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ー此処は⋯何処だろう?ー
見渡す限り
辺り一面の暗闇。
いや、向こうに微かに
灯りが視える。
俺は灯りに向かい歩を進めるが
足下に脚が地に着く感触も無く
まるで浮いているかの様にも思えた。
それでも普段通りの様に脚を前へと
動かしていく。
近付くにつれて
灯りは大きく強く輝きを増した。
甘い、花の様な香りが
鼻腔を刺激すると共に
灯りの中に人影が在るのに気付く。
ー⋯誰か、居る?ー
背を向けていたその人物が
ゆっくりと此方を振り向くと同時。
「わ⋯っ!」
視界一面を紅く炎が包み込み
思わず両腕で顔を覆う。
だが、炎かと思われたそれに
萎縮した躯は
何時まで経っても熱さを感じず
腕の間から恐る恐る覗き視た光景に
俺は驚きを隠せなかった。
ー⋯紅蓮の花の⋯花弁!?ー
ロロ先輩が街に放った紅蓮の花は
彼等が全て、再び絶滅へと
追いやった筈だ。
それが⋯何故!?
「貴方は⋯〝何〟ですか?」
不意に聴こえた男の声。
声色は低く、冷たさすら感じる⋯
濃紺の狩衣を、着流しに羽織った男が
紅蓮の花に囲まれ、其処に佇んでいた。
「そ、その花は危険です!
直ぐに其処から離れて!」
真っ直ぐに俺を睨む様に見つめていた男が
氷の様なその表情を
ころりと笑顔に変える。
「危険?
こんなにも美しく
希望を灯らせるこの花が⋯ですか?」
男が俺へと歩みを進めると
紅蓮の花がそれに併せ
一面に咲き誇っていく。
俺には魔力が無い。
だから、そんな俺にとっては
紅蓮の花は唯の花でしか無いが⋯
先の花の街での一件で、
頭の隅に蔓延る様な畏れは在る。
「もう一度、問いましょう。
貴方は〝何〟ですか?
そんな姿をして、此処まで僕を追いに?」
何って、何だよ?
追うだって?
この人の事を、俺は知りもしないのに。
ー知りもしない⋯?ー
狩衣の男⋯。
ロロ先輩が描いた
スケッチブックの人物を思い返した。
「貴方は⋯
ロロ先輩が言っていた
〝異世界を渡る者〟なんですか?」
男の眉根がピクリと動くのを
俺は見逃さなかった。
「ふうむ⋯
僕が知っている
ろろさんに相違無い様ですね。
それに、あの世界から
僕を追ってきた訳でも無い⋯」
ずいっと無遠慮に近付いて来た男が
華奢な指で自らの顎をなぞりながら
まるで鑑定でもするかの如く
俺の顔を覗き込んで来るので
思わず一歩、後退ってしまう。
「確かに、この者から
ろろの匂いがします!」
不意にした声に驚き振り向くと
振り向いた俺の鼻先、その直ぐに
もう一人の顔が在り
俺はバランスを崩し
その場に盛大な尻餅を着いてしまった。
しかも、その顔は⋯
「⋯お、俺が居る!?」
まるで鏡でも視るかの様に
俺と瓜二つの顔をした人物が
狩衣の男の横にスっと立ち
そして何やら耳打ちをする。
男の顔は笑みを崩さぬまま
だがしかし、その目は
まるで醜穢な物でも前にするかの様に
何処までも鋭く俺を穿つ。
「あの世界が〝歪んでいる〟のか
はたまた⋯
貴方が〝歪ませている〟のか⋯」
二人からの視線が何とも居心地悪く
俺は尻餅を着いたまま
少しずつ後退る。
「⋯う、わ!」
そんな俺を赦さないと言わんばかりに
紅蓮の花の蔓が、生きた鞭の様に
俺の四肢、首へと容赦なく巻き付いた。
あっという間に俺の躯は
紅蓮の花に吊し上げられ
磔にされてしまう。
口許にまで蔓が巻き付き
声も出せない。
「貴方、自分の親の顔が
思い出せますか?
元居た世界での友人は?
あの世界に行くまでの自分の生立ちは?」
ー急に、この人は何を言っているんだ!?ー
淡々と質問を投げ掛けられても
俺には応える術は無い。
「僕を追ってきた訳では無いにしろ
計画を頓挫させた事
これでも、結構怒っているんです」
ー計画を頓挫させた⋯?ー
男が何の事を指して
計画と言っているのか
先の質問の意味も含め
皆目見当もつかない。
「だが、しかし⋯」
氷の様に、何処までも眼光を
凍てつかせて俺を穿っていた男の表情が
フッと柔和で穏やかなものに変わった。
「ろろさんの危うさを
止めてくださって⋯
ありがとうございます」
それはまるで
〝子を想う父〟の様に
深く温かな声と笑顔だった。
「ろろさんに、お伝えください。
貴方の世界にも
夢見草を咲かせておきますので
それをお探しなさい⋯と。」
言葉を発せない俺は
唯々、首を縦に振る事しかできない。
何故だろうか?
ーこの男に逆らってはいけないー
そう、本能の様な物が
更に承諾を強要させている様にも感じた。
「それでは此処での事
言伝以外は、お忘れなさい。
願わくば、僕達が⋯
二度と出逢わぬ事を願いますよ」
紅蓮の花に磔られていた俺の躯が
足許から桜の花弁となって
霧散していく。
待ってください!
俺はまだ、貴方に聞きたい事が!
ー俺の〝世界〟への⋯帰り方を!ー
そんな俺の願いも虚しく
躯が花弁となり、 夢散すると同時に
俺の意識は闇に深く抱かれ堕ちて行く。
「時也様⋯
あの者を始末しなくとも
本当に良かったのですか?」
龍晴が桜の花弁と成り
夢散したのを見送ると
そう漏らした青龍の頭を
時也は、そっと撫ぜた。
「あの青年には、
あの〝世界〟での役目があるのでしょう。
それを今、断ち切って
ろろさんに悪影響が出ないとも
解らないのですよ。
今は、泳がせておきましょう」
青龍は時也の言葉の真意に
気付いていながらも
更に進言する事は無かった。
ロロへの悪影響を懸念している様でいて
しかしそれは、自らの計画の為だけ
である事を。
青龍は知っていたのだろうか?
星が廻れば
あの世界は
ロロが紅蓮の花を解き放った日の事を
〝無かった〟様な事にできる世界なのだと。
「青龍、貴方には
時を越えて貰います。
そうですね⋯
あの世界の800年程、過去へ。
役目を終えたら
あの鐘に神力を分けて頂くと良いでしょう。
そして、必ず私の許へ戻りなさい」
「御意にございます。時也様」
青龍は時也の足許で蹲踞すると
深く手を着き敬礼を顕し
その躯を、桜の花弁へと夢散させ始めた。
「時也様⋯」
「ん?どうしました?」
魔力の消費で
徐々に幼くなっていく青龍の双眸と
視線が絡むと
時也は思わず腹を抱えた。
「あっはっは!
貴方って人は!
えぇ、えぇ!
また逢えるのは、何十年か何百年後か⋯
その時は一緒に食べましょう。
『お味噌汁』を!」
龍晴から香ったのは
ロロを示すものだけでは無かった。
彼等にとっても
棄てた故郷を想わせる香りがあったのだ。
自分達の時代よりも
大分、形状も価値も変わっているそれは
青龍の好奇心を擽るには充分だったろう。
楽しみだと言わんばかりに
満面の笑みで、完全に姿を夢散させた
青龍を見送ると
時也の姿もまた
紅蓮の花の花弁と消えた。