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波の音が遠くで聞こえる。薄らと浮上した意識の中、普段あまり聞かない音をとらえたセイは、手を引かれるようにゆっくり瞼を開いた。
「ん……」
最初に目に入ったのは、窓から差し込む優しい自然の光だった。深い睡眠を取れたからか、明るさが気持ちよく感じられる。
しかし、気分のいい目覚めに身体を起こすと、そこはまったく見たことのない部屋が広がっていて、セイは驚きに双眸を丸くした。
ベージュ色のカウチソファーに、ガラスのローテーブル。壁面には大きな液晶テレビが掛けられている、モダンでシンプルな造りの部屋は一階部分にあたる部屋らしく、天井まである高い窓の外は広い庭に続いていた。おそらく、いや、確実にここがスコッツォーリの屋敷ではないことだけは分かるが、では一体誰の部屋だろう。
ベッドから起き上がってサイドテーブルに目を遣ると、天板にはミネラルウォーターのボトルと、『目を覚ましたら、呼んで下さい』とエドアルドのサインが書かれたメモが置かれているのが見えた。
「ここは、エドの? ……ああ、そっか僕…………」
メモを読むと同時に、セイは倒れる前のことを思い出す。そうだ、自分はエドアルドの威嚇のフェロモンに耐えられず、意識を手放してしまったのだ。まだ少しだけ気怠さの残る中、ベッドから足を下ろしたセイは彼が用意したものなら大丈夫だとペットボトルを開封し喉を潤した。そして窓の方へと足を向けると。
「……すご……い」
窓の外には思わず感動が零れてしまうほどに美しいエメラルドの海が広がっていて、セイはたちまち心を奪われてしまった。
まるで写真集でも見ているようだ。セイは無意識の内に窓を開け、海へと続く庭に足を踏み出す。春の日差しを浴びて温かくなっていた砂浜は、裸足で歩いても痛くないほどサラサラしていた。その中をゆったりとした足取りで進み、エメラルドへと近づく。
波打ち際に立つと、心地よい潮風が頬や額に当たって、優しく髪を揺らした。
「気持ちいい……」
スコッツォーリファミリーは屋敷も管理する別荘も森の中に建てられているため、木々の香りや視界に映る植物で季節を感じていたが、こうして柔らかな風で感じるのも一興だ。少しの間、このまま波の音に包まれていたい。そんな気分になり、セイはそのまま海を眺め続ける。
――――この海を、エドアルドも毎日見ているのだろうか。
さざ波の緩やかさは、どこか彼に似ている。こんな心安らかになれる場所にいれば、エドアルドのような人間になるのも分かる気がした。
自分の対が見ている場所を、自分も見ている。そう考えると何だか温かな気持ちになってくる。そう思って微笑んだ時。
「セイっ!」
突然、背後から慌てたように駆ける足音が聞こえてきた。届いた声とほぼ同時に、振り向く。と、数メートル先に酷く息を切らしたエドアルドの姿があった。どうやら部屋からここまで走ってきたらしい。
「あ、エド……」
そういえば自分は勝手に部屋から出てきてしまったのだった。思い出して謝ろうと、口を開く。だが最後まで言葉にする前に、セイの身体は逞しくて温かなエドアルドの腕の中へと包み込まれてしまった。
「わっ……」
エドアルドのコロンと、微かに甘い彼自身の香りがふわりと鼻を擽る。
「部屋に戻ったら貴方がいなくて……心配しました」
「ごめんね、波の音が聞こえて。あまりにも綺麗だったからつい……」
「いいえ、謝る必要なんてありませんよ。私はセイがいるならそれだけで十分ですから」
怒っていないと、抱擁を解いたエドアルドが穏やかに笑ってくれる。溢れんばかりの慈しみが、こちらに流れ込んできて、それだけで胸の辺りがトクンと高鳴ってしまった。やはり、彼の笑顔を見ると、幸せな気分になる。
「ありがとう。あの、それで……いきなりだけど、ここがどこかと今の僕の状況を聞いてもいいかな?」
「ええ、勿論です。まずこの場所ですが、今セイが出てきたあの屋敷と少し先に見える灯台、それからこの海岸は肉眼で見える限りが私のファミリーの所有地です」
説明されてぐるりと周囲を見渡すと、近くの高台に白い灯台がたっているのが見えた。エドアルド曰く、そこは昔灯台として使っていた場所だが、今は使っていないから、そのまま買い取って監視棟にした、のだそうだ。
「そして貴方の状況ですが……――――セイは私が攫いました」
「えっ……」