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廻影層での交戦、その最中――さらに上層、白階本部の静まり返った回廊。
幾重もの結界に護られた通信室で、白階の《上機 紗老》は黙然と黒電話を見つめていた。
呼吸は浅く、皺を刻んだ目元は彫像のように微動だにしない。
机に落ちた一通の緊急報告書。
その表紙に走り書きされた名――《流鏡》。
白階直属の死刑実行官。一毬を数日前に処刑した男。
処刑執行者として名を馳せ、「情報の純度」を唯一の美徳とする男だった。
――その流鏡が、ウィス宛に“偽の報告”を送った。
【内容:夜咲叶霊とミルゼは共謀し、魔物ウイルスを開発。都市破壊を企図。】
【備考:証拠なし。全記録は流鏡単独による】
「……やったか、流鏡」
紗老は呟き、伏せた視線の奥で氷のような怒気を孕ませた。
白階の屋台骨は、“誤りなき伝達”だ。
その絶対性が、今まさに瓦解しかけている。
無言で受話器を取る。
* * *
交戦中のウィスの背に、小さな震動。
通信体が淡く共鳴し、重低音のような声が響いた。
「ウィス。上機だ」
低く、冷たいが、どこか慈悲深さを感じさせる声。
「君が相対している“ミルゼ”に関する情報。それは誤りだ」
ウィスの目が僅かに揺れる。
銃口を向け合う構図のまま、ミルゼの魔導銃が静止する。
引き金にかかった指が、互いに止まった。
「流鏡は、我々の名を汚した。拘束命令を発した」
「……なぜ、そんな真似を」
「動機は不明だ。“一毬の処刑”に関わる隠蔽の可能性がある」
「……つまり、一毬は――」
「真実の判断を委ねる。戦闘を続けるか、停止するか、選べ」
ウィスの眼差しが鋭さを帯びた。
「ミルゼさん。……少しだけ、殴らせてください」
「……何を言って――」
バチィン! 手刀がミルゼの後頭部を鋭く打ち抜く。
白目を剥いたミルゼが音もなく崩れ落ちた。
「ご無事で。白階のクソどもが、何か隠してたみたいですから」
通信を断ち切る。黒ローブが風を切る。
その足取りは、再び――
“夜咲 叶霊”の元へと向かっていた。