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そんなこんなで翌日。
わたしはあのお客さんのことが気になって、おばあちゃんのお使いとは関係なく魔法百貨堂を再び訪れた。
「真帆さん、いる~?」
声を掛けながら引き戸を開くと、
「は~い、いますよ~」
と暖簾をくぐって真帆さんが店に出てきた。
「あらあら、茜ちゃんじゃないですか。どうかしましたか?」
「昨日の客さん、どうなったのかなって」
「どうもこうも、まだ来られていませんよ? 昨日の今日ですし、まだ試していないのでは?」
「そっか」
まぁ、わたしの家からも神楽くんの家からもそんなに離れている場所じゃないし、行き帰りとかにまた顔を出せばいいか。
なんて考えていると、真帆さんが、
「今日は、魔法の練習は?」
「神楽家でなにか用事があるらしくって、わたしは置いてけぼり」
「――あぁ、そういえば、あそこのおうちは年に一回、本家に集まる決まりがありましたっけ」
「ホ、ホンケ……? なにそれ」
「ほら、よく言うでしょう? 本家と分家」
「あぁ、なんかお父さんの観てたミステリー映画でそんな話があったような気がする。分家は本家の言うことを聞かなきゃならないとか、そんなんだっけ?」
「全部が全部ってわけではないでしょうけどね、昔と違って。ただ、神楽家は特別、昔の名残があるらしいです」
私もよくは知りませんけど、と真帆さんは口にしてから、
「あ、そうだ。茜ちゃん、暇ならお手伝いをお願いしても良いですか?」
「お手伝い? 別にいいけど、ただでですか?」
真帆さんはそう答えたわたしに、「ぷぷっ」噴き出すように笑ってから、
「ちゃっかりしてますね、茜ちゃん。良いですよ、バイト代はちゃんと出します」
「よっしゃ! おこづかいGET!」
とわたしは思わずガッツポーズをして見せてから、
「で、何を手伝えば良いんですか?」
「やること自体はとても簡単ですよ。お庭の水やりをお願いしたいんです」
「お庭って……あの中庭のバラ?」
「そうですそうです」
と真帆さんはこくこくと何度も頷いてから、
「結構大変なんですよ、お庭の水やり。微妙に広いから、それなりに時間を食うので」
「あぁ、確かにここの庭、広いよね。表の通りから考えたら、こんなに広い庭があるだなんて誰も思わないよ」
「まぁ、そうでしょうね。空間が歪んでますもん、ここ」
その言葉に、わたしは思わず笑顔で固まる。
今、真帆さん、なんつった?
「空間が、歪んでる?」
「はい、歪んでます」
なんてことのない表情で、真帆さんはさも当たり前のことのように、そう口にした。
「え、なにそれ。それも魔法なわけ?」
「そうですね、一応魔法ですよ。けれど、この庭を造ったのは先代の先代――私から見てひいおばあちゃんの頃の話なので、いったいどんな魔法がかけられているのか、私自身もよく解ってないんですよねぇ……」
「よく解ってないって、大丈夫なの? そんな、空間が歪んでるって」
「大丈夫なんじゃないですか? この家も中庭も、百年近くここにあるみたいですし」
「百年……まぁ、確かに古めかしい日本家屋じゃあるけれど……」
わたしは天井や壁を見渡して、感心しながら答えたのだった。
真帆さんは小さくため息を吐きながら、
「でも私、小さい頃はこの家があんまり好きじゃなかったんですよねぇ。あんまりにも古すぎるから、お友達の家みたいに綺麗に建て替えればいいのにってずっと思ってましたもん」
「ふ~ん? で、今は?」
「まぁ、なんだかんだ言って住み慣れた我が家ですし、新しく建て直すにも費用はかかりますし、そもそも先ほども言った通り、妙に空間が歪んでいるせいで、まともに建て替えられないんじゃないかっていうのが、わたしのおばあちゃんの出した結論でした」
「ってことは、諦めたわけ?」
「そういうことになりますかね?」
ふうん、とわたしは鼻で返事する。
でもまぁ、わたしはこの古い感じが逆に新しくて、好きなんだけどなぁ。
ま、そんなことより、
「お庭の水やりだったよね。どうやればいいんです?」
「店を出て庭の隅に四阿が建っているでしょう? あそこにホースの繋がった蛇口があるので、それでまんべんなくバラに水を撒いてくだされば」
「は~い、了解」
わたしはそう返事して、がらりと引き戸を開けたところで、
「真帆、いるか~?」
突然、目の前に男の人の姿があって、
「ぎゃああぁぁ――っ!」
思わず、変な叫び声をあげてしまったのだった。