「あれって会長?」
「あ、そうじゃない?」
今年入学したばかりのミホとアズサは、昇降口に仁王立ちで立ち、朝の挨拶をしている右京を見つめた。
「おはようございます!」
「イケボとはああいうのを言うんだね…」
「美声なり美声なり」
「尊い……」
「麗しい……」
夏服に衣替えをし、ますます清涼感が増した会長に、二人揃って目を細める。
「てか、今週って挨拶週間だっけ」
「違うと思うけど?あれ、なんでいるんだろうね、会長」
「でも朝からご尊顔を拝めてラッキー」
「おはようございます!」
ひときわ大きな声であいさつしたミホに右京は振り返った。
「おはようっ!元気がいいなっ!」
「ありがとうございます!」
ミホが顔を赤らめる。
「やっばーい、会長と話しちゃった」
「ちょっと目つき悪いけど、笑うとかわいいよね…!」
「爽やかすぎる…。恋しちゃうかも…」
「会長って、彼女とかいーーー」
「おい!!何シカトこいてんだ!こら!!」
慌てて振り返る。
「話があるからさっさと来いって言っただろうが…!」
数秒前まで爽やかな笑顔で、イケボを出していたはずの会長は、鬼のような形相で凄み声を出していた。
「時間がねえんだよ、時間がー!!」
言いながら誰かの首根っこを掴んで引きずりながら、2人を追い抜いていく。
「―――あ」
ミホは唖然としながら言った。
「赤い頭…。あれがもしかして、宮丘町に伝わる伝説のヒーロー、”赤い悪魔”……?」
「え……まさかぁ」
アズサが首を捻る。
「ヒーローだったら、会長に引きずられて行かないと思うけど……」
2人は首を捻りながら、1年生の校舎へと急いだ。
◆◆◆◆◆
「だから!出ろ!文化祭に!」
朝から自分を体育館脇まで引きずってきた右京を睨みながら、蜂谷は痛む首を捻った。
「イケメンカフェー?頭悪すぎじゃないの?」
右京で遊ぶのはいいが、そんな青春のど真ん中にまで放り込まれるんじゃ堪らない。
眉間に皺をよせ、右京を睨む。
「そんなの、授業でもないんだし」
「う、うん。まあな」
「強制参加なんておかしいでしょ」
「でも、これも立派な学校行事だし…」
「しかも勝手に役割まで決められて」
「それはそうだけど」
「はっきり言って迷惑」
「ーーーーー」
(あれ―――?)
畳みかけるように言うと、意外にも大人しくなった右京を見下ろす。
「………会長?」
俯いた彼を覗き込む。
――てか、この人―――。
夏服のワイシャツ一枚になった彼を見下ろす。
――白シャツになると、無駄に爽やかさがアップするな……。
「……えなんか……」
低い声が聞こえる。
「…まえなんか……」
「は?何?」
華奢な身体が震える。
「お前なんか!イケメンカフェ店員だろ!いいばっかりだろうが!!」
「………!」
クワッと狂犬の名に恥じぬ立派な犬歯を剥いた右京が、蜂谷に掴みかかる。
「俺なんか女装カフェだぞ!!また女装だぞ!!どうしてくれるんだ…!」
「……え」
「文句言わないで出ろよ!世間一般的に言えばお前、イケメンの部類なんだろうがあああああ!」
おかしいキレ方をしながら蜂谷の首を前後に揺らす。
「しかもお前、永月も一緒に………」
やっと動きが止まる。
「永月?―――ああ。永月もイケメンカフェなの?」
呆れて言うと、右京は顔を赤らめて俯いた。
「……おーい?今度はどうしたの」
力が抜けた手を振り払いながら、コロコロと表情の変わる右京を覗き込む。
「お前……」
「は?」
「………」
「……いきなり切れるのはナシね?」
「俺を……」
「会長さんを?」
「その、弄るときさ」
「?」
「―――黒魔術でも使ってんのか?」
「…………はあ?」
「もしかして、あの手紙も黒魔術の1つか?」
「……ちょっと何を言ってるのかわかん―――」
「そうか!そうだったのか!このド変態がぁ!」
蜂谷は右京の手刀が、自分の額に振り落とされるのを見た直後、意識を失った。
◇◇◇◇◇
「話は大体わかりました」
額に養護教諭からもらった冷却シートを貼りながら、ベッドの端に腰掛けた蜂谷は、保健室の天井を見上げた。
「つまり端折って言うと、永月と両想いだったってことでいいの…?それ」
「――待て」
右京の掌が翳され、蜂谷の身体が反射的に避けようと後ずさる。
「それは、早合点しすぎだ。俺はあいつに好きだなんて、一言も言われてない」
「え。だって、さっき俺に言ったこと、全部永月が言ったセリフなんでしょ?」
「うん。一言一句違わずに!」
蜂谷は頭をかばいながら右京を覗き込む。
「“心配なんだよ。どうしようもなく”」
「………」
右京がコクンと頷く。
「”俺のこの気持ち、わかってくれる?”」
コクン。
「いや、両想いでしょ。それ以外になんかあんの?」
言いながらベッドに両手をつく。
「今度こそコングラジュエーションですね」
「コングラッチュレイションズだ!ちゃんと複数形にしろよ!」
右京が睨むが、その顔は真っ赤に染まっている。
―――しかし、あの永月がねえ。
蜂谷は目を逸らした。
意外なんてもんじゃなかった。
あいつはノーマルのドストレートだと思っていたのに。
しかも、右京には何の感情も抱いてそうじゃなかったのに。
本気か?それとも―――。
「……ま、どーでもいいか」
「―――?」
「んで?晴れてホモカップルの誕生ですか?腐女子が喜びそーですね」
蜂谷の言葉に、右京がこちらを見上げる。
「俺、あいつに何も答えてない」
「えっ。返事してないの?」
驚いて目を見開く。
「なんかそれどころじゃなくって」
「ええ……。片思いの相手と想いが通じ合う以上に大事なことって何?」
「――――」
右京がこちらをぽかんと見つめる。
「―――は?」
蜂谷はなぜかこちらを見つめる右京に首を傾げた。
「―――お前さ。文化祭、出ろよ」
(………え。なぜそこに繋がる…)
支離滅裂なことをいう右京に目を細める。
「楽しそうじゃんか。宮丘学園の文化祭。出ないなんて、もったいねぇよ」
「――――え」
急に真剣な眼差しになった右京の顔を見つめ返す。
「イケメンカフェ、嫌だったら、やんなくてもいいからさ」
右京は頭を掻きながら言った。
「店や教室回るだけでも楽しいじゃん。な。来いよ」
「――――」
蜂谷は瞬きを繰り返しながら、なんだか今日はいつも以上に理解不能な右京を見つめた。
「会長は?ヤンキー時代、文化祭出た?」
聞くと、
「誰がヤンキーだよ…」
右京は鼻で笑った後、
「……ないよ、俺も。参加したことない」
言いながらこちらを見上げた。
「だから楽しみなんだ。密かに。女装はイヤだけどな」
「――――」
「じゃ、そういうことだから」
右京は一方的に言いたいことだけ言うと、保健室から出て行ってしまった。
「どーゆーこと……?」
蜂谷はため息をつきながら自分の腿に頬杖をついた。
「まあ、右京がわけわかんないのはいつものこととして……」
窓から昇降口を睨む。
「気になるのは、その手紙……だな」
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