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『以上、1年生選抜メンバー16名の皆様、ありがとうございました!それでは続いて2年生14名、ご登壇ください!!』
いつも全校朝礼の司会をしている諏訪の代わりにマイクを取った結城は、楽しそうに「MYO44 最終演説会」の進行をしていた。
諏訪は3年生選抜の14名が控室に使っている舞台袖の放送スペースを見回した。
舞台に通じる階段に、永月と2組のサッカー部員が並んで座っている。
「どうせ永月だろー?こんなのやるだけ無駄の負け戦だよなー」
言われた永月は微笑みながら頭を掻いた。
「そんなことないって。サッカー部全体が人気なだけで、俺個人が人気なわけじゃないよ」
その爽やかな笑顔に反吐が出る。
視線を移す。
右京は、結城の進行が気になるのか、腕を組みながら舞台袖から2年のアピールの様子を見ていた。
1週間前―――。
麻酔から目覚めた右京は諏訪と蜂谷を交互に見ると、
「―――なんで!?」
と間抜けな声を出した。
そしてタクシーで家に帰ると、驚くべきことに2時間目から学校に出てきた。
次の日も、そのまた次の日も、MYO総選挙のために放課後はほぼ一緒にいたが、彼の口からは永月の名前も、蜂谷の話題も出なかった。
一方、永月の方も、次の日こそ頬にシップをしていたが、翌々日にはそれも外し、今までと変わらず、朝夕はサッカーに勤しんでいる様子だった。
そして―――。
「おい」
自分の前方から低い声が聞こえてきた。
「いい加減、俺のベルト掴むの止めてくんない?」
蜂谷がこちらを睨んでいた。
無理やり体育館まで引っ張ってきたはいいが、隙あらばふけようとする蜂谷を捕まえておくのは大変だった。
個人的には総選挙などどうでもいいのだが、これもクラスの主に男子たちからの要望なのだから仕方ない。
ベルトを離す気配のない諏訪を見上げ、諦めたようにため息をついた蜂谷の後ろ姿を見つめる。
――右京の痛覚が機能していないこと。
それについては蜂谷も思い当たることがあるらしく、それを疑ったり、執拗に聞いてくることはなかった。
彼が諏訪にした質問はただ1つ。
そして諏訪が彼に頼んだこともまた、1つだけだった。
「今は機能してないってことは、元々痛覚はあったのか?」
彼が発した唯一の質問に、諏訪は「おそらく」と答えるより他になかった。
なぜなら、自分はこのことについて、右京と直接話したことはない。
「俺が知ってるってことを、あいつは知らない。これからも知る必要はない。だからあいつには黙っていてほしい」
諏訪が頼んだたった1つの願いを、蜂谷は眉間に皺を寄せただけで静かに受け入れた。
彼は最後まで、「なぜお前は知ってるんだ?」とは聞かなかった。
そこに疑問を抱けないほど、右京の身体の秘密がショックだったのかもしれない。
――無理はない。自分だってそうだった。
だってそのショックを伴った痛みは―――。
諏訪は壁に寄りかかりながら舞台を眺めている右京を見つめた。
ーーー今もなお、自分の胸を締め付けている。
◆◆◆◆◆
「ねー。逃げねーから離してよ」
再度諏訪に言ってみるが、彼は頑としてベルトを掴んでいる手を緩めなかった。
「…………」
それどころか何か感傷に浸っているらしく、舞台袖にいる右京を見つめて、瞳を潤ませている。
「……はあ」
蜂谷はため息をつくと、階段脇で同じサッカー部の男子と談笑している永月を睨んだ。
あれから謝るどころか目も合わせてこない。
しかし、右京の写真も今現在ばらまかれていないし、自分を襲った女子生徒も弁護士に訴えた気配はない。
結局、あいつの狙いは何だったのだろう。
あんなので諦めたのだろうか。
―――そんなあっさりした奴には思えねえんだけどなー。
視線を上げて、階段の上にいる右京を見る。
総選挙準備が相当忙しいらしく、朝も放課後もほとんど生徒会のメンバーに囲まれ、話す隙が無かった。
まあ、話す機会があったところで出納帳について彼には詳しく教えたくないし、彼の身体の秘密についても諏訪に口止めをされている。
――自分で自分に手加減ができないって、どんな感じだ?
バトルゲームのようなものなのだろうか。
右ストレート。
左フック。
投げ技に突進技。
飛び蹴りに対空技。
コマンドを打ち込む必殺技。
自分で攻撃は決めるのに、それに対しての痛みがない。跳ね返りがない。
だから迷いがない。躊躇がない。
筋肉の限り、スピードの限り、パンチを打ち込み、蹴りを入れる。
右京というプレイヤーは、右京というキャラクターをただ操っているだけ。
そこに苦痛は伴わない。
だから捻挫したんだ。
蜂谷は彼が怪我する前に、視聴覚室で自分が彼を襲ったことを思い出した。
他の生徒会メンバーが来て、彼は慌てて自分に膝蹴りを入れた。
あの一撃で自ら捻挫したんだ。
俺が腹を抱えて倒れていたから、諏訪は慌てて右京の身体を点検した。
攻撃したことで右京の身体が壊れていないか確かめるためにーーー。
―――ん?
蜂谷は自分を掴んでいる諏訪を改めて振り返った。
―――こいつ、右京から直接身体のことを聞いたんじゃなかったら、なんでその秘密のことを知ってるんだ……?
◆◆◆◆◆
永月はサッカー部員である緑川と適当な言葉を交わしながら、最終演説が3年生の番になるのを待っていた。
ちらりと視線を外し、舞台脇で2年生の演説を聞いている右京を見上げる。
―――てか、なんであんなほっそいのに、喧嘩めちゃくちゃ強いの、あいつ……。
自分は彼の裸を見た。
どこにも目立った筋肉はついていなかったし、骨が太いということも、関節が発達しているということもなかった。
あのパワーはどこから湧いてくるのだろうか。
謎は深まるばかりだが、唯一確かなのは、永月の作戦は右京が割り込んできたことですべて崩れ去ってしまったということだ。
今、右京の写真をネットに流したところで、右京も蜂谷も犯人が自分だと知っているし、蜂谷を訴えさせようとした女子生徒も、元々惚れていたところに、セックスをしたことでますます蜂谷に情が移り、逆にしつこく言うなら永月を訴えると言い出した。
自分たちも犯罪の片棒を担いでるんだと脅して黙らせたが、もうそっちの手も使えない。
頼みの綱であった響子も最近では、LANEさえ返してこない。
こうなれば打つ手はない。
ただただ、自分が3年間で積み上げてきた女子の人気というものを信じるのみだ。
思えば1年生の頃から、先輩にも同級生にも騒がれてきた。
追っかけが後を絶たず、練習試合でも地区大会でも、黄色い歓声がうるさすぎて、顧問の指示や、仲間の合図が届かなかった。
ずっとーーー。
ずっとずっとずっとずっとーーー。
女たちはサッカーに邪魔だった。
それでもーーー。
今年度のミヤコン1位になるために。
学園アピールのポスターに載るために。
ずっと耐えてきたのだ。
プロになった際に、バラエティ番組で、あるいはサッカーの情報誌で、学園のミスターコンテストで1位になったという話題作りのために。
学園のアイドルじゃなくて、日本中のアイドルになるために、こつこつと頑張ってきたのだ。
今こそ、3年間の集大成。
こうなれば柄でもないが、正々堂々と自分の努力と人気を信じて――――。
「永月」
気が付くと目の前には、いつの間にか階段を下りた右京が立っていた。
「どうしたの?右京」
緑川の手前、できるだけ自然に彼を見上げると、右京は両手をポケットに入れ、こちらを見下ろした。
「1週間考えたけど」
「――――」
永月は目を見開いた。
―――こいつ。もしかしてここであのことを言うつもりか?
ここには生徒会の人間も、3年の14人も、生徒会顧問の辻だっているのに。
「うきょ……」
遮ろうとした瞬間、彼はそのまま永月に言い放った。
「俺、お前のこと許す!」
「――――」
永月は口を開けた。
その声と言葉に反応したらしい諏訪と、その諏訪になぜかベルトを掴まれている蜂谷もこちらを振り向いた。
「お前にどんな理由があろうと、あの日俺を助けてくれたことには変わりない。そのおかげで俺が人生を救われたことは紛れもない事実だ」
右京は他の目など気にせず、一心不乱に永月に語り続けた。
「そのおかげで、俺はこの学園と出会えたし、生徒会のメンバー、クラスメイト、あとは―――」
右京の視線が蜂谷を見つめる。
「とにかく、かけがえのない出会いをたくさんもらった。だから―――」
右京は永月に視線を戻し、目を優しく細めた。
「……ありがとう」
―――こいつ、何言ってんの?
永月はただ口を少し開けたまま、体育館から漏れる夏の日差しに照らされた右京を見上げ、動けなくなった。
―――ありがとうだと?この俺に?
万引きがバレたくなくて保身のために偶然守ったこの俺に?
ミヤコンで優勝したいがために、自分への好意を利用し、変態共に襲わせ、半ば強引に操を奪ったこの俺に?
―――どんだけ、頭沸いてんだこいつ……。
永月は心の中でほくそ笑んだ。
「お前が………」
右京は静かに言葉を続けた。
「本気でサッカーをしてきたのも、本気で後輩を教え導いてきたことも、俺が誰より知ってる。そこには絶対、嘘はないはずだ」
言いながら彼は、すっと右手を差し出した。
「応援してる。全国大会、頑張れよ……!」
そう言うと右京は、照れも愁いもない、爽やかな表情で微笑んだ。