ルイルイとニオがやっていた甘い罠の事を説明し終わると、案の定ミューゼに呆れられた。
「……アンタら何やってんの?」
「なんという冷たい視線! ありがとうございます!」
「ちょっと黙るのよ。2人が起きちゃうのよ」
ニオは最初から気絶していたが、アリエッタも話を聞いているうちに眠ってしまっていた。手を繋いだまま顔を近づけて寝ているので、仲の良い姉妹のようにも見える。片方がうなされていなければ。
「いやぁ、最初試しにやってみたら、思いのほか効果抜群でね。こうなったら全員懐柔しちゃえってなったのよ」
「アリエッタで?」
「そう、アリエッタちゃんで」
『ほー……』
「………………」
表情が無くなった2人の視線を受けて、調子に乗って返事をしてしまったネフテリアは笑顔のまま真っ青になった。まぁここまで話せば、ニオが来る以前はどうしていたか、簡単に想像出来るわけで。
「私達の嫁を無断で暗殺者の前に出したのよ?」
ネフテリアの肩がピクリと震えた。
「ふふふ……」
大好きなミューゼの笑顔を至近距離で見ているというのに、汗が止まらない。そしてニオを抱いているので逃げる事が出来ない。
(あ、わたくし死んだ)
ミューゼの背後から何かの植物の蔓が吹き出し、ネフテリアの頭へと伸びる。ここでネフテリアの記憶は途切れた。
ネフテリアとニオは、仲良く手を繋いでエルトフェリアへと戻ってきた。2人ともぐっすり眠って疲労困憊である。
「……こわかった、ですっ、ひっく」
「はっ、ここは……生きて帰ってきた?」
いまだに震えが止まらないニオと、ミューゼの家を振り返って首を傾げるネフテリア。
少し寝たせいですっかり深夜になっていたが、子供は寝る時間なので2階にあるニオの部屋に送る事にした。
「おやすみニオ」
「おやすみなさい、テリア様……」
なんとニオは、怖がることなくネフテリアに涙を拭かれ、目を見て普通に挨拶をしてドアを閉めた。
「おっ、わたくしの事は克服してくれたかな? それともそれ以上の恐怖で、わたくしの事が霞んだだけ?」
先程までの反応からして、後者の可能性が非常に高いが、今は普通に話せることを喜び、頭をポリポリかきながら自分の寝室へと向かうネフテリアであった。
「むー、なんかカユい……」
すっかり目が覚めたニオはというと、今の自分の行動には気づかず、今後の自分の身の振り方を真剣に悩んでいた。泣きながら。
「ふええええぇぇぇん。なんなのここぉ。怖くないけど怖い人ばっかりぃ。お父さんとお母さんに会いたいよぉぉぉ。帰りたいよぉぉぉ」
エルトフェリアに来たのは、そもそも鮮明に覚えている夢の事を調べる為。夢で見た人の特徴を元に、色々な人に聞いてみた結果、ここに辿り着いたのだ。
「ぐすっ。なんか全員いたし、帰ろうかなぁ。帰りたい。でも弁償……」
謎は色々残っているが、特定の人物に会える場所を知った以上、心が折れかけてまで調査を続行する必要は無い。ある程度心の傷が癒えたら再度調査に赴けばいいのだ。
しかし、エルトフェリアを壊したという問題が残っている。流石にその分を働くまでは、仕事を辞めると言い辛い。
「あとお仕事どれくらいあるか、ノエラ店長さんに聞いてみようかな……」
次の日、一刻も早くここから出たいという事を、まずはノエラに相談してみた。
すると、ノエラは申し訳なさそうに、衝撃の事実を口にした。
「それなんですけどねぇ。預かってる事をニオちゃんのご両親に連絡したら、凄い勢いで『今後とも娘をよろしくお願いします!』って言われたようですの……」
「……………えっ?」
ニオの両親は、あのエルトフェリアに娘が働いているという事が良い意味で衝撃だったらしく、このまま働いていて欲しいとのこと。しかも、
「あと、ご家族はニーニルに引っ越す準備をしていらっしゃるらしいですわ」
「………………」
エルトフェリアから離れて家に帰ろうとしたのに、家がエルトフェリアに向かってくる。その事実を知って、ニオは失神してしまうのだった。
ばたーん
「ああっ、ニオちゃん!? どうしましたの!?」
「むむむ……」
アリエッタは窓からフラウリージェの方を見て悩んでいた。
同じくらいの年頃(※転生による前世の年齢は考えない)と思われるニオがフラウリージェで働いている。つまり身近にお友達候補が現れたのだ。
(ここは大人として僕が積極的に動くべきだな。初対面だと驚かせちゃったみたいだし、優しく声かけなきゃ)
元大人である所に謎の責任感を持っているのか、子供をリードしなければと思っているようだ。その姿は、最早どう見ても背伸びしている子供そのものである事に、本人は気づかない。
「アリエッタどうしたのよ?」
「ニオちゃんの事気になってるみたい。友達になりたいって顔してるよね」
「顔見たらまた気絶されないのよ?」
「うーん」
ミューゼとパフィは、ニオがまた気絶しないか心配しているが、そもそも気絶する理由が分からないので対処しようがない。
(驚かせたお詫びは必要だな。あとは、喜ぶ物。何がいいかなー。あの子可愛いし、オシャレさんだし、今までにないのがいいな……)
これまで色々な服のデザインを描いてきた。といっても、主にコスプレ寄りな衣装ばかりだが。
もちろん前世では、資料として色々な業界の服を調べていたので、もっと色々な服を描けるのだが、魔法の世界にいるという事で、テンションがおかしくなっていたのだ。
(んーでも、カジュアルとかはカッコイイけど、子供向けじゃないな。もっと別の……)
アリエッタは部屋にある本棚を見てみた。
たまに本屋に連れて行ってもらっては、欲しい物を少しずつ買ってもらっていたので、それなりに冊数は所持している。中には絵がある本もあるのだ。
といっても、絵というものが世界レベルで発展していないので、どんなに詳しい描写でも前世であった大昔の壁画か?と思えるものしか無かったが。それはそれで味があっていいなと、アリエッタは喜んで選んでいた。
「あ」
「ん? 何か見つけたのよ?」
本を見ていて、本当になんとなくだったが、アリエッタが閃いた。
様子を見ていたパフィが、何があったのかと顔を覗かせている。アリエッタは頷くと、再び首を傾げて悩み始める。
「何か思いついたっぽい?」
「多分なのよ。何ができるか楽しみなのよ」
(本でも見たことないし。うん、いけるかな。だって魔法だしね。なんだって出来る)
アリエッタの魔法への信頼が厚い。万能魔法使いのネフテリアと植物を自在に操るミューゼを見ていたら無理もないかもしれないが。
(よし、さっそく今夜からママと特訓だ。待っててねニオちゃん! ピアーニャも!)
何故か頭数に入っているピアーニャが、ハウドラントの実家で悪寒を感じていた。
同時にフラウリージェでも、同じくとてつもない悪寒を感じたニオが、涙目で辺りを見渡している。
(え? え?)
「どうしたの?」
「? なんでもないです……?」
ネフテリアをほぼ克服したニオが、今はネフテリアに新作の服を着せている。
これまでは密偵達への対応の練習に時間を割いていたのだが、それが無くなったので接客対応を本格的に教わっているのだ。
「この国の王女様が練習台って、贅沢ですわねぇ」
「いーのいーの。これも大事な交流よ」
「今そんな話しないでほしいですぅ。緊張します……」
改めて王女と言われて、ニオの手に汗がじわりと溢れてくる。
「うーん、まだちょっと時間かかっちゃうね」
「ご、ごめんなさい……」
「あぁいいの仕方ない事だから。その為の練習だからね」
練習にも付き合い、食事も一緒にすれば、今よりもさらに自分に慣れてくれるだろうという期待を持って、ネフテリアはニオの育成に時間を使う事にしたのだ。
ネフテリアもノエラ達フラウリージェも、ニオを手放す気が無い。その為に両親に使者を出し、外堀を埋めていたのである。
(ニオの両親も、フラウリージェの可愛い服を見て、娘がそれを着て働いてるって知ったら、そりゃあ見たくもなるってもんよね)
今やトップブランドとなったフラウリージェのネームバリューと、王女の部下という肩書きがあっては、断ろうとする親などそうそういない。
使者が尋ねた時は流石に本当かどうか警戒されたようだが、証明と説得の材料には事欠かないので、最終的には涙ぐむ父と興奮しきりの母と兄が、引っ越しの提案に食い気味で乗ってきたという。もちろんニオが王女を怖がっているという事は隠されたまま。
ニオもほぼ強制的にエルトフェリア関係者となったので、その家族の家は近所に置かれる事となった。ニオ本人が実家から通うかエルトフェリア住み込みになるかは、ニオ次第となる予定である。
「ん?」
ふとネフテリアが視線を感じ、店の奥の方に視線を移した。それを見て、ニオも釣られて同じ方向を見た。
「ぴっ!?」
「あ……」
なんとニオに興味深々のアリエッタが、顔を半分だけ覗かせていた。
それに気づいてしまったニオは、ガタガタ震えながら、ネフテリアにゆっくり抱き着いていく。抱き着く力も徐々に強くなっていく。
「ぁ……ぁ……」
「ホント、なんでなんだろーねー……」
お陰でだいぶ懐かれたとはいえ、子供同士がこれではいけない。そう思ったネフテリアとノエラは、早急に解決策を見つけたいと思うのだった。
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