キャデラックとハイブリットセダンの間には平均して3台の車を介すことにしていた。
それでも見つからないとは限らない。十分に距離を開けつつ、慎重に尾行した。
キャデラックがマンションの駐車場に入る。
慣れた様子でその巨体を駐車させると、もうすっかり警戒しなくなった紫雨が、カードキーケースのストラップを指で回しながらエントランスに歩いていく。
身のこなしは軽やかで、ここ数ヶ月の疲れ切った重い足取りではなかった。
彼がエントランスに入り、ロックを外してエレベーターホールに消えていくのを見送ると、林は息をつきながら、向かい側のドラックストアの駐車場からゆっくり発進した。
紫雨の帰宅時間に合わせて自分の仕事を調整するのはさほど難しくなかった。
先月から“晴れて”ペナルティ期間に入り、接客自体が制限されていた。
接客が無ければ受注もない。打ち合わせもない。
でもそれでよかった。
林の最優先事項は、紫雨の安全を守ることだ。
一時期はあんなに男とひっきりなしに遊んでいるように見えた紫雨は、岩瀬の一件があってから懲りたのか、男遊びをぴたりと止めていた。
意図せずともそれを確認できることは、林にとっては嬉しいことだった。
携帯電話が鳴った。
Bluetooth通話に切り替えると、車内にある4つのスピーカーから白根の声が響き渡った。
「清司君?今日ね、会社の創立記念日だったの」
「へえ。おめでとうございます」
言うと、相変わらずのそっけない返事に白根は笑った。
「お祝いのオードブル配られたから。一緒に食べよ?」
「俺、オードブル苦手で……」
「なんで?」
「脂っこくて胃が……」
「なに女子高生みたいなこと言ってるの?アパートに持っていくから。ね?」
一方的に電話は切れた。
このことは支部長しか知らないが、林は秋口から一人暮らしを始めていた。
紫雨のマンションから5キロと離れていない。
そこから紫雨を、危険のないように見守ること。
それが今の林にできる唯一のことだった。
◇◇◇◇◇
紫雨はレースカーテンを引いたまま、ドラッグストアから出ていくハイブリッドカーを見下ろした。
(……過保護だなー。俺のことなんて放っておいて、その分彼女とたくさん過ごせばいいものを…)
ポリポリと頭を掻きながら、パソコンデスクに置いてある卓上カレンダーを見つめる。
暮らしの体験会から半年の月日が経とうとしていた。
「12月」の横に可愛い雪だるまのイラストが描いてある。
「……何見てんの?」
“男”がベッドからむくり起き上がる。
「別に」
紫雨は振り返った。
「電線の上でカラスが交尾してんだよ」
「へえ」
男が裸のままベッドから足を下ろす。
窓際の紫雨に数歩近づき、後ろから腰を抱き寄せる。
男がうなじに舌を這わせると、ブラウンの髪の毛で隠していた噛み痕が露になった。
「おい……」
後ろ手に男の腹を押し返す。
「仕事から帰ったばかりなんだから。ちょっとは休ませろよ」
言いながら振り返り見上げる。
「待ちくたびれたんだから、ちょっとはヤラせろよ」
「……んっ」
岩瀬は紫雨の顎を掴み、強引に自分の方を向かせると、その唇に噛みついた。
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