会合が終わるまで黒服のお兄さんに色々と魔法のことを教えてもらった。
1本の『導糸シルベイト』につき、1つの『変化』しかできないこと。
『属性変化』を組み合わせれば、『複合属性変化』になること。
その『複合属性』には、属性同士の相性が関係しているということ。
そして、属性変化よりも遥かに難しいのが『形質変化』であること。
それらを踏まえて、俺は父親が戻ってくるまでに基礎属性の『属性変化』をマスターすることにした。
とは言っても、『火』と『風』は既に使えるので実際に練習するのは残りの3つだったのだが。
「流石はイツキ様ですね。こんなに早く5属性覚えてしまうとは」
「お兄さんの教え方のおかげです!」
日が沈むか沈まないかの夕暮れの中、俺はバラバラになった模型人形を前にして黒服のお兄さんに頭をさげる。
なんとこのお兄さん。
仕事もあるだろうに、俺にずっとつきっきりで魔法を教えてくれたのだ。
レンジさん、父親に次ぐ第3の師匠と言っても過言ではない。
おかげさまで俺の魔法も相当形になってきた。
「いえ、普通であれば7歳から習得を始めるものですよ。5歳にして、基礎属性を全てマスターするなど……やはり、イツキ様の力あってこそでしょう」
微笑みながらそう言ってくれる黒服のお兄さん。
まだまだお礼が言い足りない俺がもう少し感謝の言葉を告げようとした瞬間、黒服のお兄さんが急にしゃきっと姿勢を正した。
何だ何だと思って後ろを振り向いていると、そこには少しくたびれた顔の父親がいて、
「ここにいたのか、イツキ。探したぞ」
「パパ!」
俺が駆け寄ると、父親は俺を抱きかかえて肩にのせてくれた。
「もう話し合いは終わったの?」
「うむ、少し早かったがな。イツキは何をしていたんだ?」
「魔法の練習をしてたよ。お兄さんに教えてもらってたの」
そういうと、父親が黒服のお兄さんを見た。
彼は静かに頭を下げる。
「すまんな、イツキのワガママにつきあわせてしまったようだ」
「お気になさらないでください。当主からの指示ですので」
「アカネ殿か」
父親がそういうと、こくりと黒服が頷いた。
うん、やっぱりあの金髪巫女さんがアカネさんって言うんだな。
日本人っぽい名前なんだけど見た目がなぁ……あんまり日本人ぽくないというか。
俺がそんなことを思っていると、父親がおずおずと口を開いた。
「イツキ。ちょっと話があるんだが……」
「お話? どうしたの?」
父親が何かを口ごもることなんて珍しいと思って俺が聞き返すと、思い切ったように口を開いた。
「……そろそろパパの仕事を見てみないか?」
「え? 仕事って……祓魔師ふつましの?」
「あぁ。どうだ? パパもイツキくらいの頃は、お前のおじいちゃんの仕事によくついて見て回ったものだ」
「おじいちゃん……」
実を言うと、俺はおじいちゃんという存在に出会ったことがないのだ。
もしかしたら、家の遺影ゾーンに並んでいるかもしれないが、だとしても会ったことには無いだろう。写真を見たことあるだけだ。
しかも、あの遺影ゾーンは俺のお兄ちゃんと思わしき人物の遺影を見てから近寄っていない。あそこにいると、自分もそ・う・なるんじゃないかなんて、恐怖がにじみ出てくるからだ。
……って、遺影の話は置いといて。
「仕事って、僕が見ても大丈夫なの?」
「あぁ、もちろん。邪魔にはならんぞ。パパは強いからな!」
ガハハと笑う父親に、俺はさらに尋ねた。
「僕が行っても、死なない?」
「イツキが見学するなら『第一階位』か『第二階位』の弱い“魔”だな。それ以上に強い“魔”は流石にパパと一緒でも見学はできんぞ」
俺は思わずその言葉に黙り込んだ。
俺の内心でいうと……とても、見たい。
父親がどういう風に魔法を駆使して戦うのかを。
何しろ俺がこれまで見た実・戦・で・の・魔法はたった1つだけ。
3歳の『七五三』の時に、車に張り付いたモンスターを父親が燃やしたあれだけなのだ。
そして、今日の黒服のお兄さんに教えてもらったことで俺は基礎属性の変化は最低限できるようになっている。
だが、それが実戦でどんな感じで使われているか知らないのだ。
だから、見たい。本物の祓魔師の実戦を。
ただ……それと同じくらい強く、死の恐怖が俺を貫く。
こんなこと言うと笑われてしまうかも知れないが、俺は未だに怖いのだ。
5年前、通り魔に刺されて死んだ痛みがまだ腹の中に残っている。
いつでもあの痛みと恐怖を思い出せる。だから、死にたくない。
そこまで考えて、俺は首を横に振るった。
死なないために、強くなるって決めたじゃないか。
俺はぎゅっと手を握りしめて、覚悟を決めると父親を見た。
「うん、パパ。僕……見てみたい。パパが戦うところを見てみたいよ!」
「おお! そうか!! そんなにか!! よしよし。すぐにでも行こう! 明日だ! 明日行こう!!」
あまりに行動力高すぎない!!?
俺は少し驚いたが……逆に日数が開くと、せっかく決めた覚悟が揺らぐかも、と思うと逆に、これでも良い気がしてきた。なら、それで行くか。
興奮した父親が俺を抱き上げると、バラバラになった人型を見るのは同時だった。
「で、これはどういう状況なんだ?」
そういえばまだ説明していなかったな、と思い俺は覚えたばかりの『属性変化』を父親に披露ひろうした。我が父は腰を抜かして驚いた。
―――――――――――
さて、翌日。
既に日は高く昇り、正午になろうと言う時に父親は手持ちのスマホが鳴ったのを確認してから、庭で木刀を振り続けている俺を見た。
「イツキ。仕事が入った。一緒に行こう」
「はい!」
俺はタオルで汗を拭くと、素早く着替えて父親の後を追いかける。
初めて家の裏手に回ると、そこには見たことのない黒いセダンが停まっていて、
「イツキは助手席に乗ると良い」
「チャイルドシートついてないよ?」
「シートベルトをちゃんと付けるように」
なるほど。なるほど?
チャイルドシートって5歳まで必須じゃなかったっけ。
なんてことをおぼろげに思っていると、運転席に父親が乗り込んだ。
俺がそれを意外そうに見ていると、目があった。
「どうした?」
「パパって運転できるの?」
「うむ。パパは何でも出来るぞ!」
答えになっているような、なっていないような返答が返ってきて俺は困惑。
まぁ、いつものことである。
「よし、出発だ」
「モンスターが出たの?」
「そうだ。これから向かう場所は、イツキには刺激が強いかも知れない。ただ、祓魔師としてやっていくなら絶対に避けては通れぬ。今のうちから慣れておけ」
……え、どこに行くの?
洋画で見た戦場に向かう兵士長みたいなことを言うものだから、俺の身体がこわばる。
しかし、俺のその変化に気が付かない父親はアクセルを踏んで車が始動。
せっかく決めたばかりの覚悟がゆらぎ始める暇もなく、車道に入った。
「今日相手にするのは『第一階位』の“魔”。住宅地の一軒家に出たらしい。既に警察……お巡りさんが、一般人が近づかないように対処してくれている」
いや、別に警察だけ言い直さなくても……。
俺がツッコミを入れる間も無く、車は住宅街の細い道に入った。
『神在月かみありづき』家に向かうような広い道ではない。
車1台通るのがギリギリくらいの道だ。
その入り組んだ道を巧みなハンドルさばきで父親が抜けていくと、10分と経たずに目的地が見えてきた。
ドラマや映画でしか見たことのない『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが道を塞いでいる普通の一軒家。不思議なことに野次馬は誰もいない。
「普通の……家だね」
「あぁ。弱い“魔”はこういうところに沸く」
車を停めて、サイドブレーキを引いた父親はシートベルトを外しながら俺を見た。
「これから、何があってもパパの側から離れるなよ」
そう言って車から降りる父親についで、俺は車から降りた。
そして言いつけどおりに父親の側につく。
「お待ちしておりました。“祓魔師”殿」
「遅くなった」
父親がテープの中に入ろうとした瞬間、警察官が俺を見た。
いや、そりゃ5歳児が事件現場に入ろうとしてたら見るよね。
俺だって気になるもん。
「そちらは?」
「息子だ」
父親がそういうと警察官はうなずいて俺も中に入れてくれた。
それで通るのか。
祓魔師ってもしかして結構偉い?
俺は内心で首を傾げながら、父親の後を続いて事件現場に入った。
そこは不気味なほどに普通の一軒家だった。
とてもモンスターが出たとは思えないほどに。
「鍵かぎは空いてるみたいだな……」
父親が玄関の扉を引くと、なんの抵抗もなく開く。
家に入ると、そこには小さな三輪車がぽつんと置いてある。
もしかしたら、この家には俺と歳の近い子供がいるのかも。
「イツキ。靴は履いたまま上がるんだ。何があるかわからないからな」
そう言って土足のまま他人の家に上がる父親。
マジかよ。結構、抵抗感あるな……。
しかし、歴戦の父親が言うならそれが正しいのだろう。
俺は生まれてはじめての戦場に、踏み込んだ。
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