「―――愛撫って、気持ちいいんだな」
「―――!」
「―――!!」
「―――!!!」
「―――!!!!」
生徒会室に遅れて入ってくるなり、長机に突っ伏し呟いた右京の言葉に、4人全員が顔を上げた。
「……会長?」
結城がおそるおそる聞く。
「彼女、できたの?」
「―――いや?」
その言葉に4人は顔を見合わせ首を傾げる。
「じゃあ、付き合ってもない女の子と、その、致したんですか?」
清野が覗き込むと、
「―――まさか。俺を誰だと思ってんだよ」
また4人は目を合わせ眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、付き合ってもねえ男にヤラれたか?」
諏訪の言葉に右京はやっと顔を上げた。
「No. I didn’t!」
「なんで英語……」
4人が目を細める。
「アホなこと言ってないで、準備だ準備!もうすぐ文化祭だろ!」
夏に控えた文化祭の去年の資料のファイルを長机に並べながら諏訪が睨む。
「各クラスの学級委員集めて、文化祭実行委員決めさせる段取りしなきゃ。もう6月だぞ!」
諏訪に言われ、カレンダーを見つめる。
「お前が決起式の準備でほぼいなかったから、こっちは仕事が溜まってんの!しかも最近お前放課後どこかに姿消していないし!時間がないんだよ、時間が!」
頭の上にツノを生やした諏訪に肩を竦めながら、右京は椅子を引いた。
「……悪かったよ!明日から放課後は真っ直ぐ生徒会室に来ます!」
「当たり前だっ!」
諏訪が歯を剥く。
「これ作っておいたんで、学級委員に配るのは会長お願いしますね」
清野が会長の名前で作った案内を渡す。
「お、おう」
「あと、東京北区の保健所のガイドライン変わったんで。模擬店で飲食系扱う場合の申請の仕方、目を通しておいてください」
加恵が馬鹿に丁寧に分厚い資料を右京の前に置く。
「りょ、了解」
「それと!」
結城がその資料の上に、段ボール箱に入れてあった大量の封書を振り落とした。
「なに、これ……」
「ファンレター!!」
「は?」
口を開けた右京を4人が睨む。
「ただでさえ生徒会長ってだけで目立つのに、あんなことしたら騒ぐ奴が出てくるの当たり前だろうが…!」
諏訪が右京を睨む。
「しかも王子様とキスまでしちゃいましたしね」
清野が無表情で眼鏡を直す。
「BL…流行ってるもんね……」
加恵が目を細める。
「え、あ、俺と永月はそういうんじゃ……」
「どうでもいいけど!」
諏訪が声を張り上げる。
「仕事だけはちゃんとしろよ!生徒会長!」
「………はい」
シンと静まり返った教室で、一人ニコニコと微笑んでいる結城が顔を寄せてきた。
「会報に載せたいんで、ファンレター、2、3通、選んでもらってもいいですか?」
「――――」
「できれば熱烈なやつでお願いしまっす!」
右京は机の上に散らばった色とりどりの便せんを見て、ため息をついた。
◆◆◆◆◆
皆が帰った生徒会室で右京は一人、去年の生徒会が撮った文化祭のビデオを眺めていた。
「へー。派手にやってたんだなー」
昇降口から校門まで、色とりどりの模擬店のテントに、様々な衣装に身を包んだ生徒たちが映る。
その後場面は校内へ。
真っ暗なお化け屋敷からは、髪の毛で顔を覆った女が出てくる。
カフェだろうか。女子高生たちが胸を強調するようなウエイトレス姿でタピオカミルクティーを運んでくる。
「楽しそうだな……」
自分は出たことはないが、山形の館岡東高校でもこんな文化祭が行われていたのだろうか。
カメラは2年3組に移動する。
「―――あ、このクラス……」
右京は思わず口を開けた。
『いらっしゃいませー。ツボ押しマッサージでーす』
どこかで見たような顔だ。
あ、結城だ。昔は髪が短かったのか。
『1回いくら?』
カメラマンの生徒会の元広報だと思われる男の声が響く。
『100円です』
『激安ですねー』
言いながらカメラは2年3組の教室に入る。
『こちら、問診票でーす』
今より幾分初々しい加恵が、本物さながらの問診票を渡してくる。
『痛いところありますかー?』
上目遣いで見つめてくる。
『白衣似合うね、加恵ちゃん』
『ありがとうございまーす』
カメラマンが言うと、加恵はニコニコと笑った。
『では、お待たせしました、施術タイムです。それではごゆっくり―』
カーテンが開けられると、そこには小麦色に焼けた永月が、黒色に緑色のラインが入った甚平を着て、こちらを見つめていた。
「―――っ」
DVDなのに、その瞳に見つめられただけで、心臓が高鳴る。
『いらっしゃいませ。お荷物、そちらの籠にどうぞー』
言われた通り荷物を籠に置き、カメラマンは施術台の上に寝転がった。
『……このままやるんですか?』
一旦カメラの視界から外れた永月が、カメラを構えたまま台に横になったのであろうカメラマンに言う。
『ええ、お願いします』
『わかりました』
永月が再びフレームインしてくる。
「――――っ!」
見下ろされる。
『我慢しないで、痛いときは痛いって言って下さいね…?』
その動く唇を見つめる。
―――あの唇で…キスしたんだよな……。
何度も反芻した記憶を、もう一度呼び戻す。
柔らかい感触と、永月の匂いを思い出す。
―――でも……。
あの決起会以降、教室で会っても永月はなぜかよそよそしい態度をとり続けていた。
こっちからキスしたわけでもなければ、秘めた想いを告げたわけでもない。第一そんな台本をくれたのは永月の方なのに。
右京は彼の態度の変化にどうしていいかわからず、ただ途方に暮れ、藁にもすがる思いで、蜂谷との“練習”に精を出していたのだった。
―――あ、でも。
右京は視線を上げ、天井を仰いだ。
(あれ以来、あいつもキスしてこなくなったな……)
目を細めたところで、生徒会室のドアが開いた。
「――――あ、いた」
永月はこちらの顔を見ると、勢いよく生徒会室に入ってきた。
「こ、この前はごめん!」
「え、この前って…?」
思わず立ち上がった右京に頭を上げながら、永月は言った。
「だから、決起式のこと…!」
右京は口を開けて、久々に視線が合った想い人を見つめた。
「俺、その。右京が一生懸命走ってくるの見たら、なんか愛おしくなっちゃって」
「…………」
―――おいおい。今なんて言った―――?
「走ってくんのめちゃくちゃ早いのに、近づいたらなんか小さいなって、かわいく思えちゃって」
「…………」
―――これは夢か?夢なのか?
「セーラー服も思いのほか似合ってたし。いや、似合うだろうなってのはあったんだけど、それ以上だったって言うか。なんか俺、守ってあげなきゃって思って」
「…………」
―――これって。これってもしかして―――。
「いや、気にすんなよ…!俺も気にしてないし!」
慌てて言うと、永月は一瞬顔を曇らせた後、少し伏し目がちに頷いた。
「うん。そうだとは思ったんだけど。ごめんね……」
彼が目を落とした先には、封筒が入った段ボールが置いてあった。
「これ、何?」
永月が一つを手に取る。
「あ、ああ。ファンレター?」
右京は自嘲的に笑った。
「ちょっと読んでみたけどさ。それ、俺に送られてきてはいるけど、ほとんどお前のファンたちだわ。『右京さんになら、永月様を任せられます!』とか、『二人のラブロマンスをこれからも応援しています』だってさ」
言うと、永月はその山をかき分けて遊びながら笑った。
「そんなこともないと思うけど。―――あれ?」
そしてその中の一通を拾い上げた。
「……?どうした?」
右京が覗き込むと、そこには宛名もない真黒な封筒が入っていた。
「なんだこれ」
「開けてみたら?」
永月が言う。
右京は封筒を受け取ると、雑に糊付けされやけに湿っぽい黒い封筒を開けた。
「―――――」
「―――――」
二人でそれを覗き込む。
「―――なんだこれ……」
「触るな……!」
「………え?」
それを掴もうとした永月の手を制する。
右京はその手紙を指でつまみ直すと、もう一つの手で鼻と口を覆った。
「濡れてる」
「濡れてる…?」
「この匂い……おそらく精液だと思う」
「………え」
永月が瞬間的に腕を引き、肘に当たった段ボールが落ちた。
中から無数のファンレターが床に散らばった。
「新体操部にMっているっけ?てかあれ?新体操部って今……」
眉間に皺を寄せる永月に、右京は頷く。
「新体操部は去年3年生が引退してから新入部員を獲得できず、今は活動していない」
「みんなチア部に流れちゃったもんね…」
永月はその怪文書に目を戻した。
「じゃあ、この新体操部Mってのは……」
「おそらくこの間の決起式で、俺が演じた『ピッチ』の『浅倉みなこ』ちゃんのことだと思う」
言うなり右京はそれを置いてあった裏紙に包むと、生徒会室のごみ箱に捨てた。
「あ、捨てちゃうの?」
永月が慌てる。
「先生に言った方がいいって。文章もそうだけど、精液をかけるなんて異常すぎるよ!」
「いーって、こんなの」
右京は鼻で笑った。
「それにここに書いてある『秘密』ってのも気になるし……」
それについては右京も首を傾げた。
自分の抱える秘密に関して、知っているのは今のところ蜂谷だけだ。
でもあいつがこんな手の込んだ脅しをしてくるとは考えにくいし―――。
「とにかく、次に何か言ってきてから考えるよ」
「でも―――」
「大丈夫。ただの嫌がらせだってこんなの」
言いながら、しゃがみこみ、床に散乱しているファンレターをまた段ボールに戻す。
「それに何かあったら、諏訪のアホもかりだすしさ」
「――――」
「大丈夫だって。俺の柔道技、見ただ――――」
背中にかかる重さと熱に、思考が停止する。
後ろから伸びた青いユニフォームの腕が自分の身体を抱きしめているのが見える。
「―――心配なんだよ。どうしようもなく……」
右京は怪文書のせいですっかり忘れていた先ほどの甘い空気を思い出した。
「俺のこの気持ち、わかってくれる……?」
耳元で低い声が響く。
―――え。何これ―――。
右京は息を飲んだ。
―――期待しそうになる……!
「………右京……」
抱きしめる腕に力がこもり、その手が偶然、右京の胸に当たった。
「んッ…!」
「―――え?」
自然と出てしまった艶っぽい声に、手で口を覆う。
「あ、ごめん。触るつもりはなかったんだけど……」
永月が焦った声を出す。
「こんなに反応するとは思わなかったから……」
言いながらも腕を離してくれる気配はない。
身体を硬直させたまま、右京は汚れた手を仕方なく床について俯いた。
「……もしかして……胸、感じやすいの…?」
永月が言う。
「……んなわけ……!」
慌てて振り返った唇に永月の唇が合わさる。
―――嘘……。なんで…??
「ん……ンん…!」
戸惑っていると、彼の大きな手が頭を包み、舌を深く挿入された。
―――俺、今、永月にキスされてる。今度はあんなおふざけじゃなくて……。
挿入してきた舌が右京のそれを掴むように絡んでくる。
「ン、……あ……」
思わず声が漏れる。
と、もう一つの手が、先ほど反応してしまった胸の突起に伸びる。
「……あ……ちょっとッ……」
指で優しく撫でられ、息が漏れる。
普段ならこんなので反応なんかしないのに、ここ数日蜂谷が弄りまくったせいで、常に腫れているそこは、いつもの何倍も敏感になっていた。
そう。
全ては、蜂谷と“練習”したから―――。
―――あいつ、本当になんか、黒魔術とか使えるんじゃねえのかな…。
背中に覆い被さる体温を感じる。
舌を吸われ、突起を弄られ、体中を焦がすような快感に耐えながら、右京は薄目を開けて永月を見つめた。
―――だって、こんな、夢のようなことが……
「……でもさーそんなの会長、許してくれるかな?」
廊下から声と足音が聞こえてきた。
「どうだろう。でも文化祭実行委員会が行われる前に相談しといたほうがいいと思って」
もう1人の声が聞こえる。
永月は慌てて右京を起き上がらせると身を離した。
「とりあえず聞くだけ聞いてみよ?」
ガラリ。
生徒会室のドアが開いた。
「あ、会長!」
「え、永月君?」
固まった女子生徒に、顔を真っ赤に染めた永月と右京は、顔を見合わせ苦笑した。
◆◆◆◆◆
「つまり、3年5組と3年6組の合同で、カフェをやりたいと」
文化祭実行委員に選ばれたそれぞれの女子を椅子に座らせて前に座ると、右京は腕を組んだ。
「単刀直入に聞くけど、なんで?」
言うと二人は交互に口を開いた。
「あのね、5組はイケメンカフェがやりたくて」
「6組は女装カフェがやりたいのね…」
「はあ」
3年5組のメンバーであるはずなのに、全く聞いていない希望に、右京と永月は顔を見合わせた。どうやら|二組《ふたくみ》の女子達だけで勝手に話を進めているらしい。
「でも、女装カフェには、どうしても会長に出てほしくて」
「はあ?勝手に決めんな勝手に!」
右京が目を見開く。
「だからと言って5組を女装カフェにするわけにはいかないの。だって、どうしても永月君にはイケメンカフェに出てもらいたいから!」
「え……俺??」
永月が身体を引く。
「それと―――」
5組の女子が、遠慮がちに言う。
「あのね、蜂谷君にも、イケメンカフェに出てほしくて―――」
「――――」
思いもよらぬ名前に一瞬頭が追い付かなかった。
右京は静かに座り直すと、もう一度、二人の顔を交互に見た。
「蜂谷に?なんで?」
「だって………」
「ねえ?………」
2人が顔を見合わせる。
「蜂谷君の黒髪姿、すごくかっこよかったって、密かに評判で…」
「ああいうイケメンのカフェ店員いたらいいよねってとこから話が始まって」
あいつがイケメン?
ニヤけた顔しか頭に浮かんでこない右京は、眉間に皺を寄せた。
―――あいつがイケメン?!?!
「会長、仲いいし、説得してくれないかなって」
「え、俺ってあいつと仲いいの?」
「二人でいるとこ、結構目撃されてるんだけど、違うの?」
2人が首を傾げる。
横から永月の視線を感じる。
「えっと―――まあ、俺、あいつの更生を頼まれてもいるし……」
「じゃあ、ちょうどいいよね!」
二人の女子が長机に置いてあった右京の手を掴む。
「更生の一環として、最後の文化祭くらい、ちゃんと蜂谷君を参加させてください!」
ピクリと小鼻が動く。
「―――え。あいつ、1、2年の時、文化祭出てないの?」
「そうだよー。今までずっと尾沢君とさぼってたよ。ねえ?」
顔を見合わせ頷きあう。
「―――それは聞き捨てならん……!」
右京は低く呟いた。
「わかった。あいつを俺が、イケメンカフェに引っ張り出してやるから、任せろ!!」
言いながら女子の手を掴み返すと、二人は頷きながら、空いた方の手でガッツポーズを作った。
「――――」
永月は女子の思惑通り、間違った方向に闘志を燃やしている右京を見て、小さくため息をついた。
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