流れた涙を拭うべく稜の頬に両手をやり、ごしごし撫でてやった。
「ちょっ、なにその拭い方っ。涙を拭うなら、もっと優しくやるものでしょ。克巳さんってそういうところが、意外と雑だよね」
俺の動作に文句を言いながら、なぜか嬉しそうな面持ちの稜が、瞳を細めて俺を見つめる。
「やっ、悪かった。その……普段やり慣れないことだったし」
「これでも俺は芸能人なんだ。顔が命なんだよ、もう! これのせいで顔が歪んで仕事が来なくなったら、どうしてくれるのさ」
頬に添えていた両手を、包むように上から握りしめた。愛おしい人の手が、すぐ傍にある幸せ。そのぬくもりを感じ、顔を綻ばせながら安堵のため息をつく。
「……芸能人……ゲイ能人。ん、響きとしては最高だね。決めたっ!」
「突然どうしたんだ、わっ!?」
掴んでいた手を唐突に引き寄せられ、稜は俺の躰をこれでもかと強く抱きしめる。
「克巳さん俺はこれから、ゲイ能人としてやっていくことに決めた。だから――」
先ほどまでの声色とは違う、力強い響きがそこにあった。
「それを傍で、克巳さんに見ていてほしい。こんな俺だからきっと、アナタを苦労させるかもしれないけれど、それでも」
「わかってる、わかってるから全部。頼りないこんな俺だけど、君を傍で支えてあげる……」
抱きしめてくる細い稜の躰をぎゅっと抱きしめ返し、その背中をいたわるように撫でてやる。
(さっきのセリフ、稜はどんな表情で言ったのだろう。綺麗な君と顔を突き合わせて、その姿を見たかったな――)
「克巳さんの優しさに、甘えさせてもらうよ。とりあえず仕事を終わらせてから」
「仕事?」
俺の躰から飛びのくように離れると、すぐ傍にある備え付けの電話に手を伸ばした。手早くボタンを押し、どこかにコールしながら口元を綻ばせる姿は、俺のあこがれた葩御 稜そのものの微笑みだった。
「あ、マネージャー。おはようございます、お疲れ様。突然で悪いんだけど、頼まれてくれないかな? 例の件に巻き込まれてしまって、職場を追われそうな人がいるんだ。○×銀行って言えばわかるでしょ♪ そうそう、その人。俺のこれからの、パートナーになる人だからね。どうしても守ってやりたくて」
受話器を持ちながら、こっちを見る視線。魅惑的な瞳を細め、俺をじっと見つめる稜――その眼差しに惹かれて、受話器を持っていない手を握りしめてから、手首に唇を押し当ててみた。
(君に教えられた、これの意味することは……)
俺が顔を上げると耳まで赤くして、慌てて手を引っ込めながら、思いっきり戸惑う表情を見せる。その姿を拝むことができただけで、自然と笑みが零れてしまった。
まるで大輪の華に新しい蕾ができ、大きな花びらを開かせて、俺を誘っているように感じてしまう。間違いなく唐紅(からくれない)の綺麗な華だろう。
「悪いけどちょっとばかり銀行にさ、圧力をかけることってできるかな? 確か、取引があったように記憶してるんだけど。うんうん……よろしくお願いしまーす♪」
照れる姿を誤魔化すように、はしゃぎながら言い放つと、俺に睨みを利かせてため息をつき、ゆっくりと受話器を元に戻した。
「いきなり、何してくれちゃってんだよ。こっちは、電話中だっていうのに!」
文句を言いつつ俺が手首に付けた痕を、嬉しそうな目でじっと見つめる。その視線はどこか懐かしそうであり、切なげで目が離せない。
「俺の職場のこと、わざわざ手を回さなくてもいいのに」
「何、言ってんのさ。本来なら俺に向かって、文句を言ってほしかったよ。おまえのせいで人生がダメになった、どうしてくれるんだって……」
言いながら、またしてもぽろぽろと涙を零す。
自分のことのように心を痛める、彼の姿をどうにかしたくて、躰を引き寄せてみた。そして涙に濡れる顔を、胸元に押し付けてやる。
「文句なんて言わない。君のことを、勝手に好きになっただけなんだから」
「俺は……自分のことしか見えてなくてっ……自分だけが不幸だって思いこんでた。毎日面白可笑しくテレビに流れる自分の姿に、ほとほと愛想が尽きてしまったんだ。大好きだったリコちゃんも、結局手に入らなかったしさ……ボロボロの俺にどうして克巳さんは、優しくしてくれるんだ?」
俺の背中をぎゅっと掴み、悲痛な叫び声をあげる。柔らかい黒髪を、いたわるように撫でてあげた。
「……それでも君は君だから。今は傷ついてボロボロだろうけど、君ならきっと、立ち直ることができるって信じている。稜の笑顔を、一番間近で見たいと思っているんだ。俺に向かって、笑ってくれるだろ?」
その言葉に何かを感じたのか、稜はゆっくりと顔を上げて窺うように黙視してから、ゆっくりと口を開いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!