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「ほんに病院まで行がねくて平気か?」
祖母の雅江は、着替えや洗面具などが入ったバックを右京に渡しながら言った。
「いいず。どうせ2日間で退院してくるんだし。何か足りねものあっても、売店さあっから平気だって看護師さん言ってたしよ」
右京はそれを背負うように肩にかけると笑顔で振り返った。
「学校の手続きの方、めんどくせえけど頼むな?」
「それが……まず入院ってことならその手続き終わってからでいいって言われててよ」
雅江は困ったように言った。
「もしかしたら入院期間が短く済んで、学園に戻ってくっこともあっかもしんねがらって」
「――――」
右京は雅江の寂しそうな顔を見つめた。
おそらく、それはないだろう。
神経の病気ではない。
精神的な病なのだ。
治りかけているとはいえ、長期的な入院が必要となる。
「わがった!とりあえず行ってくる!」
右京は玄関のドアを引いた。
「―――何かあったらすぐ電話すんだぞ!」
「了解!」
「1日1回は必ず連絡入れるんだぞ!」
「明後日には退院だっつの!」
叫ぶように言うと、右京は鞄を持っていない方の手を高々と上げた。
「じゃあな!祖母ちゃん!」
雅江の心配そうな笑顔がドアの向こうに消えた。
右京はふうと息を吐くと、
「しかし、あっちいな……」
と呟きながら、市営住宅の薄暗い廊下を歩き始めた。
階段を下り切ると、共用スペースにの黒いワゴン車が停まっていた。
後部座席のスライドドアが開いている。
引っ越しだろうか。しかし中に荷物は見えない。
通常ここに停めるには、管理棟から受け取った許可証を貼らなければいけないのだが、見たところ何も貼っていない。
首を傾げた自分の姿が、黒いワゴン車に映る。
「―――っ!?」
映った自分の背後から伸びてくるいくつもの手が見えた。
振り返ろうとしたときには遅かった。
右京は後ろから抱きつかれ、目と口を塞がれた。
軽々と持ち上げられ、ワゴン車に乗せられる。
中でも誰かが待っていたのだろうか。前方からすごい力で引きずり込まれる。
「―――早く閉めろ!ノロマ!!」
柄の悪い声が響く。
「出せ出せ!さっさと車を出すんだよ!」
掠れた声が耳元で響くと、饐えた匂いがした。
車が動き出し、あっという間に後ろに手を捻られる。
激痛に悲鳴を上げる暇もなく、口に幅の広いテープが貼り付けられる。
瞼を閉じる隙も与えられず、目にもテープが貼られる。
「んんッ!!んンンッ!」
痛みと恐怖で抵抗するが、バチバチと拘束帯の音が響いた後は、芋虫よろしくうねる以外の動作ができなくなってしまった。
蜂谷家の堤下に無理やり連れていかれた時とは比にならない荒々しさに、とんでもない事態に巻き込まれているのがわかる。
痛みで滲んだ涙で、一部テープの粘着力が失われる。
右京はそのわずかな隙間から車の中を見わたした。
と、その瞬間、後頭部の髪の毛を鷲掴みにされた。
「ぐッ!!」
苦痛に顔を歪ませながら上体を反らせると、テープの隙間から男の顔が見えた。
長髪を後ろで纏めた、下卑た笑顔には見覚えがあった。
「―――久しぶりだな。右京君?」
男は楽しそうに笑うと、白い右京の頬を旨そうに嘗め上げた。