「外賑やかね」
「フレア様、なんであの人がヅラだって分かったのかしら?」
爆笑と悲鳴が渦巻く現場を眺めながら、フラウリージェの中で店員達がニオを着せ替え人形にして遊んでいた。
「フレア様なら、来賓の皆さんが服を選んでる時、窓の外眺めながら『あの兵士の方、カツラっぽくない?』って言ってたわよ?」
「なにそれ怖い……」
「兜被ってたよね?」
「私もそう思ったんだけど、聞いてみたら『隠された人の裏を見抜くのは、王妃として大事な心得よ』だって」
「裏?」
「ウラじゃなくてヅラ見抜いてるじゃん!」
納得いかない店員達だったが、なんだか触れてはいけないような気がして、ニオの着せ替えに集中する事にした。
そのニオは大人しくされるがままになっている……わけではなく、アリエッタへの恐怖で固まったまま気絶していた。
「アリエッタちゃん、また耳と尻尾出してくれないかな」
「可愛いよねー。そういう服もあるけど、生えてると全然違ったよね」
「ピクピク動いてたまんなかったわ」
とか言いながら、カチコチに固まったニオを持ち上げ、ミニスカートのブレザー風の服を着せ、みんなでニマニマ鑑賞する。堪能したらまた脱がしていく……を繰り返している。
しばらくすると外が静かになり、来賓達の乗った魔導機がエルトフェリアから出ていくのが見えた。
『はぁ、つかれた……』
そう零したのは、ネフテリアとピアーニャ、そしてオスルェンシスの3人。アリエッタは来賓達の反応がよくてテンションが上がり、まだまだ元気である。
「ピアーニャ、おひげ!」
「いやもういーからっ」
危うくヒゲを描かれそうになるが、断固拒否の姿勢で立ち向かうピアーニャ。
残りの後始末はフラウリージェに手伝ってもらうとして、ネフテリアと一緒に気になっている話をする事にした。
「マオウについて、ニオにきかないとな」
「1200年前の事だし、記録残ってるんじゃないの? ピアーニャのお父様とか残してないの?」
「あるんだが、キャッカンテキなキロクだからな。ホンニンからきけるハナシはちがうかもしれん」
「それもそっか」
「……シス、おひげ」
「ぇっ……」
アリエッタの事は自然な流れでオスルェンシスに押し付け、2人は魔王ギアンだったニオについて解明する事を優先した。
そこで突然真後ろから声が聞こえた。
「それにはワシがお答えしましょう」
『ぅおわっ!?』
現れたのは、空間を超えてやってきた神、イディアゼッター。
「こわいわっ!」
ドボフッ
「ひどいっ!」
突然低い声で肩越しに声を掛けられ、怖気と共に心底驚いたピアーニャは、思いっきり『雲塊』をぶつけた。
隣でネフテリアが心臓をバクバク鳴らしながら引いている。
「いや申し訳ありません。孫にも等しいお嬢の可愛らしい姿が見たくてつい」
「シュダンがわるいわっ」
「あ、ピアーニャの事はお嬢で定着したんだ……」
ピアーニャの祖父と関わってリージョンシーカーと転移の塔を立ち上げたイディアゼッター。祖父との仲は良好なので、その孫であるピアーニャを実の孫のように見るようになっていた。近しい関係性という事で、なんとなく『お嬢』と呼びたくなったのだ。
「ゼッちゃん、おひげー」
「ひ…ええっと、はい。素晴らしいですねアリエッタさん」
「えへへ」
「アリエッタちゃん、ダメですって! ほら帰りましょう!」
来賓達にウケた顔芸を自慢したいアリエッタは、オスルェンシスに連れられてミューゼの家に帰っていった。
突然天敵の娘に話しかけられ、恐れながらも生返事を返せたイディアゼッターはホッと胸をなでおろした。
「アリエッタちゃんは無害ですって。多分」
「分かっていますが、今みたいに突然来ると流石に……」
「それより、マオウについてハナシがあるんじゃなかったか?」
「ああそうでした。そのご本人は中で固まったまま人形にされているので、先にああなった顛末をお伝えしておこうかと思いまして」
「何してんのみんな……」
イディアゼッターがこのタイミングで話す為に出てきたのは、当事者以外に話す事ではないと思ったからである。フレアはともかく、他の王妃達にも広まれば、ニオの立場がどうなるか予想できないのだ。
ネフテリアは、まず気になっている要点だけを聞いてみる事にした。
「ええと。まず、ニオが魔王なのは本当ですか?」
「本当ですよ。前世の話ですがね」
「それが魔王ギアン……」
「はい」
恐怖の中での妄言という可能性も無かった訳ではないが、神が言うのであれば本当だろうと、完全に納得した。
そしてもう1つ、確信を得る為に確認したい事があった。
「わたくし達を恐れている理由はやっぱり?」
「ドルナに起こった現象が、そのまま現実のニオの悪夢となって精神に傷痕をつけたのでしょう」
「うわぁ……ごめんねニオ……」
既に先程予想はしていたが、悲しくも正解だったのでガックリと肩を落とした。
命がけだったという事もあり不可抗力なのだが、特にアリエッタが与えた精神的なダメージは深刻である。
(そういえばミューゼを見る時、お尻を押さえていたような?)
アリエッタ程ではないが、ミューゼが与えたダメージもそれなりのようだ。
「先に聞きたい事は以上でしょうか?」
「あー……後は、元魔王ってわりには大人しすぎる性格なのは……」
「それについてはファナリアの神のせいなのですが……外で話すのもなんなので、お茶でもしながら話しましょう」
「そうだな。さきにノエラにシジだしておけ」
「りょうかーい」
フラウリージェに食事をした部屋とフラウリージェ店内の後始末、そしてオーダーをもらった服の制作とニオの面倒を指示し、3人はクリムからお茶を受け取ってからネフテリアの事務室へとやってきた。
話をする前に、イディアゼッターにはどうしても気になる事があって、こっそりとピアーニャに質問した。
「あの花なんですか?」
「ぶっ」
そんな不意打ちに、ピアーニャはうっかり吹き出してしまった。
イディアゼッターは途中から見ていたのだが、今出て行ったら巻き込まれると考えて乱入しなかったのだ。そんな経緯なので、どういう理由でネフテリアの頭に花が生えたのかは知らない。分かっているのは、ネフテリアが花を認識出来ないという事だけ。
「ミューゼオラのノロイだ」
「なるほど」
説明が面倒で簡潔にまとめたが、納得してしまった。細かく知る方が面倒だと思ったのだろう。
そんな短いやりとりをしている間に、ネフテリアがメモ用紙とニオについての書類を持って来た。魔王に関する話なので、重要であれば両親に報告する必要があるのだ。
まずは1200年前にあったグランヴェラドニアという帝国で、『ウルギアン』という若者が組織内で酷い仕打ちを受けていたという話から始まり──
「ちょっとまってそれ知らない」
「え?」
「え?じゃなくて、え、何? ギアンの本名ってそんななの?」
「そうですが」
「ちょっとピアーニャ! どーすんのよ歴史の研究者にも出さなきゃいけない資料が増えたじゃないの!」
「わちにいわれても……」
ともあれ、色々あって殺されかけた『ウルギアン』が逃げ、数年の修行の後に帝国に見つかって抵抗したのがきっかけで『魔王ギアン』と不本意にも名付けられた。帝国によって世界中に指名手配されたのだ。
その事で世界に絶望した男は本当に『魔王』となり、帝国を滅ぼし、襲い来る者すべてを1人で抹殺したという。
「そりゃゼツボウするわな」
「うぅ……魔王って高慢な人が生んだ負の歴史じゃないの……」
そして幾度となく大規模な討伐隊が組まれ、ついに魔王は敗れ去った。というのが一般的に知られている魔王の物語。
「物語って、半分以上端折ってるわね」
「トウバツするガワは、ホンニンのケイレキなんてしらんからな」
「発端から物語に付け加えて世界中に出したら、少しは過度な権力主義者は減るんじゃないかなぁ」
「かもな」
ネフテリアとピアーニャは、イディアゼッターから聞いたあらすじを全力で書き留めていった。これまで知られていなかった歴史が浮き彫りになり、色々な所が大騒ぎするのが容易に予想できてしまう。
しかし、本当に聞きたかった事はこの後である。
「その救いの無い人生を不憫に思った神は、その魂を救済し、贖罪させる事にしたのです」
「たくさん殺したからですか?」
「それだけだと、ホカにもやってるジンブツはいそうだが」
「神の目に留まるくらい悪目立ちしたのと、その類まれな才能と実力が決め手になったのですよ。立場が違えば、世界中を発展に導く事が出来る程の使い手でしたからね」
なるほどと思い、2人は魔王ギアンとなった人物の凄さに感動していた。
「拾った魔王の魂は絶望と悲しみで濁っていたそうです。それを磨き、浄化し、善なる魂となったところで、贖罪の為に記憶を残したまま新たな命として誕生させました」
「それがニオか」
「でもなんで女の子?」
ただ贖罪させるだけであれば、別に性別まで変える必要は無い。そこが引っかかるネフテリアは、どうしても知りたかった。
イディアゼッターは少し話しづらそうにしてから、素直に喋った。
「実はその、気合入れて磨きすぎて、魂から『男』が取れてしまったと、ファナリアの神が悲しんでまして」
「ちょっとまてええええ!!」
なんと、ニオが女の子になってしまったのは、神のうっかりミスであった。
「磨いたら取れるって何!? 魂に突起物でも生えてたの!?」
「そういう訳ではないんですよ。汚れと一緒にポロッと落ちたのが『男』だっただけで……」
「服の洗濯かっ!」
「もしかしてタマシイをみがいていけば、みんなオンナになるのか?」
「いえいえ、『女』を落とせば男になりますし」
「怖いよ! 意味分かんないよ! わたくし達の魂どうなってるの!?」
魂という人には知り得ない謎の一端に触れてしまい、聞くんじゃなかったと大声で叫び散らかすネフテリアであった。
結局、魂云々の話は省略し、魔王ギアンの歴史だけを報告書にまとめた。ニオに関しては元魔王であることを口頭で伝え、決して正体を広めないという方針で、直接魔王を知るネフテリアが責任を持って様子を見る事になったのだった。
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