コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜明け並みに冷たい冬の風が冴え渡っている、明け方のプラットフォーム。ほんの少し冷たさがマシになったかと思えば、太陽が上がってきていた。四番線のベンチに佇む二人の陰は、薄明かりに照らされ長く伸びていた。それが実は君が連れ去られる風前の灯火だってことは、何度も知らされていた。
いざ、別れの時になるといつも思い出す。僕らの始まりは若気の至りなんかじゃなかった。
高校生という、青春真っ最中の年頃の僕らは、いや僕は本気で恋をしていた。
その恋が実るまで、僕はずっと君を連れ去ってしまいたいような衝動に駆られ、気付けば目が勝手に君を追ってしまっていた。
停車駅「君」だけの列車みたいだ。
念願の恋が結ばれたのは、最後の春だった。
僕と違って成績も良かった君は、国立の大学に行くことになり、二人の地元である田舎から引越し、新しい生活を始めるそうで。
遠距離恋愛ということになってしまった。
意気地無しな僕は君と話そうともせず数分間頭の中でこんなことを駆け巡らせて時間を潰していた。なんでいつも何も言えないんだろう。そんなことしているうちに、奥を覗けば暗がりから鉛の塊がやってくる。やめてくれ、まだ来ないでくれと願っても、そいつは鋭いスピードで君の元へ一瞬で到達する。
ああ、始発が君を攫ってく。
ベンチから腰を上げ始発の中に吸い込まれてしまう君の背中から目が離せなくなる。
行ってほしくない、なんて、言ったらダメだ。でも…。
喉に言葉が詰まる。肩に力が入る。
名残惜しいなんて思っちゃいけない、君に心配を残させてはいけないから、まあいっかって諦めて、「またいつか」とぎこちない笑顔で。
人がパラパラと見られる始発の時間帯のホームではそう言い切れた、はず。
まだ始発に嫉妬心を抱いてるひねくれたままの僕を、君と過ごした幸せに酔いしれる心で何とか丸め込んだ。
_______そんな思い出から季節は巡り、薄着で出歩けるようになった、春。
桜、満開で綺麗だね。なんて言い合って楽しく過ごした土曜日も束の間、翌日の明け方、僕らはまた同じようにしてプラットフォームを訪れざるを得なくなる。
冷たい風の中、二人ベンチに座り、今度会える時の予定を合わせる時間がなぜか、とてつもなく寂しくてたまらなかった。
遠くから聞こえる、朝にしては仰々しすぎる音を立てたあいつがやってきたのに気付いた。
黄色い点字ブロックの前、耳障りな金属音を立てて止まり、ドアを開き、迎え入れる準備が完了すると、君は慣れたそぶりで軽々と腰を上げたんだ。そう、もうこんなにも同じ情景を繰り返していれば、徐々に僕だって別れの挨拶を告げるのも慣れて、すらりと言えるようになっているはずだった。なのになかなか言葉が出てこなくて、絞り出すように声に出した「またね」は閉まったドアの音に遮られてしまった。
またもや始発が君を攫ってく。
電車の窓から見える君の姿が消えるまで手を振って見送った。
そして、顔を伏せた。
その時の僕は、なんて情けない顔をしていたんだろう。
泣かないって決めてたはずなのに、結局そんな決意は水の泡、寂しさは幸せな思い出なんかじゃ簡単には埋まらなかった。
幸せって思い出なんかより、君をあと一度だけ、ぎゅっとしときゃよかったなぁ。
名残惜しく始発の進行方向を振り向いたら、小さい電車の影はトンネルに消えていった。
「始発が君を攫う」と、別れの場面もアーティスティックに切り取ってみれば少しはマシになるかと思ったけれど、今や気休め以下になっていた。諦め悪く、ずっと線路の消失点を眺めていた僕も、太陽が高くなるにつれて人が多くなるホームに愛想を尽かし、覚束ない足取りで家に帰る頃には、一足遅れの後悔だけがそっと寄り添っていた。
僕は、いつもそうなんだ。学ばないし、懲りないんだ。君がいなくなってから、ぎゅっとすればよかったなんて後悔を追いかけるんだ。でも、ぎゅっとしたかった相手は始発がもう連れてった。
寂しさや後悔からくる悲しみの涙も、君のことで一喜一憂できる幸せって証だと思えばまだ、頭の悪い僕でさえ、とりあえず落ち着くんじゃないか。
そう思う、努力をしてるんだけど。
まだまだだめなんだ。
始発は僕に幸福論を説いてくれた。
幸せって思い出なんかより、
君をあと一度だけぎゅっとするんだ。
涙を拭った手のひらを強く握りしめた。
次は、必ず。
「始発が導く幸福論」/Official髭男dism
髭男の遠距離恋愛ソングが好きなんですよね〜
いつか、ゼロのままでいられたらと、日曜日のラブレターも、自分の言葉でストーリーにして解釈深められたらいいな💞