永月が導かれるように右京の手を握った瞬間、
『それでは皆様お待たせしました。3年生、選抜メンバーの登場です。14名の皆さんは登壇してください!』
結城の声に力が入る。
右京はその声に少しうんざりしたような顔をすると、永月の手を引いた。
「行こう」
「あ、ああ……」
永月は狐につままれたような気分で、そのまま登壇した。
◇◇◇◇◇
1組から順に自己紹介とアピールが始まった。
それと共に永月の胸は、ドッドッドッドと脈打ち始める。
――落ち着け。落ち着けよ。こんなの何でもないだろ…。サッカーの試合と比べたら。
2組の緑川が、
「まあ、知っての通り、うちのキャプテンに俺は敵うわけないのでー、出場できた奇跡を喜びたいと思いまーす」
と会場の笑いを取っている。
それに微笑む余裕がないほど、永月は緊張していた。
―――なんだ。なんでだ?さっきまで何ともなかったのに。
「――――」
隣で静かに順番を待つ右京を見下ろす。
―――こいつのせいだ。こいつが勝負の前にあんな変なことを言うから。
顔を背ける。
とすぐ横にまだ後ろ手に諏訪にベルトを押さえつけられている蜂谷がいる。
バチッと鋭い視線と目が合った。
「―――、―――――」
唇が僅かに動き、何か言葉を発している。
眉をひそめて彼を睨むと、今度はギリギリ聞こえる声で囁いた。
『俺は、許さねえ』
「――――っ」
―――こいつら。
何なんだよ。
今、俺、すごく大事な時なのに。
今日のために。
この時のために今まで頑張ってきたのに。
『続いて3年2組……は豪華ですね!まずは我らが生徒会長、右京君!!』
結城がアナウンスすると、右京は「はいっ!」と元気よく返事をして一歩前に出た。
「……私がこのコンテストに出ることについては違和感しかないですが、コンテスト自体のことを考えれば、次期生徒を募集するポスターに載る重要な任務を、自分たちの投票によって決められるというシステムについては、大変素晴らしいと思います。
選抜で皆さんの票によって選ばれた44名、全員が宮丘学園高校として恥ずかしくない生徒だと、私は信じています。
誰が選ばれようが、そのことを誇りに感じ、この宮丘学園を背負って立つ新入生の希望の礎になってください。
私たち3年生はその姿を見ることはできませんが、彼らが入学してきた際に、この学園にいる自分を誇らしく思えるよう、全力で残りの日々を過ごしていきたいと思います。
皆さんの清き本気の一票を、よろしくお願い致します!」
そこまでメモ一つ見ないでハキハキと言い切った右京に、全校生徒から惜しみない拍手が注がれる。
「――――っ」
『……あれ。あ、なんだろ。感動して涙が……』
結城がおどけ、また会場から笑いが起こった。
『さあ、どんどんいきましょう!次は大本命!!我らがサッカー部のエース、永月君!』
「キャー!!!!」
「前行く?前!!」
女子たちがこぞって舞台の周りに集まる。
「こら、自分の列から離れるな…!」
教師たちが注意するが、女子たちは聞く耳を持たず我先にと、まるでコンサートのように舞台前に集まった。
「はは。参ったな……」
永月は頭を掻きながら、目を潤ませた女子たちを見下ろした。
「僕は―――」
キーン
耳に痛いハウリングの甲高い音が響く。
「――――?」
『ちょっと待ってください』
振り返ると、結城のマイクをぶんどった響子が、壇上に立っていた。
『永月君の演説の前に、私から言いたいことがあります』
響子はマイクを持ちながら、永月の前まで歩いてきた。
「え、誰?」
「さあ?」
「ケバいんだけど、あのおばさん」
舞台に手をついた後輩の女子たちが笑う。
しかしその声にも動じない響子は、永月のことを睨みつけながら言う。
『私は今まで、いろんな人のプライベートな情報を掴んでは、必要に応じてそれを流していました』
「――――っ!!」
永月は目を見開いた。
―――この女……!!
『その中にはここに並んでいる右京会長、蜂谷君のものもありました』
右京と蜂谷は目を合わせる。
『最低なことをしたと思っています。ごめんなさい』
長い髪を垂らしながら響子が全校生徒と、右京、蜂谷に向かってそれぞれ頭を下げる。
そして顔を上げると、全校生徒に向けて言い放った。
『―――全ては、永月君にエッチしてもらうためでした』
シンと体育館に静寂が訪れた。
「―――え。どゆこと?」
舞台に頬杖をしながら聞いていた女子生徒が言った。
―――まずい。
「エッチするために、情報流してたってこと?」
もう1人が言葉を返す。
『皆さんの秘密を、プライベートを、身体を使って手に入れて、それを永月君にエッチしてもらうために流して、最低なことをしていました。ごめんなさい!』
響子はもう一度頭を下げた。
「え。それってさ」
「最低なことをしてたのって、あの女の人だけじゃなくない?」
「体を使わせて情報収集させてた永月先輩だよね」
「てかショック。付き合ってもない人とエッチできるような人だったんだ」
「秘密って何?そういうの握ってアノヒト、何してたわけ?」
女子たちが口々に言い合い、自然と声は高くなり、体育館は騒然となった。
「ちょっと!マイク返して!」
結城が慌ててマイクを響子から取り上げると、彼女はにやりと笑いながら永月を振り返った。
「これであんた、終わりね」
「――――」
彼女は言いたいだけ言うと、踵を返し舞台袖から階段を下りていった。
『ええと、皆さん静粛に!静粛にぃ!』
何も知らずに他の生徒たちと同様困惑している結城が必死でなだめようとするが、女子たちの声は収まらない。
「最っ低!」
「幻滅―」
「そんな男がポスターに載っていいと思ってんのぉ!?」
「対してかっこよくもないのにね」
「雰囲気イケメンなだけなくせに!」
「ウケる!実はそれ思ってたー」
掌を返した女たちのヤジが続く。
マイクを握りしめたまま、永月は、自分の中の何かが切れる音を聞いた。
『……うるっせえな!黙れブスども!!』
その一言で体育館は静まり返った。
『それもこれもお前らが、ブスなだけじゃなく馬鹿の集まりだからこうなるんだろうが!!』
「――――」
全校生徒が唖然として元プリンスを見上げる。
『いーよ、別に。お前らみたいなブスたちに、愛想振りまくのもいい加減うんざりしてたんだ。もうやめた!こんなコンテストで1位を目指すのも、お前らにチヤホヤされて一緒に写真撮られるのも、もう全部全部やめた!』
永月は叫び続ける。
『お前たちみたいなやつらの応援がなくても、俺はサッカー部を全国1位にして見せるし、もちろんプロにだってなる。
お前らとは比べ物にならない上質な女たちを抱いて暮らすし、テレビでだって雑誌でだって、連日騒がれてやる』
永月は舞台前で茫然と聞いている女子たちを見下ろした。
『お前らなんか、もう要らない!汚い顔と声で、試合の集中力そぐなブスども!』
唖然と口を開いた女子生徒たちの顔が歪んでいく。
目が見開かれ、口が左右に崩れ、眉間に深いしわが寄っていく。
「―――はあああああ?」
「ふざけんな永月―!!」
「キモイんだけど!!」
「死ね!マジで!!」
女子生徒たちが次々に叫ぶ。
『ああっと!皆さん、落ち着いてください…!!』
結城が取り繕おうとするが、焼け石に水だ。
「死ね!永月!」
誰が投げたのか、舞台下から、ファンデーションのコンパクトケースが飛んできた。
それが舞台に転がると、他の女子生徒たちもこぞってポケットの中にあるコンタクトケースやら、チークのコンパクトやら、除光液の瓶やらを、永月に向かって投げだした。
『危ない!危ないからやめてください―!』
結城の声が割れる。
と、先の尖ったルージュケースが、すごい勢いで飛んできた。
永月のこめかみをめがけて一直線に風を切る。
―――ダメだ。避けきれな……
目を瞑った瞬間ーーー。
カランカラン。
ルージュケースが何かに跳ね返って舞台の上に落ちた。
「……ふっ」
男の笑い声がして、視線を上げると、
目の前には蜂谷が立っていた。
「いいね、お前。それが素か?」
蜂谷は笑いながら永月を見上げると、ルージュケースを受け止めた際に負傷したらしい掌の血をぺろりと嘗め取った。
「胡散臭い笑顔振りまいてるより、よっぽど気に入った」
「…………」
『ええと、ここで急遽、演説会は中止とさせていただきます!』
顧問教師の辻が登壇し、指示を受けた結城がマイクで言った。
『みなさん、速やかに教室に戻ってください。演説できなかった生徒のアピールに関しては、後ほどプリントして皆さんに配布します。
なお投票は本日の夕方5時までとなっております。皆さん、廊下、階段に設置されています投票箱に記名の上、投票のほど、よろしくお願いします。
以上です。それでは3年生から教室に戻ってください』
結城のアナウンスで、生徒たちが渋々、体育館の出入り口から出て行く。
「……………」
永月は人の群れが散っていくのを見ながら口を結んでいた。
「馬鹿だな、お前は」
黙って聞いていた諏訪が覗き込む。
「下手な小細工なんてしなきゃ、1位になれたのに」
「―――お前に何がわかる」
永月は諏訪を睨み上げた。
「お前みたいにモテない奴にはわからない。小細工しなきゃ、今年も不細工な男たちの僻みのせいで負けてたんだよ!」
「……わかってないのはお前の方だろ」
「は?」
諏訪は黙って体育館の中央を顎でしゃくった。
永月が振り返る。
そこには一塊になって姿勢を正しこちらを見上げる男子生徒たちの姿があった。
「……部長!!」
その中心の男が叫ぶ。
「お疲れさまでした!!」
男たちが頭を下げる。
「……補欠も入れて、120人だったか?サッカー部は」
茫然と彼らを見下ろす永月に、諏訪が顔を寄せる。
「あいつらがお前に入れないわけないだろ。それに女子の追っかけの票を足したら、簡単に1位になれたのに」
「――――」
「お前だろ?あいつらの存在を忘れてたのは」
永月はぶらんと両手を脱力した。
その手からマイクがすべり落ち、ドンッと低い音が、サッカー部しか残っていない体育館に響き渡った。
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