(……皺になっちゃうな)
10月にむかえた誕生日に、千晶が買ってくれたスーツの上着を見ながら、由樹はそう思った。
その一瞬途切れた思考でさえ許さないように、手が視線とスーツの間についた。
由樹はおそるおそる彼の顔を見上げた。
その手が由樹のネクタイをスルスルと解いていく。
脱がされ、窮屈なスーツから解放されていく身体とは反対に、由樹の自由は奪われ、選択肢が剥がれ落ちていく。
ボタンが外される。露わになった鎖骨に、篠崎の乾くことを知らない舌が宛がわれる。
荒々しいのにどこか繊細なその動きが、ずっと膝を押し付けられているソコをますます熱くする。
思わず腰が動くと、自分で擦りつけてしまう。
「……ッ……!」
その事実に気づいて由樹は手の甲を口に当てた。
「……我慢すんなって」
胸元を滑っていく篠崎が、まるで独り言のように自然に言う。
女性のようなふくらみの一切ない華奢な胸板を篠崎の大きな手と熱い息が這う。
「……ッ!」
羞恥心と興奮に耐えられず、由樹は思わず右腕で自分の両目を覆った。
ワイシャツにあふれた涙が滲んでいくのがわかる。
今、自分を見下ろしている篠崎は何を思っているんだろう。
おそらく、いや確実に、男を初めて抱く篠崎は――。
無理をしていないだろうか。
途中で嫌になってしまわないだろうか。
………怖い。
同性として、男として、拒絶されるのが。
その手が先端にたどり着いた。
「……ぁあッ……!!」
自分の腕で目を覆っているため、刺激がより敏感になっているのか、それとも相手が篠崎だからか、そこを優しく撫でられただけで、由樹の口からは自分でも驚くほどの声が飛び出した。
思わず腕を外し、口を掌で覆う。
篠崎はふっと笑うと、またそこを長い指で擦り出した。
まるで引渡し直前のチェックの時のように。
確かめるように優しく指の腹で擦り、そして一気に……。
「んんッ……!」
引っ掻かれた。
◆◆◆◆
新谷の口を覆った掌を優しく外す。
「我慢すんなって言ってんだろ。声、聞かせろよ」
言うと、潤んだ目をしたまま、その顔が左右に振られる。
「……俺の声なんて聴いたら……」
やっと言葉らしい言葉を発した新谷を見つめる。
「なんだよ?」
「萎えますよ」
「…………」
(何をいまさら)
腹の底から笑いと怒りが込み上げてくる。
「俺は、他の誰でもなく、お前を抱きたくてこうしてるんだぞ。それなのに、お前の声で萎えるわけないだろ」
「でも……!」
「もっと聞かせろって」
左手を優しく押さえつけたまま、右手は自分の肩に回させる。
そして指で弄んでいたそれを口に含んだ。
「………ふ………んんッ……!」
舌先で弄ぶと、切なそうに腰が左右に振れる。
「そんなに擦りつけんなよ。スーツ、汚れるぞ」
新谷は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに自分の下半身を見た。
その中心に掌を当てる。
熱く脈打つほど、それは膨れ上がっていた。
撫でようとした途端、彼は目を見開き、篠崎の手を握った。
「……そこは、触らなくていいですから!」
「なんで」
「なんでも、です!」
唇を噛みながら、それでも強い意志を持って篠崎の瞳を睨んでくるその顔を見たら、なんだか腹が立ってきた。
(……こっちはとっくに腹をくくってんのに)
「おい。俺たちはセックスをしてるんだぞ。そこを触らないなんて馬鹿な話あるか」
「………!!」
たちまち暗闇でもわかるほど顔が真っ赤に染まる。
「諦めろって」
往生際の悪い新谷を笑うと、篠崎はそのベルトに手を掛けた。
◆◆◆◆
ベルトを外すのが異様に上手い。早い。
当たり前だ。毎日自分のを外したり締めたりしてるんだから。
カチャカチャと音が鳴る。
その音にいたたまれなくなって由樹は唇をより一層強く咬んだ。
スラックスを脱がされると、由樹は、はだけたワイシャツと、捲り上げられたインナーと、ボクサーパンツだけになった。
頼りない布切れ一枚の上から、恥ずかしくなるほど腫れあがったそれを撫でられる。
肘をベッドに付き、どうしても涙が溜まってくる目を擦りながら、篠崎の手の中に納まるとやけに小さく見えるソレを、暴発させないように我慢することで精いっぱいだった。
パンツの上からなぞられ、力を込めて握られる。
上下に動かされると、視覚的にいたたまれなくなって、由樹は肘を付くのをやめ枕に倒れこんだ。
パンツのゴムに指がかけられる。
「えっ!篠崎さんッ……?」
篠崎が鋭い目で睨み上げるようにこちらを向く。
「止めてください…。あなたに、そんなこと……させられない…!」
「……ばーか」
「っ!!」
一気に引き上げられたパンツからたち上がったそれは、熱い口の中に吸い込まれていった。
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