◆◆◆◆
『橘先生、至急放送室まで!校長がお待ちです……うグッ!!』
低い悲鳴を残して放送は切れた。
渡慶次はスピーカーを見上げながら眉間に皺を寄せた。
――なんで前園の声なんだ……?
知念には新垣を騙して、放送を流させるように言った。
しかしどうして新垣ではなく、知念でもなく、前園が流したのだろう。
どうも解せないが、ティーチャーが呼び出されたとなると、いよいよこちらにも時間がない。
今すぐにでもドクターを放送室に送らなければ。
けたたましい音楽のせいで足音はほとんど聞こえない。
その代わり渡り廊下から見える西階段の窓に目を凝らす。
人影は見えない。
つまりドクターは2階にいったか、まだ階段に差し掛かっていないかのいずれかだ。
「間に合った……!」
渡慶次はボタンで下りてきたシャッターに【霊安室】の紙を貼りつけた。
これでドクターは渡り廊下――さらにはその奥にある昇降口や体育館には行けない。
それはイコールで、体育館でゾンビたちを片付けた比嘉の力をもう借りることができないという事実を指す。
――いや、もう頼れねえだろ。十分やってくれたのに……!あとここからは俺たちの力で……!
振り向いた瞬間、
『火事ですか~?』
そこにはいるはずのないドクターが立っていた。
――なんで?ずっと1階と2階の間にある踊り場には目を凝らしてたのに……!
渡慶次は目を見開いた。
――そうか。東側の階段を上っていったから、そのまま3階を突っ切って西側の階段から落ちてくると思っていたが、違ったんだ!
3年の教室に貼りめぐらされた【霊安室】の紙を見て、そのまま回れ右をして東側の階段から降りてきたのか……!
ドクターは正面。
後ろには自分が閉めたシャッター。
追い詰められてしまった。
――くっそ。ここまでか。
渡慶次はドクターを睨み上げた。
やることはやった。
1階にも3階にも行く当てのないドクターはこれから2階に向かうだろう。
そうすれば嫌でも人がいる放送室に行くはず。
自分の役割はもう終えた。
あとは、知念と上間がうまくやってくれれば――。
きっと大丈夫だ。
上間は水泳をやってるから基礎体力で言えば渡慶次より上だし、足だって速い。
知念はいつでも冷静で、かつ舞ちゃんに対して動じないし頭もいい。
――お役御免だな……。
「ふっ」
渡慶次は諦めて、シャッターに凭れかかった。
「……どうした。やれよ」
渡慶次はドクターを笑いながら見上げた。
「お前さ、聞きたいんだけど医者ならさ。24人すでに死んでるんだけど、その事実についてどう思うわけ?」
やけくそで話しかけてみる。
「人の命救えなくて、何が医者だよ。救えって。屋上から落ちたくらいでさ」
――ん?
渡慶次は自分の口を塞いだ。
――俺、今なんて言った?
しかしドクターは、黙って渡慶次を見下ろしたままだ。
『私は』
ドクターは低い声を出した。
『やはり救えなかったのですね……?』
「――は?」
ドクターはキョトンと見上げる渡慶次から目を反らすと、回れ右をして、廊下を戻り始めた。
そして角で曲がると、今度こそ西側の階段を使って上がり始めた。
――なんだ?今の。
渡慶次は渡り廊下の窓から見える階段の窓を見上げた。
2階と3階の間の窓にはドクターは映らなかった。
つまりは2階に行った……?
「あっ!」
そこまで呆然と見てから渡慶次は走り出した。
自分も協力しなければ。
上間に……。
知念に……!
全速力で駆け抜ける渡慶次の胸には、
知念から貰った黒いカードが揺れていた。
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