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「みに、ちょっと来て」
放課後のスタジオで、あいすに呼び止められた。
練習終わりの空気の中で、その声は不思議とまっすぐで、逃げられない感じがした。
みにはおずおずと立ち上がって、あいすの隣に並ぶ。
「今日のソロ、どう思ってた?」
「……自信、なかったかも」
正直に言った。誤魔化さず、取り繕わず。
すると、あいすはほんの少しだけ微笑んで、音源の入ったスマホを再生した。
スタジオに流れる、自分の歌声。
昨日より少し大きくて、でもまだ迷いのある音。
「ねえ、みに。自信ってさ、“あるからやる”んじゃなくて、“やるからできる”んだよ」
その言葉に、みには目を見開いた。
「不安なのは、ちゃんと向き合ってる証拠。適当にやってたら、怖くなんてならないから」
あいすは、みにの肩を軽く叩いた。
「明日の校内ライブ、最初のセンター、みにがやろ?」
「えっ……わたしが……?」
「そう。声、ちゃんと届くよ。あたしにはもう届いてるもん」
言葉が胸の奥で、優しく、でも確かに跳ねた。
みには小さくうなずいた。
その夜、鏡の前で練習を重ねた。
顔がこわばっていないか、手が震えていないか。
だけど、何より意識したのは“届けたい”っていう気持ち。
ただ上手く歌うんじゃなくて、「自分のままで、ここに立つ」こと。
そして迎えた、校内ライブ本番。
幕の前、あいすがみににウインクを送った。
「大丈夫。あとはステージに立つだけ」
イントロが流れた。ライトが一斉に灯る。
観客の視線が、センターのみにに集まる。
最初の一音。
みにの声は、震えていなかった。
透き通ったまま、真っ直ぐに広がった。
それは彼女の「初めての確信」だった。
“私はここにいていい”って、自分で決めた一歩。
歌い終わる頃には、手の震えも止まっていた。
代わりに残っていたのは、胸の奥に灯るあたたかさ。
ステージを降りたあと、あいすが歩み寄ってきた。
「みに、すごかったじゃん」
「……ほんとに、届いたかな」
「うん、ちゃんと届いてた。自分にウソつかない声って、一番強いよ」
そう言って、あいすはポケットから飴玉をひとつ取り出し、みにに差し出した。
「これ、ごほうび。センターやった子限定」
「なにそれ……ありがと」
手のひらの上の小さな飴玉が、今日の自信みたいに見えた。
帰り道、空を見上げると、少しだけ星が見えた。
その隣で、あいすがふいに言った。
「ねえ、みに。あたし、最初から“できる子”だったわけじゃないよ。怖かったし、今もステージ前はめっちゃ緊張するし」
「えっ……そうなの?」
「うん。でも、信じてくれる人がいたから、前に出られた。今日は、あたしがみにを信じてよかったって思ったよ」
みには、言葉が出なかった。
胸の奥が熱くて、言葉より先に、涙が浮かびそうだった。
でも、それをぎゅっと飲み込んで、口を開いた。
「……ありがとう。あいすちゃんの言葉、ちゃんと届いたから、私も……声、出せたのかも」
一歩前に出たその足取りは、もう以前のみにじゃなかった。
まだ怖い。でも、もう逃げない。
明日もまた、声を出す。それが、わたしのステップ。