ゼノの目の前の扉を見て、僕は思わず声を上げた。
「あっ、ここは…」
「覚えておいででしたか?俺が初めてフィル様と会った場所です」
「覚えてる…懐かしい。あれからいろんな事があった…」
「そうですね。でも、これからは穏やかな日々が待ってますよ。俺はリアム様とフィル様には、心から幸せになってほしいと願っています」
「ゼノ…ありがとう」
僕は胸が詰まって口を閉じた。
そんな風に思ってくれて嬉しい。
僕もそうなる未来を願っていた。でも今はただ、リアムと出会えたことだけでも感謝している。
ゼノが僕とラズールの正面に立って、真剣な表情になる。
「昨夜、ラシェット様からリアム様が捕らわれている牢の場所を聞きました。あまり人が通らない場所を通って、その牢に向かいます。牢の鍵の解除方法もわかってます。ですが、牢の扉を開けた瞬間に、高官達に報せが届きます。彼らが来る前に、急いで王城を出ます」
「わかった」
「全て上手くはいきません。きっと途中で邪魔が入る。その時は俺が盾になりますので…ラズール殿、リアム様とフィル様のことを、よろしく頼む」
「承知した」
ラズールが力強く答える。
ゼノを盾にして逃げるなんて嫌だ。だけどリアムを助けたいなら、そうせざるをえない。でも…。
「いざという時はそうする。でも、できるなら皆で王城を出たい。ゼノが盾になるのは、本当にどうしようもなくなった時だよ」
「わかりました。何としてでも、誰も欠けることなく王城を出ましょう」
「うん」
僕が頷くと、ゼノがポケットから紙のようなものを取り出した。それを扉にかざすとカチリと音がした。
「前にも使っていたね。鍵だよね?」
「そうです。この扉は高官しか使用できませんので。俺のは取り上げられてしまいましたので、ラシェット様からお借りしました」
「ラシェットさんは取り上げられなかったんだ?」
「取り上げられたそうですよ。偽物を渡しておいたと笑ってましたけど」
「ええっ?そうなの?ラシェットさん、なんだかリアムと似ている気がする」
「悪知恵が働くところがでしょう?」
「ふふっ、そんなこと言ってると怒られるよ」
「真実ですから」
今から大変なことをしようとしているのに、笑って気持ちが楽になった。
しかし扉をくぐった瞬間に、ゼノが厳しい顔つきになる。
僕も気を引き締め、ゼノとラズールに挟まれて石畳の地面を踏み進んだ。
しばらく壁伝いに歩き、建物と建物の細い隙間に身体を潜りこませて進む。
あまり人を見かけないから順調に進めている。
「すんなりたどり着けそうだね」
そうゼノに言うと、ゼノが振り向いて小さな声で答えてくれる。
「この時刻は会議や鍛錬が行われていますから気づかれにくい。それに使用人達も食事の後片付けや掃除で忙しいはずです。もちろん不審者は、王城に入る前に気づかれますが」
「この時刻に鍛錬?」
「イヴァルでは違うのですか?」
「うん、朝に会議はあるけど、鍛錬の時刻は決まっていない。そうだよねラズール?」
「はい。しかし最近は、トラビスが鍛錬の時刻を決めて、騎士達を鍛えていたはずですよ」
「…だから僕が昼に鍛錬場に行っても誰もいなかったんだ」
「そうですよ。おかげでたくさん練習できたでしょう?」
「うん…」
「しっ…!静かに」
いきなりゼノが足を止めた。そして壁に背中をつけて、僕とラズールにも同じようにしろと手で合図をする。
僕は壁に張りついて息を殺す。
しばらくゼノが様子をうかがっていたが、「もう大丈夫です」と言って建物の隙間から出た
ゼノの後に続きながら聞く。
「誰かいたの?」
「はい。クルト王子の配下の騎士です。北の方角から来たので、リアム様の牢の周辺を見回っていたのかもしれません」
僕はハッとする。
そうだ。クルト王子も王城に戻ってきてる。彼は今、どのような状況下に置かれているのか。イヴァルの王との婚姻を果たせず、攻めることもできずに戻ってきたのだ。当然、王に咎められるのでは?そうなるとリアムは牢から出してもらえるのではないか?
どんどん建物の北側へと向かいながら、僕の胸が期待で高まってきた。早足で進むゼノの服の裾を掴んで引っ張る。
すぐにゼノが止まって振り向いた。
「どうかされましたか?」
「ねぇ、今回のことでクルト王子も罰を与えられるんじゃ…」
「ああ、そうですね。今回の遠征は失敗しましたからね」
「じゃあ、クルト王子が牢に入れられる代わりに、リアムが出されたりしない?」
「ないです。リアム様は敵国の王を逃がしたのですから、罪の重さが違います。クルト王子は、せいぜい謹慎ですよ」
「そう…」
「きつい言い方をして申しわけありません。あの時、リアム様がしなくとも、俺がフィル様をイヴァルへ戻すつもりでしたよ」
「うん…わかってる。リアムが牢から出してもらえないなら、やはり僕達が助けなきゃ。ゼノ、ラズール、早く行こう」
「もちろん」
「はい」
三人で頷きあって再び進み出す。
黙々と進み続け、ようやくリアムがいる建物が見えた。
扉の前に警備の兵が二人いる。
「お任せを」
ラズールが小袋から出した粉を風に乗せて飛ばすと、二人の兵がその場に座り込んで動かなくなった。
ゼノが興味津々にラズールの手のひらを見ている。
「ラズール殿、それは採掘場で俺に使ったものでは?」
「そうだ。あの時は悪かった」
「過ぎたことだ。しかしその粉は便利だな」
「俺を助けてくれた薬の礼に、後で分けてやる」
「本当か?ありがとう。持つべきものは他国の友だな」
「友…」
なんとも言えない顔で呟くラズールに、僕は「よかったね」と笑う。
ラズールが寂しくないように、ラズールのことを思ってくれる人が増えたら嬉しいな。
コメント
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本当にこの話大好き過ぎます 続きが楽しみです😊