋。涙を流して抱きしめる見知らぬ人物。けどその温もりは不思議と嫌じゃない。
「僕は勝。隣で泣いているのは光己さん。勝己くんの親だよ」
「お、や?」
「今は記憶が混雑してる状態だから無理に思い出さなくていい。僕達がその分覚えてる。君が僕達を受け入れるまでゆっくりでいいよ。僕達は勝己くんの味方だ」
「ねぇ勝己、こんなになって、あんたはまだヒーローになりたいって言うの…!?」
拳を突き出した立派なヒーローの姿が脳裏に過ぎる。そして憧れた紫装束の後ろ姿。
「なる」
「かつ、き…?」
「ヒーローは俺の夢だ。それは何があっても変わらねぇ」
「ぅ、ふ…っ」
「あの人に、会いに行かなきゃ…」
「その人は勝己くんのなんだい?」
そんなの決まってる
「おれのヒーロー」
柔らかく笑う愛する息子に2人は覚悟を決めた。息子が起きる前、突如として現れた不気味な男によって事前に説明されていた。もし、まだヒーローになる夢を抱いていたなら。もし、息子が言っていた憧れの人を想うのであれば。もし、忘れていなければ。家族として覚悟を決めると2人で話し合った。
「だったら、ヒーローになるって言うなら。夢を追いかけていいから約束をして」
小さな手に華奢な手と武骨の手が重ねられる。
「僕達がサポートする。勝己くんが今日のことを覚えていなくたって支えるから」
「だからお願いよ」
ズキズキと頭が酷く痛む。親と名乗った人が頬を濡らして歪んだ顔をする。重ねられた手は震えていた。
「夢が叶うその時まで」
「絶対に生きて。それだけは約束して」
『 約束だ 』
約束は絶対に守るもの。
必ず守り通すもの。
「ん、約束」
目の前の肩に顔を寄せて瞼を閉じた。
誰にでも夢をみる。けれど夢を叶えるためには色んな苦しみを知る。
「かっちゃん!あの…久しぶり、だね?学校にあまり来ていなさそうだったけど、もう大丈夫なの?」
「…………お前」
「かっちゃん?なんか変だよ?」
「〜〜うっせェ!どっか行け!!」
「っわ!かっちゃん!!」
押しつぶされる現実と夢の辛さに諦める者は沢山いるだろう。だが諦めなければ、夢を追い続けたならば。どこかで幸福が運んでくるかもしれない。ちっぽけな幸せ。大きな望み。なんでもいい。あの頃は若かったなとか。頑張っていた頃の自分を褒めるといい。幸せと感じる時があるならば人生を振り返る時にいつでも思い出せる。そんな大切な瞬間を。
「見つけた!!」
照りつける日差し。葉緑が風に揺られて音を立てる。甲高い声に紫装束を着た男が振り返った。黒い眼差しが駆け寄ってきた子どもの姿を映す。子どもは肩で息をしながら拳を強く握る。キラキラ輝く柘榴の目が、頬を赤く染めて高らかに叫ぶ。
「なぁ、あんたの名前教えてくれよ!!」
「……オビト。うちはオビトだ。お前の名は?」
「何度も言ってんだろ!俺の名前は______」
英雄になり損ねた男と、英雄を目指す少年がお互いに夢をみる。これは優しくて切ない、愛に溢れた夢語り。
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