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人生はクソだ。


この世はもっとクソだ。


そう思っていた。



高校2年生だった右京賢吾は、百箇日の法要を終えて、山の麓にある墓地で泣き崩れる親類たちを残し、近くに見えた酒屋の前に来ていた。


8月。

うねるような暑さの中、ミンミンゼミが鳴いていた。


地元の小学生たちがきつい山道を自転車を立ち乗りして酒屋に向かってくると、キキーッと甲高い音を響かせて停まった。


何かのカードフォルダーを手に、店の中に入っていく。


買って出てくると、黒い袋を開けて中身のカードを確認し、一喜一憂しながらまた自転車に跨り、今度は気持ちよさそうに下っていく。


「……………」


右京の家は貧しく、トレーディングカードなど、買ってもらえなかった。

同級生たちが競うように集めていたカードもいつも脇から見ているだけだった。


「賢吾、そんなくだらないカードより、図書館でもらえる読書カードを貰いなさいよ。10個スタンプが溜まるとノート1冊もらえるでしょ?」


微笑む母に、逆らったことなどなかった。


「読書は良いぞ。カードはいつか捨ててしまうけど、読書で得た知識や先人の知恵は、いつか賢吾の生きる糧となる」


頷く父に、言い返す気などさらさらなかった。


だって母は―――。父は―――。


右京なんかよりもずっと頑張っていたし、ずっと辛そうだったからだ。


溜まった涙を青空を見上げることで飲み込むと、右京はその荒んだ汚い酒屋に入っていった。


店の中に入ると、右京と同じくらいの男子高校生が4、5人、スナックコーナーでじゃれ合っていた。


青いユニフォームは光沢があって、短パンから見えた脚がたくましくて、一目でサッカー部員とわかる格好だった。


―――ここらへんじゃ見ない顔だ。


右京は飲み物のコーナーに足を進めながら思った。


ここら辺は静かで、のどかで、朝夕は涼しくて坂道がいっぱいあって、広場も体育館もたくさんある。

そのため毎年夏になると、都会の中高生や、プロの団体のスポーツ合宿で利用されていた。


―――でもこんなド田舎に金かけて合宿に来るくらいだから―――。


訛りの一切ない、ドラマで見るような綺麗でかっこいい標準語を話す集団の顔を見る。


―――強いんだろうな。


そしてあどけない容姿とは裏腹に、高校生にはとても見えない逞しい脹脛を見る。


「おい、お前……!」


突然、学生服の襟を後ろから掴まれた。


「やっと捕まえたぞ!」


振り返ると、腹にエプロンを巻いた、大柄な男が立っていた。


「お前だろ!こんところ毎日毎日、高い酒ばり盗っちぇぐのは…!!」


「はあ?」

目を見開いて厳つい中年男を睨み上げた。


「なあ、ほだろ、婆さん!こんガキだろ!」


奥に向かって叫ぶと、店番をしていた小さな老婆が小さな目をハの字に下げて困っている。


「どうなんや!おい!!」

どうやら息子らしい男はイラついたように老婆に檄を飛ばす。

言われた老婆は首を傾げながら、それでもよほど息子が怖いのか、

「ん、んだなぁ。見たごちある気もすんべなかな」と自信無さげに言った。


「チッ!役に立だねババアだな!」


男は右京に視線を戻すともう一つの手で胸倉を掴み上げた。


「こっだな見るだけでわかっさ!こんな不良を野放しするあて、近頃の親は何ばしてんや!」


男は右京を睨み落としながら唾を飛ばした。


「お前!どこの家のなんて名前だ!俺が直接文句ば言ってやる!それか警察さつき出して、学校さ電話してやっが!?」



ーーーほらな。


右京は目を細めて、男の濃い髭を眺めた。


ーーーやっぱりこの世界はクソだ。

こんな蛆虫しか生き残れない、肥溜めみたいな場所なんだ。


―――だから俺は。


何度でも。

何度でも、何度でも―――。


―――蛆虫たちを、排除する。



「俺ん親さ会いてなが……?」


右京は男の顔を見上げた。


「ほならちょうどよかった。今ちょうどこっちさ来てっから、会わせてける」


「―――何?」


男が振り返り、店の外を見る。


「―――もし運が良がったら……」


右京は右の拳を握りしめた。


「天国さ連れ帰っちぇけっがもしんねがらな!!」



そしてそれを、男の顎めがけて突き出した。



「?」


右京の拳はバインと変なものに跳ね返された。


慌てて見上げると、目の前には色とりどりのサッカーボールが入ったボールバックがぶら下がっていた。


「―――おじさん」


低く凛とした声が響いた。


「俺たち、その子が店に入ってくる前から中にいたけど、その子は酒の棚に近づかなかったよ?」


右京は拳を下ろした。


「酒盗むって何?万引き?じゃあ、人違いじゃない?」


ボールバックを静かに下ろしながら少年は男を見上げた。


「ここら辺、温泉宿や合宿所はあっても民家はないし。麓の家からここにくるのにも徒歩ではとても無理だよ。それなのに彼は歩いてきてたし。夏の学生服じゃ、盗んだ酒を入れる場所もないし。おおよそ現実離れしてると思うなあ」


言いながら少年はこちらを振り返った。


「それに彼からは微かに線香の匂いがする。もしかしてそこにある墓地にきた参列者なんじゃないのかな。

だとしたら、“毎日毎日”盗む犯人とは別人だ。そう思わない?」


「――――」


男が少年を見下ろす。


「もう少し頭を使わないと。酒屋なんて、大手全国チェーンがどんどん進出してきてるんだから、すぐに潰れちゃうよ?」


少年はちらりと酒屋を見回した。


「見たところ、品ぞろえも商品のセンスも悪いし、ね」


「……黙って聞いてればこの……!」


男の拳が握られる。


「ナガツキさん…!」

「こら、やめろ!」

「何するんだ!」


周りにいた少年たちが、男を取り囲む。


大柄な男が小さく見えるほど、身体を鍛えぬいた少年たちに、男は大きく息を吸い込んだ。


そしてフンと鼻を鳴らすと、おろおろと立っていた老婆を突き飛ばす様に店の奥に入っていってしまった。


「大丈夫?お婆さん」


少年はレジ台に突っ伏していた老婆を優しく起こすと、脇に陳列されていた駄菓子を手に取り老婆に渡した。


他の少年たちも、彼にならい同じように駄菓子をを置いていく。


老婆は慌てて会計を始めた。


「―――万引きさ…」


少年がレジを打つ老婆の耳に口を寄せる。


「『カメラ設置中』って書いた札を見えるところに貼るだけでも、たぶんなくなると思うよ」


「え?」

驚いた老婆が目を見開く。


「おそらくやってるの、地元の小学生たちだと思うから」


「まさか……」


「買ったトレーディングカードに紛れさせて、何本かウイスキーの小瓶を盗っていくのを見た。

でもこれはここだけの秘密にしてあげて?小さいときって何でもやりたくなるよね。俺も身に覚えがないわけじゃないから」


彼はふっと微笑むと、軽く手を上げた。


「また明日の練習、終わったら来るね」


他の少年たちもわざわざ振り返って老婆にお辞儀をしている。


彼は、微笑を口元に浮かべつつ、右京の脇を通り抜けていった。



自動ドアが開き、そして閉まる。


陽炎の中に彼らの青いユニフォームが溶けていく。


「―――ちょ、ちょっと!」


気が付くと右京は走り出していた。


◇◇◇◇◇


「―――おい!」


追いかけてきたのが意外だったのか、彼は少し驚いたような顔をしてこちらを振り向いた。


「……さっきは、ありがと」


言うと彼はフワッと優しく笑った。


「俺はただ、自分が見た通りのことを言っただけだよ」


「――――」


黙った右京とニコニコ見下ろす彼を、他の少年たちが心配そうに見つめる。


「はい、どーぞ。今日は暑いね」


言いながら彼は右京の手を取ると、買ったばかりの駄菓子を乗せた。


「じゃあね」

言いながらスタスタと坂を下り始めた。


「ナガツキさん、待ってくださいよ…!」

少年たちが後に続く。


「アイス買いに来たんじゃなかったんですか?」

「あ、忘れてた。しょうがない。合宿所で買おう!」

「えー、サクランボ味か、ラ・フランス味しかないじゃないですかー」


楽しそうな声が遠ざかっていく。



「――――ナガツキ……」


右京は手の中に残された、駄菓子を見つめた。


「………この暑いのに、“きなこ団子“あて食えっか、バカ」


右京はそのパッケージに描かれた袴を着た雀のキャラクターを見下ろしながら、しばらく立ち尽くしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「―――ちょっといいか」


黙って聞いていた蜂谷が診察台の脇にある丸椅子に座りながら、深刻な顔をして右京を見つめた。


「お前と店主の言葉、訛りがひどくて解読できなかったんだけど、標準語でもう一度話してもらっ―――」


鉄拳が落とされ、蜂谷は唸りながら頭を抱えた。


「―――つまりは、それがお前と永月の出会いで、それで?わざわざ永月を追って東京まで来たのか?」


蜂谷は頭を摩りながら言った。


「……ああ」


「げー。ドン引きなんですけど」

言いながら笑う。


「高校は?どうやって調べた?」

「……サッカーの全国大会の中継、端から端まで選手を見て」


「こえー。ストーカーかよ」

蜂谷が仰け反る。


「そんなに恋焦がれた永月だったから、嫌がらせしようが、陥れようとしようが、許すってのか?」


ハッと乾いた笑いを吐きながら、蜂谷は耳の中に小指を突っ込んだ。


―――アッホくせ。


偶然か、あるいは気まぐれか、はたまた後輩へのアピールか。


……とにかく深い意味もなくたった一度助けられたことに胸を焦がし、山形から東京に引っ越してくるほど恋い慕ってきたのか?


たとえ自分があんな卑劣なやり方で、傷つけられてもいいと思うほどに?


ーーー助けるんじゃなかった。


こんなに脳みそ沸いたイカれた野郎はとっとと見捨てて、傷ついたところに粗塩を塗り込んでやるくらいがちょうどよかったのかもーーー。


「……もしかしたらって―――」


右京が小さく呟いた。


「ああ?」

「―――もしかしたら、安っぽい漫画みたいに、わざと誰かに襲わせて、助けるって流れもあるかもって期待したんだ」

右京が俯いたまま言った。


「んなわけあるかよ、笑わせんな」

蜂谷は笑ったが、右京のつけ睫毛は小さく震えている。


「……でもあいつらが、本気で俺の脚を狙ってきたときに、それも違うんだなって思った」


その睫毛に、涙の珠が溜まる。


「―――嘘でも、作戦でも、なんでもいいから……。あいつと文化祭、回ってみたかったな」


「――――」



『―――お前さ、文化祭、出ろよ。楽しそうじゃんか。出ないなんて、もったいねえよ』


保健室で自分を見上げた右京の顔を思い出す。


『―――楽しみなんだ。密かに。女装はイヤだけどな』


そう言って誰よりも楽しみにしていた彼は、今、生徒会長なのにろくに文化祭にも参加できず、ウィッグを付けたままの頭を垂れている。


「――――」


胃の底から、何か黒く重いものが昇ってくる。


これは―――、


絶望感?

敗北感?

嫉妬心?

同情心?


違う。これは―――。


「―――学園、戻るか。腹減った」

蜂谷は立ち上がった。


「―――は?」


「文化祭、まだ間に合うだろ」


「お前、何言って……」


「俺にここまでさせたんだ。なんか奢れよ。会長」


言うと蜂谷は、右京の手を引き、ぐいと立たせた。



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