「捻挫……ね」
蜂谷は丸椅子に座りながら、横になり点滴を受けている右京を見下ろした。
担ぎ込んだ総合病院の整形外科で医師が下した診察は、単なる捻挫だった。
ただ怪我を負ってから普通に風呂に入ったり、固定せずに歩いたり、または数人相手に戦ったり、捻られたりしたことで悪化し、炎症して発熱したらしい。
怪我の理由も気になるが、もっと気になるのは診察した医師が呟いた言葉だった。
「こんなに炎症を起こしていたら、歩くことは愚か、座っていることもままならなかったはずなのに……」
毛布を掛け目を閉じ眠っている右京の顔を見下ろす。
確かにひどくなってはいるが、数日前、自分が彼のズボンを下ろして見た彼の膝も同じように腫れあがっていた。
あのときも彼は―――。
痛がるそぶりなんて見せていなかった。
「――――」
頬に触れる。
点滴の効果は抜群で、先ほどまで熱かった頬はすでに平熱に戻っていた。
「お前……痛みとか、感じねぇの?」
蜂谷はその頬を撫でた。
と、つけ睫毛が揺れ、右京が大きな目を開けた。
「足、折れてた?」
「いや?」
「複雑骨折?」
「違う」
「粉砕骨折?」
「聞けよ、人の話!」
蜂谷は右京を睨んだ。
「捻挫」
「え?」
「ね・ん・ざ!!」
「―――ただの?」
右京がきょとんとした顔で起き上がる。
「そう。ただの」
蜂谷はため息をつきながら先ほど右京の頬を撫でた手をポケットに突っ込んだ。
「捻挫を放置するアホがいるか。無理しすぎだ」
言うと右京はほっとしたように天井を仰ぎ見た。
「なんだー。よかった。俺、一生歩けないかと思った」
「――――」
蜂谷はもう片方の手もポケットに突っ込み、首を捻った。
「―――誰にやられた?」
「ああ?」
右京は毛布を剥がすと、軽く伸びをしながらこちらを見上げた。
「だから、その捻挫だよ。もしかして、それもナガ――――」
そこまで言って、慌てて口を塞いだ。
しかし右京はふっと笑うと、寝室台から足を落とした。
「……お前、知ってたんだな。新体操部Mの正体」
「――――」
蜂谷は右京を見つめた。
「お前も―――?」
「ああ」
言いながら右京は頭を掻いた。
「ーーお前、“必ず”って漢字、正しく書ける?」
「は?なんだよ、いきなり」
「たまーにだけどさ。間違えて覚えてる奴がいんだよ」
右京は宙にその字を書いて見せた。
「2角目の右上から左への線、はらう?はねる?」
「――――」
蜂谷は眉間に皺を寄せながら、ポケットから両手を出し、宙に書いてみる。
「改めて言われると……あれ………?」
「正しくは、はらい。でも新体操部Mからの手紙は、秘密の秘、密、両方とも、跳ねてた」
右京は目を細めた。
「サッカー部の部室にあった横断幕。永月が書いた“必勝”。それも、跳ねてた」
言いながら右京は再度、天井を見上げた。
「お前、そこまでわかっていながら、どうして―――」
蜂谷が右京を睨む。
「わかった時点であいつのことボコってたら、こんなことにならなかっただろ。今からでも遅くないからヤッてやれよ、あんな奴…!」
言うと、右京はふっと笑って視線を蜂谷に戻した。
「……出来ねぇよ。言ったろ。あいつは俺のヒーローだって」
「―――何がヒーローだよ」
蜂谷は鼻で笑った。
「永月といい、”赤い悪魔”といい、宮丘のヒーローなんてろくな奴がいねぇな」
言うと、右京は目を伏せたまま言った。
「だから一緒にすんなって」
だがやがて大きく息をつき視線を上げると、諦めたように蜂谷を見上げた。
「聞く?俺とあいつが出会った日のこと」