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💡が敵に狙われOD(薬の過剰摂取)してしまう話。西シェアハウス捏造。長め。
⚠︎嘔吐、過呼吸の表現あり。嫌な人は回れ右。ご本人様とは関係ありません。
「あー寒…」
現在時刻午後九時。伊波は自分が何者からか狙われていることに気付いていた。西の拠点にいれば安全だが、万が一自分のせいで仲間が、なんてことがあれば。そう考えるとその安心出来る場にいることはできなかった。そうして拠点を出る。
しかしやはり浅い考えで外に出るべきではなかったようだ。寒いだけではなく、後を何者かにつけられている。あと数メートルでコンビニに着くはず、そこまで急ごうとする。
道を左に曲がって、そこからは真っ直ぐ…
道を曲がると後ろから口を抑えられる。
「んぐッ?!」
「口を開けろ」
ここで口を開けてしまえばまずいことは分かっている。だから口はかたく結んで開かないように。どうやってこの状況から抜け出すか考える。が、あちらの手の力は強く、かたく閉ざしたはずの伊波の口は少しづつ開かれてしまう。
すると、たくさんの薬を流し込まれる。本当に数え切れないほど。無理やり水で飲まされて、それを確認した何者かは去って行った。
一通り咳き込んで一時的に落ち着いた伊波は早足で西の拠点に帰る。
「おかえり、早かったね」
「あー…うん、散歩だけだし」
リビングには星導だけが居た。他の二人は風呂か自分の部屋にいるのだろう。伊波にとって帰ってきた瞬間の自分を見ている人が少ないのは好都合だった。すぐに伊波は自分の部屋に戻って、なにかが起きた、ということがバレないように静かに過ごした。
部屋に戻ってオーバードーズによる症状を調べる。これから自分の身に起こるであろう症状を。たくさんの症状を知り、薬の副作用の恐ろしさを感じると共に、この副作用が今から自分自身に訪れることへの恐怖が膨れ上がった。 不安とともにスマホは伏せて置いた。
刹那、伊波の視界はぐにゃりと交錯した。それは一瞬だけですぐに治ったが、今度は吐き気と頭痛が伊波を襲う。ゴミ箱を必死に手繰り寄せる。
吐瀉物がゴミ箱に落ちていく汚い音と伊波の嗚咽が部屋に響く。いくら吐いても吐き気はおさまる事を知らず、それからしばらく、ただ嘔吐する時間が続いた。
やっと吐き気がおさまっても、頭痛が主張を激しくするだけだった。酷い痛みは先程の吐き気よりは伊波にとってマシで、吐瀉物の後片付けが出来た。
そしてその時、伊波にとって見慣れた安心できる面々が自身のことを見つめていることに気付いた。
「ぁ、みんな…」
伊波が安堵に溢れた声を漏らしても誰かが反応することはなく、部屋には沈黙が響いた。少しの時間が経つ。すると口を開いたのは彼らの方だった。
「顔色悪いぞ、どうした」
「…えっと、薬飲まされて…」
「誰かに狙われてるの、気づいてなかったんですか?」
「そういうわけじゃない、けど」
「じゃあなんで飲まされとんねん」
この時点で伊波は既に気付いていた。彼らがおかしいことに。それでも彼らの形、声は全くそのもので。しかし伊波が狼狽してもそのまま罵る彼らは違うとも思う。伊波にはもう、現実と幻の区別はついていない。おかしいのは伊波の方だ。
「ずっと言おうと思ってたけど、お前弱すぎんだよ」
「そうやで、気づいとったやろ。自分で」
「他の人にも言われてましたよね」
「お前なんかチームにいらない」
最後に言われた言葉。これが頭の中で繰り返される。伊波が何かを言ったところで彼らの耳には届かない。伊波は部屋にある沢山の物を彼らに投げつける。耳を塞いで、泣き叫ぶ。
目を瞑っているうちに彼らの声は聞こえなくなったが、伊波はずっと小さく蹲って泣き叫ぶ。
耳を塞ぐ手に重ねて、暖かい人肌が触れた。
「おい、ライ?どうした」
「なにもないですよ、大丈夫」
「ライ、深呼吸」
伊波は泣きながら全員の顔を見る。今度は本物のはず。ゆっくり三人に合わせ呼吸し、伊波は落ち着くことができた。
「ライ話せる?」
「帰ってきた時から様子おかしかったけど。なんかあったんでしょ」
「…えっと、」
伊波は話そうとして口を閉ざした。先程話した時のことを思い出したのだ。あれが幻だとは分かっているはずなのに。また拒絶されるのでは、と怯えてしまう。それに気付いた三人は口を開き、伊波を安心させるための声をかける。
「大丈夫」
「ぼくらライのこと心配してるだけやから。良かったら話してくれん?」
「…そ、外出てから、薬、いっぱい飲まされて…」
「オーバードーズか…」
「やっぱりライが狙いやな」
「とりあえずライは寝ましょう、できれば俺たちの目が届くからリビングで」
「…うん」
そう言って全員リビングまで戻る。三人が来てからも伊波には彼らの言った、お前なんかチームにいらない、という言葉が聞こえる。
伊波は賢く、考えすぎてしまう節がある。それは己も自負している。だからこそ、気にしてしまうのだ。それこそメンタルが弱っているからかもしれないが。
ずっと出ている涙を、星導の細く長い指で拭われ伊波はやっと自分がまだ泣いていることに気づいた。しかし伊波の頭はそれに警鐘を鳴らす。もしかしたら今ここで殴られるのかも、と。怯えているのだ、助けてくれた仲間に対して。
「…っさわらないで!!」
伊波が叫ぶように言う。そしてまた沈黙が響いた。星導は珍しく驚いているのを隠さない。
これも薬の副作用だろうか。伊波は自分の気分がおかしいことが分かる。仲間に対して怒ることはあっても、ここまで叫ぶなんて今まで無かった。
「…ライ落ち着け、大丈夫、ここにいるのは全員仲間だから」
「…なかま」
「そう、やから大丈夫」
「…でも、仲間じゃないって、いらないって」
「そんなこと」
「そう、言ったのはそっちなのに…?」
星導たちはどういう意味かは分かっていない。なぜならそれは伊波の中の幻覚だから。星導たちからすれば話の辻褄が合わないのだ。
「そんなこと言ってない!!」
反論したのは星導だった。半分叫ぶように。パニック状態にある伊波にとってはそれが良くなかったのかもしれない。少し経ち、伊波のことを気がついたように見た星導は、伊波が過呼吸になっていることに気付いた。
「ッは、はぁ、はッ”…!」
「ぁ、ライ、ごめ…」
「一回星導は部屋戻れ、今のライは…」
「…はい、すみません」
星導はゆっくりとした足取りで部屋に戻って行く。そしてそのうち伊波も元の状態に戻り、冷静になると星導に申し訳ない気持ちが出てきてしまう。星導が部屋に帰っていった時の悲しそうな背中を苦しい中で少し見た。伊波のためを思った発言がかえって良くない方向に働いてしまった。誰かが悪い、という訳では無いことは目に見えて分かる。 今隣にいる二人だってどちらかが悪い、とは言わないだろう。
もう夜明けだ。かなりの時間が経って、伊波の精神は既に落ち着いていた。しかし頭痛はまだ主張を続ける。目眩も酷く視界はぼやけ、立ち上がることは困難だろう。目眩のせいとも言えるが、立ち上がることすら億劫に感じる。夜は色々あったのだ、疲れるのも無理は無い。しかも伊波だけではないが睡眠をとれていない。隣でぐっすりと眠る二人も疲れが溜まっているのだろう。その二人を見て、珍しく静かな拠点のリビングで伊波も目を瞑った。
目を瞑りどのくらい経っただろう。もう窓の外から日の光は漏れ出ている。寝なければいけない、しかし伊波には寝ることすら面倒くさく感じられるのだ。普段アクティブだからこそ目に見えて分かるが、活動性が明らかに低下している。
そのうち二人も目が覚め、朝食の準備をしてくれた。珍しく準備してくれたところ申し訳ないが、生憎食欲がない。あるいは食欲がないというより食べるという行為が面倒くさいだけなのかもしれないが。
二人が慌ただしくしている中、伊波は空を見つめるだけだった。どうやら任務要請があったらしいが、この状態で役に立たないことは自分でも理解できた。いろいろ考えようとしてやめる。そしてまた同じように空を見た。
「ライ」
声をかけられるまで星導に気付かなかった伊波は少し驚いて振り向く。星導に目を向けると悲しいとも寂しいともとれるような複雑な表情をしていた。いつもなら心配できただろうが、今は自分のことで精一杯になっているのだ。頭痛、目眩、幻覚。様々な症状が今も伊波を襲っている。それを無視するように伊波は星導より先に口を開く。
「昨日はごめん」
「いや、こちらこそ、気が遣えてなかった」
「そんなことない」
「…今は、体調は?」
「くらくらする、のと、頭いたい」
「分かりました、何かあったら呼んでください」
やはり最低限の会話しかやる気は起きない。それに、長文を紡ごうとしても全く纏まらないのだ。まだまだ薬の影響は残っているのだろう。ただ、伊波は星導に謝れたことに安堵する。考えが纏まらないなりに星導との関係を気にかけていたのは昨日からずっと。星導の顔は先程に比べ安心したように見えた。どうやら伊波と気持ちは同じだったのだろう。伊波はまた、安堵のため息を漏らした。
「ぅ…」
先程より酷い頭痛に目を瞑ってしまう。少し弱まったところで目を開ける。すると、目の前にはまた彼らが昨日と同じように伊波を見つめて立っていた。
「な、なんで…」
こんなに早く帰ってこれるはずがないのだ。いくら優秀と言っても一つの任務につきもっと時間がかかる。
「はよ動けや、お前はただでさえ足でまといなんやで?」
「迷惑かけてんの、わかんねぇの?」
「ち…ちが、 」
「何が違うんです?やっぱり足引っ張ってる自覚ないんだ」
目を擦っても耳を塞いでも彼らの形は、声は消えない。息が苦しくなる。いくら吸っても酸素が足りず、頭がはっきりしない。そんな己を見て彼らは笑っているような気がして、また息は詰まる。
「はっ”、はぁッ、ッは、はッ”…!」
「ライ、ライ!」
「俺に合わせて、ゆっくり」
星導に合わせて呼吸すれば、幾分伊波も落ち着き、もう息はほぼ整っている。そうこうしていれば二人もいつの間にか帰ってきており、心配そうに伊波を見つめていた。
「落ち着いた?」
「…うん、ありがと」
「いえ、それより…頭痛と目眩だけじゃないですよね、出てる症状。他は? 」
優しくも厳しくもあるその言葉に伊波は今度こそ過呼吸を起こすことは無かった。その代わりに口を開き、正直に症状を全て答える。
「げんかく、三人の…」
「どんな内容か、聞いても良いか」
「…三人がオレのこと、捨てちゃうの。いらないって、足でまといだって」
その幻覚が伊波にとってどれほど辛いか、星導たちには想像もできないだろう。この西という環境で自分や自分の機械をバカにされ続け、そんな中で出会い、唯一認めてくれる。そんな大切な三人に捨てられるのだ。まさにどん底、もはやそれ以下の気分。
三人は伊波に対して声をかけられぬまま、沈黙が続いた。
夜になると頭痛や目眩、幻覚も落ち着き、薬の副作用はなくなった。が、中毒性のあるものが抜けた後は離脱症状、というものがある。伊波は手の震え、異常な冷や汗に気づいていた。とにかく睡眠を取らなければいけない。伊波は二日間寝ていないのだ。今日の朝まで目を瞑っていただけだったことは隠して、また同じようにリビングのソファの上で少し震える瞼を閉じた。
「-ライ、ライ!」
「ん…」
寝始めて少しした後、自分の呼吸の荒さと伊波を呼ぶ誰かの声で起きた。また、起きた直後の冷や汗は酷く、異常な不安感を感じたことは気付かないふりをした。
「めっちゃうなされてたで、どうしたん? 」
「…オレうなされてた?」
「うん」
目線を下に落とせば手の震えも寝る前より酷くなっており、何が悪い夢を見たということは容易に想像できた。かと言って内容が思い出せる訳では無いが。
もう寝るのは怖い。また襲われることを想像して、またこんな症状に悩まされて、三人に迷惑もかけて。そんな強烈な恐怖、不安が押し寄せてくる。
「こわい…」
「怖い?」
声に出ていたことに気付き、咄嗟に口を抑える。固く口を結ぶと、また薬を飲まされた時のことを思い出してしまう。もう、苦しい思いはしたくない。
「じゃあ一緒に寝よ、ぼくも眠いから」
「…ありがとう、カゲツ」
隣にある温かさ。先程よりかは安心して目を瞑れた。なぜか大丈夫な気がして、すぐに意識を手放してしまった。
「ライ寝ました?」
「うん、大丈夫そう」
扉が開く音がして星導たちは目を向ける。そこには少し汚れた小柳が立っていた。
「どうやった?」
「結構いたけど弱かったわ、みんな殺した」
「怖」
「ライ今寝たとこ?」
「そう、ちょっと前はうなされとった」
「あー…まぁもう回復するだろ」
「そうですね」
手の震えも冷や汗も不眠も、三人とも気付いていた。しかし伊波はもう回復の兆しにある。
星導は伊波が泣き叫んでいた声を思い出し、拳に力を入れた。もうあんな声は聞きたくない。普段明るく、誰かを元気づけてくれる。そんな彼の悲痛な叫び。聞いていることしか出来なかった、悔しさ。星導は仲間として、伊波のためになにかできていただろうか。
ブランケットを静かにかけてやり、頭を撫でた。