2話
相模原双子と一泊キャンプに行くことになった私たち草上家は今、車に乗って自然を感じていた。
「すごーい!川だよ川!空舞見て見て見て!」
「奏舞危ないからやめて」
いつも通りの会話をする双子。そんな会話を聞いて父は「兄弟らしい会話だな」と和んでいた。
少し窓を開けると涼しい風が入ってくる。夏とは思えないほどの涼しさだ。標高が高いからだろうか。それともマイナスイオンがたくさん出ているから?とにかく山の奥は冷房とは火にならないぐらい涼しかった。
「ねね、相羅」
奏舞に耳打ちをされて自然と私も小声になる。
「何、お腹すいたの?」
「違うよっ。あのね、夜ご飯食べたらちょっと一緒に話そう?」
何が言いたいのかよくわからなかったが、少し間を開けていいよと返事をする。
なんとなく、奏舞の顔は赤かった気がしたが気のせいだと思い込むことにした。まさか告白?いやいや、まさかね。
「よーしついたぞー。まずはコテージに行こう!それから水着に着替えて、魚取りだ!」
「魚取り⁉︎」
明らかに楽しそうなイベントがやってくると瞬時に察した奏舞は誰よりも早く反応した。
「たくさん取ればたくさんお昼ご飯も夜ご飯も食べられるぞ〜!」
「イェーイ!!」
子供よりハイテンションな父と子供らしくハイテンションな奏舞はなんとなく親子同然に見えた。
「ごめんね。奏舞のテンション高いや」
子供らしくないテンションの空舞は奏舞に少し呆れている。
いや、呆れるなら私のお父さんにしてほしい。いい年齢であんなにはしゃぐなんて、家族だと思われたくない。
「子供はあんぐらいのテンションでいいんだよ」
「2人ともすっごい大人なリアクションね…」
後ろからついてきたお母さんがそんな事を言う。
お母さんはお父さんほどにテンションが高いわけではないが、まだまだ若いし、こう言うことには結構乗るタイプの人だ。
この人までお父さんと同じになったらたまったものじゃない。
「お母さんはお父さんと同じテンションにならないでね…」
「え?」
コテージに着き、着替えた上から服を着てお母さんたちを待つ。
今頃、暗殺の計画でもおさらいしているのだろう。
私は知っている。2人は何者なのか、なんのためにこのキャンプをしにきたのか。
それは、一週間前のことだった。
夜中、トイレに行きたくなった私はリビングの方に向かった。それが大体十二時近くの事だ。いつもなら寝ているはずのお父さんとお母さんの声がリビングからして、聞き耳を立ててしまった。
「この麻薬ね…取引に使われるならこの森かしら」
「あぁ、だが、この近くまで行くには時間が必要だぞ?相羅をどうする」
「事務所に預けるわけにはいかないしね…」
お母さんとお父さんから聞く言葉ではない麻薬という言葉に私は混乱した。
けど、なんとなくそういう仕事をしているんだと察した。
「待て、この近くにキャンプ場があるぞ」
「なるほどね。遊ばせているうちに…」
「天才だな」
いや、娘に聞かれている時点で天才とはいえないだろう。
そんなツッコミをしたくなったのを抑え込んでトイレに行き部屋に戻る。
きっと夢だという事を願って布団に入って寝た。だってそうだろう。親が犯罪に関わる仕事をしているなんて嫌だから。
「お待たせー」
お母さんとお父さんが戻ってきたのを確認すると奏舞はすぐに川に行こうと走り出す。
それをお父さんの待てで止めた。
「ちょっと仕事の電話が入ってな、三人だけで川に入るのは危険だから近くで待っていてくれないか?」
前々から用意していたと思われるセリフを発する。
言葉がいろいろ足りなさすぎているが、空舞と奏舞は何も気にする事なく首を縦に振る。奏舞は少し不満そうだったが、ジュースを買っても良いという一言に一瞬で食らいついた。
「お母さんも行くの?」
「えぇ、ごめんね」
少しぎくりという顔をして去っていった母と父を見送って空舞と奏舞を監視する。
近くの自動販売機で買ったジュースに口をつける。爽やかな炭酸と、糖分を含んだ液体が喉を通って胃に入る。
「相羅のお母さんとお父さんって忙しいのなー」
「確かに、こうやって休日に遊ぶのも初めてなんでしょ?」
奏舞の言葉に空舞が同意する。
確かに、私の両親はまぁまぁ忙しい。世間体ではどんな仕事をしていることになっているのかは不明だが、家で1人になる事はしょっちゅうある。
「初めてってわけでもないけど、泊まりとかは初めてかな」
公園で遊んだり、家でトランプをして遊んだりする事は多々ある。私にとっては別にそれらが楽しいとは思えないけど。
「これからもたくさん、こうやって遊びたいなぁ」
奏舞が半分まで減ったジュースを見ながら言う。
いや、ジュースの減り早いな。
「奏舞、ジュース飲みすぎたらトイレ行きたくなるよ」
私の気持ちを代弁するかのように空舞が忠告する。
私は前世の記憶も胎児の頃の記憶もあるから精神年齢が高いのだけど、空舞はどうしてこんなに精神年齢が高いのだろう。
「空舞って前世の記憶とかあるの?」
「え?前世って何?」
本当にわからないと言うような目で首を傾げる。
ただ本当に大人びているだけらしい。たまにいる、社会を知り尽くしてしまった子供のようだ。
「君たちかわいいねぇ。お父さんお母さんはどこにいるの?」
髪の長い、おそらく二十代と思われる女性が声をかけてきた。
「今ね、仕事の電話に出てるんだよ!」
すかさず奏舞が答える。空舞は少し女性を警戒しているようだ。
「えらいねぇ待ってるんだ?」
「うんっ」
「じゃあ、お母さんたちが来るまで一緒に遊ばない?」
やっぱり来ると思った。予想通りの流れ。
私と空舞は断ろうとしたが、奏舞は首を縦に振ろうとした。その時。
「キャー!!私の犬が!」
川の方から声がして思わず振り向く。
どうやら、よその犬が川に流されてしまったらしい。今は川も増水して、流れも少し速いため助からないだろう。
構わず、女性の誘いを断ろうとした瞬間。奏舞と空舞が動いた。
「奏舞その中身飲んで!」
「ぅえ⁉︎」
空舞の指示に素直に従う奏舞。それを見て空舞は自分のペットボトルの中身を全て捨てた。
おそらく、浮き輪がわりのものを作ろうとしているのだろう。前に一緒に見たドラマで同じ事をしていたのを見たことがある。
でも、救命浮き輪を作るにはそれなりの長さのロープが必要だ。そんなものここにはない。それに気づいたのか、空舞は少し焦っている。
「下がってください!」
キャンプ場の係員の人と思われる人が施設にあった救命浮き輪で犬を誘導する。
その様子をただ見ることしかできない空舞は少し、悔しそうに見えた。奏舞も自分が助けたかったのだろう、手に握られたペットボトルは凹んでいた。
「お姉さんたちと遊ぶのはやめておきます。すみません」
私は状況を理解できずにいた女性に頭を下げる。
急に頭を下げられて困惑していたが、すぐになんの事か察知して退散する。その様子を、空舞は見逃さなかった。
「相羅、人が困っていたのになんで何もしようとしないの?」
空舞は怒ると怖い。顔も整っているから圧も感じられる。
でも、私は何食わぬ顔で応えた。
「私が何かしようとしたところで、何もできないからだよ。私の方こそ聞いていい?なんですぐに助けようとしたわけ?」
私の率直な疑問に空舞は目を見開いた。
「だって、あのまま何もしなかったら悲しむ人がいるからだよ」
当然だ、とでも言うように私の顔を見る空舞。
「空舞のそういうところ、よくわかんない」
「な…っ⁉︎」
私は空舞を置いて奏舞の元へ走った。
それから数十分して戻って来た両親は血の匂いがすると思いきや、全くしなかった。もしかしたら殺しはしていないのかもしれない。そんな事を思って少し安心した。
ちなみに、私と空舞のプチ喧嘩は終わってなかった。バチバチの雰囲気を察したのか奏舞の顔は少し困り気味だ。
「じゃ、魚掴み取りしよー!」
子供にも負けないテンションで川に入っていく父、それに続いて母も奏舞も入っていく。まるで狩りをしている熊の親子だ。
そんな姿を眺めている私の隣に、明らかに不機嫌な空舞が座っている。
「空舞も行けばいいじゃん」
「それよりも、相羅とちゃんと話さなきゃならない」
さっきの事をまだ根に持っているようだ。
正直言って、空舞が何に起こっているのかまだ私はわからない。だから話すもクソもない。
「空舞が何に怒ってるのかよくわからないんだけど」
素直に言うと、空舞はため息を吐いてキッと私の顔を見た。
「人が困っていることに少しは行動をしたらどうなのって言ってるの」
その言葉でやっと理解できた。
空舞は何もしなかった私に怒っているのではなく、最初から諦めている私に怒っていたのだ。困っている人がいるにも関わらず、そっちのけで自分のことを解決しようとしている私に腹が立ったのだろう。
どれだけ情に厚い子なんだ、と思った。こりゃ将来カウンセラーとかそっちの道になりそうだなと呑気なことを考えていると、黙りこくっている私に空舞がいらだっていた。
「何もできないのは事実だけど、最初からそっちのけにするのはどうなの?自分のことばっかり」
こうなると面倒だ。しょせんは子供、納得するような言葉をかければ黙って遊んでくれるはずだ。
「ごめん、そこまで頭回んなかった。自己中心的だったね。気をつける」
偽善の言葉を吐くと空舞は満足そうにして川に入っていった。
私は昔からこうだ。その場しのぎの都合のいい言葉を吐いて場を納めようとしてしまう。こんな性格は前世からも変わっていないのだ。
「人のためとか、意味わかんない」
なんとなく、自分の気持ちを吐いてみた。
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