実を言うと妖精魔法と『絲術シジュツ』の魔法を組み合わせてみるという発想自体は持っていた。
ただ組み合わせの種類や、上手いやり方を思いつかずに手を付けなかったのだ。
けど、いつまでも頭の中だけで考え続けるのも勿体ない。
頭の中だけでやり方を考えるんじゃなくて手を動かしながら、上手い組み合わせをあれこれ考えれば良いんじゃないかと思ったのである。
だから、悪いけど今日はニーナちゃんとの魔法練習は中止。
俺1人だけの練習時間とさせてもらった。
半分ほど太陽が地平線の向こう側に沈んでいく放課後。
夕日が庭にいる俺と、縁側に腰掛けるニーナちゃんを照らした。
不服そうな顔を浮かべたまま俺をじぃっと見つめるニーナちゃんは、金色の髪が夕日に照らされていてとても綺麗だった。
そんなことを考えている俺は何をしているかというと、庭の端っこに置いてある人型の模型を『導糸シルベイト』で手繰り寄せている最中だ。
今日も今日とてこの模型を相手に魔法の練習である。
俺が準備をしていると、ニーナちゃんが不満そうな表情は保ったまま口を開いた。
「イツキがやりたいのって東洋と西洋魔法の組み合わせでしょ? 今までやったことある祓魔師えくそしすとっているのかしら」
「いるのかな? 僕は僕以外に2つも使える人を知らないから分かんないや」
「そうよね。私も知らないわ。だから、上手くいくのか不思議なんだけど」
「やってみたら分かるよ」
俺だってやったことは無い。
初めての試みなのだ。
やや緊張している身体をほぐすように、俺は手をパン、と叩いた。
『凝術リコレクト』による精錬された魔力の核を手元に生み出すと、核の周囲を魔力で覆っていく。
そして、俺はその妖精の種を地面に落とした。
どぷん、と影が波・を・打・つ・と、さざなみのように地面を伝わって、人型の模型の直下に新しい影が生まれる。
それもただの影じゃない。
身長1mくらいの人影だ。
この妖精の名前を『シャドウ』と呼ぶ。
シャドウは影から手をのばすと、模型を掴んで地面に引きずり込み始める。
ざぶん、と影はまるで海のように波をうち、そのまま模型を半分くらい飲み込んだところで動きが止まった。
「うん。そこら辺で良いよ」
止まったんじゃない。俺が止めたのだ。
「これからどうするの?」
「見てのお楽しみだよ」
『絲術シジュツ』の魔法には、複合属性変化という魔法がある。
それは『属性変化』の『導糸シルベイト』を組み合わせることで、全く別の上位属性へと進化させる魔法のことだ。
組み合わせる『導糸シルベイト』が1本増えるごとに魔力の消費量は30倍になるが、威力もそれに応じてあがっていく。
そんな複合属性変化の中で俺が持っている最大の属性変化が『複合属性変化:夜』。
俺の切り札と言っても過言ではない魔法だが、その魔法にも欠点がある。
まず1つ目。
消費魔力があまりに多い。
5つ全ての属性変化をかけ合わせるので仕方がないとは言え、普通の魔法の81万倍に膨れ上がった消費魔力は口が裂けても少ないなんて言えやしない。
とはいえ、俺は『第七階位』。
魔力が足りないわけでもないし、連発できないわけでもない。
だから、こちらに関しては力技でごり押せる。
1つ目の欠点に関しては問題はない。
問題なのは2つ目の方。
あまりに威力が強すぎることだ。
というのも、どういう理屈か知らないが『複合属性変化:夜』は捉えた相手の魔法を完全に封じて、粉微塵にしながら全てを飲み込むという威力を誇っている。
それは相手が第六階位だろうがなんだろうが全く関係なく飲み込むのだが、問題として1つ。
あまりに強すぎて、俺は『複合属性変化:夜』の魔法を使うのが怖いのだ。
どこまで被害が広がるか分からない以上、簡単に使うわけにもいかないし、だからといって威力を抑えてしまうのであれば本末転倒である。
だから威力を保ったまま周りに被害を出さない方法が必要なのだ。
その内の1つが『堕陽らくよう』。
これは相手を魔力で囲い、その内側だけを完全に消し去る『夜』の魔法である。
これはこれで良いのだけれど、一度手の内を晒してしまうと簡単に見抜かれてしまう。
初見殺しという意味では良いのだが、モンスターと戦う時は相手が一体だけとは限らない。この間の工場のように複数体と戦う場合だってある。
そんなときに初見殺しの技を1つだけしか持っていないというのは、どうにも心配が勝るのだ。
だから、2つ目の魔法が欲しい。
それが、これである。
「『朧月おぼろづき』」
シャドウが地面に飲み込んだ途中のまま、俺は『朧月おぼろづき』を放つ。
相手を影の中に呑み込んで拘束する『影送り』。
その拘束中に影の中で『夜』の魔法を使うことで、威力を気にせず祓えるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、俺がそんなことを考えていると、
ドウッ!!!!
「えぇッ!?」
だが、俺の予想とは打って変わって模型は凄まじい勢いで影から飛び出すと高く高く、まるでロケットみたいに空へと飛び上がった!
地面にいたシャドウは『影送り』を継続しようと手を伸ばすが、模型ははるか遠く。届かない。
何しろ既に模型は目を凝らさないと見えないほどに小さくなっているからだ。
そろそろ一番星が見えてくる色合いの空を見上げていると、ニーナちゃんが一言。
「な、何やったの!?」
「……失敗したみたい」
俺は空に飛び上がった模型が家に突き刺さるよりも先に、『導糸シルベイト』でキャッチすると地面に下ろす。
下ろしながら、ニーナちゃんにネタバラシすることにした。
「本当は影の中で模型を粉々にするつもりだったんだ」
「影の中で魔法? あぁ、そういうことだったの」
ニーナちゃんは、合点がいったのか頷く。
頷きながら続けた。
「でも、イツキ。影の中は全・部・が・逆・だから、普通に魔法を使うだけじゃダメよ」
「全部が逆……?」
初めて聞いた概念に、俺は思わずニーナちゃんを振り向いてしまった。
「だってほら」
ニーナちゃんは縁側から立ち上がると、すっと右手をあげた。
夕暮れ時の長く伸びたニーナちゃんの影も同じように手をあげる。
「こんな感じで影・は・左・手・を・あ・げ・て・る・でしょ?」
当たり前でしょ、と言わんばかりにニーナちゃんは微笑む。
「だから、影の中は逆なの。普通に魔法を使うだけじゃダメなのよ」
俺はニーナちゃんがそういうのと同時に、どうして模型が地面から発射されたのかを推測してみた。
朧月は全ての飲みこむ極大の引力だ。
吐き出されたのは、つまりその逆。
斥力せきりょくというんだったか……詳しくは覚えていないが、とにかくそういう反発する力によって模型は吹き飛ばされたんじゃないのかな。知らんけど。
「だから言ったでしょ、イツキはまだまだだって」
「……うん。そうだね」
俺は太陽が沈みゆく空の中、ニーナちゃんを見つめると自分の不甲斐なさにため息をつきながら肩をすくめた。
「ニーナちゃんの言う通りだよ」
本当に俺はまだまだ練習不足だったみたいだ。
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