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「ウォッシング・クロース!」
汚れた服に洗濯の魔法を掛けると、その服は途端に綺麗に生まれ変わった。
その光景を、村長さんの奥さんが興味深そうに見つめている。
「……わぁ! フレデリカちゃん、凄いわ!
本当に困っていたのよ。この雨じゃ、なかなか乾かないでしょう? それなのにどんどん洗濯物は増えちゃうし……」
「5日も雨が続けば、洗濯物は溜まってしまいますよね。
でも、お役に立つことができて良かったです」
そう言いながら、山のように積まれた洗濯物に順次、魔法を掛けていく。
「本当に助かるわー。
ひとまず汚れだけ落としてもらって、あとは暖炉で乾かそうと思っていたんだけど……。
フレデリカちゃんってば、一瞬で終わらせちゃうんですもの」
「残りもすぐに終わると思うので、そうしたら食事のお手伝いをしますね」
「ああー! もう、良い子ね!
畳むのは私がやるから、そのあと一緒に食事を作りましょう!」
そう言うと、奥さんはてきぱきと魔法の掛け終わった服を畳んでいった。
それなりの時間が掛かると思っていた洗濯は、そんな感じであっさりと終わってしまった。
「まだ魔法は使えるので、他の家でも困っていればお手伝い出来ますよ」
「あらあら……。それじゃ、一家全員で風邪をひいた家のものもお願いしようかしら。
2、3軒あると思うんだけど……大丈夫?」
「もちろんです。困ったときはお互い様ですから」
せっかく家に泊めてくれるのだから、出来るだけのことはしてあげよう。
手伝いを色々とするとは言っても、宿泊代は無料にしてもらっているからね。
「本当にありがとう。でも、まずはうちのことを終わらせましょう。
アンジェリカさんには病人のところに行ってもらってるけど、戻ってきたらすぐに夕食にしたいし」
……って、あれ?
私は『ちゃん』付けで、エミリアさんは『さん』付け?
うーん……、エミリアさんは立派な司祭様だし、それも仕方が無いのか……。
「そうですね、分かりました。
私もお料理は久し振りなので、腕が鳴ります!」
「それは期待しちゃうわね。
でも、まずは男衆にお酒を持っていってくれる?」
「はーい」
不意に何となく、元の世界で親戚が集まったときのことを思い出してしまった。
台所の仕事をやらない殿方たちは、さっさとお酒を酌み交わし始めちゃうんだよね。
私にはこの世界で親戚はおろか、家族もいないから……何だかちょっと、遠い目をしてみたりして。
……とまぁそれはそれとして、奥さんからお酒の瓶とコップをもらってお盆に乗せる。
お酒の瓶は陶器製のものだ。イメージとしては、狸の置物が持っているようなやつ。
「村長さん、リーダー! お酒を持ってきました!」
「おお、ありがとうございます」
私の言葉に村長さんは普通にお礼を言ってきたが、ルークは気まずそうにしていた。
一応私は彼の主人であるわけだから、それも仕方が無いといえば仕方が無いか。
しかしここは、『郷に入っては郷に従え』。
この村は男尊女卑っぽいのだから、今はそれにしっかりと従っておこう。
女尊男卑の場所に行ったら、そのときはルークにしっかりと働いてもらおうかな?
「ささ、デイミアン殿! まずは一杯!」
「あ、私はお酒はあまり……」
「そうなんですか? いやいや、しかし一杯くらいはいけるでしょう?」
村長さんの誘いに、ルークはあまり乗り気にはならなかった。
そういえばルークがお酒を飲むところなんて、あまり見たことが無い。
私の記憶では、ミラエルツで一緒に飲んだことはあるけど――
あのときは確か、酔ったルークが余計なことを言いまくっていた気がする。
……あっ!?
本人は無自覚だから、酔った勢いで変なことを喋られても困るぞーっ!!
「――す、すいません、村長さん。
そういえばリーダーは今、お医者様からお酒を禁止されているんです。
本当は飲みたいと思うのですが、私たちも旅の途中なので……!」
「む……そうでしたか。それは残念です。
しかし一人で飲むというのは申し訳ないので、酒は下げてもらって――」
「いえいえ! よろしければ、私が一杯くらいはお付き合いしますよ!」
「おお、フレデリカ殿はいけるのですか。
それでは一杯だけ……」
「お|注《つ》ぎしますね!」
ささっと村長さんにお酌をしてから、村長さんからもお酌をしてもらう。
ここら辺は社会人時代に得た経験である。こっちの世界でも、特に変わらないから安心だ。
「「それでは、かんぱーいっ」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あら? フレデリカちゃん、大丈夫?」
私が台所に戻ると、奥さんがすぐに心配してくれた。
飲んだお酒が案外とキツく、足元が少しふらついてしまったのだ。
「大丈夫れす! 一杯だけでしたので!」
「結構キツいお酒なんだけど、平気なのねぇ。
それじゃ、刃物に気を付けながら準備を進めましょう」
「はーい」
奥さんの指示のもと、私は包丁作業やら味付けやらをどんどん捌いていった。
作る品数が多いので、歓迎しようとしてくれるのが自然と伝わってくる。
……歓迎される側が食事の準備を手伝っている時点で、ちょっとアレなんだけど。
「――ただいま戻りました」
食事の準備をしていると、エミリアさんが雨の中を戻ってきた。
どうやら病人がいる家を、全てまわり終えたようだ。
実は村長さんも最初は一緒に行っていたんだけど、途中で帰ってきていたんだよね。
本人曰く、陣頭指揮を執る自分に風邪が移るとまずい……ということだったんだけど、何というか、ちゃっかり押し付けているというか。
「ささ、アンジェリカ殿もこちらへお座りください。
今、食事の準備をしていますので」
「え? それならわたしも手伝った方が……」
「いえいえ、折角ですので旅の話でも聞かせてください。
台所は妻とフレデリカ殿がしっかりやってくれていますし」
「そ、そうですか……?」
エミリアさんの気まずそうな声が聞こえてくる。
そっちの部屋と台所は隣り合っているから、全部聞こえるんだよね……。
でも案外、私はこういう仕事が好きだから問題は無いのだ。
いっそこのまま家事スキルも上げていきたいくらい?
……そういえば家事スキルって、スキルとしては存在するのかな。
「――ときにアンジェリカ殿は、お酒を飲まれますか?」
「え、お酒ですか? ……まさか、リーダー、飲んじゃいました!?」
「いえ、それがフレデリカさんに止められまして……」
「そうなんですよ。
デイミアン殿とも乾杯をしたかったのですが、お医者様から禁止されているのでは仕方ありますまい。
それで、フレデリカ殿に一杯だけ付き合ってもらったんです」
「ああ……。なるほど、なるほど……。
それではわたしも、一杯くらいならお付き合いいたします」
「おお、それではこちらのコップで……。ささ、どうぞどうぞ」
「頂戴します」
そんなやり取りを聞きながら、私は奥さんと一緒に料理を仕上げていった。
いやー、この裏方感! めちゃくちゃ楽しい!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事の準備が終わると、ちょっとした宴のような夕食が始まった。
目の前に広がるのは久し振りの温かい食事だ。
今日は朝から何も食べていなかったし、美味しそうな匂いが鼻を刺激してくる。
私たちは素早い動きで料理を食べていった。
「おお、これは美味しい! さすが私!」
「身体に染み入ります……!」
「うん、美味いです……!」
私たちは料理を大絶賛した。
「フレデリカちゃんが手伝ってくれたおかげで、たくさん作ることが出来たわ。
どんどん食べてね!」
奥さんの言葉に、私たちは料理を頬張りながら頷いた。
しあわせなんていうものは、実際こういうところにあるものなんだよね。
うん、間違いないね。