1日姿を現さず、連絡も寄越さなかった尾沢だったが、次の朝、駅の前で蜂谷を待っていた。
「―――おお」
彼は引きつった不自然な顔で手を上げると、何やら居心地悪そうに蜂谷の隣に並んだ。
「お前、昨日はサボり?」
その顔を覗き込むと、
「ああ、ちょっとな」
これまた不自然な顔で笑った。
学校を辞めるなら別にサボってもおかしくないのだが、なぜこんなに気まずそうにしているのだろう。
蜂谷は眉間に皺を寄せた。
「ーーそっちは?」
「は?」
「そっちはなんか、変わったこと、あった?」
蜂谷はますますその皺を深くしながら尾沢を見た。
「……なんかって?」
「何か……事件とか?」
「じーけーんー?」
首を傾げる。
「別に?」
「あ、そう。ならよかった」
そう言うと、尾沢はさっさと坂道を登り始めた。
「――――」
しかし校門が見えてきたところで、彼は急に足を止めた。
「あれって……」
目線を追ってみるとそこには、文化祭で蜂谷が右京に選んだような、派手なシャツを着た集団が並んでいた。
「なんだありゃ」
蜂谷がその目に痛い集団と、持っているプラカードに呆れて目を細めると、尾沢は大慌てで走り始めた。
「あ、おい?」
思わず後を追いかける。
尾沢はその中心にいた男に掴みかかった。
「何だよ、あんたら……!」
「―――え?」
中心にいたサングラスをかけた男が、慌てて尾沢を見つめる。
「おい、尾沢……」
やっと追いついた蜂谷は尾沢の襟元を摘まんで、男から剥がそうとするが、彼は両手で彼の胸倉を掴んでいるため、なかなか離れない。
「約束が違うだろうが……!」
「え?約束……?」
上下に振られ、サングラスがずれた男が驚きながら蜂谷を見下ろす。
「……きょ、許可取ってますけど?」
「ああ?!」
「校門で早朝宣伝活動すること、ちゃんと。生徒会に許可取ってますけど?」
「――――?」
尾沢は色とりどりの集団の顔を改めて眺めた。
そしてその端にいた男が持っているプラカードを見つめた。
『宮丘ゲキ部、県大会出場決定記念公演!今回はウェストサイドストーリーです!』
「――――」
尾沢はそっと掴み上げていた手を離した。
そして謝りも弁解もせず、スラックスに両手を突っ込むと、黙って昇降口に向けて歩き出してしまった。
――何やってんだ、あいつ……。
「は、蜂谷君……」
振り返ると、演劇部OGの藤崎加恵がこちらを見上げていた。
「尾沢君、どうしたの?」
蜂谷は気が抜けたように昇降口に入っていく友人の後ろ姿を見つめた。
「さあ……。わからん」
蜂谷はもう一度演劇部の集団を振り返り、小さくため息をついた。
◆◆◆◆◆
「会長、電話に出ましたか?」
生徒会室の長机に膝を立てて座りながら、携帯電話を見つめている諏訪に、清野が話しかける。
「昨日からずっと出ねえ」
諏訪が眉間に皺を寄せながら呟く。
「LANEは?」
結城がバナナ牛乳にストローを刺しながら言う。
「既読つかねえ。ちゃんと昨日中に連絡寄越すって約束してたのに」
「まあ、病院ですしね」
清野が立ち上がった。
「しょうがないんじゃないですか?広報を配るのは第4火曜日って決まってるんですし、印刷しちゃいましょ?」
「でも一応、生徒総会とあいつの記事載ってるからさー」
諏訪が携帯電話を睨んだまま言う。
「せめて挨拶の文面だけは、チェックしてもらいたかったんだけど」
「大丈夫だよ!」
結城も立ち上がる。
「俺が書いた文に間違いなどない!」
「それはそうだけど。付け足したいとことかあったかもしれないだろ」
諏訪は携帯電話の通話ボタンを押す。
「最後の挨拶なんだからさ」
「――――」
「――――」
結城と清野が黙る。
「おはよう!」
と、そこに副会長の加恵が入ってきた。
「おお、おはよう」
諏訪は鳴り続くコールをそのままに言った。
「早朝の宣伝活動はうまくいったか?」
「うん、それが―――」
加恵が表情を曇らせる。
「なんか、尾沢君がつかみかかってきて、危うく2年生の子、殴られそうになって」
「―――尾沢が?なんで?」
諏訪が眉間に皺を寄せる。
「わかんないの。なんか、様子おかしかったな……」
「ーーーーー」
諏訪は立ち上がり、校門に並んだ演劇部員を見下ろした。
色とりどりの衣装は、まるで社交ダンス集団か、あるいは―――。
きな臭いチンピラ集団に見えた。
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