ちょっと思ってた展開と違うが、宿場町マトンでの依頼は無事達成できた。
結論としては、マットンの正体を知っていたのは極一部の町民だけだ。
しかし同じ冒険者からは感謝されたものの、町民からの印象はあまり良くない。
昨日食べたマットン焼きの屋台のおじさんも、暗い表情をしていた。
「悪いのは皆を騙してたあいつらだ。それを暴いた嬢ちゃんたちが悪いわけじゃねぇ、ってのはわかってんだけどよ……」
結果的に、この町はまた以前のように廃れていく……そう思うと複雑な心境なのだろう。
「これからどうするんですか?」
「もう少し若けりゃ冒険者にでもなったかもしれんがな。俺にはこのマトン焼きしかないんだ」
マトン焼き……元々似たような名前だったらしい。
「マトン焼きですか……中身次第ではもっと売れると思うんですけどね」
「そんなもんとっくに試したさ。しかし米や麺とは相性が悪くてな……」
なぜそんなものを入れたんだ。
「いやいや、入れるなら甘い物でしょ」
餡子がこの世界にあるのかは知らないけど。
「甘い物……だと? その発想はなかったが……合うのか?」
「それは保証します」
そう返すと、屋台のおじさんは顎に手をあて、自分で焼いたマトン焼きをジッと見つめていた。
あとはこのおじさん次第になるだろう。
案外次来たときは繁盛してたりするかも……?
「しかしそれだとどうしても原材料費が上がるな……単価も上げて大丈夫だと思うか?」
砂糖は高級品とまではいかないが、屋台で使うには少し勇気がいる。
「納得のいく味なら、誰も文句言いませんよ」
「へっ、違ぇねぇ」
この分なら、少なくともマトン焼きは期待しても良さそうだ。
おじさんはもう晴れやかな顔で前を向いている。
そもそもこの町は景観が良いんだ。
王都の喧騒から離れて、大きな湖が売りの観光地。
マットンになんて頼らなくてもやりようはあるだろう。
今度来たときはちゃんとした観光地になってることを祈って、僕らは宿場町マトンを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ前には王都へと帰還し、僕らは早速ギルドへと報告していた。
証明書は本物なので報酬の金貨50枚は受け取れたのだが、報告書の内容に関しては確認に時間が必要とのこと。
明日になれば証人でもある他の冒険者も宿場町から引き上げて来るだろう。
ということで後は帰るだけなのだが……
「昨日と同じ奴だな」
「えぇ、相変わらず雑な尾行です」
どうやらリズとシルフィによると、昨日と同じ人物が後を尾けているようだ。
「もし屋敷まで来たらどうする?」
二人の視線はこちらへと向いた。
僕が決めろということか。
前回の事を考えると、間違いなく屋敷まで来るだろうな……。
「面倒なので、人気のないとこで拘束しましょうか」
あまり期待はできないけど、情報源としておもてなししてあげようじゃないか。
――――と考えていた僕は、またもアンジェリカさんに呆れられてしまった。
リズの手刀により捕らえた尾行犯を屋敷まで運んできたのだが、その正体に問題があったらしい。
「あんた……とんでもないもの拾って来たわね」
尾行犯の顔は妙に整っており、気品さえ感じられる。
ローブの下に見え隠れする服装も、とても高貴なものだ。
「……元の所に戻してきた方がいいですか?」
気を失っているので、今なら多分セーフ……かもしれない。
「いや、ちょっと待って……話を聞く限りだと、クロード王子は冒険者としてのあなたに用があるっぽいわね」
行きも帰りもギルドから尾行してきたので、そういうことになるだろう。
「…………くろーどおうじ?」
この国の第一王子のような名前ですね。
「クロード殿下か……道理で見覚えがあると思った」
あぁ……リズまでそんなはっきりと口にしないでくれ。
もしこれが王子だとすると、ストーカーを捕まえたというより王子を誘拐したという展開になりかねないのではなかろうか。
「う……ん……ここは……?」
王子の瞼がゆっくりと開かれる。
「お久しぶりね、クロード王子」
アンジェリカさんは足を組み、堂々としていた。
一体この場をどうするつもりなのだろうか。
「アンジェリカ王女……? ここは一体どこなんだ……私は閃光を追っていたはずなのだが……」
戸惑う王子はキョロキョロと周囲を見回し、僕と目が合った。
「白い髪……もしや閃光か!?」
屋敷内なのでもうフードは被ってないのだが、顔ではなく髪で判断された。
というか二つ名を何度も呼ばれるとちょっと恥ずかしいんだけど。
「まぁそんな呼び方はされてますけど……何か御用なんですか?」
護衛も連れてない王子の用件……一体どんな面倒事なんだ。
「あなたには聞きたいことがあるのだ! カトレア……奴隷商館にいた公爵令嬢のことを知らないだろうか」
「……え? それが用件ですか?」
そんなことを聞くために尾行してたのか……。
「ずっと彼女の行方を捜していたのだ……私にできることならなんだってやる。頼む、彼女に……カトレアに会わせてくれ!」
もはや聞きたいどころではなくなってしまった。
たしかカトレアさんと王子は元婚約者だったな。
はたして正直に話しても大丈夫なのだろうか。
そう思いアンジェリカさんに目配せすると、グッと親指を立てた。
「はぁ……じゃあ案内しますんで、ついてきてください」
「……!」
王子の表情が一気に明るくなる。
それを見たアンジェリカさんはニッと笑い、何かの書類を作り始めるのだった……。
「まるで貴族の屋敷のようだな……そういえば隣国の王女が二人して長期滞在しているのだったか」
案内している道中、クロード王子はそう漏らした。
まだ僕がもう一人の王女だと気づいてはいないようだ。
でも自国内ではアンジェリカさんが公言したこともあったので、ずっと隠し続けるのは無理だろう。
アンジェリカさんは一体彼をどうするつもりなのか。
カトレアさんに会わせるってことは、少なくとも王子は敵ではないと判断したのかな?
……ちょっと反応を見てみようか。
「さて、一つ確認しておきたいのですが、どうしてそこまでカトレアさんに会いたいのですか?」
そう言いながら、僕はカトレアさん用の客間の前に立ち塞がった。
「彼女は私の婚約者なのだ。その安否を気にして何がおかしい」
「元婚約者……でしょう?」
『元』と付け足されたのが癪に障ったのか、クロード王子はこちらを睨みつける。
「くっ……では私からも聞きたい。あなたが彼女を手元に置いた理由を」
商館のオーナーに言いくるめられました……とはさすがに言えない。
「さぁ……その答えは、この先に進めばわかるかもしれませんよ?」
「それはどういう…………ま、まさか!?」
王子の頭に一瞬過ったのは、考えたくない最悪の結末だった。
居ても立ってもいられなくなり、倒れ込むようにして強引に扉へと突っ込んだ――――
「クロード……殿下?」
カトレアさんは丁度メイドとお茶をしていたのか、ソファに座ったままキョトンとしている。
なんだか僕より屋敷の使用人と打ち解けている気がするな……。
「……?」
王子は、その光景を視界に捉えたまま首を傾げていた。
「どうです? 理由……わかりましたか?」
「…………わからない」
まぁ……そうですよね。
「カトレア……無事……なのか?」
「無事でないように見えますか? 殿下の方こそ、少しやつれたように見えますが……」
声を聞き安心したのか、王子の表情が徐々に明るいものになっていく。
カトレアさんの方は相変わらず目つきが鋭い。
ずっとこんなだけど、ひょっとして怒っているわけではないのか?
――と、つい横顔を眺めていると目が合ってしまった。
「エルリット王女殿下、これは一体どういうことなのでしょうか」
当然の疑問ではあるが、王子はさらに困惑した。
「王女……? 彼女は閃光のエルリット……冒険者だろう?」
どちらも間違いではない。
さて、どこから説明したものだろうか……。
すると、見計らったようにアンジェリカさんが書類を持って現れる。
「じゃあその辺の説明も含めて、契約のお話をしましょうか」
契約と聞いて、なんとなく不穏な予感がするのだった……。