夢中で唇を合わせながら、はぎ取るようにコートを脱がせ、自分も投げ捨てるように脱ぐ。
しがみ付いてきた新谷の体に、確かな熱と欲望を感じると、篠崎は一旦顔を離し、その体を抱き上げた。
「……う、わ…!」
女性を抱くように優しくはなく、赤子を抱くように丁寧でもない。
ほとんど担ぐという表現に近かったが、驚いて足をばたつかせた新谷の足からは、冬用のブーツが玄関に散らばった。
先ほどまではアルコールで左右にふらついていた足が、60キロ近くある新谷の身体を抱き上げても全くぶれなかった。
ただ、眼球だけが燃えるように異様に熱を放っていた。
リビングに入ると、眩しいほどの照明が自動で点灯した。
手前にあるソファが目に入ったが、篠崎はそこを睨むように通過して、奥にある暗い寝室の引き戸を開けた。
リビングからの灯りが僅かに漏れるベッドの上に下ろすと同時にその体に覆い被さると、新谷は戸惑うことなくその首に腕を回してきた。
前に居酒屋で、それこそ酔いを言い訳に彼の唇を奪ったときにはなかった積極性に胸が熱くなる。
ここには、真っ赤な顔で、篠崎を本気で押し返してきた新谷はいない。
自分と同じ欲を持て余した、雄しかいない。
その事実に喜ぶ自分と、頭上から二人を冷静に見つめる自分がいる。
『……なぁ、おい』
新谷に跨り、その首筋に唇を這わせる背後から、冷静な自分が話しかけてくる。
『ちゃんと見ろよ。お前の下にいる人間を』
その低い声が自分と新谷の荒い息の隙間を狙って、耳に響いてくる。
『……そいつさぁ』
声が近づいてくる。
耳に息がかかるほどに。
「……男だぞ?」
一瞬冷静になり、新谷から唇を離す。
「…………!」
巻き付いた腕が篠崎の頭と首を強く引き寄せた。
思わず体勢を崩し、彼の顔の横に手をつく。
(こいつ。この細い体のどこからそんな力が………)
少々驚いて瞬きをすると、
「………離れないで、ください……!」
掠れた声が耳元に響く。
「顔……見ないで……!」
引き寄せられすぎて、新谷が唾液を飲み込む口元やエラや喉の動きまでわかる。
「なんでだよ?」
静かに聞くと、ちょうど唇のそばにあった耳がビクッと反応した。
「………は、ずかしいので」
「…………」
篠崎は、自分に強く巻き付いている手を、片手ずつ引きはがした。
スーツの裏地でするすると滑ってつかみどころのない腕を、それでも何とか左右に開くと、彼の小さな顔の横に押し付けた。
「見せろよ」
(……この3ヶ月間、俺がどんだけ見たかったと思ってんだ)
篠崎は憎らしいほど、頬を真っ赤にして瞳を潤ませ、荒く呼吸を取り返す新谷を見下ろした。
(確かに、女には見えねぇな。だけど……)
背後にいるはずの冷静な自分に向けて言う。
ブツンと自分の中で何かが、ぶち切れる音がした。
散々味わったはずの唇に、噛みつくように歯を立てる。
脚を差し入れ、彼の両足を左右に割ると、その中心に膝を押し付けた。
「は……」
小さな唇から息が漏れた後、その顔は恥ずかしそうに枕に押し付けられる。
おかげで露わになった耳に舌を這わせる。
夜風ですっかり冷え切った耳たぶを嘗め上げると、押さえつけた腕に力が入り、十の指が宙を掴んだ。
男が男を抱くなんて、男同士のセックスなんて、理にかなっていない。
だが……。
『ほらね。だから、“抱いてみればいいのに”って言ったんすよ』
紫雨の得意そうな顔が脳裏に浮かぶ。
『理屈じゃないでしょ?』
……確かにそうだった。
理屈も、理由も、理性も、理論も、要らない。
ただ、想いに、欲望に、忠実に―――。
もっと早く、こうすればよかった。
「新谷」
枕に押し付けていた顔が少しだけこちらを向き、その目がわずかに開かれた。
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