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「さぁ敦くん!!次はあれに乗ろうではないか!!」
「ちょっっっっと太宰さん!?僕たち遊びに来た訳じゃないんですよ!?」
太宰______黒の蓬髪に砂色の外套、翡翠色のループタイに灰色のズボンを身に着けた、高身長で細身の男は目を爛々と輝かさせ、其の辺を走り回っている。
それに対し、敦_____所謂会社員の様な白の襟衣に黒の襟締、革に似た生地で作られた、その丈には余る程の長い帯革を身に纏う青年は、己よりも高身長の上司の行動に痛い程振り回されていた。
「はぁッはぁ…ッ太宰さっやっと追いつきましたよぉ…!」
やっとの思いで太宰に追い付いた敦が、肩で息をしながら太宰の外套の裾を強く握る。
「おや、なんだか暑そうだねぇ敦くん」
(太宰さんのせいじゃないですかぁっ!!)
太宰を追い掛け東奔西走した敦の体力は、既に半分が尽きかけていた。
「ではそんな敦くんに1つ…この私太宰治が、背筋の凍る話をしてあげよう………!」
「え…っ、否…ッ、別に、っ、いいです…」
呼吸を挟みながら苦し紛れに敦がそう云うが、
「そう、それはこの遊園地にある1つの都市伝説___」
太宰は気にもせずに話し始めてしまった。
「この遊園地のマスコットキャラクター[うさピョン]と同じ声をした子供が、泣きながらずぅっと[たすけて][ママ、パパ、どこ][やだ]等と言い続けて、遊園地内を歩き回っているんだ……!!それも、[うさピョン]とがっちり、確りと手を繋いで…!」
太宰はおどろおどろしい声色で話し、敦は「ひぇっ」と情けない声を出して見事に萎縮する。漫才でも見ているかのようだ。
「中にはその声を聞いたり姿を見たりした人は頭を貫かれて死ぬ、だとか全身に大きな火傷を負って死ぬ、だとか云われているのだよぉ………!!」
敦のビビリ様に愉悦を覚えた太宰は、新しい玩具で遊ぶ子供さながらに追い打ちをかける。
するとずっと黙って肩を震わせていた敦が、その半泣きの顔を上げ太宰に必死の形相で訴えた。
「太宰さん!今日は僕たち軍警の依頼で来てるんです!!もう何でそんなに怖い話するんですかぁッ!!(泣)」
そう、本日敦と太宰の2人は。
軍警からの依頼____つまり、法的機関で解決不可能と判断された事件を解決しにきたのである。
*****
「やァ!ボクは遊園地のうさピョンだぴょん!」
やっと動き出した(基引き摺って無理矢理動かしている)太宰と共に進んだ先に、この遊園地のマスコットキャラである[うさピョン]というキャラに遭遇した。
「わ……!本物のうさピョンだ……!」
敦は孤児院の出。
遊園地やテーマパークは愚か、まともに外出もさせてもらえなかった敦にとっては最早憧れの存在、特撮映画のヒーローの様なものだ。
その[うさピョン]、容姿は子供に親しみやすいように設計されている。
薄桃色の体にきらきらと輝く瞳、少年の様な紺色デニムのオーバーオールとその手には赤、青、黃…色とりどりの風船が握られている。その中でも最も特徴的なのは、その声である。
ヘリウムガスだろうか。機械を使って声を高くしたかのような、人の声帯では出すことの出来ない声。小さな子に人気な声色だ。
「あーつーしーくぅん?」
敦の後ろをてくてくと歩いていた太宰は、本物の[うさピョン]に目を輝かせる敦にぼそりと呟く。
「敦くん、今日の私達の目的は?」
太宰のその呟きに、敦は肩をびくりと震わせた後、ぱちん!と頬を叩き、気分を入れ替えた。
(忘れてた!今日の僕たちの目的は、この遊園地で起きている“児童連続誘拐事件”についての聞き込みと解決だ!確りしないと…!!)
「僕たち、こう云う者なんですけど…少しお話お伺いしてもいいですか?」
敦が[うさピョン]………遊園地に何時も居るであろう重要参考人に近寄り、ズボンのポケットから警察手帳を出して見せる。
その警察手帳は、“遊園地”という公共の場、一般人が多く居る場所においてスムーズ且つ円滑に捜査を行う為に、軍警から正式に許可をとって制作した偽物。
だが偽物にしては迚も再現度が高く、確りと敦の名前、写真が載っていて一般人には見分けがつかない程だ。
[うさピョン]は敦の声掛けを聞き、下を向いてポケットを何やらまさぐる。そして、1つの紙切れとペンを出し、さらさらと何かを書き始める。
「………?あの……」
敦が不審に思い、何かを言い掛けると、後ろで太宰が何かをそっと言う。
「ヒュ〜、敦くん、人・気・者ぉ〜!!」
太宰にそう煽てるように言われ、周りを見渡すと。
敦が出した警察手帳に集まる一般市民の目、目、目!
(あっ……!大ごとにしちゃいけないって言われてたんだった…!!)
敦は急いで警察手帳を仕舞い、太宰の元を向く。
「何でもっと早く教えてくれなかったんですかぁ…!」
小声でそう指摘し、今にも泣き出しそうな位羞恥で顔を歪ませる敦。
「あっはっはっは、済まないねぇ!」
そう云って何時も通りからかう様に語る太宰。
敦は思った。
(あれ、太宰さんって本当に僕の上司だよな……?)
余りにも哲学的な、然し単純な疑問が頭の中で闊歩している間に、[うさピョン]が先程何かを書いていた紙を敦の方へと差し出した。
その紙には、少し拙い字でこう書いてあった。
【私は仕事上、普通の声は出せないのです。その為筆談になってしまい済みません。あと10分で仕事が終わるので、それ迄お待ちして頂いてもよろしいですか?】
敦はその紙を読んで、嗚呼成程、と思う。
それなら筆談にしたのも頷ける。
「(了解です、待ってますね)」
口パクでそう伝える。そうすると[うさピョン]が頭を軽く下げたのが着ぐるみ越しでも判った。
太宰はその様子を、後ろから鋭い視線で見ていた。
*****
[うさピョン]の仕事が終わるのを2人眺めて待とうと、壁の方へ寄る。
「あ゙〜〜〜〜私も子供に好かれたぁい……」
太宰がそう愚痴(?)を零すと、敦は困ったように笑う。
「ま、まぁ太宰さん子供に嫌われてますもんね…」
そうなのだよ!と先刻まで項垂れていた太宰がガバッと勢い良く頭を上げる。
「ねぇ敦くん!如何すれば私子供に好かれると思う!?」
「知りませんよそんなの!!」
上司から降ってくる無理難題に思わずキレの良いツッコミをしてしまう。
「……あ、そうだ!!私は良い事を思い付いたよ敦くん!」
……敦は知っている。
この男……太宰治が目を子どものように輝かせて「閃いた」という時は、大抵良くない結果になるということに…
「今彼処にうさ……なんとか」
「[うさピョン]です」
太宰が指差した先には、先程見た[うさピョン]が赤と青の風船を持ち、泣いてる男の子と手を繋いで歩いている姿があった。
(迷子の子に手を差し伸べてあげるだなんて…仕事だとしても、優しい人だな。)
敦はそう思いながらも太宰の言葉に耳を傾ける。
「そうそれ!彼処にいる[うさピョン]と男の子について行ってみようよ!!」
「は!え!?何考えてるんですか太宰さん!??!」
この上司の下について数ヶ月が経つが、未だにこの奇抜さには慣れないのだろう。
敦は未だに頭と瞳に「???」を浮かべ乍ずっと混乱しているのだから。
「だって、[うさピョン]なら子供の扱いも手慣れているだろう?赤子の手を捻るよりも簡単な筈だ!だからついて行って、幼子の扱いに慣れ、好いて貰おうということさ!」
(……なるほど?筋が通っているようで通っていない…全く出鱈目な考えじゃないか!でも太宰さんとは一緒に行動しろって言われてるし…えぇでも子供についてくなんてそんな不審者みたいなこと……うぅん……どうしよっ!)
敦の葛藤なんて他所に、太宰は[うさピョン]と男の子の後ろを追い掛ける。
「あぁッ!待ってくださいよ太宰さぁん!!」
敦も[うさピョン]と男の子を追う太宰の背中を、渋々ながらも確りと追い掛けた。
*****
「あれ…どんどん奥に入っていく…?」
[うさピョン]と男の子は確りとその手を繋いだ儘、遊園地の奥、木々の生い茂った少し森らしくなっている処へと進んでいく。
そして追い掛けていった先で、[うさピョン]と男の子が小さな小屋に入るのが見えた。
(小屋……?こんな辺鄙なところに…)
そう考える敦を放置して太宰は小屋の中へと進んでいく。
「あっ、ちょっ、太宰さん…!」
小声で呼び止めるも、太宰は止まらず進んで行く。
突入すべきか否か。敦は迷う。
すると、小屋の中から、
先程[うさピョン]と共に小屋に入っていった男の子が泣きながら走って出てきたのだ。
「えっ!?な、え!?」
「っうわぁぁあぁあっ!!!(泣)」
小屋の中から逃げる様にして出来た小さな男の子の行動にも敦は驚いたが、最も驚いたのは男の子の声。
そう、男の子の声は____[うさピョン]のような、機械的に高くされた声だった。
「お、落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから!!」
子供をあやす様に優しく、優しく言葉を掛ける。
男の子は最初は警戒していたが、敦のその様子に安心感が湧いたようで彼の胸へと飛び込んで行く。
敦は男の子を保護しないと、と遊園地の方へと男の子を抱っこして歩いていく。
____小屋から出てこない上司に不安を抱き乍。
*****
「ったく…余計なことしてくれたなぁ兄ちゃんよぉ?」
そう言い、男_____[うさピョン]のきぐるみを脱いだ強面の男が太宰に問い掛ける。
「あの餓鬼ァ俺達の“商品”だっつーのに」
「うふふ、矢っ張りそうかい?」
太宰は、強面の男に銃を突きつけられていた。
場所は額。銃弾を打ち込めば一発で死ねる位置だ。
「………何時から判ってた?」
強面の男が太宰に問う。
太宰は何時もの微笑みで、答える。
「最初から、かな」
その予想だにしていなかった言葉に、男は一瞬、怯む。
「………何で判った」
男が先刻とは打って変わった低い声で問う。
「簡単なことさ」
然し太宰は余裕の表情。突き付けられた銃に怯むどころか、まるで目に写ってないかのようだ。
「敦くんが君に話しかけた時。君は、彼が出した警察手帳から目を逸らした」
「………………は、?」
「“普通の一般人”には本物の警察手帳なんて見る機会は滅多にない。だから見るんだよ。99%確実に、絶対に見る。見ないとしたらそれは___」
『敦が出した警察手帳に集まる一般市民の目』
「_____警察関係者、もしくは犯罪者しかない」
太宰は男の瞳を、見る。
……“深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている”という言葉がある。
それは、即ち。
太宰に瞳を覗かれた男も、必然的に太宰の瞳を覗くということになるわけで。
男は、太宰の瞳にある真っ黒な空虚に怯え、後ろへと後退した。
「残念だけれど、君の手の内は殆ど読めている。御愁傷様、“新田俊彦”くん?」
太宰はにっこりと微笑む。
“逃サナイ”とでも云うように、それはもうにっこりと。
「君から喋る気はない?その方が罪は軽くなるよ」
太宰は鋭い視線で男………新田を刮目しながら、自首を促す。
「……は、ハハッどうせハッタリだろ!?俺等の作戦が読めるわけが」
「人身売買だよね」
新田は自分の作戦に余程自信があるのか、作戦が判る筈がないと豪語するが、その声は太宰によって掻き消された。
「…………は?」
「だから、人身売買。この遊園地で起きている“児童連続誘拐事件”の目的は、子供を売り飛ばして多大な財産を得ることだ」
太宰の解き明かしに、新田は予想していたなかったのか困惑の表情を浮かべている。
「言っただろう?“君の手の内は殆ど読めている”と」
太宰がそう何度行っても困惑し上の空状態でいる新田に、太宰は呆れたように、はぁ、と溜息をつき種明かしを始めた。
「この遊園地の都市伝説で、子供がマスコットキャラクターと同じ声で泣きながら助けを求めている、というのがあるよね。これは君たちのことだろう?誘拐前に子供たちにヘリウムガスを吸わせ、声を予め高くした。その姿を見た者が死ぬ、というのは今の私のように、始末されたからだろうね。」
太宰は流暢に話し始める。それはまるで手品師の様だ。
「ッ…ッでも!態々ガスを吸わせる必要は無ぇだろ!?」
「んふふ、そこを君たちは拘ったのだろう…凡てお見通しだけれど」
男の抗議を物ともせず、“予想していた”と云わん計りに完璧な反論を用意していた太宰に、新田は恐怖を覚える。
「確かにただ児童を誘拐するだけなら、別にガスを吸わせる必要はない。遊園地に拘る必要もない。でも君たちはそうしなければならない訳があった。それは何故か?」
「当然、遊園地は人が多い。児童誘拐なんて云う行為には不向きに思えるね。でも逆に其れが向いていたとも言える。」
「子供は一般的に背が低い。背の高い大人の中に紛れた着ぐるみと手を繋いでいる子供の姿なんて見えないだろう。その手を繋いでいる現場を見られるのは明らかに可能性が低いから大して警戒しなくて大丈夫だ。だから、注意すべきはその声」
「子供は声が大きい。人が多くて騒がしい遊園地でも迚も通る声をしている。どんな喧騒の中でも声を上げられたら視線が集中して堪まったものじゃない…完全犯罪とは程遠くなる。だからガスを吸わせる必要があった」
太宰の捲し立てるような解答に呆気にとられていた新田が急いで声を上げる。
「確かに筋は通ってるけど、どうやって吸わせるんだよ!俺ァガス缶も何も持ってねぇぞ!!」
「そりゃあ当たり前でしょ。風船の中に隠していたんだからね。君と最初に会ったとき、君…[うさピョン]は風船を3つ持っていた。赤、青、黄の3つ。でも私達が目を離し、次に見た時には黄色の風船がなくなっていた」
『その手には赤、青、黃…色とりどりの風船が____』
『[うさピョン]が赤と青の風船を持ち_____』
「その黄色の風船にヘリウムガスを入れて隠していたんだろう?そして子供にそれを吸わせて、声を変えた。私達が目を離した、何かをする時間もない僅かな一瞬のうちにね。」
「風船は遊園地に萎んで落ちていても可笑しくないし、ヘリウムガスは無色無臭だから周りに判る筈もない。よく考えたねぇ」
太宰は関心したかの様に何度も頷く。新田は、太宰に突き付けていた銃の撃鉄を引く。
カチン、と音がする。まるで死の宣告のような音が、狭い小屋に重く響き渡る。
「バレちまったなら仕方ねぇ…俺等のボスは失敗を許さねぇ。此処でお前も殺して、俺は逃げる!」
カチャ、と新田が引き金に手を掛ける。
然し太宰はその様子、行動に怯むどころかにこりと微笑んだ。
「ねぇ新田くん。1つ良い事を教えてあげるよ」
太宰はそう言い、妖しげに口元を緩ませて悪戯をした子供のような顔で言葉を紡ぐ。
「今、君が持っている赤と青の風船には水素が入っている。先刻私達が入れ替えておいたからね。此処で銃を撃ったら、銃弾で私は脳天を撃ち抜かれて死ぬ。君も、銃を撃った反動で出る火薬の塵が風船の中にある水素に引火して、小屋ごと爆発する。その爆発に巻き込まれて君は死ぬ。撃った直後に小屋から逃げても、此処は木々に囲まれた森の中にあるから、小屋の爆発からどんどんけたたましい速さで木に引火して、燃え広がった火に巻き込まれて死ぬ。…………却説、此処で君に選択肢を与えよう」
「今此処で私と心中するか、自首して命だけでも助かるか。……君に選ばせてあげるよ。何方が良い?」
___太宰の微笑みが、新田には悪魔の笑みに見えた。
*****
「太宰さん!大丈夫でしたか…!?」
敦が太宰の元へと駆け寄る。
「嗚呼大丈夫さ、敦くん。ちゃんと警察まで引き渡せたかい?男の子も、犯人も」
「はい!バッチリです!」
敦はそう云ってにっこりと微笑む。
太宰はあの会話の後、小屋に突入してきた敦の連れて来た警察部隊に犯人__新田俊彦__を警察に引き渡し、無事“児童連続誘拐事件”は解決となった。
「外から話聞いてましたけど、太宰さんいつの間に水素なんて仕込んだんですか?」
「え?あぁあれね、嘘だよ。ハッタリさ」
「………えぇ?!?!」
「あの人も莫迦だよねぇ…折角ヒントをあげたのに。」
「……ひ、ヒントなんて、言ってました…?僕太宰さんの推理しか聞いてないんですけど…、」
「やだなぁ敦くん!ちゃぁんと私はヒントをあげていたよぉ〜?だって____」
『私達が目を離した、何かをする時間もない僅かな一瞬』
「___と言ったじゃあないか。何か仕込みが出来る筈ないだろう?」
「太宰さんなら出来そうですけどねぇ……」
敦は驚愕と少しの呆れで苦笑する。
太宰と敦は、夕焼けに染まった空を背に事件解決の報告の為事務所へと歩き出した。
………推理小説って難しいね(^^)
コメント
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す、推理小説もかけるのですかっ、 さすがです、 読みやすくて、面白いですっ!!