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「“舞ちゃん”は6~8歳の幼女だよ。ツインテールでヒラヒラのワンピースを着ている」
体育館で輪になって座ったメンバーたちの誰の顔も見ないで知念は言った。
「そんなかわいいキャラがホラーゲームにいんのかよ」
照屋が言い、
「幼女趣味?」
隣に座っていた比嘉が馬鹿にするように笑った。
「彼女には」
知念は比嘉を一瞥しながら言った。
「人を人形にする力があるんだ」
「人形?エロフィギア的な?」
比嘉の顔が引きつる。
「触られた人はどんなに抵抗しようと人形になってしまう。その大きさは、ちょうど舞ちゃんが持ち歩いているテディベアと同じくらいに」
「テディベア?」
上間がキョトンと目を見開く。
「彼女はいつも背中にテディベアを入れている。名前はゲイシー。これが舞ちゃん攻略のカギだ」
そう言うと知念は両手の人差し指で、クマの形をかたどった。
「どうするんだよ。まさか取り上げるのか?」
渡慶次が両手を尻の後ろについて仰け反ると、知念はコクンと頷いた。
「まさにそれ。彼女からゲイシーを盗む。ただし絶対にバレないようにそっと」
「彼女はゲイシーが無くなるとモードが切り替わる。“人形生成モード”から、“ゲイシー捜索モード”になるんだ。そうなれば人は襲わなくなる」
「それで?その後は?」
東が胡散臭そうな顔で聞く。
「あとは、あたかも自分が見つけてあげたようにゲイシーを舞ちゃんに返す」
「それじゃあまた人形生成モードに戻っちゃうんじゃ?」
渡慶次が聞くと知念は俯いたまま小さく首を振った。
「違うんだ。そうすれば舞ちゃんは“謝恩モード”に変わる。お礼になんでも一つ“お手伝い”をしてくれる」
「お手伝い……」
上間が呟く。
「だから攻略の順番としては――」
知念は顔を上げた。
「ピエロに水をかけて一室に固定。ゾンビは殺してもどこかに現れるから、誰かが物理的におびき寄せる。教師は放送で呼びつけ、医者は霊安室の札をかけまくって追い詰めていく。そして最後に舞ちゃんに――」
そこで一呼吸置くと、知念は一気に言った。
「全員を閉じ込めた部屋の扉を内側から閉めてもらう。あとは勝手に室内で5体のモンスターたちが喰い合う。これがドールズ☆ナイトの攻略方法」
言い切ると皆の顔を見まわした。
「ドールズ☆ナイト……」
渡慶次は体育館の天井を仰ぎ見ながら言った。
「人形のゲイシーがクリアのカギだから、その名がついたのかな」
「…………」
知念は呟いた渡慶次を見つめ、
「そうかもね。このゲームは舞ちゃんとゲイシーが主役だから」
やがて目を反らした。
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「…………」
渡慶次は舞ちゃんが背負うリュックから顔を出しているテディベアを睨んだ。
と、突然彼女はツインテールを揺らしながらこちらを振り返った。
『おにいちゃん、いまゲイシーのことみてたでしょう!』
そう言いながらぷくっ膨れて見せる。
『ゲイシーはわたしのなんだからね。ぜったいだれにもさわらせない!』
舞ちゃんはぷうっと頬を膨らませた。
ゾンビのように物理的に襲い掛かってくるわけではない。
ピエロや医者のように武器を使うわけでもない。
それなのに触られたら終わりって――。
――これこそ無理ゲーだろ!
渡慶次は尚も3嶺の亡骸をブランブランと振り回している女児を見下ろした。
しかしここで自分が動かなければ。
生き残っている全員が死ぬ――。
渡慶次は視線の端にいる上間を意識した。
死なせるわけにはいかない。
動くなら自分だ。
セーブノートを持っている自分が……!
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3-1の教室で見つけた黒いノートはまぎれもなくのセーブノートだった。
「これ……どうする?」
上間は黒紙に金色に光るドールズ☆ナイトの文字を指で追いながら、渡慶次の返事を待った。
「開いてみよう」
渡慶次はそう言いながら上間からノートを受け取ると、恐る恐る表紙を開いた。
中身は何の変哲もない横線の入ったノートだった。
「普通のノートだ……」
しかし渡慶次が呟いたその瞬間、何もなかったはずの紙の表面に、焦げたような茶色の字が浮き上がった。
『セーブしますか?』
『YES/NO』
「…………!!」
上間が渡慶次を見つめた。
「どうする……?」
「――――」
渡慶次はその字を見つめていたが、大きく息を吸い込むと、その選択肢を押した。
上間がこちらを見上げる。
「――こんなの迷う必要なんてないだろ」
渡慶次は上間を見つめ返した。
「平良が俺たちを助けに戻ってきてくれたように、俺だって何度でもやり直す!」
「渡慶次くん……!」
「このゲームをクリアして、クラス全員で元の世界に帰る!」
渡慶次はYESから指を離すと、瞳を潤ませた上間に向かって微笑んだ。
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『つぎはだれにあそんでもらおうかな~?』
舞ちゃんはくるくるまわりながら、皆を順番に見つめた。
『ぎんいろのおにいちゃんかー』
比嘉をが顎を引く。
『かっこいいおにいちゃん?』
渡慶次が身構える。
『それともやさしそうなおねえちゃんかー』
上間が唇を結び、
『きれいなおねえちゃん?』
前園が新垣の後ろに隠れる。
『それとも……あれ……?』
舞ちゃんの視線が、知念に移る。
『おにいちゃん、まいとどこかであったことある?』
――今だっ!!
渡慶次はゲイシーに手を伸ばした。
さっと取り上げて背中に隠す。
それだけ。簡単なことだ。
「………ッ!」
指先が、茶色の毛先に触る。
しかし――
『さわらないで!!』
その瞬間、舞ちゃんが振り返った。
――こいつ、頭にも目が付いてんのかよ……!!
渡慶次は伸ばした手を引っ込めることもできず、舞ちゃんと見つめ合った。
『いま、さわろうとしたでしょ!?』
舞ちゃんが睨み上げてくる。
『わたしのゲイシーとろうとしたでしょう!!』
詰め寄ってくる。
『そんなにゲイシーといっしょにあそびたいの?』
そう言いながら、彼女の小さな血だらけの両手が、渡慶次に伸びてくる。
――まずい……!あの手に触られたら人形に……!
『だったらいってくれればよかったのに!それなら』
「……くっ」
渡慶次は目を瞑った。
「…………」
しかし何も起こらない。
何も聞こえない。
もしかして自分はもうすでに人形になってしまったのだろうか。
「…………?」
渡慶次はゆっくりと目を開けた。
「……ッ!?」
そこにはまるでフリーズボタンを押されたような舞ちゃんが、手をこちらに翳したまま固まっていた。
「……え?」
舞ちゃんの大きな瞳だけが右へ平行移動していく。
やがて舞ちゃんは首を回し、振り返った。
それにつられるようにして渡慶次も舞ちゃんの背中を見つめる。
赤いリュック。
その開け放たれた口から、さきほどまで愛らしい顔を覗かせていたゲイシーは、
無くなっていた。
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