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夕食後、食器の片付けを済ませてから、ようやくひと休み――
……とは、いかないんだっけ?
「それじゃフレデリカちゃん、他の家の洗濯物をよろしくね。
私が案内してあげるから」
「はーい、お願いします!」
ルークとエミリアさんは食事のあとも、村長さんの話に付き合っていた。
私だけが奥さんの手伝いをずっとしているわけだけど、ちらっと目の合ったエミリアさんは、申し訳なさそうに頭を下げた。
まぁまぁ、これはこれで楽しいし、それに何だか『良い嫁』を演じているようで、そういった意味でも何だか面白い。
今までの自分から自分を遠ざけている――……そんな部分も、きっとどこかにはあるのだろうけど。
大きな笠を借りて雨の中を歩いていくと、やはり簡単に身体が濡れてしまった。
こんな状況では、大勢の村人が風邪をひいてしまうのも無理はないだろう。
しばらく歩いて、少し離れた家の扉を奥さんが叩くと、中から体調の悪そうな女性が現れた。
ささっと薬で治してあげたいところだけど、今は手持ちの薬が無い。……何とも、もどかしい限りだ。
「……こんな時間に、何かありましたか?」
「こんばんわ! あのね、うちにお客様がいらしてるんだけど、魔法使いの方なの。
洗濯物をぱぱーっと片付けてくれるから、お手伝いをしに来たのよ!」
「へぇ……?」
少し呆気に取られながら、女性は短い言葉を発した。
「初めまして、フレデリカと言います。
アンジェリカがこちらに伺ったと思いますが、一緒に旅をしているんです」
「ああー、さっきの司祭様のお仲間さん……!
司祭様のおかげで体調も少し良くなったんですよ。
……洗濯まで手伝って頂けるんですか? ありがたいことです……」
「はい! 遠慮しないで全部出してくださいね!」
「畳むのは私が手伝うよ!」
奥さんはそう言いながら、力こぶを作るようなポーズをした。
その腕は見るからに逞しい。私よりも、絶対腕力はあるんだろうなぁ。
「……さすがにそこまでは申し訳ないので……」
「それじゃ、身体が温まるものでも作ってあげるわね!」
そう言うと奥さんは他人の家にも関わらず、ずかずかと入っていってしまった。
なんともパワフルな訪問だ。これが田舎のおばちゃんパワー……とでも言うべきだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はい、終わりました!」
溜まっていた洗濯物にすべて魔法を掛け終わると、奥さんがホットミルクを持ってきてくれた。
「フレデリカちゃん、お疲れ様!
はい、身体を冷やさないようにね」
「ありがとうございます!」
温かいコップを受け取って一口すする。
熱い! ……けど、美味しい!
「はぁ……。本当に簡単に洗濯が終わっちゃった……。
司祭様もそうだけど、フレデリカちゃんも凄いんですね……」
「そうでしょう? うちの自慢の娘なんだから!」
奥さんが胸を張って言い切った。
……おや? いつの間に、奥さんの娘になったのかな……?
「ところでフレデリカちゃんは、司祭様と一緒に旅をしているんですよね?
何でも強い魔物を討伐してまわっているとか」
むむ? 心当たりの無いその情報、出元はエミリアさんかな?
私たちの正体を隠すのであれば、確かに『クレントスに向かってます!』なんて言えないわけだし……。
「そうですね。魔物を倒したり、依頼をこなしたり、いろいろとやってます」
カマをかけられていても嫌なので、ここはどうとでも取れるような返事をしておく。
これは生き残るための処世術だ。
「それじゃ、冒険者さんなんですね。
私はさっさと嫁いじゃったけど、そういう生き方も素敵ですよね」
「まったくよねぇ。この村は平和だけど、やっぱり大変なことばかりだし……。
でもフレデリカちゃんなら、この村でも上手くやっていけると思うのよ」
奥さんは陽気にそんなことを言い始めた。
いやいや、私はすぐにこの村を出ていきますよ? 勝手に息子さんの嫁候補にはしないでくださいね?
その後も引き続き、おばちゃんたちは雑談で盛り上がっていた。
しかしこれ以上、おばちゃんトークに巻き込まれるのはごめんなわけで……。
……ここはさっさと退散することにしよう。
「お話し中すいません。
そろそろ他の家に行きませんか? 夜ももう遅いですし」
「あ、そうね! それじゃそろそろ失礼するわ!
しっかり休んで、風邪もさっさと治しちゃうのよ?」
「はい、ありがとうございました。
フレデリカちゃんも、本当にありがとうね」
「いえいえ、お大事に――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、私たちは順調に3軒の家で洗濯物を片付けていった。
合計で4軒――……確か最初は2、3軒って言ってなかったっけ? 最後の1軒はボーナスステージだったのかな?
そんなことを思いながら村長さんの家に戻ると、ルークとエミリアさんが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、フレデリカさん!」
「ただいま戻りました!」
部屋の中を見てみると、村長さんはテーブルで眠りこけている。
何だかこの人、マイペースだなぁ……。
村長さんを横目に見ながら三人で話していると、奥さんが温かいスープを持ってきた。
「はい、三人とも今日はご苦労様。
これを飲んだら、そろそろ寝ちゃいましょうか。向こうの息子の部屋を使って良いから。
……あ、身体を拭くなら台所のお水を使ってね」
「分かりました、ありがとうございます」
たまにはお風呂に入りたいところだけど、お風呂自体が高価なものだから、この村では無理そうだ。
次に入れるのはいつになることやら――
……いやいや、我儘は言わないようにしよう。我慢、我慢っと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜、薄暗い部屋の中。
私たちが案内された息子さんの部屋は、ガランとしていた。
1つだけあるベッドは現リーダーのルークに譲ろうと思ったのだが、最終的に私とエミリアさんの二人で使うことになってしまった。
ルークが夜に眠るのは久し振りだから、ゆっくり休んで欲しかったんだけど……。
「……それよりフレデリカさん、お話をしましょう!」
そろそろ眠りに入ろうかという頃、エミリアさんが突然に言ってきた。
「え? 明日も仕事がありますし、眠らないんですか?」
「いやいや! 夜に例のスキルの話をするって言ったじゃないですか!」
例のスキル――
……ああ、そういえば確かに……!
「すいません、そうでしたね。
ルークはまだ起きてるー?」
「はい、もちろんです」
「え? 何が『もちろん』なのかな……?」
目を凝らして見てみると、ルークは鞘に収められた神剣アゼルラディアを抱きながら、毛布にくるまって座っていた。
神剣アゼルラディアは、村に入る前からアイテムボックスに預かっていたんだけど……夜間は持っていたいということで、ルークに渡しておいたのだ。
あまり村の人には見られたくない。
しかし、何かあったらまずいから――
「それよりも、はやくー!」
矢継ぎ早に、エミリアさんの可愛い催促が飛んでくる。
それじゃ早速、私のスキルを対象にして、かんてーっ。
──────────────────
【神竜の卵】
竜王の力を宿した可能性の欠片。
所有者の強い望みに応え、新たなスキルを得る
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鑑定スキルを使うと、暗い部屋の中に明るいウィンドウが映し出された。
それを三人で覗き込む。
「……ふむ、これは……」
「おおぉー、何だか凄いスキルですね!
これ、どうやって使うんですか?」
「いやぁ……。
私もちょっと願ってみたんですけど、何も起こらないんですよね……」
「えぇー……?
願う力が足りないのでしょうか?」
「そうみたいですね……。
調理スキルのレベル99を願ってみたのですが、全然ダメで……」
「アイナさん、何を願ってるんですか!」
「あ、アンジェリカさん。本名は使っちゃダメですよ!
金貨1枚のペナルティですね」
「えっ!? そ、その話は生きていたんですか!?
……でも今の流れで、それはズルいです!!」
「ふふふー♪」
「……しかし、今の私たちにとっては心強いものですね。
新たなスキルがいつ手に入るかは分かりませんが、心の拠り所になるというか……」
ルークの言葉に、私は頷いた。
まわりが敵だらけのこの世界で、信じられるのは自分たちのみ。
……ならば、可能性はひとつでも多い方が良いのだから。