「何やってんだよ、このクソビッチ!!」
新垣は前園を殴り倒すと、慌てて卓の前に立った。
「マイクは!?マイクはどこにいった!?」
そして倒れ込んだ前園の下敷きになっていたマイクをとると、慌ててボタンを押した。
「橘先生、橘先生……。なんでマイクが入らないんだ!?」
新垣が慌ててマイクの線を手繰り寄せる。
前園と共に床に転がったマイクの線は引きちぎられていた。
「だって……新垣が死んだら嫌だもん」
前園はよろよろと起き上がりながら新垣を見つめた。
「あなたは、私と同じよ?渡慶次くんに片思いしてた仲間」
「ああ!?」
新垣が前園を睨みつける。
「俺とお前を一緒にするなよ!誰があんな奴なんか!!」
そう叫んだ新垣を、前園が抱きしめた。
「好きだったんだよ。私たち。どうしようもなく渡慶次くんが、好きだった」
「………」
3嶺が顔を見合わせる。
知念を押さえつけていた大城の力が緩む。
「でも、全然気持ちを返してくれなくて、辛かったね……?」
「――――」
「わかるよ。同じだもん……!」
前園に抱きしめられている新垣も、目を丸くしたまま脱力した。
――罪な奴だな、渡慶次は。
知念は起き上がると、大きくため息をついた。
――何はともあれ、これで作戦は……。
「……ざけんなよ。誰が一緒だって?」
新垣の両手に再び力が入る。
「俺は毎日が地獄だった。毎日雅斗の周りでチョロチョロしてただけのお前と一緒にすんな……!!」
新垣は前園を突き飛ばすと、放送室の隅に置いてあったバケツを持ち上げた。
「クリアはさせない…!全キャラをここに集合なんかさせない!!」
放送室のドアを開ける。
すると、轟音のポップスに混ざって、軽快なアコーディオンの音楽が聞こえてきた。
「あれは……」
仲嶺が息を飲む。
「ピエロ……!!
赤嶺が悲鳴を上げる。
廊下の東側に、こちらに向かって歩いてくるピエロの姿があった。
◆◆◆◆
『本当ダ。子供たちがたくさんイルネ!』
なぜか放送室から出てきた生徒たちを見て、ピエロは嬉しそうに振り返った。
「ね。言ったとおりでしょ?」
上間は苦笑いをしながらピエロを見上げた。
メイクを施し終わったピエロは、上間がメイク道具を貸してあげたからか、それとも「たくさんの子供が待っている」という上間の嘘に騙されたのか、とにかく彼女を襲うことなく大人しくついてきてくれた。
――これで放送室まで行ければ……!
しかし放送室から出てきた男子生徒の一人がこちらに向かって走ってくる。
――あれは……新垣くん……!?
その両手には抱えるようにしてバケツが握られている。
「集合なんかさせるかよ!」
そう言いながら新垣はピエロに向かってくる。
――そんな……!放送室までもうちょっとなのに……!
上間はピエロと新垣を交互に見つめた。
『おやおや、歓迎してくれるのカイ?』
ピエロがアコーディオンを下ろしながら両手を広げる。
「ああ!」
新垣が足を止める。
「歓迎するよ!!ピエロくん!!」
そう言いながら、持っていたバケツの水をピエロの顔にぶっかけた。
カランカラン。
音を立てて、新垣が放ったバケツが床に転がる。
「はは。ざまーみろ!!」
新垣は笑った。
「メイク直しをしてるうちに、舞ちゃんの人形を破壊してやる。それで全員ジエンドだ!」
新垣はキョロキョロと視線を走らせた。
「大城!ガキが来たら、そのリュックからクマのぬいぐるみを奪って破壊しろ!!」
「え……う、うん、わかった」
巨体を揺らしながら追いついてきた大城がわけもわからず頷く。
「どこだ、あのガキっ!!姿を現さないなら、こっちから探してでも――」
そこまで言いかけたところで、新垣の視界は大きな影で遮られた。
「……なんで……!?」
新垣は自分の襟元を掴み上げているピエロを見上げた。
「だって、メイクが――」
ピエロの巻き毛からしたたり落ちる水滴で、新垣の顔が濡れていく。
「メイクが……取れてない……!?」
新垣は口をあんぐりと開けた。
そこにはファンデーションとブルーのアイシャドー、真っ赤なリップが落ちていないピエロが立っていた。
――やった。
上間は小さく拳を握った。
上間がピエロに貸したメイク道具。
それは競泳時に使うウォータープルーフのものだった。
『風船は――』
顎から水を滴り落としながらピエロは言った。
『好きカイ?』
◇◇◇◇
――ああ、ここまでか。
新垣は攻まりくるピエロの、不自然に艶やかな唇を見つめながら思った。
ゾンビの全滅。
ピエロのメイク。
ティーチャーの呼び出し。
知念と上間だけでこの作戦を考え付いたとは思えない。
裏に絶対、渡慶次がいる。
きっとあいつは、残りの舞ちゃんとドクターも攻略して、ゲームをクリアするのだろう。
そうして現実世界に戻ったら、
また繰り返しだ。
渡慶次の腰巾着であることになんの疑問も持たない毎日。
常に視界の端に渡慶次を意識して、
渡慶次が怒らないように、
渡慶次がムカつかないように、
そして渡慶次から嫌われないように、
全神経を彼に集中させる毎日。
――短い、夢だったな……。
新垣が目を細めた瞬間。
『バぶブッ!!!!』
目の前のピエロの顔が歪んだ。
「え……」
弾けとんだピエロの肉が顔にかかる。
何かがピエロの頬を右から左に貫通し、ごろごろと廊下の床に転がった。
「……鉄球……?」
新垣は転がった鉄球と反対の方向を振り返った。
「させるかよ……!!!」
そこには2個目の鉄球をもち、振りかぶった渡慶次が立っていた。
◆◆◆◆
西側の階段を上がっていったドクターを追いかけそうになった渡慶次は、足を止めた。
――待てよ。
放送室があるのは西側だから、東側から追い詰めて言った方がいいんじゃないか?
渡慶次は階段を上がるのをやめ、1階の廊下を全力疾走して東側まで移動した。
そして駆け上がり2階の廊下に飛び出した渡慶次が見たものは、
新垣の襟元を掴み上げているピエロの姿だった。
新垣の宙に浮いた足が空のバケツを蹴る。
上間がプルプルと震えながらただその状況を見守っている。
――そうか。メイク作戦はうまくいったんだ。
渡慶次は上間に駆け寄った。
「上間……!」
「渡慶次くん!」
上間が涙目で振り返る。
どんなに怖かっただろう。
どれほどの勇気を振り絞ったのだろう。
たった一人で殺人ピエロと対峙して。
今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。
もしこのゲームがクリアできて、
もし日常が返ってきたとして、
上間はもう、自分をこんな目で見つめてくれたりしない。
自分の名前を呼んでくれたりしない。
それでも。
――やり直すんだ。絶対にこのゲームをクリアして……!
渡慶次は落ちていた鉄球を拾った。
「……全員で帰る!!上間も!新垣も…!!」
狙うは、ピエロの頚椎。
大丈夫。
ピエロは――死なない。
「いけええええ!!!」
渡慶次が投げた鉄球は、上間の肩先を掠め一直線に、
新垣に顔を寄せるピエロに飛んでいった。
「当たった……!」
上間が手を叩く。
「当たったんじゃねえ。ズレた」
渡慶次は頬を貫通したピエロの顔を睨んだ。
頚椎に当たれば倒せたものの、ピエロはこちらを振り返った。
すかさず2球目を放つ。
今度はピエロの横腹。
腰椎にヒットしたピエロは横向きに倒れた。
「よっし!!」
渡慶次はガッツポーズを作った。
『誰ですか?廊下でボール遊びしてぃる生徒はぁ』
そのとき、背後から声がした。
「――ティーチャー……」
渡慶次は女教師を振り返った。
「渡慶次くん、あれ……!」
上間が震えながら廊下の西側を指さす。
そこには、白衣のポケットに両手を突っ込んだままのドクターがこちらに向けて歩いてきていた。
「行こう……!」
渡慶次は上間の手を引きながら、走り出した。
『こらぁ!廊下は走らなぃ!』
ティーチャーの声が追いかけてくる。
「……ああくそ。雅斗はかっこいいな、やっぱ……」
顔にピエロの血肉を浴びた新垣が、うわごとのように呟きながら突っ立っている。
「何してんだよ!行くぞ!」
渡慶次は、呆然としている新垣の腕を取った。
「早く!」
右手で上間の手を引き、左手で新垣の腕を掴み、
「あ、おい……?」
呆然とする大城の脇を通り過ぎ、
飛び込むように放送室に駆け込んだ。
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