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滉斗の撮影が始まった。
この次が僕。
水の張ったこの広い場所でたった1人の撮影。
やっぱり僕は、2人の影でキーボードを弾いてるべきだった。
中心には椅子が一脚置いてある。僕達にあるのはそれだけ。
音が流れ始める。
滉斗はすごく入り込んでいた。
見ているだけで怒りとか、悲しみとかが手を取るように分かる。
いつも明るい滉斗でもこんな感情を抱えてるんだ。
僕ばっかり被害者ぶって。うざいやつ。
曲はサビに入ると共に大きく盛り上がった。
それとともに若井の演技も盛り上がる。
僕は段々苦しくなった。不安になった。怖くなった。
思い出しそうになる。
ぎゅっと目を瞑る。大丈夫。
滉斗が叫んだ。胸が張り裂けるような叫び。
椅子を投げる。
怖い。怖い。辞めて。傷つけないで。
僕は思わず耳を塞ぐ。
呼吸を整えて。
あれは滉斗だから。彼らじゃないから。
「涼ちゃん」
誰かが肩を叩いた。僕は思わず飛び上がる。
「大丈夫?」
元貴だった。
少し呼吸を整える。
「う、うん。ちょっと気分悪くて。ちょっとトイレ行ってくるね」
僕は撮影の邪魔にならないようにそっとスタジオを抜け出した。
暗い空間から、白い蛍光灯が光る廊下に出る。
ちょっともう動けない。僕は廊下に座り込んだ。
胸を抑えるとちゃんと呼吸してるって分かる。
しばらく目を閉じてると落ち着いた。
ゆっくり立ち上がってスタジオに戻る。
「若井さんお疲れ様でしたー!」
ドアを開けると同時に声がした。そして拍手。
真ん中にはびしょびしょでタオルを被った滉斗。
僕も精一杯拍手した。
だって本当に良い演技だったんだ。
この後が僕なんてと考えて、自分のことしか考えてない自分に腹が立つ。
僕はいつの間にか、椅子と共にカメラの前に立っていた。僕を取り囲むカメラ、人、カメラ、人…
大丈夫、昨日練習したし、先生が言ってた。
自分の感情の爆発に任せなさいって。考えないで、感じるままに動きなさいって。
「流しまーす」
音響さんの声。息を吸って吐いて、言った。
「はい」
音楽が始まると僕は目を閉じた。
感じるままに。感情の爆発に。
ああ、あの記憶が蘇る。
僕は蹲る。
開けてしまおう。
僕は椅子を抱きしめる。
作品のためなら。少しでも、良いものになるのなら。
でも、苦しいな。
「女みたい」
「きもい」
「フルートって女の子みたいだね」
なんで髪を伸ばしちゃいけないの?
フルートって女の子の楽器なの?
学校で、僕に居場所は無かった。彼らはいつも僕のことを笑う。どじ。まぬけ。おねえ。
彼らは面白そうに僕を傷つける。痛くて、苦しくて、弱い僕は泣いてしまう。彼らはそれが嬉しい。
でもいいんだ。僕には音楽がある。彼らにはないもの。フルートを持つと僕は美しくなれるし、ピアノを弾くと優しくなれる 。
僕は音楽で生きていくんだ。だから、息を止めていればちょっとくらい我慢出来る。
「フルートが 、ない」
放課後レッスンがあるから、机の横にかけていたはずのフルートがない。リュックを探した。机の中を探した。ロッカーを探した。教室を隅から隅まで歩き回った。
ない。
「藤澤、何探してんの?」
彼らが笑った。ああ、こいつらだ。
「笛、探してんの?」
「おい」
僕はあいつの胸ぐらを掴んだ。何も考えられなかった。ただこいつら殺したいってだけ。
「どこにあるんだよ」
僕は突き飛ばされる。後頭部を硬い地面に打ち付ける。
「何偉そうにしてんだよ」
彼らが僕を傷つける。
世界がぐるぐるして、鼻から暖かい血液が流れ落ちる。
「…ど、どこ。お願い。返して」
僕は泣いて頼み込む。
「えー、どうしよっかな」
彼らが笑う。
「毎日俺らの命令を1個聞くならいいよ」
もうなんだって良かった。僕の生きがいを返してくれたら。なんだってします。
「…お願い。」
あいつは笑った。別のやつがフルートのケースを開いて、僕の上でばらまいた。
フルートはバラバラだった。
ああ。
死にたい。
しばらくしてドアが開き、誰かが叫んだ。「何をしてるの!」
もうどうだって良かった。僕は眠った。