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4.踏み出す決意はまだ弱く
「凪、この後本屋に寄りたいんだけど。 」
「え、今日は練習しないの?」
「うん、今日は監督が職員会議あるから。お前練習嫌がってなかった?嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいけど…なんか変な感じ」
凪は混乱して髪をぐしゃっと乱すとはにかむように笑った。
「俺サッカーはあんまりだけどさ、玲王とやるサッカーは好きだよ。」
あの時の凪の言葉を今も噛み締めていた。
1人で泣く1人の部屋。
開け放たれた窓からは冷たい風が入り込みカーテンを何度もなびかせた。
ここ数日眠れていないせいで頭が痛い。
「…もう、ダメなんだ。」
ベットのきわに置いてあった写真には俺と凪がトロフィーを掲げて笑う姿があった。
この時の俺たちはこんな未来を想像していなかっただろう。
サッカーに誘ってなかったら俺は凪と関わることはなかったと思う。
もしも俺が凪と付き合ってなかったら、今頃凪はどうしてただろうか。
こんな事件に巻き込まれることなんか…。
自分の手は震えていた。
怖くはない、覚悟もできてない、会いたい。
また違う覚悟をもつことで前を向いた。
「坊ちゃん、こんな時間にお出かけですか?」
「凪に会いに行く。」
「面会時間は残り30分もないですよ。」
「顔が見たいだけなんだ。車を用意して。」
「…承知しました。」
ばあやは困った顔を向けたが俺の顔を見てしぶしぶ車を用意してくれた。
「私はここで待っていますから。」
「あぁ、ありがとう。」
ばあやと受付で別れると凪の病室に向かった。
そうだ、思い出した。
凪の横に座って体をタオルで拭いてた。
その時潔が扉を開けて出てきた。
顔は向けずに潔は声を発した。
「先生はなんて?」
栄養をチューブから送り込んでること。
回復はしてきたけど目が覚めないと手術をすることはできないということ。
肺に空いた穴が塞がりつつあること。
潔に全部話した。
ほんとは自分で悩んで寄り添いたかった。
だから話したくはない。
でも今は話さないといけなかった。
俺は今日家には帰らない。
凪とも一緒にはいられない。
俺は…俺は逃げたんだ。この日凪と向き合うことをやめてしまって逃げた。
ばあやが待っている受付の入り口。
その反対の裏をこっそりと抜け出した。
そのまま電車に乗ってどこか遠くに行く。
事がスムーズに進みすぎていた。
行き先も行く当てもない。
あの時の俺の行動はたしかに間違っていたかもしれない。
でも潔が怒るのは違うから。
幸せな愛せる人がいる潔は…俺を否定できない。否定しちゃだめだ。
言い訳を頭に並べて逃げた。
俺の家出が潔に伝わったのはここから2日後だった。
「…どこだここ。」
そろそろ降りないとと思い電車の扉から足を踏み出した。
駅の看板には漢字とローマ字が上下に並ぶ。
「京都…。」
ここは京都だ。
もう何時間乗ったかも分からない。
今頃ばあや、親父、母さん、みんな焦ってんだろうな。
ほんとざまーみろ。
「サッカー…俺はダメらしい。父さんに反対された。でも…でもね。」
「したいんですね、どうぞ。でも私は坊ちゃんの味方にはなりません。反対もしません。私はいつも中立で支える立場にいますから。 」
ばあやの声が今になって蘇る。
「俺、玲王といるとめんどくさくないよ」
「玲王、俺はまだ負けねぇからな。潔に負けて千切取られて。それは凪を取られたお前も一緒だろ。」
「玲王、お前は強いよ。でも凪に固執しすぎてる。それを良さとして捉えとけよ。」
ばあや、凪、國神、千切。
会いたいと思ってももう引き返せない。
電話がさっきから絶えない。
でも絶対に出はしなかった。
「…辛いな…、」
駅のホーム、誰もいない真夜中でそう呟くとハンカチを差し出す人物が見えた。
「…なんで、お前。」
「君こそなんでここに?潔くんの近所に引っ越したんとちゃうの?」
「…別に。」
「…まぁニュースになってはるし、家出っちゅうところやろ。」
「知っといて聞くとか趣味わりー。」
氷織の姿を見た時涙を拭いた。
泣いてる姿を見られてないか心配した。
でもその反面で安心してしまう自分がいた。
「とりあえずうちくる?今なら烏おるけど。」