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その日は珍しく夕方ごろに父親が家に帰ってきたので、『神在月かみありづき』家から手紙をもらったという話をすると「ふむ」と父親が唸った。
「こちらとしてもイツキのことを話しておきたかったところだ。ちょうど良い。明日向かおう」
「僕の話を? どうして??」
「そうだな。イツキには説明しておかねばなるまい」
父親は頷くと目の前に置かれた湯呑のお茶を一口だけ飲んで「あつ」と漏らした。
「イツキが雷公童子を祓っただろう」
「うん。祓ったよ」
「あれが祓魔師のコミュニティ内で話題になっていてな」
コミュニティで話題?
そもそも祓魔師のコミュニティというものがあるのが初知りなのだが。
もしかして黒服のお兄さんが言ってた『上を下にの大騒ぎ』って、そのコミュニティで起きてんのかな?
それにしても、どんな話されてんだろ。
『本当に5歳で祓ったのか?』とかかな。ありそうだな。
俺も前世だったらSNSでそんなこと言ってそうだし。
「どんなこと言われてるの?」
ということで俺は軽い気持ちで父親に尋ねたのだが、
「まず、大きくイツキを巡って3つの派閥はばつに分かれていてな」
返ってきた言葉は、思っていたよりも大事おおごとになってそうな感じの言葉だった。
「……はばつ?」
「うむ。確信派、疑惑派、否定派というべきか。つまり、イツキにな『もっと強くなってもらって日本にいる他の第六階位の“魔”を祓ってもらおう派』と、『本当に祓ったかどうか分からないから静観派』と、『5歳で第六階位の“魔”は祓えないだろうからパパが嘘を付いていると思っている派』の3つに分かれているのだ」
「え、でも僕、雷公童子の遺宝を持ってるよ?」
「うむ。どうにも疑惑派と否定派はイツキではなくパパが雷公童子を祓ったと思っているらしい」
……ほえ。そんなことに。
まぁでも父親だったら雷公童子祓えそうだしな。
その疑惑も分からないでもない。
「イツキも思うところはあるだろうが、この2派は放っておいて何も問題ないのだ。そもそもイツキが祓ったと信じてないのだから、何も行動アクションを起こさないだろう。問題はこの『確信派』だ」
「僕が雷公童子を祓ったと思ってる人たちだよね?」
でもそれって父親もレンジさんもここに入るんじゃないの?
何が問題なんだろ。
「この中でも過激派がな、イツキを学校に通わせずにひたすら特訓させれば良いと叫んだり……許嫁をあてがって子供をたくさん作らせろと叫んでいるのだ」
「……う」
その意味も理解できないことはないので、俺は静かに唸うなった。
学校に通わずにひたすら特訓する。
それは俺だって一瞬考えたことだ。学校に通っている時間分、魔法の練習や近接戦の訓練をすれば、その分強くなれる。当たり前だが、1時間しか練習してない人間と100時間やった人間には天と地ほどの差があるからだ。
でもそうなると俺って最終学歴どうなるんだろ?
保育園にも幼稚園にも通っていないからホイ卒にも幼卒にもならないんだが。
もしかして学歴無し??
「パパもイツキが強くなるのは賛成だが、せめて学校には行ってほしいと思うのだ。祓魔師じゃない知り合いや、友達をたくさん作って欲しい。人生は、仕事だけではないからな」
深く息を吐きながらそういった父親に対して……俺はしばしの間、言葉を失った。
前世で同じことをただ繰り返していた俺には、『人生は仕事だけではない』という言葉がとても眩まぶしく思えたからだ。確かにそれはそうだ。俺もその言葉を否定はできない。
けれど、仕事の合間にYouTubeを見ながらソシャゲで時間を潰して人生を浪費していくだけの人生は果たして『人生は仕事だけじゃない』と胸を張って言えるのだろうか。そんなことを、ふと思った。
「無論、仕事をしないと生きてはいけないがな。それでも、パパはイツキの人生を仕事ばかりで終えてほしくないのだ」
「……うん」
俺は頷くと同時に、さっきまでのナイーブな考えを吹き飛ばした。
……それは、前世までの話だ。
現世では楽しい人生を送っていいのだ。スタンプラリーのように決まった枠を同じ形のスタンプで埋めるのではなく、もっと楽しい人生を送ったって良いだろう。
だから、前世の考えに縛られる理由なんて1つもないじゃないか。
そうだ。俺はもう新しい人生を歩んでいるんだから。
「ちなみに、許嫁になりたいという人物はすでに30人ほどでている」
「……う?」
「全員20歳以上だから断っておいたが」
なんてことも無いように父親が言ったが、それが一番驚きなんだが!?
俺まだ6歳だよ? なんで20歳以上の人から許嫁の話がきてんの!
「それにな、この確信派。どうにもイツキが雷公童子を祓ったというところから始まって、根も葉もない噂が流れているのだ」
「噂?」
「うむ。イツキの身長が2mある巨人だとか、雷公童子を喰ったとか、5歳じゃなくて50歳だとか……。荒唐無稽こうとうむけいなものばかりだ」
……それは半分愉快犯なんじゃ?
そう思ったけど俺は口には出さずに、気になっていたことを投げかけた。
「でも、パパ。どうしてそれが『神在月』家でのお話に繋がるの?」
「うむ。あそこは祓魔師たちの統括を行っているからな。アカネ殿から確信派に落ち着くように言ってもらえれば、それだけで事態は沈静化するだろう」
アカネさんと言えば神在月家の当主である金髪の巫女さんだ。
統括してるってことは、実質的なリーダーがあの人になるということだろう。
他の家の当主がみんな男なのにあの人だけ女性だし、みんな敬語使ってるから只者じゃないと思ってたんだけど、あの人そんなに偉かったのか。
「パパが言うのじゃダメなの?」
「やろうとしたらレンジに『余計炎上するから辞めておけ』と釘を刺された」
レンジさん。大正解です。
「とにかく沈静化は早ければ早いほど良い。特に噂が広がるのは一瞬だからな」
そういって父親は苦い顔。
学校に通えずに友達が作れないのは嫌だけど、それくらいの噂なら放っておいても良いんじゃないかな? ダメなのかな。
まぁ噂なんてどうでも良いが俺も『神在月かみありづき』家に用事と言えば用事がある。まず何よりも護符のお礼を言いたい。あの護符があったおかげで、俺は命をつなぐことができたのだから。
そして贅沢を言うなら雷公童子との戦いで護符を使ってしまったので、貰えるならもう一枚貰いたい。
そんなことを思っていたら母親が俺と父親を呼んだ。
「ご飯できたよー」
「はーい!」
今日のご飯はカレーである。
カレーパンが好きな俺からすると、もちろん大好物の1つだ。
さて、翌日。
父親の運転する車に乗って神在月家に向かっているのは俺と父親の2人だけだ。ヒナが来ても暇だろうし、ヒナが来ないということは面倒を見る大人がいるということで母親とヒナが仲良くお留守番というわけである。
ちなみに父親が運転しているのは、昨日の今日なので神在月家に運転手を依頼する時間がなかったからだ。
車で走っていると、高速道路の防音壁が一箇所だけとても新しくなっていて目を引いた。
……俺が祓ったときのやつだ。
5歳の『七五三』に向かう途中に出会ったモンスターが壊した防音壁が既に修理されていたのだ。まだあの事件から数ヶ月しか経ってないと思うが、散乱した瓦礫はおろかあんなことがあったとは思えないほど高速道路は綺麗になっていた。
人間ってすごいなぁ。
インフラ整備の凄さに驚愕しながら、今回は何事もなく『神在月かみありづき』家についた。
「うむ。よう来たの。待っておったぞ、イツキ」
階段を登りきったところに立っていたのは、あのアカネさんともう1人の女性。
アカネさんではない方は、黒いスーツのようでいて、それよりはもっと中・世・的・な服装に身を包み、首には銀のロザリオを吊るしている。
吊るしているのだが、まずそれよりも先に気になったところがある。
「あれ? 髪の色が……」
金髪巫女だったアカネさんの髪の毛が、パステルピンクになっていたのだ。
「い・め・ち・ぇ・ん・じゃ。似合っておろう」
困惑している俺を前にそんなことを言って胸を張った。
え、あっ、巫女ってイメチェンありなの?
そして困惑している俺をよそに、アカネさんの隣に立っていた女性が、中腰になって俺に視線を合わせてきた。
青い瞳、金の髪。
日本人じゃない。
欧米系の人だ。
「はじめまして、イツキ」
「は、はじめまして……」
その見た目に反し流暢スムーズな日本語に、俺は戸惑いが重なって小さな挨拶しか返せなかった。
え、まじでこの人だれ?
俺がそんな顔をしていたからだろう、彼女は笑顔で口を開いた。
「私はイレーナ。イギリスの祓魔師エクソシストです」