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目の前に現れたプランツェイリアンに、俺を取り囲んでいたカルト教信者達はざわめく。俺に頭突きをされた中年男などは、カズちゃんの顔を見て「嘘だ」なんて呻いて見せる。こんな男が我らの悲願であるはずがないと。
「我々の希望である異星の華が、こんな、醜い大男であるはずがない!」
全く以て失礼なおっさんだ。カズちゃんは確かに、華奢と呼ばれる俺に比べれば随分と大男だし、傷だらけではある。けれどもけして醜いわけじゃない。緑の髪と呼べるだろう黒々とした短髪も、光を込めた樹液のような琥珀色の優しいたれ目をした二重の瞳も、丁寧に年を重ねた樹皮のように美しい褐色の肌も、全てが俺の愛しいカズちゃんを構成していて、それに彼が傷だらけなのはこいつらみたいなカルト教団に狙われ続けていた為だ。
だが、当のカズちゃんはおっさんの失礼な発言を気にする様子もなく、普段と変わらない好青年らしい礼儀正しさで俺の返却を要求した。
「マコを返してください。彼は人間ですし、例えプランツェイリアンだとしても、我々の血肉に貴方達の悲願を叶えるだけの力はありません。プランツェイリアンも、ただの人間なんです」
カズちゃんの丁寧な懇願も空しく、黒いローブの集団は各々に武器を持ち彼に対峙する。カルト教団の人間がそうそう、誘拐した人質を帰らせてくれるわけがないのだ……俺のようにおしゃべりに見えるだろうタイプの若者ならば尚更。そうして、彼自身もある程度の荒事を覚悟していたのだろう。カズちゃんは突き付けられたナイフや銃を前に、体勢を低く構えてみせる。靴を履いたままだから、サバットを使うつもりなのだろう。肉食獣のような体勢から助走をつけて、カズちゃんは俺へ向かって突っ込んでくる。
ダンダンダンと銃弾が鳴り響き、キキキキとナイフの刃が金切り声を上げる。けれども、何一つカズちゃんを傷つけるものはなく、狂信者達は驚きの声をあげる。
「どうしてこの男は倒れないのだ!? やはりプランツェイリアンは我々の上位種族、不死身の種族なのか!?」
不死身というわけではない。カズちゃんは攻撃が当たっても平気なように、肉体に植物の能力を纏っているだけだ。これこそが、プランツェイリアンの特徴であり異能なのである。
リグナムバイタ、世界一硬いと言われる樹木の構成式を肌に纏い。ムジナモ、五十分の一秒ほどで捕虫葉を閉じる食虫植物の瞬発力で攻撃を避ける。時折、自分へと向かってくる人間達の口へ投げ入れるのは、幻覚作用を持つ毒草、ハシリドコロの葉である。勿論、カズちゃんの体内で調合を変えて生成された毒であるから、原生の物よりはずっと安全なものだが。
カズちゃんが動きを見せる度、倒れたり吐いたり叫んだり走り出したり。狂乱の一途を辿る部下たちの姿に、リーダー格の中年男は恐れ慄いていた。カズちゃんは男の前に立ち、硬化した拳を突き出しつつ俺の返還を求める。
「どうか僕の友達を返してください。今ならば、お互いにこれ以上傷つけあわないで済むのですから」
「わ、分かりました……すぐにお返し致します……!」
脅えた表情を見せる中年男を哀れんだのか、それとも俺が帰ってくることに安堵したのか。カズちゃんは表情を和らげて、俺とおっさんの傍へ歩み寄ってくる。しかし、あと少しで俺に手が届く範囲にやって来たカズちゃんへ、呆れる程の欲に塗れた狂信者はそれを突き付けた。
「!? カズちゃん、避けて!」
俺の警告はけれども遅く、カズちゃんの左目に鈍色の銃弾が撃ち込まれる。パァン、と耳障りな破裂音は俺の鼓膜をも攻撃し、ぐらりと視界が揺れて跪いてしまう。頭上からゲラゲラと下品な笑い声がした。煙臭いトカレフを右手に携えたまま、中年男はカズちゃんに近づく。
「まさか、お前が本当にプランツェイリアンだとは思わなかった……想定とは違ったが、それについてはもう文句はない。お前ほどの大男ならば、十分に不老不死に有り付けるだろう」
「このっ……くそじじい……!」
ぶん殴ってやろうと思ったのに、銃声の音でまだ三半規管がいかれているのか、真っ直ぐに立つことすらも儘ならない。畜生と毒づく俺の額へ、件のくそじじいが銃口を近づける。カズちゃんの左目を撃ち抜いた銃はまだ熱を持っていて、守れなかった事実に歯噛みする。
「お友達と、彼の世で感動の再会をすると良い」
引き金に指がかかる、と思った瞬間。中年男の骨ばった指が反対側に曲げられる。一寸の間を置いて、男は「ぎゃあっ」と掠れた悲鳴を上げた。何が起こったのかと、男の指に絡む緑と茶色を辿れば、それはカズちゃんの指先から生えていた。ずるりずるりと溢れ出して男の指先から腕までを軋むほどに締め付けているのは「絞め殺しの木」の異名を持つガジュマルだ。左目からは再生力と生命力から「悪魔の草」と呼ばれるミントを溢れさせて、カズちゃんは普段の穏やかさが嘘のような、恐ろしい憤怒の形相を見せていた。
「マコを、狙ったな」
鬼気迫る表情に、カズちゃんの肌が再びリグナムバイタで覆われる。カルト教のリーダーが悲鳴をあげながら引き金を引くも、銃弾は幾重にも重ねられた樹皮で弾かれ、寧ろ跳ね返った攻撃で男の頬や腿を掠り傷つけていた。銃弾の出なくなった鉄の塊を放り捨てて、哀れな男はカズちゃんから離れようとする。しかし……激怒したプランツェイリアンの腕力から、人間程度が逃げられるはずもないのだ。カズちゃんは両腕を広げ、男の背中へ腕を回す。その両腕は間違いなく、ガジュマルの特性を帯びていた。ぐんっ、と魂でも刈り取るように腕を絡めて体を締め付ければ、狂信者は数十秒と待たず顔を青くして気絶した。軽い窒息にぶくぶくと泡を吐いた男を放り捨て、俺の方へ駆け寄ってきたカズちゃんは最早いつもの優しい表情へ戻っていた。瞬きを繰り返す瞼に涙を浮かべて「大丈夫?」なんて彼は問う。
「俺は大丈夫だよ、カズちゃん……というか! カズちゃんの方が重傷でしょう!? 早く病院行かなくちゃ……!」
眼球を撃ち抜かれたんだよ、と俺が言えば、カズちゃんは一度きょとんとしてから「ああ」と思い出したように自分の左目に触れた。ずぼっ、と左目のミントを引き抜くと、一緒に弾丸が転げ落ちて――――どれだけ凄惨なことになっているだろうと覚悟を決めてみた左目は痣の一つも残っていなかった。え、と俺が驚いた声をあげると、カズちゃんはクスクスと笑う。
「左目をね、撃たれる前にミントと取り替えたんだ。だから、傷ついてもすぐ再生することが出来るんだ」
びっくりしたかな、と尋ねるカズちゃんに、俺は心配を笑われたことへの不満も忘れて、心からの「良かった」を呟いてカズちゃんに抱き着いた。俺に抱き着かれると、カズちゃんはいつも気恥ずかしそうに耳まで赤面する。お互い、知らない仲でもないだろうに。
「カズちゃんが大きい怪我をしなくて良かった……俺を助けに来た所為でカズちゃんにもしものことがあったら、俺は切腹したって打ち首獄門にされたって許されないよ……」
「僕が気にしていないんだから、切腹なんてしなくたって許されるよ」
「俺が気にするし許せないの……カズちゃん、助けに来てくれてありがとう」
「えへへ、どういたしまして。さて、帰ろうか」
戦いで汚れたスーツからポンポンと埃を払い、カズちゃんは俺をお姫様抱っこした。逞しくしなやかな筋肉に抱き上げられて、俺は思わず胸の鼓動を速めてしまう。ファンファンと聞こえてくるのはパトカーのサイレンで、きっとカズちゃんが此処へ来る前に警察へ連絡してくれたのだろう。廊下の奥から足音が聞こえて、顔なじみの刑事さんがやってくる。
「狼森さん、赤荻さん! ご無事そうで何よりです!」
「水喰さん、助けに来てくださってありがとうございます」
「どうせならもっと早く来てほしいけれどね」
俺が親愛から成る詰りを入れると、水喰白(みずはみ あきら)さんは申し訳なさいっぱいの顔をし、カズちゃんは俺の脇腹を抓る。軽くとはいえ、カズちゃんの力なのでかなり痛い。冗談だよ、と俺が笑顔を取り繕って言えば、白さんは「いいえ」と真剣な表情をして言う。
「善良な市民であり、大事な友人であるお二人が棄権に至っている時に、一歩も二歩も遅れて現場に到着するなど言語道断、痛恨の極みです。次こそは私が、お二人をお守りします」
白さんの言葉に、カズちゃんは嬉しそうに目を細める。きっと、俺も同じ表情をしていたことだろう。どれだけ汚い人間を見ようと、白さんみたいな友達が一人いれば、俺達は希望を失わずに日常を過ごせるし――――いつでも日常に戻ろうと思えるのだ。
「せめてものお詫びです! 私にお二人の送迎をさせてください!」
「白さんったら、野暮だなぁ。今は俺、カズちゃんにお姫様抱っこされてるんだから。このまま二人で愛の巣に向かう可能性だってあるでしょ?」
俺がそんなことを言えば、カズちゃんも白さんも現状を理解してぽうっと頬を赤らめる。カズちゃんに至っては耳まで赤くなっていて、林檎みたいに美味しそうだな、なんて考えていったら脇腹を再び強めに抓られた。激痛に悶絶する俺を無視したカズちゃんが「マコの家までお願いします!」といえば、白さんも慌ててパトカーへ俺を案内するのだった。