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父親の車には人数的に乗り切らないので、レンジさんの車で俺たちは妖刀鍛冶師の工房を目指すことになった。ちなみにレンジさんの車は3列シートの8人乗り。一列目に父親とレンジさんが座り、2列目にサンドイッチされた俺が座り、3列目にイレーナさんが座っている。
そんな俺たちが走っているのは山も山。
車1台分が通るか通らないかというような細すぎる道である。
しかも車通りが少ないからか、道路は枯れ葉で埋まっており白線は見えない。
白線が見えなければ路面の状態もほとんど見えないこと。落ち葉をタイヤがかきわけながら進んでいく。
そして何よりも最悪なのが、道がそんな状態だというのにガードレールが無いのである。
つまりレンジさんがハンドル捌さばきをミスれば、山を車が転がり落ちていくわけだ。
見ているだけでもヒヤヒヤしてくるのだが、レンジさんは落ち着いた様子でハンドルを交互に切っていく。これ対向車が来たらどうするんですかね。とはいえ、全然車の走っていないであろう路面を見ると対向車の心配は杞憂に終わりそうではある。
ただ、いざというときのために『導糸シルベイト』を編んでおいた方が良いかも知れない。そうすればタイヤが道を踏み外した瞬間、車体を支えられるから……と思って、右手を動かそうとしたら、ニーナちゃんに強く握られた。
「……イツキ。動かないで」
「ごめん」
そう言った瞬間、車体ががくん、と跳ねた。
だから、今度は左で糸を組もうとしたら、アヤちゃんが俺の指を触ってきた。
「どうしたの、イツキくん?」
「いや、なんでもないよ……」
アヤちゃんもニーナちゃんも手を離してくれないから糸が編めない。
そんなことある?
という俺の焦りなど知らないはずのレンジさんが、車の中でぽつりと呟いた。
「久しぶりに来たけど……相変わらず山道だねぇ」
「これは雪が降ると来れなくなるな……」
それに同調する父親。
そういえば岐阜って雪が降るんだっけ。
確かにこんな細い道に雪が降ると、車では進めなくなりそうだ。
そんなことを思いながら進むこと数分、目の前に乳白色の霧のような、靄モヤのようなものまで出てきたもんだから俺としては気が気じゃない。
完全に視界が無くなってしまった。
嘘でしょ。こんな状態で車を走らせるの?
「ちょ、ちょっとレンジさん。これ、大丈夫?」
「うん? ああ、もうちょっとで車ゾーンは終わりだよ」
「あ、そうじゃなくて。霧の話……」
「霧? 霧なんて出てないけど」
俺の質問にレンジさんが「どうしたの?」と言わんばかりに返してきたから、逆に俺が閉口してしまった。いや、眼の前は真っ白なんだけど……。
困っている俺に、後ろにいたイレーナさんがふと気がついたように言った。
「イツキさんの『眼』でしょうね。魔力の見える眼が、地脈のエネルギーを見ているんでしょう」
「はぇ……」
「ニーナの使った妖精魔法の核も見えていたと聞いてます。そう考えれば、地脈のエネルギーを見れてもおかしくないかと」
「もしかして、みんなには霧が見えていないの?」
そう聞いたら、車内の全員から頷きが返ってきた。まじかよ。
しょうがないので俺は握られているままの右の手……その指を一本、伸ばした。そうして『絲術シジュツ』を使い、両目の前で『導糸シルベイト』をぐるりと回してレンズのようにする。
そのまま『形質変化』を与えて『魔力を除外するレンズ』を生み出した。
その瞬間、ぱっと視界が開ける。
気分としては、お風呂の湯気で曇っていたガラスを拭き取ったような感じだ。
なんてことをやっている間に、車が二車線帯に出る。そして開けた場所にレンジさんは車を停めた。
「ここからは、徒歩だよ」
全員が車から降りると、イレーナさんが両手を叩く。
その瞬間、人のものじゃない歌声が聞こえて来て――急に身体に力がみなぎってきた。
「これから山登りをするのであれば、『強化』しておいたほうが良いでしょう?」
そういうイレーナさんに「助かる」と父親が返していたが――俺は妖精が見えなかったので渋い顔。多分、イレーナさんが呼び出したのは人魚セイレーンだと思うのだけれど、魔力カットレンズのせいで見えない。
「いま使ってみて分かったのですが……地脈のおかげか、魔法がものすごく使いやすいですね」
「出力が高まってる感覚があるだろう?」
「はい。これだけ魔力が込められれば……モンスターにも負けなさそうです」
「向こうも同じ出力でやってくるぞ」
俺がレンズの調整をしようと思っていたら、父親が歩き出したので今やるのは諦めた。
一方でこちらのことなど気にした様子のない父親が足を踏み入れたのは、山に繋がっている獣道。当然、舗装なんてものはないし、そもそも横並びでは歩けないほどに細い。
仕方がないのでアヤちゃんが前、俺が中央、ニーナちゃんが後ろというそういう流れになった。
「ここもモンスターが出るの?」
「いいや、もし出たらだ。この辺りは人がいないからほとんど出ない」
モンスターは人の集まるところに多く出現する。
裏を返せば過疎っているところには出現しにくいということでもある。だから田舎の方が安全……というわけにもいかないのが、魔祓いの面倒なところだ。
知恵のあるモンスターは人口密集地帯に多くの祓魔師がいることを知っている。
だから、それを避けて人のいない場所を目指すのだ。
そういえば、こんな人気のないところに工房を構えている鍛冶師の人はモンスターが現れたらどうしているんだろう? 自分で祓ってるのかな。
そんなことを考えながら山を登る。
イレーナさんの『身体強化』のおかげで、スイスイと山道を進めていると……今度は本当にちゃんとした霧が出てきた。
「結界だ」
「結界? 霧が?」
「ああ、やっていることは『隠し』と同じだな」
『隠し』というのは『第四階位』以上のモンスターが、自らの存在を他の祓魔師にバレないようにするために使う魔法である。でも、確かにモンスターに使えるんだったら祓魔師側が使えてもおかしくないのか。
というか、そもそもよく考えてみれば俺が『第七階位』であると他のモンスターが気がついていないのは『廻術カイジュツ』で体内に魔力をとどめているからだ。それもある意味で『隠し』といえば『隠し』なんだよな。
そんなことを思っている間に、父親たちがずいずいと霧の中に進んでいくものだから遅れないように小走りで追いかけた。
霧の中に入った瞬間、どぷ、という水の中に入ったような不思議な感覚が全身を包む。その不思議な感覚を押しのけてまっすぐ進むと、急に霧が晴れて山小屋が目に入った。
山の木々を切り分けて作っている小屋で、全てが木組み。
そんな小屋が全てで3つあり、奥にある小さな小屋から金属を研ぐような音が聞こえてくる。おそらく、そこに鍛冶師がいるのだろう。
一方で手前にある大きな小屋の近くには桃っぽい木が植えられており、花が咲いていた。
……桃の花? この時期に?
それを不思議に思いながら、俺たちは金属を研ぐ音が聞こえてくる小屋に向かう。
小さいが、近づけばぱちぱちという火花の弾ける音と、ぐっと気温が上がっていく感覚。
目を向けると開けっ放しになった扉の奥にいる白髪の老人が見えた。
「お久しぶりです、センセイ」
「……来たか、宗一郎」
小屋に入るなり聞こえてきたのは、しわがれた声。
遅れて俺たちが小屋に入れば、そこには回転する砥石で刃物を研いでいる老人がいた。その白髪の老人が、ちらりとこちらを振り向けば、白濁した片目。おそらく、潰れている。
「何の用だ? 打ち直し――でもあるまい。わしの打った刀が、5年も経たずに刃こぼれなんぞしようもなかろう」
「ええ、打ち直しではありません」
父親はそういうと、 とん、と父親が俺の肩に手を置いた。
「この子の妖刀を打っていただきたく」
それを見た老人が、残った眉をひそめながら俺の顔を覗き込んだ。
「お前の息子セガレか」
「ご存知でしたか」
「知っているとも。お前の息子は、有名人だからな」
研ぎかけの刃物を持ったまま老人が立ち上がると、俺の前まで歩いてやってくる。
「数百年ぶりに生まれた『第七階位』。わずか5歳にして雷公童子を祓って、他にも第六階位を討った……期待の新星だろう」
「ええ」
並べられた鍛冶師の言葉を、真正面で受け止める父親。
あの、もうちょっと謙遜とかは……?
「ああそうか。今年で7つか? 刀が無けりゃ恰好もつかんか。良いだろう。打ってやる。ただ、条・件・が・あ・る・」
鍛冶師の老人は、ざらついた声でそう言うと、俺の手を握っているニーナちゃんをまっすぐ指さした。
「ソイツを、ここに置いていけ」
「……私?」
突然、指さされたニーナちゃんが、その眉を八の字にぎゅっと寄せた。