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1話
「アイラ!ほらぁたかいたかーい!」
少し広めのリビングに低めの男らしい声が響く。その単語は一つ一つが甘いが。
このハイテンションな男は私の父、草上俊介だ。現在は19歳である。
「そんなに高く上げたらアイラが怖がるんじゃない?」
父親の次に少し落ち着いた声が響く。落ち着いた声とは裏腹に声の主は若そうだ。
そう、この声の主が私の母、倉本愛だ。現在は17歳、高校には行ってないらしい。
そして、この二人が呼んでいる『アイラ』というのがこの私、草上相羅だ。
生まれた瞬間に父親が私の名前を呼んだ時は、どういう字で書くんだと思った。前世ではそんな名前いなかったからだ。
生まれたばかりというのはまぁ面倒で、視界は見えない力は入らない、おまけにとても退屈。7ヶ月経った今でもそんな日々を送っている。
「相羅が幸せになれるように、私たちもいろいろ頑張らなきゃね」
「そうだな。保育園に入って友達ができて、小学校に上がったらランドセルを選んで、そのランドセルで6年間を終えて、制服を買って新しい友達ができて…習い事をするかもしれないしな」
「相羅はどんなことが得意になるかなぁ」
「楽しみだな」
仲睦まじい会話をしている両親を間に、私は眠気という相手と戦ってまた負けていた。
そんな退屈な日々を送っていた私だが、いつの間にか保育園児になって来年には小学生という年になっていた。
「相羅ぁ!!」
「ぐぇっ、飛びつくのやめてよ…ソウマ重いんだから」
「えっへへぇごめんね!それよりも、一緒に鬼ごっこしよ!」
誰よりも活発で少し長めの髪をなびかせるこの男の子は隣の家の相模原奏舞。私と同じ年齢だ。
「私はパス。運動好きじゃないし」
「そっかぁ。あ、じゃあクウマは⁉︎」
「僕もパス。中にいるよ」
奏舞とそっくりなこの男の子は相模原空舞。奏舞とは一卵性の双子で、年齢の割に落ち着いている子だ。
「2人ともいっつも中にいるよねー。たまには外で遊んだら?楽しいよ!」
いつも大きい目をさらに大きくして笑顔で誘ってくる奏舞。
よっぽどみんなと遊びたいのだろう。いつもより必死な気がする。別に、奏舞には私と空舞以外に友達がいないわけじゃない。外でみんなと遊びたいなら他の人と遊べばいいものを。
「なんで私たちとそんなに遊びたいわけ?奏舞には他にも友達いるでしょ」
直球に質問をした。これは私の長所でもあり短所でもあること。もう少しオブラートに包めって両親にも空舞にも言われた。
空舞が今の私の聞き方に少し顔をしかめる。でも、奏舞は特に気にせず、少し落ち込んだ様子で答えた。
「だって、みんな俺と遊んだら疲れるっていうからさ、2人はそんなこと言わないし…でも、本当に嫌だったなら別にいいよ」
奏舞にしては珍しく、一歩を小さくして歩いていた。その後ろ姿を私と空舞は見つめる。
私は少し、勘違いをしていたらしい。
もちろん奏舞は誰にでも笑顔を振りまいて、滅多に怒る姿も悲しむ姿も見せることがない。でも、それは奏舞なりに気を遣っていただけなのかもしれない。奏舞だって人間だ。何か嫌味を言われれば怒ったり悲しくなったりする。それを一番知っているはずだったのに。
「奏舞」
トボトボ歩いていく奏舞を私は呼び止める。
「鬼ごっこはできないけど、遊具使うとかなら一緒に外で遊べるよ」
ここまで来てそんな言い訳をする。ただ走るのが嫌いなだけなのに。
私の言葉の意味を理解したのか、奏舞はパッと明るい顔を見せる。それを見て空舞は安心したように靴を履いて中庭に出る。
空舞は奏舞と双子で、兄だけど同じ人間だから奏舞のすべてをわかっているわけじゃない。それを空舞もしっかり理解したようだった。
「2人とも早く早く!」
奏舞が先に遊具を陣取る。
「少し、安心したよ」
空舞が私を見ながら言う。その言葉がどんな意味なのか理解できず、「何が?」と答える。
「ほら、相羅って少し感情に疎いっていうか、感性に疎いじゃん。奏舞の気持ちを理解できないと思ってたから」
「空舞にとって私はどんな風に写ってるわけ…」
空舞にそんな風に思われてたとは思いもせず、少し呆れる。
やっぱり長年一緒にいてもお互いを理解できていないものだ。
「私は確かに感情に疎いけど、できる限り理解できる人だから」
私の言葉を聞くと空舞は目を丸くさせ、小さく吹いた。
「なに?笑うところじゃなかったよね」
「ごめんごめん。相羅って自分のこと意外と把握してるんだなって」
「煽ってんの?」
軽いやり取りをする。この瞬間が私は1番大好きだ。
「あ、そういえば、僕らの間に妹が生まれたんだよね」
「…えっ⁉︎」
空舞と奏舞の間に妹がいると知ってから数週間。暑い夏がやってきた。
「相羅ちゃーん、奏舞くん空舞くーん。お迎えきたよー」
珍しく同じタイミングで迎えがくると言う奇跡に少し笑った後、親の元へ向かう。靴を履いていると隣人同士ということもあってか、話が盛り上がっていた。
母は今22歳だが、何事もなくいろんなママ友ができている。だって、空舞達の母親にキャンプを誘っているんだから。
「え、なにキャンプに誘ってんの⁉︎」
思わず年齢とはかけ離れたツッコミをしてしまう。
空舞はそんな私を見てポカーンをしていて、奏舞は「キャンプ行く行く!」とハイテンションになっている。
そんな奏舞とは裏腹に、相模原母は少し気まずそうな顔をしていた。
「実は…私仕事午後から仕事が入っていて、父も取引先の人との会議があるらしくて…すみません」
申し訳なさそうに頭を下げる。そんな相模原母を見てお母さんは少し困った顔をしていた。
「私から誘ったんですよ。気にしないでください。でも、2人とも仕事となると空舞くんたちは…?」
「私の実家に預ける予定なんです。ちょうど空舞たちの妹も預けていて」
そんな答えを聞くとお母さんは謎に笑顔を作ってこんな提案をした。
「それじゃあ、相模原さんが良ければ私たちに空舞くんと奏舞くんを預からせてください」
「えっ⁉︎悪いですよそんな…」
「キャンプのコテージを借りて1日預かる形にはなりますけど、暇になるより奏舞くんたちにもいいかなって思って」
「…それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
相模原母が頭を下げて、週末の予定が決まった。
双子とキャンプに行って一泊する。こんな事は初めてだから少し楽しみだ。
「キャンプキャンプキャンプ〜!!!」
「ちょ、奏舞静かにして」
ハイテンションな奏舞とは裏腹に、とっても冷静な空舞。もう私のお母さんに行儀よくあいさつをしている。
遺伝子とは謎なものだ。