僕は生まれた頃から”不幸な子”だった。
生まれた頃には
もう既に不治の病にかかっていたのだ。
僕の親はさぞ気を落としたのだろう。
初めの頃は
よく面倒を見てくれていたのだと思う。
そうでなければ、今頃ここではない場所にいるか、とっくの昔に死んでしまっていただろう。
でも僕は今、
15歳という年になるまで生きている。
しかし、病人の面倒を見続けられるほど余裕もないようで、物心ついた時にはこの部屋にずっと1人だった。
それだからか、両親とまともに話した記憶も僕の中には残っていない。
弟ができてから、
両親はより僕に無関心になった。
その頃の僕が
心の拠り所にしていたのが”花”だ。
正確に言えば、花の図鑑。
5歳の誕生日、海外から戻ってきた叔父さんが僕にお土産として買って来てくれたものだ。
世界中の花の写真と紹介が載っている。
当時の何もなかった自分には未知の世界で、
心を根本から引き寄せられた。
両親との仲が悪化したせいか、
あの誕生日以来叔父さんには会っていないが、今でも彼に感謝している。
幸いにも外出をしてもなんとも言われなかったため、体調のいい日は近くの街にでたり花を見に行くことができた。
触れられるほどの近さで花を見れた時には、これまでにないほどの喜びを感じた。
感動の涙を流したことは誰にも話せない。
しかし、外に出られたからといって、必ずしも気分が晴れるとは限らない。
僕の不治の病を見るものは皆、病が感染ることを恐れて僕を遠ざけ、罵倒した。
病を知らぬものも、この不気味な程に白い肌をみて幽霊だなんだと怖がったものだ。
病の関係で、そう遠くへはいけない。
だから慣れる他なかった。
こういったものは慣れてしまえば
心を抉らずにすむ。
そう言い訳をして、
外に出ても人を避けてばかりいた。
彼女と出会ったのは
まだ凍える寒さの春の日だった。
この日は体調が久しぶりに良い日で、寒いながらもどうしても外に出たかった。
体調がよくなる日を待っていた。
何故なら、
理想の死地で眠れるチャンスだったからだ。
毎日誰もいない、誰もこないベッドから動けずにぼうっとしていることにとうとう嫌気がさしていた。
もし最後を遂げるのなら、
花に囲まれていたいと 以前から思っていた。
そうして、いつも外出時にもっている薬も水も持たず、ブランケット1枚を羽織って外に出た。
体力の心配をして
近道である大通り横の細い道を通った時、
僕は足がもつれて転んでしまった。
幼い頃から運動とは
殆ど無縁の状態だったが故だろう。
立ち上がろうと掴んだ壁には丁度、
小さなウィンドウサインがあった。
その窓から覗くのは
色とりどりの観察魚たちだった。
その中の1匹にとても目を惹かれ、
釘付けされたように見つめてしまった。
その様子に気づいたお店のおじさんが
入って来いと言わんばかりな面持ちのまま
無言で店の戸を開けた。
僕が恐る恐る店に入ると、
そこには想像以上に輝いた世界が合った。
窓から差し込む光に反射した色とりどりの
魚達は一輪一輪綺麗に咲いた花のようで、
店の中に花畑ができているようだった。
ふと窓からみた魚が気になった。
鰭が大きく、透き通ったオレンジ色がとても綺麗だった。
オレンジ色の百合を思い出させる。
動きが鈍く、とても不器用に泳いでいた。
病気なのだろうか。
しばらく覗いていると、先程のお店のおじさんが僕に声をかけた。
「そいつ、病にかかっちまってな。色々治してやろうと試みたがもう治らないらしい。泳ぎが変になる程度で、育てる分には寿命にそんな支障がないから、買い取ってもらいやすい目立つところに置いてるんだが、中々ダメでな。」
その話を聞いて
僕はなんだか似たものを感じた。
「そうだったん、ですね。」
長らく人と話していなかったせいで、
言葉が詰まってしまった。
それでもおじさんは気にする素振りもなく続けた。
「よかったら、こいつのこともらっていってくれないか。こいつも君のこと気に入ってるみたいだしな。勿論、君がよかったらでいいよ。 」
「えぇっ!?悪いんですけど、僕お金持ってないんです、すみません…」
その言葉におじさんは少し驚いた後、
笑顔で言った。
「そんなのいいよ、いいよ。もらってくれって言ったんだ。君、いい子そうだし、君みたいな子に引き取ってもらうことがこいつにとっても、俺にとっても1番だ。」
嬉しかった。
勿論、引き取ることができたこともだが、
自分をいい子そうと褒められたことも嬉しかった。
今まで、
人に褒められた経験がなかったからだ。
僕は深々とお礼をして、
外出した理由すら忘れて家に戻っていった。
それからというもの、今までいなかった話し相手は彼女になり、彼女から返事なんてなくとも、泳いでいる姿を見るだけで幸せだった。
綺麗な鰭を眺めているだけで、
僕の幸せとしては十分だった。
それなのに
僕は高望みをしてしまったのだろう。
彼女が僕の元から消えてしまったのも、
きっと僕の願いのせいだ。
それだから、
僕は大切な彼女までも失ってしまった。
大丈夫、きっと大丈夫。
君が僕に会いに来てくれたように
今度は僕が会いにいくよ。
願いにはそれなりの代償が必要なんだ。
僕なんかの残りの人生に高い価値なんてないだろうけど、君を失った今、これ以上に捧げられる価値なんて持ち合わせていない。
その先に君がいなくても、
少しでも可能性があるのなら。
きっと。
必ず。
だからまっていてね。
僕が君に会えるその時まで。
僕はまだ
底の見えない夢の中に落ち続けている。
この先に君がいることを願って。
…
…
「ねぇ、もう一度あのお話聞かせて。 」
「本当に好きなんだね。花の話。」
「よく聞かせてくれてたんでしょ?」
「確かにそうだったね、」
「もちろんお話も大好きよ。 でも、お花のこと話してる時のあなたがもっと好きなの。」
…
…
END
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