早朝。戸を叩く音がする。
「お〜い利來、ちょっと来てくれんせ〜」
「は〜い!!」
戸を開けて出てきたのは瑠璃色の髪を括り、白装束を見に纏った錫高野与四郎先輩。私の1個上の先輩であり、恋人だ。いつもは高めの位置で髪を括っているが、今日は首の後ろで無造作に括っている。ふわぁ、と大きな口であくびをしていることから、彼も眠いのだろう。
「リリーさんが呼んでるべ」
リリーさんは、忍術学園に転校していった1年生「山村喜三太」の曾祖母で、くノ一をしている人。リリーさんが私を呼ぶというのは、私がまた何かドジをしでかしたか喜三太を風魔に呼ぶ作戦だろう。
「え、私に?ヘマをした記憶ないですけど…」
「いや、俺も一緒だぁよ」
与四郎先輩が一緒に呼び出しを食らう。しかし、与四郎先輩は風魔流忍術学校の中でも優秀な忍たまであり、ヘマをするような人では無い。それなのに、何故ポンコツな私と呼び出しを?そう疑問に思ったが、言われるがまま着いて行った。
「失礼します、6年錫高野と」
「5年歌枕です」
「入れ」
はっ、と返事をして2人で扉をくぐる。私達の目の前で、リリーさんは待ち構えていた。上級生の中でも小柄な方の私よりも小柄なリリーさんだが、ただならぬ雰囲気に怖気づく。
「あの、私、何かヘマを起こしたでしょうか?」
「いいや、そうじゃない」
ヘマじゃないなら喜三太か?でも、それだけの為ならいつもは呼び出さないはず。与四郎先輩も、疑問を抱いたように困り眉になってしまっていた。慌てて私が聞き返す。
「それでは、喜三太のことですか?」
「いや、それもちがう」
喜三太でも無ければいったい何だというのだ。もはや与四郎先輩も考えることを諦めて、リリーさんに直接聞き返した。
「では、どんな御用で?」
「2人の結婚についてじゃ」
結婚…?いや、確かに与四郎先輩も元服しているし結婚はできる年齢だ。しかし、その相手が私?風魔の跡継ぎを作るため、与四郎先輩はどっちにしろ誰かと結婚しなければならない運命だった。与四郎先輩は容姿もよく性格も申し分無いから村の女の子達も陰で思いを馳せている子が多い。まぁ、私が彼女だけど。
「リリーさん、気が早すぎませんか?!」
いつも冷静な与四郎さんが、顔を真っ赤にして焦り散らかしている。そんな様子を見て、私も顔が赤く染まり始めた。いくらなんでも結婚とは驚くのも無理ない。私も驚いているからだ。
「与四郎、お前も自分の身体の成長には気づいておるじゃろう?」
「!!////」
そう、私も最近習って知ったのだが男性は女性よりも成長による身体的変化が大きい。成熟した男女同士が行動を起こすことによって、子供を授かることができるらしい。与四郎先輩はもう大人の男の人と並んでも大差が無いくらい立派だ。私もそれなりに身体が成長し、初潮だって来ている。子供を作ろうと思えば作れるのだ。
「ですがリリーさん、私はまだ15歳で彼女は14歳です!子供をつくるには、まだ早すぎやしませんか!?」
きっと彼は、私のことを傷つけたくないと思っている。今までずっと、私を過保護に見てきたからだ。もしこれで無理に子供を作ろうとして私の身体が壊れてしまえば、すべて彼の責任となる。焦るのも無理ない。
「お前だって本当は結婚を望んでいるじゃろう、なぁ?利來」
「!!」
リリーさんには敵わない。見透かされていた。私は幼い頃に村や家族を亡くし、風魔まで逃げてきた身。私は結婚しなければ、将来頼るところがどこにも無い。与四郎先輩とはずっといい感じだし、結婚をひそかに夢見ていた。
彼の隣で布団を並べ、他愛もない会話をして眠りにつけたら何と素敵だろう。私の作った料理を彼が美味しそうに頬張る姿を想像したことだってある。
「本当か?利來…?」
「…はい、」
言ってしまった。突然の告白に、自分で自分にびっくりしている。声は震え、顔は火照り、心音が先輩にも聞こえているのではないかというほど響いている。何を 言われるかと怖くなり、目を瞑った。
「リリーさん、決めました」
「錫高野与四郎は、
歌枕利來を妻とします」
妻。この人は今、妻と言った?私が?この人の妻に?
「よく言ったのう、与四郎」
「利來、これからお前は歌枕利來改め」
私の目から大粒の涙が1粒、2粒と湧き出る。それが頬を伝い、顎を伝い、床にポタッと落ちた。私が与四郎先輩の妻に。密かに願っていた夢が、今この瞬間に叶ったのだ。ただ私は泣くことしか出来なかった。
「利來、大切にするべ」
そう言って彼は優しく私を抱きしめた。安心するような、不安が残るような、何とも言えない気持ち。でも、それもこれから消えてゆくのだろう。
ふと、リリーさんが私のお尻を見てこう言う。
「安産型…子は沢山産めそうじゃな」
この人は毎度の事ながら度胸がありすぎる。与四郎先輩…いや、旦那もさすがにツッコんだ。
「リリーさん!気が早すぎます!!」
顔を真っ赤にしてツッコむ彼。ぱちん、と目があった気がした。思わずふにゃっと口元が綻ぶ。そんな私を見て彼も満足気な顔をした。
「よろしくお願いします、与四郎さん」
「ああ、利來」
この人のお陰でこれからの人生は幸せなものになるのだろうなと、私は悟った。
コメント
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注意⚠️ これは、利來と与四郎が最終的にはこうなるよーっていうお話です。 なので、普段のお話は特に完結の予定はありません!これからも楽しく読んでもらえると嬉しい限りです!!