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「あんた馬鹿なの?」
一ノ瀬の声が冷たく響き渡る。
「は、は? 何あんた」
「それはこっちのセリフよ。見てて恥ずかしいわ。ギャーギャー喚く子供みたいね」
「ッ!!! 何言って……!」
千葉の顔が歪む。
一ノ瀬は千葉たちと花野井たちの間に立って、千葉たちを睨み続けた。
「好きな人が負けてほしくないからって理由だけで怪我させるような人が、普段から普通に委員長できると思う?」
「で、できるんじゃない?w花野井さん、器用そうだし」
「そうね。少なくともあなたよりは色々器用そうだわ。おまけに人望もあるわね」
「なっ……! 今そんなこと関係ないでしょ!!!!」
「――うるさい」
「ッ!!!」
忘れていたが一ノ瀬は誰も寄せ付けない、そして寄り付かない“孤高”の美少女。
最近はその面影が全くなかったが、切れ味は健在だ。
「見てるだけのあなたたちもよ。こんな馬鹿げた話を信じて、能無しなの? 人のこと色々言うならちゃんと自分で考えてから発言しなさいよ」
一ノ瀬が次々と斬っていく。
面白いくらいに空気は変わっていった。
「え、偉そうに……あんた何様⁉⁉⁉」
「それはこっちのセリフよ。実際に彼女が故意に怪我させたところも見てないで、推測だけで犯人扱い。お返しするわ。――あなたたちこそ何様?」
「「「ッ!!!!!!!」」」
とてつもないカウンターが千葉たちに入る。
悪い方に傾きかけていた空気が一ノ瀬によって完全にぶち壊された。
「それに、もしあなたたちの好きな人のために怪我させるっていう推測に妥当性があるなら、こういう推測もありえるわよね?」
「な、なに?」
「あなたたち、“彼のこと”好きでしょ?」
一ノ瀬が須藤を指さす。
「「「ッ!!!!」」」
「見てればわかるわよ。いつも彼のことを見てる」
「い、言いがかりだ! 一ノ瀬さんにそんなことわかるわけないじゃん!!! いつも他人に興味なさそうにして!!!!!」
「そうね、確かに興味はないわ。でも私、周りはよく見てるの。だって教室で一人でいることが多いから」
「っ!!!」
俺があの時、千葉たちに言った発言と同じだ。
まさか一ノ瀬とこんなところで気が合うとは。
「あなたたちが彼を好きだとすれば当然、いつも一緒にいる彼女に嫉妬するわよね? なら、わざとってことにして評価を下げようと目論むんじゃないかしら?」
「そ、そんなことするわけないでしょ!!!」
「――なら、彼女もするわけないわよね?」
「っ!!! そ、それは……」
一ノ瀬の攻撃がクリティカルヒットする。
……敵に回したら嫌なタイプだ。
さて、このカードを切るための舞台は整ったな。
俺もやるべきことをしよう。
「俺、花野井が看板動かすところ見てたんだけど、先生に頼まれて動かしてたぞ」
「ッ!!! あ、あんたは……!」
千葉たちが俺を睨む。
「だから怪我させようとか、そういうのはありえないと思う」
俺の発言は最後の一押し。
一ノ瀬が出ていかなければ、俺みたいな日陰者の意見なんて聞き入れられなかった。
しかし、今だと効果は絶大。
「じゃあわざとじゃないじゃん」
「わざとってくだりなんなの?」
「あの子たちが言い始めたんだよ」
「ってことは勝手に犯人扱いしたってこと?」
「マジ最低じゃん」
「やっば」
周囲の非難の目が、すべて千葉たちに集まる。
「わた、しは……」
「えっと……」
千葉たちはおろおろと周囲を見渡す。
さっきまでその視線はすべて花野井一人に注がれていた。
だから当然の報いだ。むしろこれくらいじゃ甘い。
『まもなく、組対抗リレーです』
放送が流れる。
「はっ! リレーの代走!!!」
花野井が思い出したように声を上げる。
その声で周囲の生徒たちも我に返った。
「どうすんのこれ」
「アンカーの人出れないんでしょ?」
「補欠だっていないらしいし」
「やばいじゃん! 早く代役探さないと……」
ざわつく周囲。
――そのとき。
「代走なら、九条くんがやるわ」
一ノ瀬の声が再び響き渡る。
「……は?」
頭の処理が追い付かない。
代走が、俺?
「何言ってんだ一ノ瀬。ふざけてるのか?」
「私は至って大真面目よ。この中で代走に一番ふさわしいのは九条くんしかいないわ」
「そうは言ってもな……」
こんな見知らぬ生徒に優勝のかかったレースのアンカーを他の人たちが任せるわけがない。
「な、何言ってんの? そんな陰キャにできるわけないじゃんw」
千葉が顔を引きつらせながら毒づく。
「できるわ。私は九条くんが速いことを知ってる。彼は元全国選手に圧倒的ハンデがありながら勝ったことがあるわ」
「はぁ⁉ そんなわけないじゃん! さっきからいい加減にしなよ!!!」
「それはそっくりそのままお返しするわ」
「くっ!!!」
口論において、千葉たちにもう勝ち目はない。
「とにかく、代走は九条くんが適任よ」
「あ、あのなぁ」
「いい機会じゃない」
「いい機会?」
「ほんとはカッコイイ九条くんを独り占めしたかったのだけど……でも、九条くんが誰かに見下される方が耐えられないわ。だから名誉を挽回して。そのうえで私が独り占めするわ。ふふっ、それがいいわね」
「名誉って」
挽回する名誉がそもそもないんだが。
「赤組、そろそろ代走の人並んでください! 入場始まります!」
係が急かしてくる。
周囲の視線が俺に集まった。
「あ、あいつができんの?」
「速そうには見えないけど」
「でも一ノ瀬さんが言ってたことが本当ならあいつしかいないだろ」
「いやでも……」
当然の反応だ。
しかし、だからと言ってこの場で名乗りを上げる奴はいない。
この大一番、責任が重すぎる。
「ごめん……」
花野井がぽつりと呟く。
「私のせいで、こんなことに……」
決して花野井のせいではない。
しかし、花野井は責任感がある女の子だ。
わざとではないにしろ、あそこに看板を置かなければと思っているに違いない。
だからこそ、花野井はこの状況に責任を感じている。
……そんな花野井を、見捨てられないだろ。
「わかった、俺が出る」
「はぁ⁉ あんたが出るって正気⁉ ここで負けたら笑いものにされるだけだよ⁉」
「そ、そうだよ! 私は別にいいけど、あんたはそれでいいわけ?www」
千葉たちが嘲るように笑う。
「しょうがないだろ、他に走る人いないんだから。花野井、いいかな?」
花野井に声をかける。
「私はいいけど……」
「わかった」
短く答えて、待機列に向かう。
その前に、一ノ瀬に“一つ”頼んでおこう。
「一ノ瀬、頼みがある」
「もちろんよ。私の頼みを聞いてくれたんだもの。なんでもするわ」
「助かる」
一ノ瀬に伝えることを伝え、今度こそ人ごみをかき分けて待機列へ。
「九条くんっ!」
花野井が後ろから声をかけてくる。
「わ、私……!」
花野井の複雑そうな表情。
そんな彼女に俺から伝えられることは、一つだけだった。
「任せろ」
俺はそうとだけ答えると、再び歩き出した。
そしてアンカーのビブスを受け取り、列の最後尾に並ぶ。
「まさか、九条と戦うことになるとは思ってなかったよ」
「俺もだ」
須藤が俺の隣で爽やかな笑みを浮かべる。
『それでは最終種目、組対抗リレーを始めます』
放送が響き渡ると同時に、須藤が俺の耳元で呟いた。
「ぶっ潰してやるよ、クソ野郎が」
――そしてまもなく、体育祭最後の大勝負が幕を開ける。
―――あとがき―――
遂に始まる、逆襲の時!
体育祭編、最高潮!!!