戦えぬ難民を守る冒険者たちが、キリなく襲い掛かってくる悪魔の前に次々と倒れていく。
その渦中にいる月華の4人もまた、満身創痍だった。
それでもまだ他の冒険者より粘れているのは、結界を張っているツバキの存在が大きい。
悪魔の侵入を阻む結界は、戦えない者や傷つき倒れた者たちの最終防衛ラインだった。
だが、それもいつまで維持できるのか……。
両手を掲げて結界を張り続けるツバキの表情には、誰の目にも疲労が見て取れる。
皆が理解していた。
この結界がなくなった時、悪魔によるただの虐殺が始まるのだと……。
そして、その時が近いことも……。
そんな中でも、弱音を吐く者はいない。
ここにいる冒険者たちは、皆エルラド公に選ばれし猛者だった。
弱音を吐く暇があるのなら、己を鼓舞する雄叫びを上げる。
それは戦えぬ者とて同じだった。
すでに故郷を追われた身。
潔くあきらめるぐらいなら、最後まで生にしがみつく力強い目をしていた。
だが無情にも――――結界に振動が走り始める。
悪魔の攻撃による影響を受け始めていたのだ。
徐々に、振動だけでなく、軋む音が大きくなり始める。
――余命を告げるその音の終わりは、ガラスの割れるような音とともに訪れた。
割れた結界は霧散し、その役目を終え消え去っていく。
悪魔の顔に、笑みが零れる。
ようやく獲物にありつけると……。
誰もが、自身が悪魔の糧となる……そんな光景が頭によぎった。
そして……誰もが目の前の光景を疑うことになる。
いくつもの、純白の雷が――――目の前に迫っていた絶望を貫いていった。
それはまるで意思を持っているのかのように、悪魔の肉体だけを貫き、裂いていく。
これは一体誰の仕業なのか……。
ツバキの視線は、自然と上空へと移る。
そこには、その身が淡く発光したエルリットの姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇
「本来なら、干渉すべきではないのだがな……」
なんとも不思議な体験だった。
自分の口から、自分の意思とは違う言葉が紡がれる。
そして、それは口だけではない。
肉体の全てが、その主導権を何者かに奪われたような感覚だった。
「奪ったとは心外じゃな、ちとお灸を据えたらすぐに返す」
心の声に、自分の声が返答をする。
……気味が悪い。
だがどことなく懐かしい感じが……。
「まずは悪魔からか……なるほど、この数はそういった起源か」
勝手に何かに納得した僕の手は、地上へ向けられる。
そして体が淡く発光し――
ピシッ――――と空間が裂けるような音が聞こえた。
まるで天罰を下すように、純白の雷がいくつにも枝分かれしながら、悪魔の体を貫いていく。
今の一瞬で、無数に思えた悪魔は壊滅状態となった。
地上にいる誰もが、その光景に理解が追いついていない様子。
「ふむ、やはり制限がかかるか……」
勝手に動く手足は、不満そうに己が手を見つめながらそう言った。
どうやら、貫かれたはずの僕の傷も、いつの間にか塞がっているようだ。
「さて、問題はアレか……」
視線が邪教騎士へと移る。
だが、相手はこの状況にまるで怯んだ様子はない。
「言葉すら失ったか。堕ちるとこまで堕ちたものだな」
はたしてそれは、邪教騎士へと向けられた言葉なのか。
どこか憐れむ声と共に、僕の手は見えない何かを掴むように頭上へ掲げられる。
空から光の粒子が降り注ぐ。
それらは渦を巻き、頭上へと集束していき……一本の光の槍を形成した。
掴んだ光の槍が暖かい……。
今このとき、体の主導権こそないものの、その感覚は理解できた。
「願わくば――――その魂に祝福を――――」
大きく振りかぶった後、光の槍は放たれる。
それは流れ星のように――――音もなく空を駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「――バカなッ!」
ここまで沈着冷静に思えたクリストファは、光の槍に貫かれる邪教騎士を見て、初めて感情が剝き出しになる。
そしてリズリースもまた、同じ光景を目の当たりにし、不安に駆られた。
「エル……?」
光の槍を放った相棒は、自分の知るエルリットとはどこか雰囲気が違っていたのだ。
それにあの体から発せられているのは、魔力とは違う。
感じたことのない何か……。
「おかしい、彼女に魔法は通じないはず……くっ、これは予定変更ですね」
そう言ってクリストファは懐から魔石を取り出し、自身の足元へ叩きつけた。
砕けた魔石からは魔力が溢れ、人一人分程度の魔法陣を構築する。
「思った以上に厄介な者が多いようですね……いずれまたお会いしましょう」
魔法陣は発光し、クリストファの肉体ごと消滅していった……。
邪神将は姿を消し、悪魔も全て屠られた。
戦いは終わったのだと、リズは剣を納める。
「逃げたか……それにしても、彼女……と言ったか」
おそらく邪教騎士のことだと思うが……中身が女だというのは予想外だった。
「っと、それよりエルは……?」
相棒の姿を確認すると、ゆっくりと地上に向かって降下していた。
未だ違和感は拭えないが、一先ず五体満足であることにホッとする。
◇ ◇ ◇ ◇
シルフィーユの槍は類を見ないものだった。
舞のように振り回したと思えば、上空へ跳び上がり、虚空を蹴って地上へダイブする。
それによる自身への多少のダメージは気にしない。
なぜなら自分で治せるから。
しかし、その攻撃の一番の被害者は、標的であるミネルバではなく、盾役のアルベルトだった。
ダイブの衝撃で、幾度となく吹き飛ばされそうになっていた。
「味方からの攻撃も防がないといけないのは、さすがに初めてだな」
アルベルト以外は誰も近づくことさえできない。
……誰も近づこうともしない。
がんばれアルベルト……と、心の中で声援を送るのだった。
だが、突然シルフィーユの動きが、ピタリと止まる。
その視線の先には、上空で邪教騎士を相手にしているエルリットの姿があった。
淡く発光し、放った雷が悪魔を裂き、塵へと屠る。
神の裁きのような光景に、誰もが言葉を失う。
シルフィーユには、その力に覚えがあった。
「これは、魔力ではなく……神…力?」
自身が信仰する、創造神ナーサティヤの存在を感じ、気がつけばそう口にしていた。
シルフィーユもまた、神力を扱う者。
間違うはずもない。
しかし、エルリットから発せられた力は、あまりにも強大で尊いものだった。
「エルさん、あなたは一体……」
シルフィーユが呆けている中、ミネルバは周囲の状況を見ていた。
バカみたいにピョンピョン跳ねる目の前の女が参戦したことで、すでに自身にとっては不利な状況だった。
さらに、周囲の悪魔たちさえ全滅してしまったのだ。
これ以上戦っても意味はないと判断し、クリストファ同様、魔石を地面に叩きつけ逃走を図る。
「ここまでみたいね……あらやだ、爪が荒れちゃったわ」
ミネルバは、やられた邪教騎士よりも、自身の爪のほうを気にしていた。
そして、その姿がほぼほぼ消えかかった頃、難民たちの中から泣き叫ぶ子供の声が――――
「待ってよぉぉぉぉ! 置いてかないでよぉぉぉぉッ!」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、ぬいぐるみを抱いた少女は走り出した。
消えかかるミネルバへと駆け、そして――――こけた。
「あっ……」
何かを思い出したような、そんな声が聞こえた気がした。
だがその声の主の姿は、完全に消えてしまう。
皆が、この状況をいまいち理解できていない。
それはアルベルトも同じだったが、さすがに転んだ少女を放っておくわけにもいかなかった。
「えっと……キミ、大丈夫?」
歳は10歳ぐらいだろうか。
声をかけては見たものの、アルベルトもこの歳の子をどう扱うべきかまったくわからない。
そして、顔を泥まみれにし、少女は起き上がった。
「ミーちゃんそんなの持ってないのに……ぅ…うぅ、うわぁぁぁぁぁん」
本格的に泣き喚きだしたとこで、エルリットが地上に舞い戻る。
だがそこに先ほどまでの神々しさはなく、すごく気まずそうな顔をしていた。