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目の前の男は、何かに怯えるように元貴を睨みつけていた。
だが、その目には怒りでも警戒でもなく、どこか――“驚き”と“懐かしさ”が混じっていた。
「……俺の名前、どうして知ってる?」
そう問いかけてきたのは、間違いなくあの学生証にあった名前と一致する。
若井滉斗(わかい ひろと)。
20年前にこの学園に在籍していたはずの人物。
「……あの、もしかして今って……何年ですか?」
自分でも信じられない言葉を発しながら、元貴は期待半分、恐怖半分で問い返した。
滉斗は訝しげに答える。
「2005年に決まってんだろ。……お前、何言ってんだ?」
やっぱりだ。**時計塔の中で時間が“巻き戻った”**のだ。
信じたくはないが、目の前の現実がそう告げている。
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その直後、鐘の音が鳴り響いた。
――ゴォン、ゴォン……。
それは、あの塔にしかない、重たく深い音。
同時に、背後の空気がピリッと震えた気がした。
「ついてこい」
滉斗は言うなり、校舎の裏手に元貴を引っ張って走り出した。
彼に連れられて辿り着いたのは、古びた音楽室の裏手。壁に貼られた掲示物はどれもセピア色に色あせ、古い試験日程や合唱祭のポスターが貼られていた。
「ここなら、誰にも聞かれない。……お前、本当にどこから来た?」
元貴は意を決して答える。
「2025年から来た。俺もこの学校の生徒だけど、20年後の。名前は――大森元貴」
その瞬間、滉斗の目が見開かれた。
「信じるかどうかは……任せる。でも、本当なんだ。涼架って友達と一緒に時計塔に入ったら、なぜか一人になってて、外に出たら……この時代だった」
静かに聞いていた滉斗は、ようやく口を開いた。
「……なら、お前、あの噂を知ってるな?」
「時計塔に触れると、時間が狂うってやつ?」
「それもあるが――もう一つ、“消えた生徒”の話だ」
元貴ははっとした。涼架が言っていた掲示板の情報と一致する。
「20年前の6月。学園の生徒が数人、忽然と姿を消した。俺の知り合いも一人、その中にいた」
「誰……?」
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「松原水樹(まつばら みずき)。俺の……彼女だった」
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一瞬、空気が変わった。
その名前を聞いた瞬間、元貴の頭に、見たこともない少女の笑顔が浮かんだ気がした。
長い髪、落ち着いた目、そして――優しげな声。
記憶のはずがないのに、なぜか温もりだけが残っていた。
「松原水樹が、ある日突然いなくなった。最後に目撃されたのが、あの時計塔の前。けど、誰も彼女を見つけられなかった。警察も動いた。でも、証拠も痕跡もなかった」
滉斗の目には、悔しさと痛みが滲んでいた。
「だから俺は、この20年間、ずっと“時計塔”を調べてた。何が起きたのか知りたくて。……でも、まさか、お前みたいな奴が現れるなんてな」
元貴の胸に、ある考えが芽生えた。
自分がここに来たのは、偶然じゃない。
もしかしたら、水樹という少女を“助ける”ために、自分は過去に送り込まれたのではないか――?
「それ、俺も手伝うよ」
元貴が言った。
「一緒に、水樹さんを探そう。そして、元の時代に戻る方法も」
滉斗は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりとうなずいた。
「わかった。だが、気をつけろ。……この学園は、“時間の狂い”が起きてから、何かが変わり始めてる」
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一方その頃――2025年の世界。
校舎の裏庭に、一人の少女が立ち尽くしていた。
「元貴……どこに行ったの……?」
野々村紗季は、手に元貴のスマホを握りしめ、涙をこらえていた。
突然連絡が途絶え、校内から姿を消した元貴。誰も目撃者はいない。ただ一人、涼架だけが何かを知っているようだった。
「アイツ、塔に入ったんだよな……」
涼架はそう呟き、空を見上げた。
そこには、止まったままの時計塔の針が――再び動き出す気配を見せていた。