少女レイ (二次創作)
第一章 「出会いと旅行」
「ッ…!?」
目覚まし時計の音で目が覚める。
重い体を起こして、カーテンを開ける。
ベッドから降りて体を伸ばし、今になって目覚まし時計を止めるついでに、時間も確認する。
時間は5時45分。いつも通りの時間だ。
寝ている家族を起こさないようにドアを開け、リビングに向かう。
事前に用意されていた朝ごはんを食べながら、ニュースを見る。今日は真夏日になるそうだ。日焼け止めを塗らないと。
だらだらと朝ごはんを食べていると、学校に行く時間になっていた。急いでリュックを背負い、慌ただしく家を出る。
折居駅から電車に乗り、学校へと向かう。電車の窓から見える綺麗な海を眺めていると、降りる駅についた。
電車から車したら、歩いて学校を目指す。10分ほど歩いたら、僕が通学している楓高校が見えた。
今年の4月に入学してもう3か月が経つ。
お陰で道に迷うことはほぼなくなり、30~50分ほどで学校に通学できる。
見慣れた校門を抜けて昇降口で靴を脱いでローファーを履いてから階段を上り、1年B組の教室に到着する。
リュックの中身を取り出し、小説を読みながら「彼女」が来るのを待つ。
僕はいつも早く来すぎてしまう癖があるために、また今日もホームルームの1時間前についてしまった。
よく先生に「心愛ちゃんは来るのが早いね」と言われてしまう。
「彼女」はいつ来るのだろうか。と考えながら小説を読み進める。
呼んでいた小説が終わってしまい、手持ち無沙汰になった僕は、今日はどんなことを話そうか。と考え始めた。
やってくる生徒の数も増え、教室が五月蠅くなってきて考え事に集中できなくなったので、適当に教科書を読んで暇をつぶす。
あと100ページもない小説を持ってきたのが間違いだった。
明日からはもっと長い小説を持ってこようと決意する。
教科書を読んだり、小説を読んだりを繰り返しているとホームルームの15分前になった。
そろそろ「彼女」が来るかな。と思ったその時。
「おはようございます」
彼女の静かな声が聞こえ、教室の入り口も見ると彼女と目が合った。
彼女の席は、僕の席の隣だ。
ほかの女子と親しげに話したのち、彼女は自分の席に座る。
「玲奈ちゃん、おはよ」
「うん。心愛ちゃんもおはよ」
何気ない会話だった。
けど僕にとって見たら心の底からうれしくて、緊張する会話でもある。
彼女は一通り準備を終わらせると、僕が持っている小説を指さしながら話す。
「心愛ちゃんもその小説好きなの?」
急に話しかけられて動揺しながら、できる限り笑顔で話す。
「うん。私もこの小説好きだよ。」
話し終えると彼女の顔がパァァッと笑顔に変わり、早口で話し出す。
「だよねぇ!!この小説めっちゃいいよねぇ!!特にさ、最後の主人公が覚悟を決めるところとか本当にいいよね!!私、あそこで泣いちゃった!!」
慣れない早口で話したせいか、少し息が辛そうだったが、同じ小説が好きだったことにびっくりする。
「なんか、玲奈ちゃんがこの小説好きなこと知って驚いた」
できるだけ冷静を装いながら話す。
「うんうん。私も驚いたよ!あっ!今後も読んでいる小説教えてね」
予想外の誘いにかなり動揺するが、彼女と話す時間が増えることはうれしいから、「うん。いいよ」と快諾する。
また何かを彼女が話そうとしていたが、担任の先生が入ってきたせいでその試みは失敗した。
もっと話したい気持ちもあったが、朝は若干体調が悪いので助かったところもあった。
何はともあれ、彼女と共通の趣味を見つけることができて心からうれしかった。
※
「ねぇねぇ次は誰の席に花瓶置く?」
殆どの生徒が帰宅した放課後の1年B組の中で起きた会話である。
「最近××がさ、めっちゃ生意気に感じるの」
「それならその××を虐める?」
「それに賛成!!」
「みんなもそれでいい?」
「賛成!!」
「同じく」
「うん」
席に花瓶を置かれた少年が、彼女たちのせいで登校拒否をしてしまうことを、このグループはまだ知らない。
※
休み時間になると、彼女は同窓会に出席し、いなくなってしまった。
確か「小説同窓会」だったはずだ。
特にすることがなく、ぼーっとしていると、不穏な会話が聞こえてきた。
「××最近学校休みがちだよね」
一人の椅子に座った少女が話す。
話題に出ている××くんは、会話の通り最近学校を休みがちである。
特段仲が良いわけでもない彼女らが、なぜ××くんの心配をするのかが気になった。
「あいついいおもちゃだったのにさ、休まれたらつまらないんだけど」
椅子に座った少女が話を続ける。
「今、皆がいるのにそんな話するのはまずいんじゃない?」
近くにいる少年が笑いながら言う。
その態度に、××くんへの配慮は微塵も感じられなかった。
あくまで自分たちの身の保全を願っているだけ。
自分たちが幸せなら他人がどうなろうがいいのだろう。
人としてどうなのかと思うが、残酷な社会で生き抜くためにはある意味断わり理に適っているかもしれない。
それでも、僕の目には少女らが、弱者を喰らう獣に見えた。
先生に告発することも考えたが、自分も巻き込まれたら堪ったもんじゃない。
まだ少女らが原因とはわからない。そっとしておくことが最善策だろう。
※
「では、今から席替えをします」
彼女と小説の話をしてから2週間後。
あれからも休み時間によく話をしていた。
前回の席替えから1か月近く経ったらしく、今年4回目の席替えが始まった。
今日は一学期最後の日のため、席替えに相応しいと先生は言っていた。
彼女と近いこの席はすごく気に入っていたのだが、席替えからは逃れられない。
「席が離れても、たくさん話そうね」
そう言ってくじを引いた。
「うん!たくさん話そうね!」
くじを引き終わったあとに彼女が話す。
引いたくじを見ると、窓側の席だった。
一方で彼女は廊下側の席。ああ、神は死んだのか。
ある程度覚悟していたことではあったが、多少は寂しく感じた。
ホームルームでの席替えが終わると、終業式の会場に移動しる。
体育館に体育すわりをして10分ほど待っていると、ステージの上に校長先生が登場した。
一礼をした後に長い話を始める。
家族の手伝いをしろだの、体調や生活リズムを整えろだの、やりたいことに挑戦しろだの、至極当然なことをダラダラ話して満足したらしく、30分程で終業式は終了した。
そのあとはクラスでイベントを開催したりして午前中は遊び続け、12時45分には下校を開始した。
昇降口で靴を履いていると、スマホを持った彼女が話しかけてきた。
「スマホ持ってきたからさ、連絡先交換しない?」
正直言って意外だった。スマホとか流行に疎そうな彼女が自ら連絡先を交換しようといってくるとは思わなかった。
「うん。いいよ」
僕もスマホを取り出して、交換する画面を開く。
「ええっと、どうやって交換するんだっけ?」
やっぱりスマホには疎いようだ。
ホーム画面には二桁に満たない数の友達が表示されている。
小説同好会の子たちや、例の「獣」たちもいた。
「QPコードを、カメラで読み取るの」
困り果てた目で僕を見つめてくる彼女に優しく説明する。
「ああ!こうやるんだ!ありがとー」
なんとか交換に成功し、彼女は無邪気に喜んでいた。
「別に大丈夫だよー」
クールに立ち振る舞う。うまくできているか不安になる。
「それじゃあまた今度連絡するねぇ」
彼女はそう言うと、上機嫌で家に帰っていった。
彼女と連絡先交換できたことが心の底から嬉しかった。
しかし、一つだけ心残りがある。
彼女と連絡先を交換していた者たちの一人に「獣」がいた。
虐めや変なことに巻き込まれていないといいけど…
ずっと心が浮遊して落ち着かなかった。
でもそれは連絡先を交換できた喜びのせいだ。ともっともらしい理屈をつけてそれ以上追求すのをやめた。
連絡先を交換してきたということは、夏休みの間にどこか行きたいのだろうか?
8月いっぱいの間は夏休みだ。
もしかしたら彼女から遊びに誘われるのだろうか?
電車の中でそんな想像を膨らませていたら、折居駅についた。
電車から下車し、家を目指す。
先ほどとは打って変わって、将来について考えた。
生まれてから16年の間に男子を好きになったことがない。
今後も男子を好きになることはないかもしれない。
そういえば彼女は好きな人がいるのだろうか?いたらどんな人なのだろうか。
そこまで考えたところで、また彼女のことを考えてしまっていることに気が付く。
彼女と親しくなってから、ほぼ毎日彼女のことを考えていた。
てっきりそれは、学校で唯一の友達だからだと思っていた。
もしかして僕は、彼女のことが、玲奈のことが好きなのだろうか?
先ほどまで早く歩いていた足が止まる。
自分で気が付いた気持ちに自分で驚いている。
頭の中が酷く混濁している。
僕が、彼女のことが好き?
辿り着いた結論が頭の中で反芻し続ける。
分からない。
そもそも、愛情ってなんだ。好きってなんだ。
16年の人生で、誰かを愛したことなんてない。
あったとしてそれは友情で、愛情ではない。
だからこそ、愛情が分からない。
どこかで「愛情とは相手に捧げる無償の愛」なんて書いてあったのを思い出す。
僕は彼女に無償の愛を分け与えているだろうか。
でも、何かあったたびに、僕は彼女のことを考えてしまう。
ふとした瞬間に、彼女のことを思い出す。
そう思えば思うほど、さっきの結論が強くなる。
頭が痛くて、現実から逃げたくなる。
このことを知ったら、彼女はどんな反応をするだろうか。
考えたくない。怖い。
そうやって、目の前の問題から目を背けた。
※
「今度、好きな小説の聖地巡礼をするんだけど、心愛ちゃんも来ない?」
夏休みが始まって1週間ほどたったある日。
いきなり彼女からこんなメッセージが送られてきた。
母親にメッセージを見せ、聖地巡礼をする許可をもらった。
少し母親が嬉しそうだったのは、僕の見間違いだろうか。
「うん。私も行く!!」
メッセージを送り返すと、1分もしないで返ってきた。
「了解!!よろしくね~」
彼女らしいなんとも緩い文章だった。
僕と彼女二人きりなのだろうか。そうだったら、嬉しいな。
期待を胸に、旅行の日を待った。
※
8月11日。天気が良くて、お出かけ日和だと思う。
待ち合わせ場所に相変わらず早く来ては暇をつぶしていると、彼女が何人かの友達とやってきた。
「遅れたかな?ごめんね~」
無邪気に笑いながら、小走りでこちらに向かってくる。
「大丈夫だよ~。それで隣の方は誰?」
威圧的にならない様に優しく質問する。
「ああ、この4人のこと?私と同じ小説同好会のお友達だよ~」
紹介された4人の人はぺこりとお辞儀をする。
てっきり2人きりだと思っていたが、見知らぬ人たちが来て少し失望する。
まぁしょうがない。楽しめればいいのだ。
気持ちを切り替えて、精いっぱいの笑顔で話す。
「二日間、よろしくお願いします!」
※
「ふう~何とか間に合ったね」
肩で息をしながら僕が言う。
「ねぇ~。危なかった~」
危機感がないのか笑いながら彼女も言う。
「置いていかれるかと思いましたよ~」
眼鏡をかけた少年が言う。
僕たちとはクラスが違う1年A組の子で、名前は祐介というらしい。
謎に敬語を使っているところは慣れないが、いい人であることはわかる。
「ん~この駅弁おいしい!」
またほかの少女が話す。
2年B組の先輩だ。名前は花恋。上下関係が嫌いらしく、タメ口で話すことを強要してくる。
「え~じゃあ一口頂戴」
2年C組の先輩が駅弁を欲しがる。名前は確か千月といったはず。この人が駅弁を買い忘れたせいで遅れそうになったのだが、悪びれる様子はない。
「僕があげるっすよ!」
1年の少年が駅弁から一口取って彼にあげる。
「ん!ありがとう」
一言も言葉を発しない灯里という名前の少女も、その光景を見て微笑んでいた。
なんとも平和な空気が新幹線の中で流れる。
これから2日間彼らと行動を共にするのだ。
仲良くできそうでよかったと思う。
彼女の方を見ると、笑顔で平和な彼らを眺めていた。
忘れることのない夏が始まるのだと感じた。
※
目的地に着くと、彼女はずっとハイテンションだった。
読書感想文を書くほど好きな本だったらしく、走って騒いでやりたい放題だった。
「ちょ、落ち着けって」
先ほどまでは騒いでいた彼が彼女を落ち着かせる。
「先輩こそさっきまで騒いでいたじゃないっすか」
苦笑いしながら少年が話す。
「迷惑だけはかけちゃだめよ」
先輩がみなをなだめる。
「あいつら来たのはいいんすけど、なんでこうなっちゃうのかな」
少女が先輩の言葉に続けて毒舌を吐く。
「まぁ、迷惑かけないように楽しませてあげましょう」
僕が提案すると、
「まぁ迷惑かけなかったらいいんだけどね。あと敬語」
一口余計だった気がするが、先輩が賛成してくれる。
「でもさ、私も遊ばせろよぉぉぉ!」
少女が怒鳴ると、彼女と彼と少年が騒いでいる場所に飛び込んでいった。
「なんだかんだい言って、騒ぎたかったんだね」
皆を見守る母親のような優しい笑顔で話す。
「君は?いいの?遊ばなくて」
彼らが騒いでいる様子を眺めていた僕に先輩が話を振る。
「ええ。私は大丈夫です。あっ大丈夫」
敬語を付ける癖が抜けないことに不服そうな顔をしていたが、
「まぁ、大丈夫ならいいけど」
優しく言うと彼らの方を見る。
5分、10分とどんちゃん騒ぎを起こす彼らに見かねて
「ほら!もう移動するよ!」
先輩が言うと同時に、
「じゃあ行こう」
僕も先輩に向かって言う。
「そうだね。置いていっちゃおうか」
悪戯的な笑顔を浮かべ僕に言う。
僕たちが歩き出すと、さすがにまずいと思ったのか走ってついてきた。
その後僕たちは様々な聖地を巡礼し続けた。
※
空が赤く染まってきた頃に僕たちは、今日泊まる旅館に到着した。
泊まる部屋は女子たち4人と、男子たち2人に分かれた。
男子は2人で大丈夫なのかと思ったが、「大丈夫っすよ~」と少年は言っていた。
まぁあの二人は仲が良いから大丈夫だろう。
泊まる部屋等の手配をしてくれた先輩に感謝しつつ、今日泊まる部屋に入る。
和風のお洒落な部屋で、日本らしさがある部屋だなと思った。
残りの二人も満足したらしく、先輩の手を取って感謝をしている。
手荷物や上着を置くと、先輩が話す。
「夕食までまだ少しあるし、館内を探索しない?」
「いいね!行こう!」
彼女がいち早く反応する。あれほど騒いでいたのにまだ元気とは恐ろしい。
「心愛ちゃんは?どうする?」
彼女に聞かれて少し考える。
疲れてはいるけど、彼女が行くなら仕方がない。
「いいよ。行こ」
短く答えると、彼女が「おっけー」と軽く答える。
先輩が少女を誘っていたらしく、「それじゃあレッツゴー!」と元気よく言っていた。
部屋から出て、いろいろと探索する。
途中、歩いていると何をモチーフにしているのかがよくわからない木彫りが置いてあり、それについての考察で盛り上がる。
泊まっている2階から屋上に移動すると、赤く染まった綺麗な空が見えた。
闇と光が混ざっている様子は、雑に扱えば消えてしまいそうな儚さを演出していた。
近くにあったベンチに腰かけて話す。
「今日一日、どうだった?」
実は今回の旅行すべてを考えてくれていた先輩が話を振る。
「私は楽しかったかな!」
彼女が一番に話す。まだまだ元気そうだ。
「私も楽しかったなぁ」
昼間散々騒いだせいで少し眠そうだったが、少女も話す。
「私も、疲れちゃったけどすごく楽しかった」
綺麗な景色を眺めながら僕も言う。
薄っすらと見える星がきれいだ。
「そっか。ならよかった!!」
女子たちの意見を聞けて満足したらしく、先輩も笑顔で話す。
「あと、私は小説同好会に入りたくなった」
そう僕が言うと、みな驚いたようにこっちを見た。
小説同好会に入りたいのは彼女がいるからというのもある。でも一番は、このメンバーと過ごし時間が心の底から楽しかった。
いつも元気な彼女。皆を気にしてくれる先輩。冷静そうで元気な少女。トラブルメーカーだけど、場を盛り上げてくれる彼。そんな彼と仲良くしながら、ずっと笑顔の少年。
この5人となら仲良くしていけると思った。
一緒に高校生活を楽しみたいと思った。
この想いを伝えることはないけど、心の中では彼らと過ごす時間が宝物のように思えた。
「おっけ!!これからもよろしくね!」
いち早く状況を感じ取って彼女が話す。
「まさか、心愛が入ってくれるとは思わなかったよ。よろしく」
先輩も同じように挨拶をしてくれた。
少女はもう眠いらしく、「うん…よろし…」と眠りながら挨拶をしてくれた。
その後は軽く同窓会の説明を聞きながら綺麗な景色を眺めていた。
僕にとってかなり幸せな時間だったと思う。
※
屋上に来てから1時間ほどが経ち、辺りが闇に包まれた。
「そろそろご飯の時間だよ。行こうか」
先輩が僕たちに声をかける。
少女と彼女は完全に眠っていて、僕も眠りかけていた。
先輩と協力して二人を起こし、食堂に向かう。
食堂に着くと、男子たち2人が既に着いていた。
「遅いよ~」
彼がふてぶてしく話す。
「5分も待っていないじゃないっすか~」
すかさず少年がフォローする。
なんやかんや仲良くできているようだった。
「はは、ごめんごめん。それじゃあご飯食べよっか」
先輩が適当に謝りながら、皆を食堂に案内する。
彼の扱いには慣れているように見えた。
食堂の中で先輩が自分の名前を言うと、たくさんの料理が運ばれてきた。
さっきまで眠っていた者たちはたくさんの料理に興奮しているらしく、元気に話している。
すべての料理が運ばれてくると、ジュースで乾杯をして食べ始める。
「男子組は?何をしていたの?」
先輩の質問に彼が元気よく話す。
「ええっと、カードゲームしたり、遊んだり、遊んだりしていたよ」
口に食べ物を含んでいる状態で話したせいで若干むせながら話す。
少年がどこか苦笑いしているということは、隠し事があるのだろう。
多分それは男同士の秘密だから、詮索はしないでほっておく。
「そっちは?何していたの?」
彼の方から質問をしてくる。
「うーん、館内を少し散歩した後に、屋上で景色を見ながら雑談していたよ」
先輩がそう言うと、彼が笑顔で話す。
「屋上の景色めっちゃきれいだよね」
言い終わったあとに彼の首筋を嫌な汗が流れた。
「えっと…遊んだんじゃなかったの?」
ここぞといわんばかりに、先輩が攻める。
彼の汗の量が増えている。少年は少し笑っている。お前は笑っていいのか。大切な先輩が追い詰められているんだぞ。
「ええっと…そういえば、心愛ちゃんが小説同好会に入るんでしょ!!お、おめでとう!」
早口で捲し上げるが、もう手遅れである。
自分で自分の墓穴を掘った。もうこれは先輩の言葉の暴力から逃れることはできない。
「そのこと、まだあんたに言っていないんだけどなぁ」
わざとらしく威圧的に話す。彼から垂れる汗の量は異常になっていた。
「ええっと、やることがなくて、女子組の後をついていっていました」
正直に自白したが、言葉選びを誤ってしまったようだ。
「ついていったじゃなくて、追跡したんだろ!このストーカー!!」
先輩は本気で切れているわけではなく、飽くまでもふざけて怒っている。
「いつもあの二人ってあんな感じなの?」
楽しそうに二人の喧嘩、いや、一方的な言葉の暴力を振るっている姿を見ている少年に声をかける。
「はい。いつもあんな感じっすよ。でもお互い信頼しあっているんですよ」
「なんだそのめんどくさい信頼関係」と心の中で毒づきながら話を続ける。
「そうなんだ。まぁあの二人仲良さそうだしね」
少年の顔を見ながらそう話す。
少年がすこし寂しそうに見えたのは勘違いだろうか。
「まぁまぁ喧嘩はやめてね、ご飯を食べましょうよ~」
彼女が言葉の暴力を振るっている先輩を止める。
少女の方もこちらを誘ってきてくれた。
先ほどまで少女と彼女が親しげに話していた姿を見て、心に違和感があったが、触れずに席を移動する。
その後、僕たちは楽しくご飯を食べ続け、そして別れる時間になった。
「それじゃあおやすみ」
お互いに軽く言葉を交わして離れていった。
「この後どうする?」
僕の質問に先輩は優しく答える。
「それじゃあ、お風呂に行こうか!!」
謎に先輩がハイテンションで答える。不思議に思いながら、
「行きますか」
僕もしっかりと答えた。
あとの二人も賛成らしく、首を縦に振っていた。
お風呂に向かっている途中に、僕は質問をする。
「彼とどんな関係なんっすか?」
デリカシーはないと思うが、気になったので聞いてみた。
「う~んどうだろうね~。まぁ詳しい話は寝るときにしよ」
うまい感じにはぐらかされたと思ったが、どうやら夜になったら説明してくれるらしい。
少しだけ先輩の顔が赤く見えた。照れているのだろうか。
ほかの二人や先輩が話しているが、気になっていることがあった。
夕食の時に、先輩と彼が楽しそうに話しているのを見て、少し寂しそうな顔をしていた少年。あの表情にはどんな感情が隠されているのだろうか。
野暮なことだとはわかっているが、どうしても考えてしまった。
5分ほど歩くと、風呂場に着いた。
「実は、ここの旅館にしたのは、お風呂の評価がいいからなんだよね」
先ほどからテンションが高かったのはそのせいだったのか。
違和感が一つ消えたことにすっきりしながら、お風呂に入っていった。
※
「いや~いいお風呂だったね!」
相変わらずのハイテンションで彼女が話す。
「ね。よかった」
かなり眠いのか、少女が消え入りそうな声で話す。
「お、おお。まぁいいお風呂だったよね」
倒れそうになった少女を抑えながら僕も話す。
「そうだね。評判通りのいいお風呂だったね」
先輩も笑顔で話す。
少し歩くとこの後眠る部屋が見えてきた。先輩がカギを開けてくれる。
僕はすっかり眠ってしまった少女を引きずり入れてベッドで寝かせた。
少し経つと、ジュースが入った瓶を持った彼女がやってきた。
「へへ、さっき買ったんだ」
得意げな顔をしながら瓶を僕たちに見せる。
「せっかく買ってきてくれたんだね!ありがとう。何円だったの?」
すかさず先輩が値段を聞く。払うつもりなのだろう。
「別にいいよ~。私がみんなと飲みたくて買ったんだから。」
先輩と僕に渡しながら、笑顔で話す。僕も「ありがと」と感謝を伝えた。
ベランダに移動して、椅子に座りながら乾杯する。
「一人もう寝ちゃったけど、今日一日お疲れ様」
先輩が僕たちの方を見ながら話す。
夏の暖かな風が身体に触れてとても気持ちがよい。
今日は色々あった。眠気に襲われながら、話し続ける。
「なんか、平和な時間が長く続いてほしいよね」
先ほどまで話に参加していなかった彼女が話す。
「そうだね」
僕もすかさず相打ちを打つ。こんな時間がずっと続いたらどれ程に幸せだろう。
「そういえば、さっき聞かれた質問に答えなきゃだね。」
少しの沈黙を経て、先輩が口を開く。
「お願いします」
「何の話?聞きたい!」
僕たちが最大限の興味を示すと、少し息を吸ったのち先輩が話し出す。
※
あいつと私は小さなころから幼馴染だったんだ。
両親が仲良くてね。家も近かったから、お近所付き合いみたいな感じで出会ったんだ。
最初はよくケンカばっかりしていたよ。もう分かっていると思うけど、なんせ性格が真反対だったし。
小学3年生のころのことかな?私が虐められちゃってね。
凄く仲の良かった親友にいきなり裏切られて、よく暴力を振るわれてさ。
そのせいで人間不信になったのだけどさ、あいつがずっと私に普段のペースで話しかけてくれていたお陰で相談することができたんだ。
あいつは私が虐められていることを知って、今まで通りに接していたのか、何も知らなかったのか、私にはわからないけど、心の支えになっていたことは事実だったよ。
あいつが頑張って暴力を止めてくれたんだ。
まぁかなり乱暴なやり方をしたから先生に怒られていたけどね。
でも、あいつのおかげで虐めが解決して私は救われたな。
身の上話はどうでもよかったかな?ごめんね。
でさ、あの時からあいつのことをよく意識しちゃうんだよね。
多分意識しちゃうのはあいつのことを好きだからだと思う。
だからさ、今度あいつに告白してみたいと思う。想いを伝えてみる。
もしかしたら小説同好会の空気を壊しちゃうかもしれなくて怖いけど、自分の気持ちに嘘はつきたくない。
だから、先に謝っとくね。
もし私のせいで空気が壊れちゃったら、それはごめん。
※
「はは、いきなりこんな話してびっくりしちゃったでしょ」
欠伸をしながら笑顔で話す。笑顔を崩さない所に先輩なりの優しさを感じた。
「私は、先輩の恋を応援します。自分の気持ちに嘘はつかなくていいと思うから」
彼女が真面目な表情をして話す。そこには先ほどまでとは違う感情がうかがえた。
「私も、いいと思いますよ。先輩には幸せになってほしいですから」
言った後に僕は思う。これは本心なのか?
いいや。違う。幸せになってほしいのは本心だ。でも半分は嘘だ。
もし、先輩が告白をして付き合ってしまったら、少年はどうするのだろうか。
多分だけど、少年もまた同じ感情を抱いている。
あの、寂しげな表情は恋愛感情のせいなのかもしれない。
いや、きっと恋愛感情だ。そう思うと同時に少し切なくなる。
あの二人はお互いを愛し合って、求めあっていると思う。
先輩と合流した彼の表情にはどこか嬉しい感情を感じたからだ。
僕はどちらの恋を応援すればよいのだろうか。
昔から人の感情を読み取ることにはたけていた。
だからこそ少年に幸せになってほしい気持ちと、先輩に幸せになってほしい感情がごちゃ混ぜになっている。
僕は、どうすればいい_?
「心愛ちゃん大丈夫?思いつめたような顔をしていたけど」
先輩に心配され、
「僕は大丈夫っすよ。少し眠かっただけっす」
とできる限りの笑顔ではぐらかす。
しかし言い終わった今になって自分の過ちに気が付く。
一人称を「僕」にしてしまった。
慌てずに落ち着いていればよかったのだが、隠し通すことはできなかった。
そんな僕の違和感を察した先輩が口を開く。
「心愛ちゃんの本当の一人称は僕なの?」
「えっ…」僕の口から言葉が零れる。
「もしかしたら、眠いせいで僕って言ってしまったのかもしれないけどさ。もし無理して私って言っているなら、僕って言ってほしい。心愛ちゃんも心に嘘はついてほしくない」
早口で先輩に気持ちを伝えられた。
「うんうん!私たちの前では、僕にしてほしいなぁ」
彼女がおねだりをするかのような声で僕に告げる。
「…」
すっかり言葉を失ってしまい、黙ってしまう。
何か話さないと、二人がカバーをフォローをしてくれているのだ。
せっかくの空気を壊すわけにはいかない。
そう考えれば考えるほど、言葉が出ない。口が開かない。頭が重い。
それでも、少しずつ、時間をかけて気持ちを語源化していく。
「僕は…僕は…」
小さく呟く。気が付いたらこの一人称だった。昔は僕だった。でも、「何か」があったせいで一人称が私になってしまった。その「何か」は無意識のうちに記憶から消し去ってしまっていた。自分の心を守るために消したのだと思う。
同じような言葉を頭の中で繰り返して、やっと言いたいことが、本当の心が分かった。
「同好会のみんなの前では、僕って言いたい」
消え入りそうな子で呟く。聞こえているだろうか。
「そうか。なら、私たちの前では無理しないでいいよ。一人称なんて、個人の個性で自由なんだからさ」
先輩が優しく僕のことをサポートしてくれる。彼女は何を言えば良いのかわからなかったらしく少し固まっていたが、息を吸って話す。
「逆に今までよく今まで頑張ってきたね。偉い」
真剣なまなざしで僕を見ながらそう話す。
暖かな空気が僕を包んでいる。人生で初めての感覚だった。
そのまま僕が眠りに堕ちるのにそう時間はかからなかった。
多分人生で一番幸せな眠りだったと思う。
こうして、忘れることのない夏の一日目はあっという間に終わっていった。
※
暖かな空気に包まれて目が覚める。
目をゆっくりと開けると、強い光が入ってきて目が痛くなる。
耳を澄ますと、両方から寝息が聞こえる。
そうだった。ここで僕は寝落ちしてしまったんだった。
二人も寝落ちしてしまったらしく、寝息をこぼしながら寝ている。
ポケットの中からスマホを取り出して、電源を付ける。
今の時刻は朝の5時30分くらいだった。大体いつも通りの時間だ。
何をしようかと考えていると後ろから小さな声が聞こえた。
部屋の中に入ると、ベッドで寝ていた少女が目を覚ましていた。
ベッドの上で座っている少女の隣に座る。
「早起きだね。おはよう」
小さな声で僕が話すと、「うん。おはよう」と返してくれた。
「あの、昨日の夜にみんなが話していること聞いちゃったんです」
少し申し訳なさそうに話す。
「あ。そうだったんだ。別に悪いことじゃないけどね」
フォローを入れながら優しく話す。
「それで、先輩が男の人に告白するって聞きました」
少女の言う「男の人」は彼のことだろう。
「でも、祐介も、千月先輩のことが好きだと思うんです」
自分が考えていたことを全く同じことを言われて驚く。
できるだけ動揺を隠しながら「それで?」と優しく聞く。
「私はどっちを応援すればいいのかな」
泣きそうな声で話す。ゆっくりと少女の背中を撫でながら話す。
「僕と同じことを考えてびっくりしちゃった」
一人称は僕にする。多分あの話も聞いていたのだろう。
「少年の哀しそうな顔。あれは恋愛感情だよ。多分ね。でも、彼は、男の人は少年に恋愛感情を抱いていないと思う」
言いながら苦しくなる。少年と自分は立場が似ているのだ。同じ同性愛者として。
「だから、僕はどっちも応援しない。ただの傍観者でいい」
考えていることを少しずつ言語化させていく。
「で、もし振られた方が助けを欲しているなら、僕は助けてあげたい。小説同好会の空気は壊したくない」
ゆっくりと話す。少女が外を見ながら口を開く。
「その考えに私も賛成します。ただの傍観者として、一つの物語として、あの人達の恋愛を見ていたいと思います」
僕は頷きながら話を振る。
「でも意外だったな。僕しか少年の感情に気が付いていないと思っていたからさ」
僕が話し終わると、少女が欠伸をしながら話す。
「うん、私も驚いた。まさか貴女が私と同じことに気が付いているとは思わなかった」
僕は「そうだね」と軽く返すと、リュックサックの方に向かい小説を取り出して読みだす。お互いなにも語ることなく、時は流れていった。
※
8月12日。朝の8時くらいになって、やっと二人が起きた。
それから少し雑談をすると、皆でご飯を食べに行く。
男子組と合流をしてご飯を食べる。
先輩と彼が仲良くしている姿を見ていると、心が痛む。
少年や少女はどのような気持ちなのだろうか。
僕たちは傍観者だから口出しできないけど、やっぱり苦しいや、心が。
皆がご飯を食べ終わると、一度解散をした。
寝泊りした部屋に向かうと、荷物をまとめてフロントに向かう。
チェックアウトすると男子組を待つ。
この後僕たちは、2人1組で行動をする。
お土産を買ったり、観光をしたりするのだ。
夜の8時になったら集合をして新幹線で帰宅する。
僕と彼女。少年と少女。先輩と彼。のペアで移動することになっている。
僕と彼女で移動できるのはうれしいが、多分先輩は彼に告白するのだろう。
少年と彼をペアにすればよかった。でも僕は傍観者なのだ。自分の心を落ち着かせる。
少し待つと、男子組が笑いながらやってきた。どちらも幸せそうだ。
「それじゃあ、ここで解散だね」
男子組が着くと同時に先輩が口を開く。声色には、若干の焦りや緊張が窺える。
「皆楽しんで!!」
できるだけ自然に立ち振る舞っているように見える。
だが、本当は皆をさっさと追い出したいのだろう。
「それじゃ、行こうか」
彼女に対してできるだけ笑顔で話す。
彼女が頷いたため、手を引いて歩き出す。
少女も感情を読み取って、少年と歩き出していた。
一人の人間の心を壊すことになる二日目は、こうやって幕を開けた。
※
「どこに行こう」
目の前にいる女子がぼそりと呟く。
「どうしようね」
僕も話すが、女子は黙り込んでしまう。
恐ろしいほどに短く会話が終わってしまう。
長期休みが来るまで、仲良くしていた筈だが、感情を読み取ることができない。
先輩や、彼は比較的感情がわかりやすいが、この子はどうしても無理だ。
テンションの上がり下がりが激しく、接しにくい。
どうしようかと頭を悩ませていると、女子の方から口を開いた。
「おいしいお菓子屋さんに行かない?」
平和な提案に僕は頷く。
「行ってみたい」
そっけないが、できるだけ笑顔で話したつもりだ。
女子の機嫌を保った状態で、やっとここから移動できそうだ。
黙ったと思ったらいきなり話す。この子の気持ちは死ぬまで理解できなさそうだ。
歩きながら少しずつ会話をする。少女は時折笑ってくれる。
30分ほど歩くと、そのお菓子屋さんに着いた。
そこからさらに10分ほど待つと、お目当てのお菓子を買えた。
二人で食べながら話す。
「ほんとだ。ここのお菓子おいしいね」
「うん。ここおいしい」
素っ気ない返答だなと思いながら話を続ける。
「どこでここのお菓子屋さんのこと知ったの?」
「観光スポットのサイトに書いてあった」
「ふ~ん。そうなんだ。ほかにもいいスポットあった?」
優しく聞くと、少女の瞳に光が灯った。
「ほかにもいいスポットたくさんあるよ!」
いきなり元気になったので、内心驚いたが、
「じゃあ、後でおすすめのスポットに行こう!」
と優しく返す。
「うん行こ行こ!」
45分前までの様子が嘘だったみたいに、一気に元気になった。
できれば、元気のままでいてほしいな。と思いながらお菓子を急いでほおばった。
※
「僕たちだけで一緒にお出かけするって久方ぶりだね」
彼が優しい笑顔で話す。
「うん。一緒にまたお出かけできてすごくうれしい」
できるだけ感情を殺して、クールに話す。さっきから、心臓の鼓動が非常に五月蝿い。
鼓動が高まるのも仕方がないが、一生懸命に考えたデートプランを破壊するわけにはいかない。ブレーカーをそっと落とすように、自身の感情も落ち着ける。
「今日はあれでしょ、君がいろいろ考えてきてくれたんでしょ」
やはり、彼が一言発すると心が落ち着かない。体がそわそわする。
「うん!最高のプランを考えてきたんだから!」
できるだけ元気に話す。さっきから、体の熱も五月蝿い。
「ありがとう!それじゃあ行こうか」
彼がエスコートするかのように手を差し伸べてくれた。
さっきから心臓がやはり落ち着かない。彼の手を掴むと同時に、心を落ち着かせることに集中する。中学生のころに演劇部に入っていた経験を最大限に生かす。
心の中で何度か深呼吸をすると、かなり落ち着いてきた。
取り敢えずは、告白する時までは落ち着いて行動できるだろう。
彼と一緒に、町の中へと歩いて行った。
目的地に着くまでの間、私たちはとりとめのない会話をしながら歩いた。
とはいっても、昔話に花を咲かせていただけなのだが。
覚えている限りの昔話が尽きたところで、景色の話に移る。
綺麗な街並みにコメントを言い合ったり、感想を言い合ったり。
「あ!あれ可愛い!あそこのお店に行きたい!」
彼が行きたいお店を見つけると、私もそこについていく。
街の中心部というだけあって、色々なお店が栄えている。
お店巡りを続けていると、12時になっていた。
おいしいと定評のあるカフェに移動すると、椅子に腰かける。
注文したご飯を食べながら話す。
「いやぁ、ここまで長かったね」
笑いながら話すと、彼も反応する。
「そうだね。でも、色々なもの買えたね!」
彼が心底嬉しそうにパンパンになった旅行鞄を見せてきた。
「すごい量のお見上げを買ってるね」
「でしょでしょ!」
「どんなもの買ったの?」
「秘密!」
お菓子や、ぬいぐるみを買っているのは見たが、それ以外のものは何を買ったのかはわからない。いったい、どれ程買ったらあんなにパンパンになるのだろうか。
「ただもう、お金がないんだよねぇ」
彼が少し悲しそうに言う。しかし、お金を貸してあげようとは微塵も思わない。
「宝石ショップでアクセサリー買った所為でしょ」
悪戯な笑みを浮かべながら言う。彼は、宝石ショップで家にあるぬいぐるみのためにアクセサリーを買っていた。最早ぬいぐるみ中毒者と言っても差し支えない気がする。
「ご飯食べ終わった後って、どうするんだっけ?」
財布の残高を確認しながら彼が言う。
「えーっとね、最高の絶景が見える場所に行こうかな」
笑いながら言うと、「それは楽しみ!」と彼が笑う。
さっきまではお店巡りをしていたが、この後は綺麗な夕日が見れるところに行く。
そこで夕日をバックに告白するという完全な計画を実行するわけだ。
ひそかに準備した計画をもう一度確認し終えると、彼に対して優しい笑顔で話す。
「おいしかったね。それじゃあ行こうか」
人生の中で、一番ドキドキする時間が始まろうとしていた。
※
心愛ちゃんに「それじゃ、行こうか」と言われてから少し歩いた場所で私たちは悩んでいた。
「どうしようね…なんも計画してなかったからさ…」
焦ったような表情を浮かべながら心愛ちゃんが話す。
「う~ん。どうしようねぇ」
普段、私はすぐにアイデアが浮かぶのだが、今はなかなか浮かばない。
そもそも、ここら辺にどんなお店があるのかすらわからない。
このままじゃ、ずっとここで話し合う羽目になりそうだ。
そこで私は心愛ちゃんの腕をつかむと、歩き出す。
いきなりの行動に驚いたようで、「えっ!?」と声を出していた。
半ば私に引きずられている状況で心愛ちゃんが話す。
「どうしたの?行きたいところ見つかったの?」
そんな問いかけに大きく首を振ってこたえる。
「全然決めてない!」
「あっ、そうなんだ。じゃないね!?」
心愛ちゃんがいいリアクションを取りながら話してくれる。
何度も転びそうになりながらもギリギリで立っている心愛ちゃんの様子を笑いながら話す。
「ずっとあそこで話してても暇だなって思ってね。だから動いちゃえって思ったんだ」
「分かった。わかったからさ、僕を引きずるのはやめてよぉ」
心愛ちゃんが笑いながら言うので私は手を放す。
突然の支えを失い、心愛ちゃんは地面に倒れる。
「だ、大丈夫?怪我はない?」
笑いながら手を差し伸べる。心愛ちゃんが私の手を掴んだので、引き上げる。
「ちょっと~、手を放すなら教えてよ~。危うく怪我するところだったよ~」
笑いながら心愛ちゃんが言うので、「ごめんごめん」と謝る。
「それじゃあ行こうか!」
心愛ちゃんの目を見ながら言うと、私は走り出す。
「ちょっと待って~!」
心愛ちゃんが話しながら私についてくる。二人で話しながら走り続ける。
途中で迷子になりながらも、長い時間をかけてようやく町の中心部にたどり着いた。
スマホで時間を見ると、14時だった。
「ふぅ~。やっとお店がたくさんある場所に着いたね」
心愛ちゃんが肩で息をしながら話す。
「普通は2時間くらいでここに来れるらしいよ」
私も肩で息をしながら話す。
「えっと、僕たちが出発したのは8時15分くらいだったから、6時間も移動してたの?」
「そうだね…迷子になっちゃった所為だね」
平均時間よりも、かなりオーバーした時間をかけてここにやってこれたのだ。
「おなかすいたし、近くのファミレスにでも行く?」
「うん。行こう」
心愛ちゃんの提案に私も同意する。
そこから10分ほど歩くと、ファミレスに入店できた。
お互い席に座って、ジュースを飲みながら涼む。
「ここって、一応避暑地なんだよね?」
「うん。ここは日本の中では涼しい場所のはずだよ。でも、避暑地でこの暑さはまずいね。都会とかはどうなっているんだろ」
「そうだね~。考えたくもないや」
特に意味もない雑談をしていると、注文した料理が届いた。
「いただきます!」
「いただきま~す」
二人同時に言葉を放つと、料理を食べ始めた。
ここまでずっと走ったり、歩いたりしていたお陰で、料理がとてもおいしく感じた。
食べていると、心愛ちゃんが真剣な顔つきで話し出した。
「小説同好会の人たちの話で、伝えようか迷っていたことがあるんだけどさ、教えてほしい?」
「うん」
私は即答した。心愛ちゃんの顔つきや声色からちょっとしたことではないことは目に見えた。
「実はさ、先輩たちが卒業した後は、私がリーダーになる予定なんだ。だからこそ、心愛ちゃんが気が付いたことは教えてほしい。たとえ、多くの人が傷つく情報だとしても」
心愛ちゃんのことだ、伝えたら傷つく可能性がある話を伝えようとしているのかもしれない。それでも、目の前の問題を見殺しにはできない。
10秒ほどの静寂が流れたのちに、心愛ちゃんが話し出す。
「昨日の先輩が言ったこと覚えてる?あの、男子に告白すること」
「うん。言っていたね。」
昨日の夜先輩は言っていた。「自分の気持ちに嘘はつきたくない。」と。
「その男子と一緒に寝泊まりした少年がいるじゃん。多分だけど、憶測だけどさ、少年は男子が好きなんだと思う」
心愛ちゃんが言い終わった後に、どのような言葉を返せばよいのか分からなくなった。
今の時代は多様性だ。同性愛者は珍しくはない。実際、動画配信サイトで有名人が「昔はもっと酷くて差別の時代だった」なんて言っていたのを聞いたことがある。
しかし、多様性の時代と言われても、どのような反応をすることが正解なのか分からない。
「そうだったんだ。まぁ性別なんて関係ないよね。きっとあの子はあの人の人間性に惹かれたんだと思うし」
本心だった。何も考えずに、時代の風潮については考えずに、思っていたことを述べた。
「うん。僕もそう思う。人間性に恋したんだと思う」
心愛ちゃんが頷きながら話す。心愛ちゃんにしては珍しい感情の乏しい声だった。
「僕と、少女で朝話してさ、この恋愛に干渉しないことにした。もし、振られた方が助けを求めたら僕たちでサポートすることにしたんだ。傍観者としてこの物語を見届けることにしたんだ」
さっきよりも私情を、感情を排した声で伝えられた。できるだけ感情を消しているようで、表情は暗く哀しげだった。
「その選択はいいと思う。なんかごめんね。私が気が付くことができなくて。本当は私が気が付いてどうにかするべきだったのかもしれない。それなのに、2人に負担をかけちゃってごめん。私も2人の選択に従うよ。傍観者としてこの恋愛を見届けるよ」
心愛ちゃんの目を見ながら謝る。もしかしたら涙目になっているかもしれない。
「玲奈ちゃんは悪くないよ。だって少年は必死に隠していたもん。自身の想いを。」
心愛ちゃんが私のことを励ましてくれる。
泣いていたのだろう。着ていたスカートの上に大粒の水が落ちた。
心愛ちゃんがぽっけからハンカチを取り出すと、私の涙を拭いてくれた。
そんな心愛ちゃんの優しさに心が温まる。振られた人に、このような立ち振る舞いをしなきゃ。と心に決めた。
「以上が僕が伝えたいこと。驚いちゃったでしょ。ごめんね。でも、話を聞いてくれて嬉しかった。ありがとう。だからもう泣かないで」
心愛ちゃんが笑顔で私に語り掛けてくれる。手でゆっくりと涙をぬぐうと、私も笑顔で話す。
「教えてくれてありがとう。もう大丈夫だよ。それじゃあ気分転換に遊ぼう!」
私はこうやって場の雰囲気を変えることが得意だ。いつもの明るさで心愛ちゃんに話す。
「そうだね。ここら辺のお店巡りでもしようか」
心愛ちゃんも笑顔で同意してくれた。残っていたジュースを飲み干すと、レジでお金を払ってお店から出る。
スマホマップをいじっていると、心愛ちゃんが私の手を引いて走り出す。
7時間前では私が引きずっていたが、今では心愛ちゃんが私を引きずっている。
「ほら!もう時間がそれほど残ってないんだからさ!できるだけ多くのお店に行くよ!」
元気に笑いながら心愛ちゃんが走る。引きずっている手を払うと、私も走る。ただただ走る。
この夏休みが終われば、小説同好会は大変なことになる。今くらいは楽しむ権利があるよね。このひと時は幸せになっても、家族のことを忘れてもいいよね。
※
私が3歳のころに両親は死んだ。正確には母親が死んだ。
私が2歳のころ、父親は会社などのストレスを母親にぶつけていた。
まだ年端のいかない私にはぶつけなかった。
でも、毎日のように怒鳴り声と悲鳴が聞こえたことは忘れられない。
どれだけ母親を殴っても怒りは収まることはなかった。
結果、3歳になった私に暴力を振るうようになった。
母親の前で、まるで見世物のように暴力を振るわれたことは忘れられない。
自暴自棄になった母親は私を家から追い出し、家に入れないようにしてから家に火をつけた。
雲一つない綺麗な空へと黒い煙が昇って行った。
しかし、父親はなぜか生き残った。どうやら母親の計画を既に知っていたようだ。
私を炎の中に投げ入れようとしている最中に、警察に見つかり捕まった。
父親と私は完全に隔離された。親につけられた名前は安全のために変更されて、「玲奈」になった。
その後、父親がどうなったかは知らない。
何処かで幸せに生きているかもしれない。
私のことをずっと探しているかもしれない。
どうだろうと、どうでもいい。
もう私には関係ない。
そして、私が中学生になるまでは親せきの家で暮らした。
多くの人が私に同情した。「そんな過去があったのね」「大変だったね」そんな言葉をよくかけられた。
欲しいのは同情なんかじゃなかった。遠い昔に無くしてしまった「愛情」が欲しかった。
親せきの人間は、必要最低限の生活をサポートしてくれたが、愛情を感じることは一度もなかった。
ぽっかり空いた心の傷が埋まることがなく、時間だけが経っていった。
前を向きたいと思っても、あの頃の、過去の暴力が邪魔をする。
あの日の悪夢がずっとフラッシュバックする。
殴られた心の傷が、親を失った虚無感が、愛情が足りない「何か」が、ずっと消えない。
幸せになろうとしても、何かを楽しもうとしても、誰かを愛そうとしても、ずっと消えない。
消えない。
劣等感の様な、悲しみの様な、言葉で説明することができない傷が癒えない。
そのまま傷のことを言えずに高校生になった。
今まで親せきの家で生活していた私は、独り暮らしを始めた。特に深い意味などなかった。
ただ、高校生になったら独り暮らしができると知ったから始めただけだった。
ちなみに、家賃などは払ってくれているらしく、自分がお金を使うのは娯楽くらいだった。
唯一の心の安らぎであった小説を近くの書店で購入して、独りで読む生活が続いた。
5月になると、同好会や部活の紹介や勧誘が始まった。
同好会の中にあった小説同好会に興味があって体験入会した。
メンバーの優しさや、活動の楽しさに惹かれていった。
そして3回の体験入会を経て、私は小説同好会に入会した。
家で小説を読んでいただけの放課後は、学校で、メンバーと一緒に雑談しながら小説を読む時間に変わった。
その時期の変化はもう一つあった。
休み時間は友達と話していたが、そんな友達はほかの友達と話している時間が多かったため、結局は独りでいる時間の方が長かった。
そんな中で出会ったのが心愛ちゃんだった。彼女のまた、よく独りで小説を読んでいた。
声をかけたのはどっちからだっただろうか?詳しくは覚えていないが、晴れていて、雲一つない日だったことは覚えている。
その日から心愛ちゃんと仲良くなった。時々一緒に話して遊んだりしていた。
でも、私と心愛ちゃんの距離が一気に近づいたのは、7月の或る日の出来事だった。
心愛ちゃんが読んでいた小説が私が好きな小説と同じだったのだ。
距離を近づけたいと思っていた為に、かなり強引な会話になってしまった気がするけど、しっかりと仲良くなれた。
そして、一学期最後の日に連絡先を交換することに成功した。
小説同好会の特別旅行を行うことが決定した際に、私がみんなに駄々をこねて心愛ちゃんの参加を許可してもらった。
この二日間は、驚きの連続だった。
心愛ちゃんが小説同好会に入ってくれることが決まったり、実は一人称が「僕」だったり、先輩が恋愛をしていたり、少年が同性愛者だったり。
しかし、そんな驚きの裏にも、家族の影があった。
あの日から、心がぽっかり空いたような感じがするのだ。
毎日がどこか空っぽなのだ。
でもしょうがないじゃないか。
お母さんは苦しんで死んでしまったんだ。
私が平和に、楽しく幸せになってしまうのは、駄目じゃないか。
ねぇ?そうでしょ?
※
彼女と横並びになりながら町を駆ける。
お互いに適当な話をしながらよさそうなお店や、遊ぶところを探す。
正直言うと、彼女に少年のことを使えるかどうかを凄く迷った。
悩んだ末に、迷った末に、伝える決断をした。
彼女は、人のことを考えられる優しい人だ。
だから、伝えても大丈夫だと思った。
ただ、個人的の心残りが1つある。
少年が同性愛者である可能性を伝えたときに、返答まで少しだけ時間があったことだ。でも、ほんの少しの間だ。驚いていただけかもしれない。
彼女はいったい同性愛者に対してどのようなことを思うのだろうか。
途中まで考えたところで、あの日のように目を背く。
今は、この時間を楽しむことに集中しよう。そう思っていると、お土産屋さんを発見した。
「ねぇねぇ?あそこのお土産屋さんとかどう?」
「お!いいね!」
肩で息をしながら会話をする。
店の中に入ると、10分ほどの疾走が終わり、涼しい場所で休憩する。
「見てみて!このぬいぐるみ可愛い!」
彼女は全く疲れていないのか、ずっと元気に買い物をしている。
僕も少しだけ休憩すると、立ち上がって商品を探す。
ご当地マスコットのさかばんくんや、青いポケットを付けたロボットのグッズがあった。
先ほどぬいぐるみを見つけた彼女の方に行くと、キーホルダーを両手に持っていた。
「このさかばんくんのキーホルダーお揃いにしない?」
彼女が持っているかわいいサカバンバスピスのイラストが描いてあるキーホルダーを見る。
「いいよ。買おう。」
彼女から一つキーホルダーを受け取ると、それをもってレジへと向かう。
財布からお金を出して、キーホルダー2つ分のお金を払う。
彼女が目を丸くしていたが、「ありがとう!」と元気に言うと、キーホルダーをレジに置いた。
手っ取り早く会計を済ませると、外に出る。
近くにあったベンチに座って、「次はどこに行こう?」と話す。
少し離れた公園に設置された時計を見ると、15時48分だった。
「駅に向かって歩きながら、お買い物しようか」
僕の提案に、彼女が頷く。
なんとなくこの2日間の記憶に浸りたかった僕は口を開く。
「玲奈ちゃんにとって、この2日間はどうだった?」
そう聞かれた彼女は、30秒ほど考えると言葉を紡いだ。
「楽しかったよ。聖地巡礼もできたし。小説同好会の皆の絆がもっと強くなってくれたんじゃないかな。私はそんな気がする」
彼女の感想を聞き終わった僕は、「そっか~」と相槌を打つ。
「そういう心愛ちゃんはどうだったの?楽しかった?」
「うん。楽しかった。皆のことをよく知れたし、もっと玲奈ちゃんと仲良くなれた気がする」
「ならよかった~」
僕の感想を聞き終わった彼女は、満面の笑顔でそういう。
その笑顔が眩しくて、直視することができない。
自分の身体が温かくなる感覚があって、自分の恋心を自覚する。
はぁ。小さく僕は息を吐く。
まだまだ明るい空に、小さな月が浮かんでいた。
胸の奥の方の痛みを、見て見ぬふりをしながら、僕は彼女との会話を楽しむ。
この時間が永遠に続いてほしいと願いながら。
※
「見てみてこのスイーツ!おいしそう!」
「うんうん。おいしそうだね!」
行きたい場所がある。
なんて言われてきたからここまで来たのだが、やっぱりスイーツ屋だった。
目の前にいる少女は、楽しそうに写真を撮っている。
勿論、満面の笑みを浮かべてだ。
「いただきまーす」
僕はできるだけ元気であるように見せかける。
正直に言うと、かなり僕は疲弊している。
お菓子屋を出発してから約3時間。
ずっと町の中を探検していたのだ。
歩き続けたことによって疲労が限界まで溜まった足は、もう使い物にならないと思う。
それなのに目の前のこの人はずっと元気だから恐ろしい。
いったい、どれ程のエネルギーを身体に蓄積しているのだろうか。
少女も笑顔でスイーツを食べ始める。
このスイーツおいしいな。
僕のその感情を汲み取ったかのように、少女が話し出す。
「おいしいでしょ?」
「うん」
どこかその笑みには悪戯な笑みが含まれている気がしたが、僕は素直にうなずく。
「なんか、君ってスイーツ好きそうだなって思ってさ」
「そう見えてる?」
「うん」
まじか。意外だ。
「実際、めっちゃおいしそうに食べるし。スイーツ好きなの?」
少女が放った言葉が頭の中で繰り返される。
空気を読むべきだろうか。
いや。いいや。
自分が思ったことをありのまま伝えればいいや。
「最初はなんとなく苦手意識があったけどさ、今日をきっかけに好きになれた気がする」
「そう。ならよかった」
スイーツを口に含みながら、そう笑顔で言うので、可愛いな。なんて思う。
それは恋愛感情ではない。友人としてそう思っただけ。
自分の感情に言い訳をしながら、僕は少女に質問する。
「なんかさ、テンション高いね?」
僕がそう言った瞬間、少女の顔は爆発しそうなほどに赤くなった。
その様子が面白くて僕は少しだけ笑うと、「笑うなし」と言われる。
確実に恥ずかしくて仕方がないはずだ。
「おいしいものとか、可愛いものがたくさん見れてうれしいだけ」
少しだけ俯きながら彼女が言う。
「へー。そうなんだ」
含み笑いをしながら僕はそう返す。
彼女から恨めしい視線を感じるが、完全に無視する。
「そういや、心愛ちゃんが入会してくれるらしいね」
「うん。入ってくれるの。嬉しい?」
「うん。まぁそりゃ。人が増えることに越したことはないし」
本心だ。小説同好会は、同好会の中でも人数が少ない。
だからこそ、この同好会に入ってくれるのは非常にありがたいことなのだ。
「私も嬉しい。心愛ちゃんって、小説書くの上手なのかな?」
「さぁ。先輩並みの実力があったらすごいね」
この同好会の二人の先輩は、将来小説家で食っていけるレベルのプロだ。
文章力が凄まじくて、プロの作家にも引けを取らない。
言葉が綺麗なのだ。
それでもって頭もいいわけだから、本当にすごいなって思う。
僕の文章力なんて、先輩の足元に及ばないレベルだ。
「君は、小説書くの好き?」
僕は一呼吸置くと、少女に質問する。
「うん。まぁ」
少女も一呼吸おいて返してくれた。
「そういう君は?好きなの小説」
「うん。まぁ。読むのは好きだよ」
「じゃあ書くのは?」
僕の回答に対して、少女は真剣なまなざしで質問してくる。
少しだけ気まずい雰囲気が流れているのは僕の勘違いだろうか。
「書くのはまぁまぁかな」
「ふーん。そうなんだ」
少女は、僕の回答に納得して食い下がってくれた。
正直、ここで突っかかれたら面倒だな。と心から思っていたわけだからありがたい。
「ごちそうさまでしたー」
無言でスイーツを食べ続ける時間が少しだけ流れると、少女がそう言った。
「食べ終わるの早いね」
「まぁね」
僕よりも遅く食べ始めたはずなのに、もう食べ終わっている。
僕のお皿の中には、半分以上の量のスイーツが入ってある。
さすがに、このまま暇させてるわけにもいかないか。
「たくさんあるから少し食べる?」
少しだけ赤面しながらそう言う。
自分で言っておいて、大分と恥ずかしいな。なんて思った。
「え!?いいの!ありがとう」
一方で少女はそんな僕の様子を気にも留めていないようで、よかったぁ。と胸をなでおろす。
少女の豪快な食べっぷりを見ながら、僕も僕で少しずつ食べていく。
残りがあと少しになったところで、僕は少女に質問する。
「この二日間、どうだった?」
多分、僕以外のメンバーも同じ質問をしているだろう。
ベタで、どこにでもあるような質問だけど、心からの疑問でもあった。
「この旅行がどうだったかって?」
「うん」
「う~ん」
少女は僕の質問に対して、真剣に考えこんでいる。
その様子を見ながら、僕もこの二日間を思い出す。
楽しいことも、苦しいことも多い旅行だった気がする。
でも、そんなもんだよね。
喜劇ばかりじゃなくて、時には悲劇だってある。
そんなもんだ。人生なんて。
「どーしたの?考え込んで」
「う~ん。別に」
「ああ。そう」
何かあったとき、この子の反応はやっぱりありがたい。
副リーダーの彼女だったら確実に突っかかってくるだろう。
「それで?どうだった?この旅行」
「楽しかったよ。いろいろなとこ回れたし」
一日前のことを懐かしむかのような感じで話す。
僕は優しく「それで?」と続きを促す。
「この旅行のことを、小説にしたら面白いだろうな。って思った」
「そうなんだ。君は、小説への情熱がすごいよね」
「そりゃそうよ。いつか先輩たちを超えて見せるからね」
「そうなんだ。応援してる」
少女の、小説に対する熱意はすごいのだ。
何があって小説が好きになったのかは知らないけど、先輩たちをライバル視して高めあっているところは、少女のポテンシャルの高さを強く感じる。
それに対して僕は先輩たちに対して劣等感を抱いているというのだから、この差は大きいなと実感する。
「そういう君は?どうだったのさ」
「僕?僕はねぇ~」
少しだけ考え込むふりをする。まぁ、実際、少しは考えていた。
「君と同じで楽しかったよ。リラックスできたよ」
「ああ。そう。ならよかったね」
「うん。ありがとね。色々計画とか立ててくれてたんでしょ」
「そりゃ、折角なら最高の思い出にしたかったし。お礼なんていらないよ」
少女がそう言い終わると同時に、店員さんが空いたお皿を持って行った。
料金は既に先払いをしていて、いつでも帰ることができる。
ずっとここに居座るのもよくないだろう。
「それじゃ、行こうか?」
「うん」
僕が差し伸べた手を、少女は優しく受け取った。
少女の体温をダイレクトに感じながら、「次は何処に行く?」と質問する。
「行きたい場所があるの。行こ」
「そうか。分かった」
そう僕たちは会話をすると、退店して歩き始めた。
もう足の痛みなど気にならなかった。
※
少しだけ肌寒くなってきた街を俺たちは歩く。
まるで彼女は恋人のように俺に密着しているわけだから、少しだけ意識してしまう。
一瞬彼女の方を向くと、少しだけ頬を赤らめていた。
「寒い?大丈夫?」
体調が良くないようにも見え、俺はそう質問する。
「いや、別に大丈夫だよ。思った以上に冷えちゃったなぁ。って思ってさ」
「確かに。夏の割にはかなり冷えてるほうだよね」
「ねぇ~」
「体調悪くなったら言ってね」
「う、うん。大丈夫」
「そっか」
どこかぎこちなさを感じるが、特に嘘をついているようにも感じられず、そっとしておく。
俺は今、彼女が紹介してくれた、この町を一望できるスポットへと移動している。
その展望台は、どうやら有名なデートスポットらしく、この旅行の思い出を作ろうとしているのだと推測できる。
何も考えていないように見える俺も、旅行の時は全力で調べる。
何処が有名な場所なのか、何処でおいしいご飯を食べることができるのか。
得意な情報収集能力で、全ての情報を網羅することができる。
故に、彼女が今から提案してきた場所も想定内。
十中八九、その展望台に行くだろうな。なんて思っていた訳だし、予想はしっかりと当たった。
俺の頭は、まだ死んでいないようだ。
そう思っていると、展望台の入り口付近に到着した。
「ええっと、どうやって展望デッキまで行くの?」
「あーえっとねぇ」
大きな入り口には、2人の警備員が立っていて、受付には多くのスタッフさんがいる。
その奥には多分エレベーターがあるのだろう。
にしても、警備員が多いなぁ。
昔の経験で鍛え上げられたスキルが、多すぎる警備員に危険信号を出している。
「どうしたの?疲れちゃった?」
「ううん。全然動けるよ!」
「ならよかったぁ」
眠いせいか、なんとなくあどけなさが残る彼女の質問を、のらりくらりと躱す。
まぁ、展望台が爆破されちゃったら危険だもんな。
警備員の多さに対する違和感を、それっぽい理由で消す。
今はただ、高所恐怖症であることを隠している俺が、生きて上まで上がることが最優先だ。
彼女に手を引かれて、俺は受付へと直行する。
「チケットをお願いします」
「は~い」
受付の人の事務的な口調に対して、のんびりとした口調で話す。
そんな彼女の横顔を見ながら、奥の電光掲示板を見る。
ふむふむ。
今日の夜6時30分から有名なアーティストのライブがあるのか。
それなら警備員が多いのも納得できる。
数人のアーティストを守るためだけに、命を張るなんて大変なこった。
そう思っていると、「お~い?行くよ~」なんて彼女に言われたので、「あーごめん」と返して歩き出す。
「ぼうっとしてるけど、大丈夫?」
「うん。奥の電光掲示板見てたんだ」
「あーそうなんだ。ならいいけどさぁ」
軽く雑談していると、エレベーターが到着した。
大きな音とともに、大きなドアが開く。
俺から先に乗って、ドアを開けるボタンを押し続ける。
彼女と数人の家族が乗ったことを確認すると、閉めるボタンを押す。
ドアが閉まり終わると同時に、ゆっくりと上昇し始める。
まるでジェットコースターに乗っているかのような、恐怖と不安が混ざり合った感情が俺を襲う。
少しずつ速度が上がっていくところも、その感情を加速させている要因の一つだ。
彼女はどうだろうか。と思ってみてみると、不安そうに震えていた。
「どしたの?」
できるだけ優しく、それでもって笑顔で訊く。
「いやぁ。結構怖いなぁって思って…」
「顔面蒼白」という言葉が似合うほどに顔色が悪い彼女は、生気を感じさせない声でそう言いだした。
「もしかして、高所恐怖症?」
そんなわけないだろうなぁ。なんて思いながら質問する。
「ま、まぁ、ね?」
謎に疑問形で頷く彼女に、怒りを通り越して呆れてしまった。
「高所恐怖症なのに、ここを提案したの?」
「うん」
最早恥ずかしさなんて捨てたのだろうか。
まんざらでもないような様子でそう言う。
「まぁ、俺も高所恐怖症なんだけどさ」
彼女を責めてもどうしようもない。
一応、俺にも非がある。ということで。
こうして、高所恐怖症もち2人による地獄の展望ツアーがスタートした。
※
エレベーターに乗ってから6分程が経過すると、エレベーターが停止した。
もちろんだが、俺たちは死にかけている。
彼女に関しては、死んだ魚のような目でこちらを見ているし、俺も俺で生まれたての小鹿の様な状態だ。
さらに展望デッキは、多くの人でごった返している。
「人、多いね?」
「うん。だって今からアーティストのライブだもん」
少しだけ平常心を取り戻した彼女は、俺の質問に答えてくれた。
「あーそういえば、今日ライブだったね」
「うん。それをあんたと一緒に見たくてさ」
何処かソワソワしながら彼女は言う。
可愛い。
「えっ!?」
そんなことを思っていると、いきなりの轟音に驚いて声が出る。
前の方を見ると、ダーツのターゲットの様なものが書かれた紙で顔を隠している男が登場した。
手にはテレキャスターが握られており、何処か楽しそうな笑みを浮かべている。
「ロキ」
俺と彼女の声が重なる。
お互いに顔を見合わせて少しだけ笑う。
彼女の瞳には、達成感を感じる。
最近、インターネットで勢力を拡大しているアーティストだ。
はっきり言わない匿名のアイコンや、はっきり見せない実写のアイコンが人気を集めている。
所謂、匿名系アーティスト。
自らの素性を隠している状態で、「教祖」として「信者」を集める手腕には惚れ惚れする。
定期的に歌を投稿するわけだが、まぁその曲も綺麗で面白い。
「ロキ」の信者として、ここに立ち会うことができたのは心から嬉しい瞬間だ。
そして、軽快な音とともに、3分50秒の演奏が始まった。
「死にたかねぇのはお互い様!」という歌詞が、頭の中で何度も繰り返される。
目の前にいる彼が、偶像に見えてしまう。
心が激しく揺らいだのを感じて彼女の方を見ると、彼女も感動しているようだ。
それからも、いくつかの曲が演奏された。
約30分のライブが終わると、多くの人が出口の方へと進んできた。
人の群れを避けるように、展望デッキの端へと向かう。
真っ黒な空に、多くの星が浮かんでいる。
そのうちの一つ、一番光っている星を見続ける。
高い所は苦手だが、綺麗な景色を見ることができるならいいかも。
そう思っていると、彼女が口を開いた。
「ライブ、どうだった?」
どこか緊張しているようにそう言う。
「楽しかったよ。ありがとう」
心から思った感想をそのままぶつける。
その感想を聞いた彼女は、嬉しそうに頬を赤らめる。
そんな彼女の様子を見て、俺は覚悟を決める。
「ねぇ」
俺はそう彼女に言う。
どうしたの?と彼女が優しく返してくれる。
「俺たちが最初に出会った日のこと、憶えている?」
「うん。憶えているよ。忘れるわけないじゃん」
「だよね。忘れるわけないよね」
そんな僕の様子を不審に思ったのか、今更どうしたの?と質問される。
「いやぁ。別に。懐かしいなって思ってさ」
「確かに。懐かしいかもね」
「それでさ、昔の俺は、大人になったら結婚するんだって。言ってたよね」
「ああ。昔のあんたはそう言っていたかも」
「まだあの時は、成人年齢が20歳だったもんね」
「今はもう18歳で大人になっちゃうのか」
「そうだよ。俺たち、もうそろそろで大人だよ」
なんとなく、その先の言葉を紡ぐのが怖くて、大きく息を吸う。
「だからさ、大人になったら、大人にならなくてもいいから」
負けるな。俺。
「俺と付き合ってくれませんか?」
やっとの思いで吐き出した言葉は、告白のテンプレート通りだった。
面白みがないかもしれない。
でも、想いを伝えられたのなら、それで十分だ。
何度か息を吸って吐くと、彼女の方を向く。
そこで、彼女と目が合う。
彼女の目には、驚きと動揺が浮かんでいた。
でも、その感情よりも強いもの。
それが喜びだった。
光を綺麗に反射している目には、沢山の喜びが見て取れる。
俺は、買ったものが大量に詰まった鞄から、ネックレスを取り出す。
ぬいぐるみのために買ったものともう一つ。
彼女のために買ったネックレスを握りしめる。
「もし、いいなら。この、このネックレスを身に着けてほしいです」
ぎこちなくそう言うと、彼女に向かってネックレスを差し出す。
彼女は俺の掌の上にあったネックレスを取ると、ゆっくりと首にかける。
ネックレスの中心には、エメラルドを模したものが埋め込まれている。
そのエメラルドが光を反射して、綺麗に光り輝いている。
「どう?似合ってる?」
何処か恥ずかし気に訊く彼女に、俺は笑顔で「うん。最高に似合ってる。可愛いよ」と感想を述べる。
「そう。ならよかった」
彼女は大人びた笑顔を浮かべると、ただ一言そう言った。
その言葉を俺は忘れるわけないし、忘れることはできないだろう。
「はい。こんな私でよければ」
※
「3番線。新幹線が到着します。お気を付けください」
聴きなれたアナウンスの声が、ホーム全体に響き渡る。
長いようであっという間だった2日間が終わろうとしている。
私と心愛ちゃんが一番最初に駅について、そのあとは1年生ペアが到着した。
最後に楽しそうな2年生ペアがきたので、なんとなく察せられた。
まぁ、そういうことだよね。
約半日ぶりに6人全員が集合すると、やっぱり騒がしい。
それぞれが、思い思いに、今日起きたことを話している。
先輩組は、「ロキ」のライブに行ったようだ。
ちょっとだけずるい。
1年生組は、どうやらスイーツ巡りをしたようで。
少年がスイーツ好きだったのは意外かも。
私たちはあの後、近くの本屋さんで好きな本をお互いに購入した。
心愛ちゃんが好きな本は私が、私が好きな本は心愛ちゃんが。
相手が好きな本を読んでみることで、新しい発見があるかも!という私が提案してみた。
心愛ちゃんの反応は好感触で、楽しそうでよかった。
心愛ちゃんは私に殺人ミステリーの本を贈ってくれた。
ミステリーなんてあんまり読まないから、ドキドキするなぁ。
私は心愛ちゃんにファンタジーを贈ってみた。
嬉しそうでよかった。
本当に良かった。
そう思っていると、新幹線がホームへと向かってくる。
「あっという間だったね。この2日間」
「そうだね。本当にあっという間だった」
近くでそう呟く心愛ちゃんに、私も同意する。
心愛ちゃんの口が小さく動く。
でも、その言葉は新幹線の到着音で消されてしまった。
「何か言った?」
「ううん。何でもないよ」
質問してみても、はぐらかされてしまった。
独り言だったのかな?
分からないことを気にしてもどうしようもないので、頭の片隅に考えていることを追いやると、口を開く。
「みんなぁ~。寝たい人は寝ても大丈夫だよぉ」
「あー。おけ。じゃあ寝させてもらうね」
「はーい」
「私も寝させてもらうね」
「それじゃあ僕も…仮眠だけ…」
「遠慮しなくていいからねぇ」
一日中活動して疲れているだろうし、出来るだけ皆には休んでもらいたいな。
「心愛ちゃんは寝ないの?」
「まぁね。ちょっと考え事したくて」
「そうなんだ」
「うん」
軽く会話を済ませると、心愛ちゃんは俯いてしまった。
少し前から感じていた違和感が、胸の中で肥大化していく。
気にしないべきだよね。多分疲れているだけだよ…。
そうやって自分自身を納得させると、買った小説を読む。
そうしてだいたい20分が経った頃だった。
心愛ちゃんと私以外の皆は既に夢の世界に入っていて、起きているのは2人だけの状態で、心愛ちゃんが声を掛けてきた。
「ねぇねぇ」
ギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、消え入りそうな声で話しかけてきた。
「どうしたの?」
空気を読んで、小さな声で返答する。
「あの二人ってさ、結局、交際を始めたのかな」
一応疑問形で話しているが、その声の底には、確信にも似た感情が込められていた。
「そう、じゃないかな。断定はできないけど」
「だよね。さっきから、あの二人の距離感が近い気がする」
「それな。二人だけの世界に入っているね」
「うん。少年は、祐介君は、この事実に気づいているのかな」
「分からない。でも祐介君はさ、空気とか、人の心とか、そういうのを読むのは得意だと思うよ」
「そうだね。じゃあもしかしたらもう…」
「もう気が付いて、その感情を、心の傷を必死に隠している最中かもしれないね」
そこまで言うと、心愛ちゃんの表情に陰りが付いた。
どこか苦しそうな、悲しそうな。
共感性が高い心愛ちゃんのことだ。
きっと、祐介君のことを想って、真剣に考えてくれているんだよね。
そうならば、私が言えることはただ一つ。
「でも、そのことを心愛ちゃんが気に病む必要はないと思うよ」
「え_」
「だって、私たちは傍観者でしかないんだから」
「そうだけど…」
「人の人生なんて、現在進行形で演じられている劇みたいなものだよ。それなら、楽しまなくちゃ」
「…」
「いつか、すべて消えちゃうんだ。それなら楽しまないと勿体ないじゃない」
「確かに。そうかもね」
心愛ちゃんは少しだけ笑顔を浮かべてこちらを見てくれた。
人生は劇。
皆、自分という役割を演じている。
ステージの上で台詞を言う役者のように、発表会で踊るバレエダンサーのように。
ただただ、定められた台本の通りに、自分自身を演じている。
だからこそ、私も私を演じる。
皆から見た玲奈になるように演じる。
負けるな。私。
「人生は劇なんて、小説の台詞みたい」
すっかり元気を取り戻した心愛ちゃんがそう笑う。
「確かに。小説の主人公が言ってそうだね」
「ね」
私も心愛ちゃんに合わせて笑う。
それからはとりとめのない会話に花を咲かせていた。
気が付けば降りる駅についていた。
「忘れ物ない?大丈夫?」
皆に呼びかけると、それぞれの返答が返ってくる。
「おーけー!」
「大丈夫だよ」
「うん。私も大丈夫そう」
「私も大丈夫です」
「僕も大丈夫」
全員分の返答を聞き終えると、新幹線から降車する。
何本か電車を乗り継ぎして、いつも通りの町に帰ってきた。
「お疲れ様ぁ」
「ね~。お疲れ~」
「疲れたねぇ~」
「でも楽しかったから」
「ね。楽しかった。本当に」
「楽しかったです」
駅のベンチに座りながら、思い思いに言葉を吐き出す。
疲れた。なんて言っているが、皆の表情は生き生きとしている。
まだまだ遊べそう。
「それじゃあ、時間がちょっとやばいので…」
そう灯里ちゃんが言うと、少しだけ申しなさそうに出口へと向かう。
「二日間、ありがと~」
そう私が言うと、灯里ちゃんは少しだけ振り向いて笑ってくれた。
「それじゃあ」
そう言うと、階段を下って行った。
この旅行、楽しんでくれたかなぁ。
その後、祐介君も帰宅して、残っているのは心愛ちゃんと、私と、先輩二人組だけになった。
なんとなく気まずくて、私は心愛ちゃんの手を引く。
心愛ちゃんも私の意思を汲み取ってくれたみたいで、視線を合わせて会話する。
私が手を伸ばすと、心愛ちゃんがその手を掴む。
そうして私たちは二人で歩き出す。
階段を27段下って、私の家の方へと歩いている最中に心愛ちゃんが口を開く。
「結構、気まずかったね」
含み笑いをしながらそう言う。
「ね。気まずかった」
「やっぱりあの二人、仲良さそう」
「絶対に付き合ってるでしょ」
「まぁ、似合っているよね」
「うん。お似合いだと思う」
先輩二人組の話をしながら歩く。
「そうだ。心愛ちゃんって、好きない人いないの?」
私が質問すると、心愛ちゃんがビクッと肩を揺らした。どうしたのかな?
「と、唐突だね」
「まぁ、気になっちゃったからね」
「う~ん。僕の好きな人かぁ」
「どうなの?いるの?いないの?」
「好きかもしれない人ならいるよ」
「なんでそこが疑問形?」
「うーん。好きかどうか分からないんだよねぇ」
「ふーん。そうなんだ」
「うん。玲奈ちゃんは?」
「私はまだいないよ」
「気になる人もいないの?」
「かっこいいなぁ。とは思っても、それ以上の感情は抱かないね」
「あー。そういうタイプね」
「そう。そーゆータイプなの」
それからもどうでもいいような馬鹿話を続けていると、私の家の前に着いた。
「この旅行、本当に楽しかった。ありがとう」
心愛ちゃんが真面目な表情でいうものだから、私は少しだけ笑いながら言葉を出す。
「えへへ。ならよかったよ。ありがとう」
「それじゃあ、また」
「うん。また」
そう言って私はマンションのドアを開けて中に入る。
ドアを完全に締め切る前に、最後、手を振る。
心愛ちゃんも笑って手を振り返してくれた。
完全にドアが閉まり切って、私独り。
楽しい時間はあっという間に終わって、
残されたのは底なしの虚無感だけだった。
※
心臓の鼓動がとにかく五月蝿い。
展望台のことがあってから、ずっと何処か落ち着かない。
なんか心愛ちゃんたちが私たちの話をしていたみたいだし。
ソワソワする。いきなり走り出したい衝動に駆られる。
まぁ、ここで走っても迷惑なだけか。
正直言って、千月の方から告白してくるとは思わなかった。
私自身、「ロキ」で勇気をもらって告白しようとしていたのに、先を越されちゃった。
何処か悔しい気持ちがあるけど、やっぱり、嬉しさの方が勝っちゃう。
やっとだ。やっと結ばれた。
長い、長い片思いがやっと終わった。
色々な感情が混ざり合って、頭がくらくらする。
でも、負けて堪るかと自分自身を鼓舞する。
「皆帰っちゃったね」
「まぁ、時間も時間だしね」
「え。今何時?」
「今ぁ?えっと、22時くらい」
「あー。確かに。門限ある子はきついだろうねぇ」
「うん。だろうね。俺たちも帰ろうか。怒られちゃうでしょ?」
「まだ一緒に居よう」
なんて言えたらよかったのだが、あまり遅くなったら怒られるのでしょうがなく頷いて、手を伸ばす。
彼がその手を掴んでくれたのを確認すると、私は一気に走り出す。
「えっ!?」
私の行動に驚いた彼が、素っ頓狂な悲鳴を上げている。
ねっとりと暑い空気を払うかのようにただただ走る。
こうやって楽しい時間も、幸せな時間も、風化してしまう。
風化して、崩れて、思い出せなくなる。
それならば、消えてしまうのなら、今を楽しまなくちゃ勿体ない。
いっそのこと、忘れられない程に楽しめばいい。
人生で最も幸せだった夏が始まろうとしていた。
※
涙が止まらない。
手で拭っても、目を強く抑えても。
一度流れ出した涙は、決壊したダムに溜まっていた水のごとく止まらない。
普段は一滴も流れない癖に。
自分自身に悪態をつきながら、枕に顔を沈める。
分かっていた。
分かっていたんだ。
自分が普通じゃない。そんな自覚は前からあった。
そもそも普通って何?なんて聞かれても答えられない。
でも、周りの人とは違うことだけはずっと分かっていた。
周りと僕が違うような。
一度生まれた違和感は、心を刺して、抉って、いつかは傷だらけになる。
心から流れる透明な血を止めることができずに、僕みたいになる。
そんな時に出会ったのが彼だった。
僕は彼に一目惚れした。
彼の優しさが好きだった。
彼の文章が好きだった。
彼と一緒に居ると、自分という存在の紐が解けていく気がした。
分からなかったところが、自分じゃなかった自分がわかる気がした。
でも彼は男だから。
それで、僕も男だから。
男性の同性愛者の割合は、10%前後らしい。
僕がそのうちの一人なんだ。
先輩が、彼も同性愛者のわけがない。
それなのに諦めきれなかった。
あはは。
無様な結末だと思う。
みっともなくて、無様で、笑える。
それなのに涙はドバドバ出てくる。
ねぇ。千月先輩?
自分で自分のことが分からないんです。
辛くて仕方がないんです。
それなのに貴方と結ばれないなんて、耐えられないです。
もう僕、壊れちゃいましたよ。
続く!!(多分)
あとがき
こんばんは~。どーも。
かど。って言います!
今回は少女レイの二次創作を書いてみよう!って感じでやらせていただきました!
面白かったでしょうか?
さーて。
まぁね。あとがきなんて、なんとなく雰囲気で書きたいな~って思っただけなので、見なくても大丈夫です!
はい!
ってことで書いていくわけなんですが、ちょっと懸念点がありましてね。
僕(作者)って今まで、一人称が「僕」の男の子ばっかり小説にしてきたんですよ。
え?別に、悪意はないですよ。絶対に。書きやすいだけです。きっと。
まぁなので、女子のキャラを書くのも初めてでしたし、僕と性別が違うキャラの心情をどうやって表現すればいいんだろう。
ってよくなりました。
あと、千月先輩もむずかったっすね。一人称「俺」なんで。
やっぱり祐介君と心愛ちゃんの安定感がえぐいです。
なので、「なんか心愛ちゃん男子っぽくね」とか、「〇〇かっこいい感じなのに可愛くね」みたいなやつあったらチャットしてくださるとありがたいです。
あともう一つの懸念点が、みきとp様の別楽曲を導入したところです!
「ロキ」は大々的に取り入れましたし、一文だけですが「バレリーコ」も導入させて頂きました。
どうでしたか?
「ロキ」で導入した伏線とかも、完結までに回収しようと思っているのでそこはご安心を。
(なんちゃって)
好評の感じだったら、また導入しようかな。なんて思っています。
以上でーす。
コメント
2件
うん。おもろい、けど長い